ルッスーリアはまず京子のことを調べることから始めた。
放課後や外出の度に彼女の後をつける。
かなり目立つルッスーリアだったが京子は全く尾行に気付かなかった。
おかげですぐに彼女の交友関係や嗜好が掴めた。
京子は友人の黒川花とよくケーキ屋に行く。
ある日の日曜日は1人で3個ケーキを買っていた。
女の子らしくケーキが好きなようだ。
(ということは私が彼女にケーキをたくさんおごれば好感度大幅にアップ!)
ルッスーリアは子どもでも考え付きそうなアイデアを
思いついて悦に入っていた。
機会はすぐに訪れた。
土曜日京子を尾行していると花と一緒にケーキ屋に入っていったのである。
ルッスーリアもすぐに店へ入った。
店内で和やかにケーキを食べていた子ども連れの主婦や女の子の集団は
突然現れた場違いに派手な格好の男に絶句した。
ただ1人京子だけがルッスーリアを見てにこりと微笑んだ。
「こんにちはルッスーリアさん」
「はぁ〜い京子ちゃん。一緒にいいかしら?」
「どうぞ」
ルッスーリアは京子の向かいの椅子に座り
「うふふ、こちらのお友達は前も見たことがあるわ。
私ルッスーリアっていうの。よ・ろ・し・く・ね」
すでに名前を知っている花に挨拶する。
おネエ言葉を話す屈強な男に花は頬をぴくぴくとひくつかせた。
「きょ、京子。この人前お兄さんと戦ってた人じゃ…」
「うん。でも今はお兄ちゃんと仲良くなりたいんだって」
(…あんただまされてるんじゃないの?)
ルッスーリアがいる手前そう突っ込むこともできず、
花は「へえ、そうなんだ」とメニューに視線を落とした。
「ルッスーリアさんもこのお店よく来るんですか?」
「初めてよ〜。ここのケーキ美味しいの?」
「とっても美味しいですよ。チーズスフレとかモンブランとか…」
京子は瞳を輝かせてメニューの写真を指差す。
ルッスーリアは小指をぴんと立たせて右手を上げた。
「分かったわ。店員さん!お店のケーキ全種類持ってきてちょうだい!」
「は、はいっ」
店員は慌てて走り出す。
「ルッスーリアさんそんなに食べるんですか?」
「私じゃないわ。京子ちゃんに食べてほしいの」
「えぇっ?」
目を丸くしている京子と花の前に色とりどりのケーキが
次々と置かれていく。
「私のおごりだから遠慮しないで食べてね」
「そんな、悪いですよ」
「何言ってるの。あなたは了平君の妹さんなんだから私の妹も同然なのよ」
「ルッスーリアさん…」
(いやいや、それはおかしいでしょう。京子も何感動してんのよ)
花は京子に目で訴えたが残念ながら京子には伝わらなかった。
「さあどんどん食べてちょうだい」
「はい、いただきます」
京子はふわふわのチーズスフレを一口食べる。
「どう?」
「とっても美味しいです」
頬を染めてうっとりとする京子にルッスーリアはテーブルの下で
(よっしゃ!)とガッツポーズを作った。
「おほほ、そうでしょ美味しいでしょ?」
(あんたが作ったんじゃないでしょーが)
花はこのオカマいよいよ怪しいと感じていた。
京子をケーキで釣って何か企んでいるとしか思えない。
「花も食べて。このタルト好きでしょ?」
「そうね…。いただきます」
そう言ってケーキを食べながらも時折ルッスーリアを窺う。
ルッスーリアもまた花の疑いの視線を感じていた。
(まあ普通怪しむわよね。全然疑わないこの子の方がおかしいわ)
無邪気にケーキを口に運ぶ京子を見つめる。
彼女はルッスーリアが純粋な好意でケーキをおごって
くれていると思っているのだ。
(人を疑うことを知らないのかしら。今までよくだまされずに過ごしてこれたわね)
京子は頬杖をついて自分を見つめているルッスーリアに気付いて小さく首を傾げる。
「ルッスーリアさん食べないんですか?」
「私?私はいいわ。京子ちゃん食べなさいな」
「でも…」
ふと京子は苺のショートケーキをフォークですくうと「はい」と
ルッスーリアの口元へ差し出した。
彼女が今までケーキを食べていたフォークで。
「え…?」
ルッスーリアは硬直した。
花も硬直した。
周りの客や店員まで硬直している。
「食べてみてください。本当に美味しいですから」
そう言って京子はにこっと微笑む。
(いやいや、このフォークから食べたら間接キッスじゃないのよ。
了平君とだったら大歓迎だけど女の子となんて!)
ルッスーリアは外見こそたくましい男だが心は女性のつもりだった。
だからどんなに可愛い女の子だって恋愛対象にはならない。
(あ、でも私の心は女なんだから女同士でフォークの使いまわしなんて
別に気にすることじゃないのかしら。でも体は男なのよね私。
あら?よく分からなくなってきたわ)
「あの、ルッスーリアさん…?」
京子の右手がぷるぷるしている。
自分の考えに浸っていたルッスーリアは慌てて目の前のケーキをぱくりと口にした。
(あ、思わず食べちゃった)
「どうですか?」
「ほほほ、とっても美味しいわね」
本当は味なんて分からなかったのだが京子は嬉しそうによかった、と笑った。
「他のケーキも食べてみます?」
「い、いいわ。今ので十分お腹いっぱいよ!」
「そうですか。何か食べたくなったら言ってくださいね」
そう言って京子はレモンパイを口に運んだ。
たった今ルッスーリアが口にしたフォークで。
それを見ているとどうにも気恥ずかしくなってしまい、
「私トイレ行って来るわ!」
とばたばたと走り出す。
ルッスーリアの姿が見えなくなると花はふーっと長い息を吐きだした。
「京子、あんたってすごいわね…ホント」
「え?あ、これ期間限定のさつまいもタルトだ。嬉しい、前から食べたかったんだー」
「そんなに食べたら太るわよ…」
花は子どもっぽい親友に苦笑した。
そしてあのオカマは男子トイレと女子トイレどちらに
入るのだろうかと思いを巡らした。
結局京子と花だけで20種類以上のケーキを完食することはできず、
残りはルッスーリアの腹に収まることになった。
「本当にごちそうさまでした」
店を出て京子が丁寧に頭を下げる。
「いいのよ私も楽しかったわ。2人はこれからどうするの?」
「花の家で宿題やるんです」
「そう、頑張ってね」
「じゃあ失礼します。行こう京子」
花は京子の手を取って引っ張っていく。
京子はよろけながらも
「ルッスーリアさん、本当に今日はありがとうございました」
と角を曲がるまで手を振り続けた。
それに同じように手を振って答えながらため息をついた。
(とりあえず今日は大成功よね。それにしても何だか疲れたわ。
あの子思いもよらないことするんだもの。でも了平君を落とすためには、
もっともっとあの子と仲良くならないと)
宿泊しているホテルへ帰ろうとしてルッスーリアはふと思いつきケーキ屋へ戻った。
また戻ってきた場違いな客に顔を青ざめさせている店員に苺のショートケーキを頼む。
一瞬で口の中を通り過ぎてしまったあの味を、
もう一度ちゃんと確かめるために。