秋から冬へと季節が移り、人々が寒さに身を縮めながら歩くようになった日。  
ルッスーリアは京子にプレゼントされた毛糸の手袋を初めてつけて外へ出た。  
最初は単に町をぶらぶらする予定だったが、  
歩いているうちに京子に会いに行きたくなった。  
 
一週間前学校帰りの了平を待ち伏せしたところ、いつもは「またお前か」と渋い顔をする了平が  
「最近京子と親しくしているそうだな」  
と彼の方から声を掛けてきた。  
「あら京子ちゃんから聞いたの?」  
「いつも楽しそうにお前の話をしているからな」  
「まあ」  
 
了平の前で自分の話をしてくれれば株が上がる。  
実際了平が以前と違いルッスーリアを追い払おうとせず  
ちゃんと話をしてくれるのは妹と親しい人間だと知ったからだろう。  
作戦は上手くいっている。  
それなのに何故だろう。  
そのことよりも京子が自分のことを家で話してくれているということの方が嬉しい。  
 
「それで京子ちゃんは元気かしら?」  
「今風邪で学校を休んでいる」  
その言葉にルッスーリアはどきっとした。  
「何ですって!?ちょっと大丈夫なの?  
今年の風邪はたちが悪いってテレビで言ってたわよ!」  
「テレビは毎年そう言う。大丈夫だ。もう熱は下がってきているし  
あと何日か休めば元気になるだろう」  
「そう、よかったわ」  
ルッスーリアはほっと胸を撫で下ろした。  
 
「治ったらまた遊んでやってくれ。じゃあな!」  
そう言って了平はダッシュで家へ向かっていった。  
彼も妹のことが心配なのだろう。  
(了平君がついてるなら京子ちゃんは大丈夫よね…)  
そう思いつつ気がかりではあったが、あれからもう一週間。  
もう京子も元気になっているはずだ。  
この手袋をちゃんとつけているところを京子に見せに行こう。  
ルッスーリアは足取りも軽く並盛中へと向かった。  
 
「しまったわ」  
ルッスーリアは並盛中を前にしてぴたりと足を止めた。  
まだ11時だ。  
当然生徒は授業中である。  
「早く来すぎたわ…。放課後までどこかで時間つぶさないとね」  
そう考えていた時、校舎から誰かが歩いてくるのが見えた。  
ダッフルコートに身を包み、どこかふらふらとした足取りで歩いてくるその人物は―。  
 
「京子ちゃん!」  
「ルッスーリアさん…?」  
京子はルッスーリアの姿を認めると目をぱちぱちさせた。  
心なしか頬が赤く、いかにも具合が悪そうだ。  
「どうしたの!?風邪治ったんじゃないの?」  
「一度良くなったんです。でも学校に戻った次の日がテストで、  
夜中まで勉強してたからまたぶり返しちゃったみたいで…。今日は早退することにしました」  
喋るのも辛そうな様子にルッスーリアははらはらした。  
 
「1人で歩いて帰るなんて無理よ。私が送るわ」  
「大丈…」  
微笑もうとして、京子はよろめいた。  
慌ててルッスーリアが支える。  
「やっぱり無理よ。私に任せてちょうだい」  
「ごめんなさい…」  
「気にしなくていいのよ」  
ルッスーリアは鞄を抱えた京子を横に抱いた。  
腕の中の京子は小さな小鳥のように震えていて、  
何としてでも守らねばという気にさせる。  
 
「大丈夫よ京子ちゃん。私がついてるわ」  
声を掛けると京子はわずかに頷き、そっと微笑んだ。  
「つけてくれたんですね」  
「え?」  
「手袋」  
「そうよ京子ちゃんがくれたんですもの!」  
「嬉しい…」  
そう言うと京子は力尽きたのかぐったりと目を閉じた。  
ルッスーリアは振動が彼女の体に響かないよう注意しながら  
笹川家へ向かって歩き出した。  
 
笹川家に着きチャイムを鳴らすが誰も出てこない。  
(おかしいわね。了平君と京子ちゃんのママンは仕事してないから  
 昼間は家にいるのに)  
ストーカー中に得た情報だから間違いはないはずだ。  
すると京子が頭を起こし、鞄から鍵を取り出した。  
「今思い出しました。お母さん今日は友達の家に行くって…」  
ルッスーリアは鍵を受け取ってドアを開けた。  
玄関で自分のブーツと京子のローファーを脱がせる。  
「京子ちゃんの部屋は?」  
京子は苦しそうに廊下の先の階段を指差した。  
二階に上がると「了平」とはみだしそうな勢いで書いてある紙が貼ってあるドアと、  
「KYOKO」と木のプレートが下げられたドアがあった。  
了平の部屋に気を取られつつも、今はそれどころではないと京子の部屋を開ける。  
カーテンやベッド、クッションなど淡いピンク色に統一されていて  
女の子らしいが綺麗に整頓されていて落ち着きのある部屋だ。  
 
京子をベッドに寝かせるとダッフルコートとブレザーを脱がせ毛布を掛ける。  
(これからどうしたらいいのかしら)  
子どもの頃から風邪など引いたことのないルッスーリアには看病の仕方が分からない。  
「とにかく薬を買ってくるわ!京子ちゃんはゆっくり寝てなさいね」  
声を掛けると京子は頷き目を閉じた。  
ルッスーリアは大急ぎで笹川家を飛び出した。  
が、再び戻ってきてドアに鍵を掛け、今度こそドラッグストアを探して走り出した。  
 
20分ほどしてルッスーリアは、風邪薬・スポーツドリンク・  
レトルトのお粥などを抱えて帰ってきた。  
ドラッグストアの店員が丁寧にアドバイスしてくれたのだ。  
ルッスーリアはひとまず買った物を台所のテーブルに広げた。  
「えーと薬は何かお腹に入れた後だからまずはオカユを食べさせてあげなきゃ」  
お粥のパッケージに書かれた説明のとおりにお粥を器に空け電子レンジで温める。  
「こんなドロドロしたもの美味しいのかしら?」  
一口味見してみるがほんのり塩味がするだけでたいして美味とは思えない。  
だが風邪の時には消化のよいものがいいと店員が言うのだから仕方ない。  
(元気になったらその時美味しいものを食べさせてあげればいいわ)  
ルッスーリアはそう考えてお粥を持って京子の部屋へ向かった。  
 
「京子ちゃん入るわよ〜」  
声を掛けながらドアを開けると京子は小さく寝息を立てていた。  
このまま寝かせてあげたい気もするが食事をさせるために揺り起こす。  
「ん…。ルッスー…リアさん」  
「ごめんなさいね起こしちゃって。でもオカユ作ってきたのよ。レトルトだけど」  
「ありがとうございます」  
京子が体を起こそうとするのを手伝い、スポーツドリンクの入ったコップを渡す。  
「風邪の時は水分を取るのがいいんですってね。  
 いっぱい買ってきたからどんどん飲んでちょうだい」  
「はい」  
受け取ろうと伸ばす手が震えているのに気付き、  
ルッスーリアはコップを口元まで運んでやった。  
コク、コクと喉が動き、唇から零れた液がつーっと顎から細い首筋を辿っていく。  
(こんな時に考えることじゃないけど、この子ってたまに色っぽいのよね)  
そんなことを考えつつ濡れた部分をティッシュで拭ってやる。  
「じゃあ今度はオカユね」  
スプーンでお粥をすくって口元へ持っていくと、  
京子は照れくさそうに小さく口を開けた。  
「熱っ」  
「だ、大丈夫?」  
慌ててドリンクを飲ませる。  
「ごめんなさいね。ちゃんと冷まさないといけなかったわ」  
そう言ってルッスーリアはお粥にふうふうと息を吹きかける。  
「ルッスーリアさん、お母さんみたい」  
くすくすと京子が笑う。  
(お母さんて…お姉さんじゃないの?)  
間違ったツッコミをしつつ改めて冷ましたお粥を京子に食べさせる。  
「美味しい?」  
「はい。…ごめんなさいルッスーリアさん。いろいろ面倒掛けてしまって」  
「何言ってるの。京子ちゃんが具合悪いのを放っておけるわけないじゃない」  
「すいま…」  
言いかける京子の口をスプーンで閉じさせる。  
「謝らなくていいから早く元気になりなさい」  
「はい」  
素直に頷き自分が運ぶお粥を食べる京子を眺めていると、  
自分が雛に餌を運ぶ親鳥になった気がする。  
(確かに今はお母さんの方がぴったり来るかもね)  
 
お粥を食べ終わった京子に薬を飲ませ再び寝かせる。  
(あとはこのまま安静に…。いけない、京子ちゃん制服のままだわ。  
 着替えさせなくちゃ)  
クローゼットを開けると前にルッスーリアがプレゼントした洋服が収納されていて嬉しくなる。  
(やっぱこれ京子ちゃんに似合うわよねー。  
 …じゃなくて寝るんだからパジャマを探さないと)  
しかしクローゼットには洋服しか入っていない。  
隣の小さな箪笥を開けると一番下の引き出しに赤地に白のドット柄のパジャマがあった。  
(よし、これでオッケーね。…そういえば店員さん言ってたわ。汗をこまめに拭くことって)  
タオルは同じ箪笥の中にあった。  
「京子ちゃん、一回起きてくれる?汗を拭いて着替えないと」  
「はい…」  
京子は頷きセーターを脱ぎ始めた。  
(おっと着替えを見るのは悪いわよね)  
慌てて後ろを向こうとした時、  
「ルッスーリアさん度々ごめんなさい。お願いできますか…?」  
と声が掛けられた。  
「え?」  
ブラウス姿の京子が申し訳なさそうにベッドの上で正座している。  
「お願いって?」  
「ボタンが外せないんです。指が震えちゃって…」  
「ああ、ボタンね。オッケーよ」  
小指を立てる独特のポーズをし、ベッド脇にしゃがみ込んで  
京子のブラウスに手を伸ばし、上から順にボタンを外していく。  
胸元から白いブラジャーがちらりと見える。  
(なぜかしら。ただブラウスのボタンを外すだけなのに  
 イケナイことをしている気持ちになってしまうのは…)  
一番下のボタンを外し終えるとほっと息をつく。  
「はいできたわ」  
「ありがとうございます」  
後ろを向いている間に京子は汗を拭きパジャマに着替え終わった。  
 
「これで後はゆっくり寝ることね。何か欲しい物やしてほしいことはある?」  
そう尋ねると京子は少しためらった後ルッスーリアを見上げた。  
「…わがまま言ってもいいですか」  
「もちろん。遠慮しないで何でも言ってちょうだい」  
「私が眠るまで手を握っててほしいんです」  
「まあ…」  
胸がきゅんとうずく。  
「もちろんよ。家族の人が戻ってくるまで側にいるし、安心して眠ってちょうだい」  
京子は嬉しそうに微笑むと手を伸ばした。  
自分の手ですっぽり包めてしまうその手を優しく握ると、  
京子は安心したように目を閉じる。  
その寝顔を見ているだけで不思議と穏やかな気持ちになる。  
(私は変わったわ)  
今までこんなふうに誰かの心配をしたり世話を焼いたりすることなどなかった。  
そうしたいと思う相手がいなかったのだ。  
だが京子は今までルッスーリアの周りにいた人間とは違う。  
彼女は風邪で寝込んでしまうくらいか弱い一般人の女の子だ。  
そしてとても優しい心の持ち主だ。  
だから彼女が困っている時はついつい手を差し伸べたくなってしまう。  
そこに了平へのポイント稼ぎなどという打算はない。  
(やっぱり私は変わった。いいえ変われたというべきね)  
 
がくん、と体が傾いてルッスーリアははっとした。  
ベッドの傍らの目覚まし時計は3時を少し過ぎている。  
(私ったらいつの間にか寝ちゃったんだわ)  
慌てて京子を見るとよく眠っている。  
ほっとして繋いだままだった京子の右手を毛布の下に入れてやる。  
「ん…」  
京子が小さく寝返りを打った。  
前髪が汗で額に張り付いているのをタオルで拭ってやる。  
(背中の汗も拭かなきゃ…。でもせっかくこんなに気持ちよく寝てるのに  
 起こすのはかわいそうね)  
毛布を下ろして京子の背中がこちらに向くように横にする。  
そしてパジャマをめくり背中をタオルで拭こうとした時、  
京子がころりと仰向けになった。  
めくれたパジャマからほっそりとした白い滑らかな腹部が視界に入る。  
おまけに着替えた時ブラジャーを外したようで  
ふっくらとした胸の下半分まで見えてしまっている。  
(きょ、京子ちゃん無防備すぎ…!  
 私だからいいけど他の男の前でこんなことしちゃダメよ…!!)  
ルッスーリアは慌てて京子の体を隠そうとパジャマを掴んだ。  
その時。  
 
ダダダ!バーン!!  
「京子!大丈夫―か…?」  
部屋に勢いよく飛び込んできた了平は目の前の光景に言葉を失った。  
彼に京子が早退したことを伝え一緒に来たツナも了平の後ろで呆然とした。  
眠っている京子のパジャマを掴んでいるルッスーリア。  
めくれたパジャマからは京子の肌が露わになっている(ツナは慌てて目を逸らした)。  
事情を知らない2人には京子のパジャマを  
ルッスーリアが脱がせようとしているようにしか見えなかった。  
ショック状態から先に抜け出したのは了平だった。  
「貴様ぁー!京子に何をするかぁー!!」  
妹を思う気持ちが細胞伝達率を100%にした。  
了平の強烈な極限太陽(マキシマムキャノン)がルッスーリアの顔面に向けて繰り出される。  
ルッスーリアは慌てて避けた。  
何と言っても鋼鉄のメタル・ニーを砕く威力なのだ。  
顔に当たったらどんなに恐ろしいことになるか想像もしたくない。  
「ちょ、待って了平君落ち着いて!!」  
自分はとんでもない誤解をされているらしいとルッスーリアは必死で了平をなだめた。  
「そうですよお兄さん、京子ちゃん具合悪いんだから…」  
ツナも慌てて了平を止める。  
了平もさすがに病気の妹の部屋で暴れるのはまずいと思ったのか  
ひとまず拳を下ろしてくれたのでルッスーリアはほっとした。  
 
「あのね了平君、確かに今のは誤解されても仕方ないと思うけど違うのよ。  
 大体私が好きなのは了平君みたいないい肉体の男の子だって今までずっと言ってきたでしょ。  
 それに私は体は男だけど心は女…」  
しかしそんな理屈が了平に通じるわけもなかった。  
「問答無用!病気で無抵抗の京子に不埒な真似をするとは言語道断!  
 もう二度とオレや京子の前に顔を見せるな!出て行け!」  
「そんな了平く…」  
「さっさと出て行かんかー!!」  
怒りで頭に血が上った了平は再びルッスーリアに殴りかかった。  
慌ててルッスーリアは部屋を飛び出し、それを了平が追いかける。  
ツナは急いで了平を止めに行こうとしたが、  
「ツナ君…」  
というか細い声に足を止めた。  
「京子ちゃん起きてたの?」  
「うん…。お兄ちゃんが怒鳴った時から…。ずっと皆を呼んでたんだけど…」  
「そっか…」  
あの騒ぎの中では京子の声が聞こえないのも無理はないとツナは思った。  
「具合は大丈夫?」  
京子はこくこくと頷くと必死な表情でツナの腕を掴んだ。  
「ツナ君、お兄ちゃん誤解してるの。ルッスーリアさんはずっと私の看病をしてくれてたの。  
 脱がせようとしたのもいやらしい気持ちでなんかじゃない…」  
「そうだったんだ…」  
暗殺部隊の1人であったルッスーリアが京子を親切に看病したとは信じがたい気もするが、  
京子が嘘までついてかばっているとは思えない。  
「京子ちゃんオレお兄さんに言ってくるよ。京子ちゃんは安心して寝ていて」  
「ありがとう…それと」  
 
ツナが階段を降りていくと了平と鉢合わせた。  
「お兄さん、あの」  
「すまん沢田。京子のことはオレが面倒見るからお前はもう帰ってくれ」  
「分かりました…。でもルッスーリアさんのことなんですけど、あの人」  
「今はあいつの話はやめてくれんか」  
怒りが鎮まった了平はぐったりと疲れているようだった。  
可愛い妹が毒牙に掛かりかけたこと(誤解だが)のショックもあるのだろう。  
そう考えると了平のことも気の毒で、  
ツナはルッスーリアの誤解はまた後日改めて解くことにして笹川家を出た。  
 
きょろきょろと辺りを見回すと、ルッスーリアが道の向こうに立っている。  
「ルッスーリアさん!!」  
ツナは大声で呼び止め駆け寄った。  
近づいてルッスーリアの体が塩だらけなのに気付きぎょっとする。  
「どうしたんですかその塩?」  
「家から出る時了平君に台所の塩を投げられたの。  
 彼って塩で攻撃するのが好きなのかしら」  
ぱたぱたと手で払いながらルッスーリアが首を傾げる。  
「…たぶん」  
さすがに本当の意味を教えるのは気の毒で言葉を濁す。  
「あのこれ、部屋に置いていったから京子ちゃんが届けてほしいって」  
そう言ってツナが差し出したのは赤い毛糸の手袋。  
「ありがとう。さっき置いてきたのに気付いたのよ。  
 でも取りに戻るわけにもいかないし…。本当よかったわ」  
「大切なものなんですか?」  
「ええ京子ちゃんからもらったの」  
そう言って大切そうに手袋をはめるルッスーリアにツナも彼に対する考えを改めた。  
(確かにこの人意外にいい人なのかも…)  
「あの、京子ちゃんから聞きました。パジャマを脱がせているように見えたのは誤解で、  
 ずっと看病していたんだってこと。オレお兄さんにちゃんと話しますから安心してください」  
「本当?ありがとう。…でも了平君分かってくれるかしら」  
大丈夫ですよと言おうとして、今までの了平の言動を振り返りダメかも…と  
いう思いがツナの頭をよぎる。  
そんなツナを見てルッスーリアも表情を曇らせた。  
「…とりあえず今日は帰るわ。手袋届けてくれてありがとうね」  
「あ、はい…」  
 
ルッスーリアは重い足取りでホテルの部屋に戻りベッドに伏した。  
このまま誤解が解けなかったらと思うと気分が暗くなる。  
了平に嫌われて京子に会えなくなって―。  
(そんなの絶対嫌…)  
なんだか酷く体がだるく、ルッスーリアの意識は沈んでいった。  
 

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