急に後ろから抱きしめられたから、驚いてしまった。
テレビの中では、さっきまで細い橋を慎重に渡っていたはずの主人公が、谷の底へジャンプで落ちていった。
せっかくボス部屋の鍵が手に入るところだったのに。
あああー…。
「な、何のつもりだよ、ハル」
突然のことで、怒ることも忘れてしまうぐらい、呆気にとられていた俺の声は、この上なく、間抜けに響いただろう。
しかし、ハルは構わず、ただ抱きしめる腕の力を強めるだけだった。
なんだろう。
様子が変だ。
気になって振り向いてみても、黒い髪が視界の端に映るだけで、ハルの表情はまったく分からない。
「なあ、おい、何なんだよ一体」
「男の方は、」
小さい声だけど、ハルはようやくしゃべってくれた。
「……男の方はこうされると、喜ぶものだって、小耳にはさんだもので」
「はあ?誰から聞いたんだよ。そんなこと」
「えと、リボーンちゃんです」
……なるほど。
確かに、アイツは抱っこされりゃあ、うれしいだろうさ!
でも俺、もうそういう年齢はとっくに卒業してるから(肩胛骨あたりに押しつけられてる柔らかいものが非常に気になるけど……)喜べるわけないだろ!
…とつっこんでやりたかったけど、なかなか、そういう空気でもなさそうだ。
ハルの腕は、切なげに、また力を強める。
それは抱っこと言うより、しがみつく感じに似ていて、なんだかこっちまで、切ない気分になった。
何があったかは分からないけれど、このままさせたいようにさせてやろう。
仕方なくそう思って、しばらくじっとしていたら、ハルの方から、動き出した。
ハルは、腕を解き、伏せていた顔を上げ、俺の顔のすぐ横まで近寄せてきた。
目と目が合う。
キスの距離で。
恥ずかしい。と言うか、恥ずかしいと思うことが、すごく恥ずかしく感じた。
「ツナさん」
「何?」
「ハルに出来ることなら何でもしますから、ハルにだけは、遠慮したりしないでくださいね」
「………?」
「そのかわり、どこにも行かないって約束してほしいけど、無理だって分かってるんで、がまんします」
「何それどういう、」
意味、と続けようとしたんだけど、叶わなかった。
ハルの唇が、俺の口を塞いでしまったから。
ハルの唇は、ちょっと冷たかったけど、なぜかあったかい感じがした。
・・・・・・・・
気づくと、ゲームのへんてこな音楽がむなしく響く中、俺は一人だった。
ハルはもう、とっくに帰った後だった。
気絶してたんだろうか…情けない、情けなさすぎる。
それにしても。ハルはどうして、急にあんなことを言い出したんだろう。
――ハルにだけは、遠慮したりしないでくださいね。
…遠慮しなくていい理由なんてないのに。
唇についたリップクリームのべとべとを拭いながら、俺はしばらく、そんなことを考えていた。
終わり