「だ、だめぇっ…」  
「んっ」  
「はひ、っあ」  
いつの間にか体勢は変わり、髑髏の秘所には同じくそこをあてがう京子が、ハルは髑髏の顔に跨るようになっている。  
それぞれにオーガスムを求めて体を動かしている。三人の少女の唇から漏れる熱い息と、甘い声、  
そして愛液と唾液の混じったくちゅくちゅという水音だけが部屋に響いていた。まさに世界は三人だけのものだった。  
手探り状態で始めた、同性との行為というのも彼女達なりのかたちを作り始めていた。  
「い、いくっ、イっちゃう…」  
「ぁ、あァッ!!」  
「ッ…」  
それぞれに背を反らせるようにして絶頂の感覚が体を揺らしていた。その証拠にシーツにはさらさらとした液体が染みを作る。  
まだ余韻に浸り敏感なままの体がベッドの上に三体、転がっている。  
はぁはぁと熱い呼吸の音が部屋に響くが、三人とも頭がぼーっとしていて次第に意識が遠くなるのを感じた。  
地上から三センチメートルほど浮いているような、そんな気分。  
(でも、まだ足りない…)  
一人そう思うのは髑髏だった。  
 
「お疲れ様」  
声がしたと思えば肌に柔らかさと少しの重みを感じる。  
(――何か、タオルのような…なんだろうこれ?)  
焦点の少し合わない目で今日子が確認するとそれはバスローブだった。ビアンキが三人にかけたらしい。  
「シャワー浴びていくでしょ?そのままじゃ帰れないだろうから。もう時間も時間だから早めに浴びとくといいわよ」  
バスルームはあっちだから、と扉を開けて方向を指差した。三人は視線でそれを確認すると力のない声ではい、と返事する。  
開いたドアからひんやりとした空気が肌を撫で、少しずつ体の中の熱もひいていく。  
…と、ともに言いようのない恥ずかしさがこみ上げてきてお互いの顔を見れなかった。  
「……えーと、」  
「……」  
「シャワー、誰から浴びる?」  
「あ、私後で大丈夫…それより、門限とかある人…」  
そのときになって初めて三人の視線が交わる。さっきまでの映像が途切れ途切れにフラッシュバックする。  
耳元まで真っ赤になりながら、どうしようもなくなって笑ってごまかしあっている。  
「…じゃ、じゃあ私先に行ってきていいかな?お兄ちゃん心配するだろうから」  
「そうですね、あ、私メールを入れてきますね。家に。」  
「……」  
二人が部屋を出て行ったあと髑髏一人が部屋に取り残される。パタンとドアが閉まる音がして、電気が明るくなったことを  
瞼を通しても感じた。  
 
「髑髏、起きなさい」  
「…?」  
「あなたには個人レッスン、まだ残ってるのよ」  
その言葉に髑髏の身体が強張る。  
今度は何をするの、という不安に大きな瞳を揺れさせながら髑髏はビアンキを見上げた。  
「その仕草、煽情的で結構」  
フフ、とビアンキは笑った。その色っぽさに思わず見とれる。  
「あんた、早くこっち来なさいよ」  
「お前なぁ…」  
先ほどからイタリア語で会話している二人(多分どちらも髑髏がイタリア語が分かると思っていないのだろう)を  
髑髏はまじまじと見つめた。  
「…なんで、イタリア語で会話するんですか?」  
と、たどたどしくはあるがイタリア語で口を挟めば二人がこちらに顔を向けた。  
「髑髏、あなた、分かってたの?」  
「……なんとなく、なら」  
「意味なかったな」  
「いいのよ、京子ちゃんとハルが分かってないんだったら」  
それにしてもそんなこと聞いてないわ、リボーンったらとブツブツと続けるビアンキ。  
「…あの」  
「失礼しまーす」  
元気のよい声が扉の向こうでした、と思ったらハルだった。どうやら忘れ物である髪留めのゴムを取りにきたらしい。  
そこまでは確かに元気がよかったのがその後の動きが変だった。どうもギクシャクしている。  
それもそのはず、で仕方のないことなのだが。  
「じゃ、じゃあハルはこれで‥」  
「ちょっと待ってハル」  
「は、はひッ?」  
肩をつかまれただけなのに体が大きく反応する。  
「頼みごとがあるの、シャワーを浴びたら帰りに401号室行って、冷蔵庫の中のケーキ取りにいってくれない?」  
「は、はぁ…」  
「遅くなって悪かったから、お土産用にと思って用意したの」  
分かりました、とよく分かったような分からないようなまま一刻も早くその部屋を出たいハルは返事をした。  
ちなみにまだシャワーは浴びていない。そしてまた扉は閉ざされる。  
(…ハルちゃん……)  
ちゅ、という音がして目をやれば目の前の大人二人が唇を合わせていた。  
唇の間から行き場のない息の音がする。その光景をただ呆然と見つめる髑髏。  
(レッスンって…なんだろう…)  
学校を終えた後で、もう外は夕闇に染まっているであろうと頭の片隅で思いながら目の前の男女の絡みに  
視線を向けていた。深く、お互いを食べているような深いキスは映画のようで、遠い出来事のようにも見えるが  
その生々しい音がそれを現実だと髑髏に教える。  
「は、…んッ」  
唾液が絡みあう音というのはいやらしいものだと初めて理解した。他人がするのと自分がするのでは違う。  
自分自身がそのような状況のときはいつも何も考えられなくなってしまって、ただそれに応えるのに精一杯になってしまう。  
長いディープキスの後に、相手の下唇をついばむようにキスをしてビアンキは顔を離した。  
「できる?」  
「…え?」  
言うまでもないじゃない、今のこれよ。見てなかったの?とビアンキがめんどくさそうに言ったあとにディーノを指差した。  
「……」  
「え、お前とこの子がするんじゃねーの?」  
「何、キスが嫌なわけ?」  
肯定の返事に髑髏は首を縦に振った。盛大な溜息がビアンキから返ってくる。  
 
「キスひとつで男をその気にさせるテクも必要だと思うけど」  
「……でも」  
髑髏はディーノのサングラスの奥の瞳を見つめる(少なくともディーノにはそう感じられた)。  
「無理強いしなくてもいいんじゃねーの…」  
「…あんたさっきから五月蝿い」  
バスローブは上に羽織っただけで合わせ目からは白い肌が見えている。胸の谷間のライン、滑らかなそこから視線は下へと  
おりていく。太ももがちらりと見える。日本人ならではの肌のきめ細かさに思わず唾を飲み込んだ。  
(ビアンキとはまた違って…)  
そんなことを考えていたディーノの背を強く押す手があった。彼は避けようがなくベッドの上へと倒れこむ。  
「〜っ!お前…!」  
後ろから押したその人物を見れば、彼女の眼中に自分はなく目の前の少女だけに注がれている。  
やるの、やらないの?と強く問いかける、半ば脅しのような視線だった。それに促されたのか  
そろそろと彼女が動いて距離が縮まる。とろんと潤んだ瞳が目の前まで来て、相手の体温を肌で感じるぐらいになる。  
薄紅色の唇から漏れる息がディーノの唇にもかかり、伏せられた長い睫毛が震えているのを見て  
なんだか自分も緊張してきた。あと数ミリほどの距離。  
「……っ、やっぱり…だめ」  
小さな声が部屋に響いた。  
初々しいのもなかなかいいね、そそるものがあるよと思っていると背中に柔らかいものがあたる。  
ビアンキの胸だった。彼女が後ろからディーノを押しつぶすような、そんな形でベッドに入ってきた。  
「じゃあフェラは」  
「それは………」  
沈黙が部屋の空気を重くし、ディーノの背には重量感のある柔らかな胸がのしかかっていた。  
コンコン、と扉がノックされる。その後に続くのは京子の声だった。  
「あのー、私もう帰りますね。どうもお邪魔しました」  
「本番、頑張ってね。大丈夫きっとうまくいくわ。京子ちゃんは魅力的だもの。」  
扉を挟んでの言葉がやりとりされる。その後に控えめな足音が遠くなっていった。  
「さて、髑髏のその強情なの、どうしようかしら」  
ぎゅう、とディーノの首に抱きつくようにして腕を絡めてビアンキは言った。その視線に髑髏の肩がびくりと反応する。  
 
(やっぱりまだなんか変な感じが…)  
シャワーを浴び終えたハルは身体に残った違和感を感じながら脱衣所で制服を着始めていた。  
「あんなことしちゃいけないのに」  
しかも女の子同士でなんて…と思い出して思わず赤面する。行為はなかったことにはならないし  
なによりも穿きなおしたショーツのそこはまだほんのり湿っている。  
「うう…」  
(早く頼まれたもの取りに行って、家へ帰りましょう…)  
 
「ここであってんのか…?」  
受付を済ませてエレベーター前で一人獄寺は渡されたメモを見直した。  
(それにしても十代目の右腕になるための試練って…)  
「…一体何なんだ…?」  
 
指定された部屋にたどり着けばそこは空っぽでがらんとしていた。  
「誰もいねーのかよ?…リボーンさーん?」  
部屋をうろうろとしているとウィーンと開錠音がして、玄関の扉が開いた。  
 
そこにたっていたのは獄寺のよく知る人物だった。  
「え?! 獄寺さん‥?!」  
「な゛っ! お前なんでここに…」  
その単語にハルはカチンと来たようで、ビアンキさんから頼まれたんですと急にそっけない態度でそのまま奥へと向かっていった。  
通り過ぎる際、ハルの体から何か良い匂いがして鼻腔をくすぐられる。  
『正直にならないと、ダメだよ…』  
キッチンがある場所へと向かうハルの頭の中で、髑髏の言った言葉が繰り返される。  
(…分かってます…ハルだって素直になりたいです。こんな女の子、可愛くありません…。素直になりたいんです…)  
お前、という言葉が胸に突き刺さる。アホ女といわれる回数は以前より大分減った。それでも"お前"止まりで  
一向に名前を呼んでもらえる気配がないのである。思い直してみるとなんとなく惨めな気持ちになって  
ハルの瞳が揺れた。涙が零れそうになっているのをきゅっと唇を引き結んで堪える。  
「…おい」  
ポン、と軽く肩をたたけばびくんと予想以上に大きく体が跳ねる。  
「な、なんですか…」  
「いや、冷蔵庫開きっぱなしだし…」  
振り返らないままハルは返事をする。白い項が今日はやけに目に付く、なんとなく申し訳ない気持ちになって獄寺は落ち着かない。  
二人きりで、自分たち以外誰もいない空間で会うのが初めてのことだというのにその時になってようやく気づいたのだった。  
「…お前さ……」  
「"お前"じゃありません!ハルです。私には三浦ハルっていう名前があるんです…!」  
いつもと違う雰囲気を漂わせていたせいか、どうもやりとりがしっくりいかない。  
いつものように切り返せないで獄寺は言葉を飲み込んだ。  
反射的にだしてしまった言葉にハルはしまった、と後悔をする。なんて可愛げのない言い方なんだろうと反省したその時、  
「…っとに、可愛げがねーな」  
「…!!」  
沈黙が重たすぎて、なんとか逃れようと口をついて出た言葉がどれだけ場違いなものなのか振り返ったハルの表情  
を見て初めて理解した。涙が今にも零れ落ちそうな揺れる瞳が、こちらを睨みつけている。  
その一瞬の怒りの後に、ものすごく傷ついた表情をした。  
しまった、と思うが時既に遅し。ハルの瞳からぼろぼろぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちていく。  
「…あ」  
「…知ってます、可愛くないことぐらい。でも、仕方ないじゃないですか。ハルだって素直になりたいです。  
 なりたいのに、獄寺さんが…いじわるばっかりする、から…っふ」  
堰を切ったように泣き出した目の前の少女にどうしていいかわからず獄寺はただ謝罪の言葉を喉の奥にひっかけていた。  
目が熱くなって顔が熱くなって、なんだか頭までぼんやりしてきてハルにはわけがわからなくなってきていた。  
後ろの冷蔵庫からはひんやりとした空気が出てきている。それが少し対照的で僅かながらの現実感を彼女に与えていた。  
もう、どうなってもいい。そんな考えで今までいえなかったことがぽんぽんと口をついて出ていく。  
「名前、っ、よ、んで欲しかったのに、いっつ、…も、っひ‥おま、えっとか…ひっく、アホ女、とかッ」  
途切れ途切れの聞き取りにくい言葉は獄寺の耳にはちゃんと届いていた。  
目の前の少女を今まで自分が無意識にとっていた行動で傷付けていたのかと思うと申し訳なさがさらに増す。  
どうしていいかわからず行き場を失っていた手を彼女の背においてその息が落ち着くようにとぽんぽんと叩いた。  
(らしくねーな…)  
そう思っても、どうしようもないのである。なんとなくそうしたほうが良いと本能が告げていた。  
しゃくり上げながらもハルは必死に言葉を続けようとする。  
「すき、…なのにっ、いじわ、るばっかりするっ、か、らっ…」  
辛くて吐き出してしまいたかったことが、もうこの勢いにと口からでていってしまう。  
今日はいろんなことがありすぎて混乱している。頭の中がぐちゃぐちゃだとハルは思った。  
「…ごめん」  
 
急に景色が暗くなったと思ったら獄寺に抱きしめられていた。  
(こいつこんな細かったのか…)  
細くて小さいのに、なんだか柔らかくて。そして良い匂いがする。  
見ているだけじゃ何もわからないものなのだ、とそのことを実感したその時、冷蔵庫のあるものと視線がぶつかる。  
(り、リボーンさん?!…ん?)  
よく見るとそれは縫い目がついている。リボーン人形が手に持っている札には  
『据え膳食わぬは男の恥だぞ。 これが試練だ。』  
などと書かれている。  
(…は?!据え膳? こいつが…?)  
勢いに任せた言葉で、なんとなく無視しそうになっていたがさっき確かにハルは「好き」と言ったのだった。  
「ハル、…」  
その言葉に顔をあげると、見たこともないような真剣な表情の獄寺の顔が間近にあった。  
もう日が暮れるというその時間、部屋は真っ赤に染まっていた。  
自分の心臓の音だけが耳に響く。  
初めて触れた相手の唇の感触に、胸が震えるのを感じた。  
(やわらけぇ…)  
女って何でできているんだろう、そんなことを考えながら変な視線を断ち切るかのように冷蔵庫の扉を閉めた。  
 
 
そんなに視線を注ぐものじゃないと思うが、とディーノは逆に顔を覆いたい気持ちでいっぱいになっていた。  
自分の一物はかわいそうに、外気に晒され女二人の視線に晒され、縮こまってしまっている。  
「これ、勃ててゴムつけるまでよ」  
「……」  
「ただし、ゴムは口でつけてね」  
にこりとビアンキは微笑んだ。それが終われば解放してやるなどというのである。  
 

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