ケーキ作戦が成功したことにルッスーリアは満足していた。  
(このまま畳み掛けて早く京子ちゃんを味方にしてやるわ。了平君待ってて!)  
そしてチャンスを窺っていた日曜日京子は1人で家を出た。  
後をつけていくとデパートに入って婦人服売り場で洋服を眺めている。  
(なるほど最近寒いから冬服を買いに来たのね。よし、ケーキの次は服よ!)  
「奇遇ね〜京子ちゃん」  
振り返った京子が笑顔になる。  
「ルッスーリアさん。この前はケーキごちそうさまでした」  
「そんなのいいのよ〜。今日は1人で買い物なのね」  
「はい。いつもは花と来て選んでるんですけど、  
 今日はいとこの子が遊びに来るらしくて私1人で来たんです」  
「そうなの」  
ルッスーリアは改めて京子の服装を見直した。  
薄いピンク色のニットカットソーにデニムスカート、ベージュのウエスタンブーツ。  
中学生にしては大人っぽい服装を見事に着こなしている。  
 
「じゃあ今日は私が花ちゃんの代わりに選んでいいかしら」  
「本当ですか?よかった私1人じゃなかなか決められないんです」  
「おほほ安心して!京子ちゃんにぴったりの服を探してあげる」  
そう断言してルッスーリアは売り場を見渡した。  
コートやワンピース、スカートからパンツと全てが揃っている。  
(か、可愛いわ!)  
オカマではあるが女装趣味は持ち合わせていないルッスーリアにとって、  
女性物の服をこうしてじっくり見るのは初めてだった。  
カジュアルな物からフェミニンな物まで様々なタイプの洋服に、  
ルッスーリアは目を輝かせながら手近にある物をどんどん取っていく。  
 
「京子ちゃんこれ順番に試着してみてちょうだい」  
「え、こんなにですか?」  
「いろいろ着てみないとどれがいいか分からないでしょ?」  
「は、はい」  
ルッスーリアの勢いに押されて京子は店員に許可を取って試着室に入っていく。  
その間も京子に似合いそうな服を探すことを忘れない。  
最初は遠くから様子を窺っていた店員もルッスーリアの熱心さを見て近づいてきた。  
「妹さんのお洋服をお探しでしょうか?」  
「ええ(未来の)妹よ。あら、このスカートずいぶん裾がふんわりしてるのね」  
「そちらはバルーンスカートでございます。人気商品で  
 この雑誌にも掲載されているんですよ」  
店員は棚に飾られた雑誌を示した。  
確かに同じスカートを履いた女の子がポーズを取って笑っている。  
(この子より京子ちゃんの方が可愛く着こなせるわ!)  
なぜか対抗心を燃やしてしまう。  
 
試着室のドアが開いて黒のワンピースとグレーのタートルを合わせた京子が出てきた。  
いつもの彼女よりずっと大人っぽい雰囲気だ。  
「どうですか?」  
「とっても綺麗よ!京子ちゃんこれ買いましょう!  
 他のも着てちょうだい。あ、このバルーンスカートも合わせてみてね」  
「でも今日あまりお金持ってないんで一着だけで…」  
「大丈夫よ私が買ってあげるから」  
京子はぶんぶんと首を横に振った。  
「ダメですよ、この前もケーキおごってもらったのに」  
「気にしないで。私お金いっぱい持ってるのよ」  
それでも納得のいかない顔をしている京子を強引に試着室に押し込む。  
「次はその赤いの着てみてちょうだいね」  
「お客様、こちらのカットソーも妹さんにお似合いかと」  
「まあ素敵ね〜」  
京子は着せ替え人形のように次々と服を着替える羽目になった。  
ルッスーリアは様々な洋服に身を包む京子を見るのが楽しくて仕方なかった。  
 
「女の子っていろんな格好ができていいわね〜」  
大きな袋を抱えてエレベーター脇のベンチに腰掛けながらルッスーリアは笑う。  
「ルッスーリアさん本当にいいんですか?」  
京子は未だに戸惑っている。  
ケーキの時はルッスーリアも食べていたからまだよかったが、  
今回はそういうわけにはいかない。  
しかも代金はケーキの時とは段違いだ。  
「いいのよ。京子ちゃんとっても似合ってたもの。  
 可愛い子が可愛い服を着てると見てる方まで楽しいのよ」  
「そんな…ありがとうございます」  
「うらやましいわ。私じゃこんな服は着れないもの」  
 
金を出せば全身整形で女性の姿を手に入れることもできるだろうが、  
今までそんなことは一度も考えたことがなかった。  
しかしこうして生まれながらに女性の体を持つ京子を見ていると  
羨望が生まれてくる。  
「考えてみると私ってすごく中途半端ね。  
 心は女のつもりだけど体は男のままだもの」  
京子が首を横に振る。  
「そんなことないです。私はルッスーリアさんたくましくって  
 素敵だなって思いますよ。お兄ちゃんより筋肉ついてますよね」  
気休めではなく本当にそう思っているらしい。  
(この子、本当にいい子だわ…)  
しんみりしてしまいそうになるのを笑ってごまかす。  
「おほほ、そうよ。よかったら触ってみる?」  
コートを脱いで腕を出すとシャツ越しでも筋肉の厚みがはっきりと分かる。  
「いいんですか?じゃあ…」  
京子の手がそっと二の腕に触れる。  
ふわふわと羽毛で撫でられているようでくすぐったい。  
「どお?」  
「すごく硬いです」  
「でしょう?もっとちゃんと掴んでみて」  
「こうですか?あ、大きくなった」  
力瘤を作ってみせるルッスーリアにはしゃぐ京子。  
そんな2人を買い物客が不審そうに見ながら通り過ぎていく。  
「さてそろそろ行きましょうか」  
「あの、実はまだ買わなきゃいけない物があるんです」  
「あら、なら付き合うわよ。どこの売り場?」  
「それは…」  
 
まだ買う物とはブラジャーだった。  
下着コーナーの前でルッスーリアと京子は立ち尽くす。  
「…花ちゃんとは下着も一緒に選んだりしてるの?」  
「そうです」  
さすがに恥ずかしそうに答える。  
ルッスーリアもうーんと唸った。  
心は女とは言っているものの下着コーナーにまでついていっていいものか。  
「あ」  
京子の声に視線をたどると、カップルであろう男女が  
下着コーナーに入っていくところだった。  
男性が「これいいんじゃない?」と女性に勧めている。  
(何だ結構普通に男も入ってるじゃない)  
京子もそう思ったらしく「一緒に選んでもらえますか?」と聞いてきた。  
もちろんオッケーよ!と小指を立てる。  
 
洋服もそうだが女性物の下着もルッスーリアには未知の世界である。  
(まあ!これなんて下着というより紐じゃないの?  
 隠す場所ほとんどないし履く意味あるのかしら)  
と疑問に思う下着もある。  
もちろん中学生の京子にはそんな下着を付ける気などない。  
健全な普通のブラジャーを手にとって考えている。  
「パット入りのもあるのね。これを付ければだいぶ胸が大きく見えるんでしょうね」  
「形が良く見える意味もあるんですよ」  
「なるほどね〜」  
 
下心ではなく興味でつい京子の胸元に目が行く。  
中学生にしては大きい方だと思うがこれはパットのせいだろうか。  
それともこれが彼女本来の大きさなのだろうか。  
京子が顔を上げたので慌てて視線をブラジャーに戻す。  
「それにするの?」  
「はい。花柄で可愛いし。どっちがいいと思います?」  
そう言って京子はピンクと水色を交互に胸の前に出してみせる。  
彼女がこのブラジャーを付けているところを  
想像してしまいルッスーリアは妙に焦ってしまった。  
「そ、そうね。ピンクが可愛いんじゃない?」  
「じゃあピンクにします。やっぱりルッスーリアさんがいてくれてよかった。  
 私1人じゃずっと迷ってるところでした」  
京子はにっこり笑って「これは自分のお金で買いますから」とレジに向かっていった。  
 
ルッスーリアはどっと疲れてしまい、再びベンチに腰掛けた。  
京子はなかなか帰ってこない。  
どうしたのだろうかと訝しがっていると、ようやく京子が小走りにやってきた。  
「ごめんなさい待たせちゃって…」  
「平気よ。レジ混んでたの?」  
「はい。でもこれで必要な物は全部買えましたから」  
「じゃあ帰りましょうか。荷物多いから送るわ」  
 
 
他愛ない話をしているうちに笹川家に到着した。  
「ありがとうございました。重くなかったですか?」  
「私の筋肉をなめちゃダメよ。こんなの大したことないわ」  
ポーズを取ってみせるルッスーリアにくすくすと京子は笑った。  
「よかったら中でお茶飲んでいってください」  
「了平君いるの?」  
「いえ、今日は部員の人達と出かけていて…」  
「あら残念だわ」  
了平がいないなら笹川家に上がっても意味はない。  
「今日はもう帰るわね。また誘ってちょうだい」  
「はい。あ、これ…」  
そう言って京子がバッグから紙袋を取り出した。  
「今日のお礼です」  
「まあ!ブラジャー買いに行って遅かったのはこれのせいなのね。開けていい?」  
「どうぞ」  
出てきたのは赤い毛糸の手袋だった。  
「今着けている黒の手袋もいいですけど、これから寒くなるから  
 毛糸の方が暖かいと思って。ルッスーリアさんの髪の色とお揃いにしました」  
そう言って微笑む京子にルッスーリアは心が温かくなるのを感じた。  
「ありがとう。あなたって本当にいい子ね」  
「いつも親切にしてもらってますから」  
その言葉に胸が痛む。  
兄のために利用していることを知ったらこの子の笑顔は曇るだろうか。  
「じゃあ…またね京子ちゃん」  
「はい。気をつけて帰ってくださいね」  
 
京子の声を背に聞きながら歩き出す。  
手袋を今つけているものから代えようとして思いとどまる。  
体に吹き付ける風が肌に刺すように冷たくなるのはもう少し先だろう。  
毛糸の手袋はそれまで大切に取っておくことにする。  
 
 

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