その日の午後MMは新しい服とバッグを買うため仕事をもらうため骸を訪ねることにした。  
骸は柿本・犬と共に閉鎖された黒曜センターという施設に住み着いていた。  
しかし彼らがいつもいる映画館には無表情の柿本だけしかいなかった。  
ソファーに座ってヨーヨーの手入れをしていた彼は無言でじろりとMMを見やった。  
「柿ピー、骸ちゃん達は?」  
「…骸様は朝から大切な用事で出掛けている。犬も退屈だってさっき出て行った。2人とも夕飯の時間になるまでは帰らないって言ってた」  
「ふーん」  
柿本しかいないなら仕事はもらえないし犬で遊ぶこともできない。  
帰ろうかと思った時、柿本の方から  
「帰るまで待つの?」  
とため息混じりに聞かれた。  
そのさっさと帰れと言わんばかりの態度にMMはカチンと来た。  
柿本はいつもそうだ。  
物腰が柔らかい骸はいつも丁寧にMMを出迎えてくれ、  
犬も同年代の女子がいると楽しいのかMMがいる間はずっと彼女にまとわりつくのに、  
柿本だけはいつも無表情で必要最低限のことしか話してこない。  
帰る時だって骸は「おや残念です」と言ってくれるし  
(たとえそれが社交辞令に過ぎなくても)犬は「まだいーじゃん」と引き止めたがる。  
だが柿本は名残惜しむ様子は全く見せず、むしろやっと帰ってくれると喜んでいるようにすら思える。  
そんな彼の態度がMMは以前から気に食わなかった。  
「そうね。せっかく来たんだから待つわ」  
MMはそう言うと向かい側に置かれたソファーに足を組んで腰掛けた。  
柿本はわずかに顔をしかめたが、また目元をヨーヨーに戻した。  
 
MMは腕時計に目をやった。  
(まだ3時か。骸ちゃんも犬も当分帰ってこないわね…。  
 待つ間どうしようかしら)  
柿本の態度が気に入らず意地になって待つと言ったことを今更悔やむ。  
柿本が話し相手にならないのは分かりきっているし、  
かといって荒れ果てた施設内を歩き回る気にもなれない。  
何か時間をつぶせるような物はないかとバッグをあさると、  
午前中に買ったマニキュアが出てきた。  
(そうだ、これがあったのよね)  
マニキュアなんてすぐ塗り終わってしまうが何もしないで待つよりは遥かにましだ。  
MMはキャップを開けると小さな爪を丁寧に塗り始めた。  
爪が少しずつローズブラウンに染まっていく。  
(2度塗りすると色がはっきり出て綺麗だわ)  
塗り終わった両手を目の前で広げてMMは満足そうに微笑んだ。  
と、柿本と目が合った。  
MMの視線に気がつくとすっと目を逸らす。  
マニキュアを塗っている間ずっと見ていたのだろうか。  
彼にとってこういった化粧品は珍しいのかもしれない。  
(柿ピーも何にも興味がないわけじゃないのね)  
MMは柿本に向かって爪を見せた。  
「どう?綺麗でしょ」  
「…そんな物に金を使う気持ちが分からない」  
予想に反した言葉を言われて(柿本が綺麗と素直に言うとは思ってなかったが)MMはむっと唇をゆがめた。  
「何それ!あんたってホントつまんない男ねー。  
 今まで何かに夢中になったことないの?」  
 
「何かに夢中になる余裕なんて今までずっとなかった」  
 
柿本は表情を変えずに呟いた。  
「……」  
MMは柿本や骸達の過去は知らない。  
ただ幸せだったと言えないものであることは大体想像がつく。  
彼女もそれなりに悲惨な子ども時代を経験した身だ。  
 
「あー、もう。あんたのそういう暗い顔見てるとイライラする。  
 あんたの過去がどんな不幸なものだろうと、  
 いつまでも引きずってるなんて馬鹿みたい。  
 どうせなら不幸だった分これからを楽しんだ方がいいじゃない」  
MMはそう言うとマニキュアを柿本の前に突き出した。  
「私の場合はこんなふうに好きな物を買いあさることが楽しい。  
 あんただって何か楽しいことを見つければいいのよ」  
 
柿本は眼鏡の奥でわずかに目を見開いたが、すぐに視線を俯かせた。  
「…そう簡単にはいかない。それに何かに夢中になるとかめんどい…」  
MMは柿本を睨んだ。  
目の前の彼が腹立たしくて仕方なかった。  
彼女が何を言っても彼は冷めた瞳のまま、彼女の言葉に耳を貸そうとしない。  
 
「あんたってホントーにつまんない男だわ」  
吐き捨てるようにそう言うと、MMは身を乗り出し柿本の唇を自らの唇で塞いだ。  
「!?何を…」  
慌てたように柿本が離れる。  
MMはにっと笑った。  
(さすがにこういうことされれば驚くのね)  
もっと彼の人間的な表情を引き出したい。  
今まで彼が経験したことのないようなことを味合わせてみたい。  
MMは柿本の耳元で囁いた。  
 
「つまんない柿ピーに私が教えてあげる。楽しいこと」  
 
「何言ってるの、馬鹿みたい」  
柿本は動揺を悟られまいとわざと仏頂面で言い放つ。  
MMはそんな彼に余裕たっぷりの笑みを返した。  
「いつまでそんな顔でいられるか楽しみね」  
MMはソファーから立ち上がると柿本の前の床にぺたりと座った。  
「?」  
困惑している柿本の前でスカートの端をつまみ、白く柔らかそうな太股を少しずつ露出しながら  
下着が見えるぎりぎりの所までめくる。  
 
「あら?柿ピーなんで目を逸らしてるの?」  
「…」  
「私の足見て恥ずかしくなっちゃった?」  
「そんなわけないだろ」  
MMに視線を戻すと  
「ならいいけど。ちゃんと私のこと見てなさいよね」  
「…」  
柿本は自分がMMに上手く乗せられていることに気付き眉間にしわを寄せた。  
しかしまた目を逸らせばからかわれるだけなので、平静を装う以外に方法はなかった。  
 
MMはゆっくりと柿本に見せ付けるように服を脱いでいく。  
引き締まった腹部と腰のラインに柿本は小さく息を漏らした。  
(…細いな。簡単に壊れそう)  
自分も男では細い方だがMMはまさに華奢という表現が合う。  
そんなことを考えているとMMが服を完全に脱ぎ終わった。  
淡いピンクのブラジャーに包まれた胸が柿本の眼前に出される。  
(う…)  
これには流石の柿本も顔が赤くなるのを感じた。  
それを見てMMはふふっと笑う。  
 
「柿ピーったら真っ赤よ?」  
「う、うるさいな…」  
「いい加減素直になったら?私を見て興奮してるって」  
MMは柿本の膝に頭を乗せ、誘うような上目遣いで彼を見やった。  
「別に恥ずかしいことじゃないわ。男なんだから当然のことよ」  
「…」  
 
柿本はごくりと唾を飲み込むと、改めてMMを見つめた。  
剥き出しになった太股とブラジャーから覗く膨らみが眩しい。  
普段はさばさばとした性格の彼女の全身から色気が匂い立っているようだった。  
今まで色事とは無縁だった彼にこの刺激は強すぎた。  
「私がリードしてあげるから。一緒に楽しめばいいじゃない。ね?」  
「…」  
柿本は答えなかった。  
だが彼の目がすでに情欲を帯びていることを見てとった  
MMは満足そうに微笑むと顔を上げて彼にキスした。  
啄ばむ程度のキスを繰り返した後、舌を絡ませる。  
ちゅ、くちゅっと濡れた音が2人だけのガランとした映画館に響いた。  
 
そのキスで徐々に柿本にスイッチが入ったらしい。  
柿本は荒々しくMMを抱きしめると、性急に胸に手を伸ばした。  
「ちょ、ちょっと」  
今度はMMが慌てる番だった。  
主導権はあくまで自分が握っていなければいけない。  
しかしようやく柿本が乗り気になって嬉しい気持ちもある。  
(私が初めてよね。柿ピーをこんなふうに乱したのは)  
制止され不満そうな柿本に悪戯っぽく笑いかける。  
「慌てなくたってちゃんとさせてあげるわよ。  
でもその前に、私が柿ピーのこと気持ちよくしてあげる」  
MMは再び床に座り込むと柿本の股間に手を伸ばした。  
 
ジッパーを下ろすと柿本のそれはしっかりと反応を見せていた。  
(柿ピーのくせに意外と立派なの持ってるのね…)  
少々失礼な感想を抱きながらそれに手を添え、まず先端だけを口に含んだ。  
ぺちゃぺちゃと猫がミルクを飲むように音を立てて舐める。  
舌に苦味が広がったがかまわずにそのまま根元まで銜え込んだ。  
「んむ……んんっ」  
くぐもった声を出しながら唇と舌を巧みに使って柿本自身を愛撫する。  
「え、MM…」  
柿本が声を掛けてくる。  
MMは愛撫を続けたまま視線だけ向ける。  
「それ以上やると出そうだから…口離して」  
普段血色の悪い頬を紅潮させている。  
MMは目を細め、彼の訴えを無視してちゅうっと先端に吸い付いた。  
 
「!」  
その刺激で柿本は達してしまった。  
MMの口内に精液が流れ込む。  
「ん…」  
顔をしかめながら全て飲み干す。  
何度飲んでもこの味には慣れない。  
自分の精液を飲んだMMを柿本は唖然と見つめていた。  
「よく飲めるね、そんなの」  
「柿ピーが口に出すからでしょ」  
「離せって言ったのに。…でも悪かった」  
柿本は手を伸ばし、MMの口元を指で拭った。  
その仕草に思わずドキッとする。  
「MM」  
「な、何」  
「今度は俺が触っていい?」  
脱ぎかけの自分を熱っぽく見つめる柿本をMMは可愛く思った。  
あの彼がこんなにも自分を欲しがってる。  
「いいわよ」  
隣にすとんと腰を下ろすとすぐに手が伸びてきた。  
 
柿本は悪戦苦闘しながらもホックを外しブラジャーを床に落とすと、  
小振りだが形の良い乳房が現れた。  
そっと手を添え感触を味わうように揉み上げる。  
「あん…」  
最初は控えめだった手の動きがMMの甘い声にだんだんと大胆になっていく。  
「ん…。手だけじゃなくて口でもやって…」  
「分かった…」  
柿本はMMの白い乳房に吸い付き、赤い印を刻んだ。  
赤く色づいた乳首を舌でつつき、軽く歯を立てる。  
 
「あぁ…あんっ…もっと、もっと触って…」  
MMは彼の手を取ると自分の秘部へと導いた。  
下着はすでに愛液で濡れている。  
「MM、脱がすから腰上げて」  
「ん…」  
自分も早く刺激が欲しいMMは素直に従った。  
下着を脱がすとMMの大切な部分が露わになる。  
そこは淫猥にとろとろと蜜を溢れさせていた。  
柿本は誘われるようにそこに触れた。  
指先で撫でるとぬちゃぬちゃと湿った音とぬめった感触。  
「指入れて大丈夫?」  
柿本の問いにMMは声を出して笑った。  
「これからもっとすごいモノ入れるでしょうが」  
それもそうかと納得し、割り開いた場所にゆっくりと指を沈めていく。  
「あぁっ」  
MMがびくんと体を揺らし柿本にしがみついた。  
ローズブラウンの爪が男の肩に食い込む。  
そんなことには気にも留めず柿本はMMの中を掻き回していく。  
一番敏感な場所に触れる度MMの声が甘さを増していく。  
 
「はぁ…あぁん…そこ、気持ちいい…」  
MMは柿本の胸にもたれるようにして目を閉じて喘ぐ。  
(可愛い…かも)  
初めて彼女をそう感じた。  
そっとMMの顎を上げさせ小さな唇にキスをする。  
MMはとろんと目を開け、不思議そうに柿本を見た。  
「柿ピー…?」  
「……」  
柿本はきまり悪そうに目を逸らした。  
再び胸が高鳴ったが彼女はそれを否定した。  
(私はただつまらないこいつを変えたいだけ。  
 このセックスにそれ以上の意味なんてないんだから)  
 
「柿ピー、もういいわ。あんたもそろそろ入れたいでしょ?」  
MMは柿本を脱がせソファーに寝転がらせた。  
「たっぷり楽しんで、楽しませてよね」  
そう言って彼の勃ち上がったそれにゆっくりと腰を落としていく。  
「ふぅっ…」  
ずずっと柿本自身が中へと入っていく。  
柿本は性器に直接響く快感を味わっていたが、  
目の前で揺れる乳房に気付くと舌を伸ばして舐め上げた。  
先ほどつけた赤い痕の周りにまたいくつも痕をつけていく。  
「あんっ…」  
MMは愛らしい声を上げながらそのまま挿入を続ける。  
根元まで全て収まると、MMは自ら腰を動かした。  
最初は彼女が動くに任せていた柿本も、  
上半身を起こしてMMの腰を掴んで突き上げ出した。  
「あ、あぁっ、いい…。柿ピーも気持ちいいでしょ…?」  
「気持ちいい…」  
粘膜を擦れ合わせながら2人は互いの体に酔った。  
2人が繋がっている場所からじゅぶ、ずぶと粘着質な音が立つ。  
だんだんとその音が激しさと速さを増す。  
「くっ…」  
低い声を漏らし、柿本が吐精した。  
体の奥に熱いものを注ぎ込まれ、MMも一際大きな声を上げて達した。  
 
「ん…」  
わずかの間眠っていたらしい。  
柿本が目を開けるとMMはすでに身支度を済ませていた。  
ついでに柿本にも服を着せていてくれた。  
「起きたわね。どうだった?初めての体験は」  
「…まあまあかな」  
「何よ、素直じゃないわね」  
普段通りに戻っている柿本に、まあいいかとMMは思った。  
行為中の彼の言葉は本物だったと確信できる。  
何に対しても無感動な彼をああも夢中にさせたのが  
自分だというだけで満足だった。  
(また相手してあげてもいいかも)  
それは口には出さず他のことを告げる。  
「だるいからもう帰るわ。また今度来るって骸ちゃんに言っておいて」  
「うん…」  
「じゃーね」  
MMはバッグを持って一度も振り返らずに出て行った。  
 
1人取り残された柿本はふうっと息をつく。  
いつも通りに振舞えただろうか。  
自分でも驚くほど快楽に溺れる姿を見せてしまったため、  
彼女と顔を合わせるのが照れくさくて仕方がなかった。  
(MMもいつもと同じさっぱりした態度だったな…)  
そのことに安堵する反面、少し寂しい気もする。  
彼女だっていつも暇なわけではない。  
今度はいつ会えるだろうか。  
「…ん?」  
柿本は自分の両手を見て驚いた。  
爪が全てローズブラウンに染められている。  
眠っている間にMMが悪戯していったに違いない。  
彼女の買い物を馬鹿にした仕返しだろう。  
「結構根に持つんだな…」  
骸と犬に何と言い訳しようと柿本は頭を抱えた。  
そして、今度彼女に会ったら何と言ってやろうか。  
柿本はローズブラウンの爪と睨み合った。  
 

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