<状況説明>***************************************  
 
大事なのは、攻撃のタイミング――――「ドゥーリトル」作戦発動!  
NATO軍は、開戦劈頭からずっとソ連爆撃機隊の排除を画策していた。あまりにも輸送船団の犠牲が 
大きかったのだ。  
給油機の排除、アイスランド上空での要撃、爆撃機による強襲。しかし、全てが失敗した。誰もがあき 
らめかけていた。  
そのとき、米海軍のトーランド中佐が、ある奇想天外な作戦を提案した――――  
原潜発射のトマホーク巡航ミサイルによる航空機の地上撃破という奇抜な作戦は見事に成功、バックフ 
ァイア爆撃機隊は大打撃を受けた。  
続いて、アイスランドをNATO軍が奪還する。  
SOSUS音響処理センターは破壊されたが、キエブラヴィークとレイキャビークには戦闘機部隊、対 
潜哨戒機部隊が展開、そして近海ではNATO軍潜水艦によるピケットラインが維持されている。  
さらに、米空軍はソ連軍の偵察衛星を撃墜。ソ連軍の船団攻撃能力は急速に低下しつつある。  
NATO軍にとって、大西洋は安全な海となったのだ。  
ドイツで激戦を続けるNATO軍に対する大量の救援物資と応援部隊が海を渡り始める。  
また、ソ連の名将、アレクセーエフ将軍の奮戦も空しく、ソ連軍のハノーヴァー、アルフェルト、ハー 
メルン、その他での戦線の突破作戦がことごとく失敗、戦線はこう着状態に突入している。  
このこう着状態を打破するため、ついにソ連首脳部は核兵器の使用を検討しはじめた。  
アイスランドを攻撃したNATO海軍機動部隊は、ムルマンスクを攻撃すべく転進中である。  
一方、ノルウェー政府はイギリスに亡命したが、南部ノルウェーではノルウェー軍が激戦し、かろうじ 
て戦線を維持している。  
ムルマンスクを取れば、ノルウェーのソヴィエト軍は孤立し、ノルウェー軍が反攻に転ずることができ 
る。  
そして、ムルマンスク攻略を援護するため、NATOはノルウェーに地上飛行場を確保することを画策 
する――――  
 
**********************************<状況説明・終>**  
 
彼女は、司令部の空気がピリピリしてきたのを敏感に肌で感じていた。  
隊員たちは相変わらず軽口を叩いて明るく振舞ってはいるが、戦闘が迫っているのが感じられた。  
クレトフやシマコフなどに聞いても、話をはぐらかして教えてくれない。  
この恋の悪いところは、しばしば相手が敵であると言う厳然たる事実を否応なしに思い出させられるこ 
とだ、と彼女は思う。  
 
しかし、ある程度予想はついた。  
ドイツでNATO軍が戦線を突破して大反攻に転じたか、あるいはアイスランドが奪還されたに違いな 
い。  
少なくとも、NATOの攻撃が迫っていることは確かだ。  
彼女は、彼らはあらゆる状況を考えているんだな、と思った。  
なにしろ、捕虜にまでガスマスクを支給するくらいなのだ。  
 
『これは訓練だ!状況ガス!状況ガス!総員装面せよ!繰り返す!これは訓練だ!状況ガス――――』  
スピーカーが怒鳴り、彼女は慌ててガスマスクを腰のポーチからとって着けた。  
さらに神経剤が使われることを考え、素早くフライトジャケットを羽織った。これには気密性がある。  
神経ガスは、べらぼうにお肌に悪いのだ。  
装面した空挺隊員がドアを開け、彼女がマスクをつけているのを確認すると目だけで笑って去った。  
 
地下の指揮所では、空軍駐留部隊の指揮官とシマコフ、クレトフ以下の陸軍首脳部が定例の協議を開い 
ていた。  
しかし、ここ数日は空気が重い。  
今しも、空軍指揮官のジューコフ大佐がアンデネス飛行場の戦略価値を力説していた。  
「つまり、今や我が爆撃機が展開しているもっとも西の基地が我がアンデネス飛行場なのですぞ」  
クレトフとシマコフがうんざりした目を見交わした。  
ボルノフはいつものように、かすかな微笑を含んだ顔を興深げに向けていた。  
ジューコフは空軍士官の通弊として、陸軍のことを馬鹿にしがちであった。  
彼の考えによれば、陸軍の馬鹿どもには、いかなる事実も、繰り返して言わなければ理解させることは 
出来ないのだ。  
クレトフが口を開いた。  
「では、なぜアンデネスには巡航ミサイルが来なかったのでしょうな?アンデネスから発進する攻撃隊 
による攻撃に、イギリスは疲れきっているはずではなかったのでしょうか?」  
ジューコフがにんまりと笑った。  
「いい質問ですな。それはですな、我が防空軍が撃墜したからにほかなりませんぞ」  
 
クレトフは思った。  
我が防空軍がそれほど有能なのならば、なぜウンボゼロやアフリカンダの基地が破壊されたんでしょう 
な?  
彼とボルノフは検討し、要するにアンデネスを攻撃できるだけのミサイルが無かったのだ、と結論付け 
ていた。  
 
「まあ、いずれにしろ、我々はアンデネス飛行場を守らねばなるまい」シマコフがため息をついて言っ 
た。  
「この島の存在価値は、まさに飛行場の存在にあるんだからな」  
「それと――」ジューコフが言いかけた。  
「そう、爆撃機ですな」クレトフはそう言いながら、それは飛行場の中に入っている、と思ったがそれ 
は言わずにおいた。  
「それと乗員です」  
 
敵部隊が上陸した場合に備え、全島の海岸には防御陣地が構築されている。  
さらに、地雷原の設置が開始された。  
シマコフとクレトフ、本管中隊の面々は海岸線に立ち、防衛作戦の点検を行っていた。  
北部に上陸した場合の作戦はすでに繰り返し点検されていたが、南部の防衛作戦はまだそれほどでもな 
い。  
おまけに、BMD-2は、ドイツで苦戦する第26親衛空中突撃連隊戦闘団に振り分けるために、かなりの 
数がドイツに送られることになっていた。  
イワノフは、島の各所に設置される戦車壕や掩蔽対戦車地雷原の点検に走り回っていた。  
新しく到着したSA-11「ガドフライ」中SAM部隊、「スイッチ・ブレード」SSM部隊の配置も行わ 
なければならなかった。  
 
司令部の留守を守るボルノフは、しばしば姿をくらました。  
しかし、重要なことが起こると、必ずそこにいるのが、皆には不思議だった。  
ボルノフは司令部全体を盗聴しているんだろうか?  
 
スーザンは、バルコニイに立って、晩夏の気配を嗅いでいた。  
手には、ミニ・マグライトと手鏡が握られている。  
運がよければ、強行突入してきた友軍機にモールスで信号を送ることができるかもしれない。  
 
かつて、F-16の極地運用試験の一環として、米空軍の第4戦術戦闘飛行隊がノルウェーのフレスラント 
基地に展開したことがあった。そのとき、彼女はヒル基地の試験実施本部で、米軍側の作戦参謀チーム 
にオブザーヴァーとして参加し、アンダヤ島への攻撃作戦の立案に関わったのだ。ちなみに、アンデネ 
ス飛行場から出撃するノルウェー空軍のF-5の迎撃をかいくぐり、この爆撃作戦は成功した。  
その経験から、侵入したとしたら、このホテルの上を通るはずだ、と彼女は確信していた。  
しかし、それは薄い望みだった。友軍機が飛来するかどうかも分からない。  
アンデネスの一個連隊のミグをかわしている最中に発光信号を見ていられるかどうかも、怪しい。  
 
「第一、発光信号を送ったって、相手がこっちを見ているかどうか分からないでしょうに」  
彼女は、自分の考えを見事に言い当てているその声にぎくりと立ちすくんだ。  
ゆっくりと振り向くと、いつもの微笑を浮かべたボルノフが立っていた。  
 
「ナルヴィクの三軍調整官のところにただちに出頭せねばなりませんので、そのことを言いに来たんで 
すがね。どうもあなたを一人で残しておくのは不安ですな」  
その深く黒い目は全てを見通しているようで、落ち着かない。彼女は子供のころに会った司祭を思い出 
す。  
おまけに、ボルノフの英語は、イギリスで育ったと言われても信じそうなほどにイギリス訛りが強い。  
彼女自身はノルウェー訛りにカリフォルニア訛り、そして米海兵隊のスラングが混ざって形容しがたい 
英語になっていた。  
大抵の司令部要員はなかなか流暢な英語を使うが、そのロシア訛りは隠しようもない。  
だが、ボルノフの英語は、完全にイギリス人のそれなのである。  
なんというか、ソヴィエトの政治士官にべらべらやられると、落ち着かないのである。  
 
彼女は目を床に落とした。彼女が言い返そうとしたとき、彼は既に消えていた。  
きぃー、と甲高い音を立ててドアが静かに閉まっていく。  
彼女は、彼の足音を聞かなかったことに気付いた。  
彼も皆と同じように重い軍靴を履いている。  
クレトフなどは、床を震えさせながら歩いていることもあるほどだ。  
しかし、彼女はボルノフの足音を聞いたことがない。  
彼は、どういう工夫があるのか、いつもすべるように音も無く歩く。  
 
突如、彼女の背後に殺気が生じた。うなじの毛が逆立つ。  
彼女は反射的に左前に転がり、できるだけ距離を取ろうと転がりつづけながら足首のナイフに手を伸ば 
す。  
しかし、遅かった。  
彼女の後頭部に衝撃が走った。目の前で光彩が爆発し、彼女の意識は深淵へと落下していった。  
 
そのとき、クレトフは反射的にカービンを構えて周囲を見回していた。  
胃の中に鉛の冷たい塊ができたような感覚を覚える。  
「どうした?」  
シマコフが怪訝そうに聞く。  
クレトフの振る舞いを見た本管中隊の面々もそれぞれ拳銃を構え、姿勢を低くした。  
クレトフの目は岩場を油断無く見た。  
迷彩を施した顔、銃のマズル・フラッシュ、飛来する手榴弾、そういったものを予想していたが、まっ 
たく見当たらない。  
「いえ…なにか…感じたんですが…」  
彼はいぶかしみながら安全装置を元通りにかけ、スリングを肩にかけた。  
皆も拳銃の安全装置をかけてホルスターに戻した。  
 
彼女の意識がゆっくりと表面に浮かび上がってきていた。体の自由が利かない。それに真っ先に気付く。  
目には目隠しがあり、口にはボールがはめられ、また手足は椅子に縛り付けられている。  
ボールには穴があるらしく、呼吸はできる。  
さらに膣と肛門になにやら違和感があることに気付いた。  
彼女は、電極ではないかとおびえたが、いろいろと力を入れて試した結果、それが話に聞くバイブとい 
うやつではないかと結論付けた。  
どうということはない――バイブもアナル・セックスも経験はないが、友達から話だけは聞いていた。  
また、サバイバル課程では食料の足しにすべくチョコレート・バーを隠して持ち込もうとした彼女だ。  
しかしノルウェー空軍当局の方が上手だった。  
出発前の身体検査で、潤滑ゼリーを塗ったくったと思うや医師が慣れた手つきでケツからチョコバーを 
引っこ抜いた。  
この手は男性候補生を含むかなりの数が使っていた、と聞いたのは合格後の話だ。  
ちなみにバーは後に返されたが、さすがに食べる気はせずゴミ箱に直行するはめになった。  
 
しかしいささか意外なことに、肛門をすぼめるように力を入れてみると、そこからなにやら甘美な波動 
が送り出され、背筋がふるえた。  
「ふあっ…」  
思わず吐息が漏れる。彼女は狼狽し、動揺した。  
おまけに、前の穴からは蜜がとめどもなく湧き、水音を立てて床に落ちている。  
チョコレートを隠していたときは、汚辱感のほかには単に違和感を感じて時々痛いだけで、決して快感 
などは感じなかった。  
しかし、なにやら縛られて、アナルに異物を突っ込まれた状況で興奮している…  
自分は変態なんだろうか?  
恐ろしい疑念が芽生えつつあった。おまけに頭に靄がかかり、明晰な思考を妨げている。  
疑念に彼女の心は挫けそうだった。  
 
その時、彼女はなにやら気配を感じた。距離をはかろうとするが、遠いようでもあり、近いようでもあ 
る。  
誰か?クレトフかもしれないし、ワイルドギースの誰かかもしれない。  
声が聞こえた。深く、しみわたるような、優しいが力を内包した声であった。  
『スーザン、君は本当はとても賢いのに、なろうと思えばいくらでも馬鹿になれるんだな。  
 こ ん な に 分 か り き っ た こ と な の に』  
声が笑っていた。  
 
彼女はどこからともなく結論が導き出されたことに驚いた。  
(ロマノフ―――あの薬!)  
『ようやく分かったのかい?もうちょっと鋭いと思ったんだがね』気配が多少呆れたように首を振る。  
彼女は、それをクレトフだと思いはじめていた。  
気配がかすかな微笑を含んでささやく。  
『あんなチェキストには君を打ち負かせる力なんてないさ。例えクスリの力を借りてもね』  
――そう、彼女は<バニー>―――最後のワイルド・ギース。  
疑いが打ち砕かれ、力が湧いてくるのを感じる。  
それは、彼女をノルウェー空軍少佐、スーザン・<バニー>・パーカーたらしめている根源からの力だ 
った。  
(あなた、本当にそう思う?)  
『もちろんさ。負けると思うなよ。思ったら負けだ。  
 本質的には、彼との戦いではなく、君自身との戦いだと言うことを忘れるな―――』  
気配が消えた。  
 
しかし、彼女はもう独りだと思わなかった。クレトフ、ワイルド・ギースの皆が傍にいる。彼女はそれ 
を感じた気がした。  
彼女は足を動かした。いましめがゆるければ、うさぎとびの要領で脱出できる可能性はある、というか、 
無いわけではない。  
しかし、手錠はかなりきつく彼女の足を椅子に縛りつけていた。もともとかすかな希望だったが、これ 
で零になった。  
彼女は、計画を練り始めた。  
 
まず、相手の目的を考える。  
彼女がチャイナ・レイクのAMRAAM評価試験に参加していたことがばれたのだろうか?  
NATOの誇る最新鋭空対空ミサイル、AMRAAMの評価試験に参加した空軍士官ともなれば、ソ連 
の情報担当者にとっては情報の宝庫だ。  
彼女は自分の言動を詳しく点検した―――何も言っていないようだ。  
また、そのことが上部組織から漏れた可能性はないか?  
―――しかし、それならしがないKGB中尉ではなく、クレトフやボルノフといったより上級の士官が 
尋問するだろう。  
どうやら、チャイナ・レイクの関係ではないようだ。残る可能性は、性的欲求だ。  
彼女の今の状態からみて、それで間違いないだろう。  
 
つづいて、行動目標を定める。  
貞操を守ること?―――それは達成不可能だ。殺されないことを目標とすべきだ。  
彼女は冷徹に結論し、続いて衝撃を受けた。  
彼女は、まるで他人事のように考えているが、しかし犯されるのは彼女だ!  
しかし生き延びれば復仇の機会はある。彼女は第二目標を、ロマノフの死を見届けることに定めた。  
一息には殺さない。じわじわと苦しめてやる。彼の目に浮かぶ恐怖を味わってやる―――!  
その考えは残酷な楽しみをもたらしたが、彼女はその無益さに気付き、計画に戻った。  
 
目標は定まった。次は方法だ。基本的には一般人が誘拐されたときの対応に準ずる。  
彼女には、基本的に、3つの選択しかない。  
抵抗、服従、そして無反応だ。抵抗と服従にはそれぞれ消極と積極のオプションがある。  
E&E訓練では、このような状況に直面したときのことを座学で教わった。  
彼女はそれを思い出そうとつとめた。  
相手が彼女に、ないし彼女の肉体に愛着を感じ、それを惜しいと思うようにすればよい。  
無反応は、悪い手だ。相手を激昂させるおそれがある。  
抵抗と服従のどちらを選ぶか? それは相手の性格による。  
抵抗されることを好むものもいれば、好まないものもいる。  
ロマノフはどちらだろうか?  
彼女は、前者、と踏んだ―――消極的な前者だ。  
あまりよろこばしい選択ではないが、致し方ない。  
また、ヒステリックな反応も抑えねばなるまい。  
ヒステリー性の怒りは、ターボジェットでアフターバーナーを全開にしているようなものだ。確かに猛 
加速がつくかもしれないが、精神力を消耗する。それが尽きれば、無気力な状態に陥る。  
そして、無反応になれば、彼は彼女を殺すだろう。  
 
現在の状況には、いい点もあれば悪い点もある。E&E訓練の想定では、周りは全て敵だった。  
しかし、今は、KGB関係者以外のソ連兵はみな彼女の味方と考えてよい。  
悪い点は、ことが済めば彼女は口封じのために殺されるであろうという点だ。  
ロマノフがこんなことをしていることを、クレトフやシマコフが許すはずが無い。  
おそらく彼女を射殺し、彼女が逃亡しようとしたと言うだろう。彼らはそれを信じまいが、死人に口無 
しだ。  
したがって、誰かが彼女のいないことに気付き、探しに来るチャンスを待つしかない。  
呼集がかかればロマノフも行かざるを得なくなるだろうし、ロマノフが現れなければ怪しまれるだろう。  
 
そのとき、音がした。彼女の意識の中のものではない。  
彼女は耳に神経を集中した。  
近距離、正面。金属音―――拳銃にマガジンを入れた音に類似。撃鉄を起こした音は無いから、いま撃 
つわけではないのか?  
「お目覚めの時間ですよ、お姫様」  
独り言が聞こえた。その声は、彼女の推測を裏付けた。  
気配が彼女の股間に回り込んでくる。  
彼女は息をのんだ。彼が何をしようとしているか、知っていた。しかし、知りたくなかった。  
カチリと言う音と共に、彼女の胎内のそれが動きはじめた。  
ぐねぐねとうごめき、かき回す。  
彼女はくぐもった叫び声をあげる。  
男はそれを聞き、にんまりと笑った。  
「いかがかな?それのお味は?帝国主義者は堕落しているが、たまには役に立つ。  
 どうせお前も毎晩こいつをくわえ込んで喜んでいたんだろうが?このいやらしいブルジョワの豚め」  
 
しかし、彼女はそれを聞いていなかった。  
胎内でうねるそれは、彼女の感じるポイントを的確に突いていた。  
麻薬の作用もあり、彼女は見る間に押し上げられていく。  
しかし、彼女を攻めたてている器具は、あまり強い刺激を与えてくれず、焦らされた彼女は快感を求め 
て腰をふりはじめる。  
 
「そんな玩具をくわえ込んで感じるなんて、貴様はやはり淫乱な雌豚だな」  
男は嗜虐的な笑みを浮かべて言うと、彼女の後ろに回った。  
彼女の無意識の領域が警告を発するが、それは無駄だった。  
肛門に挿入されたバイブが息を吹き返し、作動をはじめる。  
全身を強ばらせ、彼女は叫んだ。ボールがなければ絶叫に近かっただろうが、それはくぐもった叫び声 
にしかならなかった。  
薄い肉の膜を通して、二本の人工物が打ち震え、叩き合う。  
そしてその先端が爆ぜ合いゴツゴツと子宮を叩く。  
頭をのけぞらせて振り、全身を弓なりにそらせ、痙攣するように震えながら彼女は達した。  
戦慄的な官能に、体中が痺れきった。  
目隠しの下できつく閉じられた双眸に、涙が浮かんだ。  
 
彼女が達しても、なおもバイブは作動を続ける。  
全身が熱く火照って汗が玉になって浮かび、彼女は歯を食いしばるように口に力を入れた。  
ボールでふさがれた口からは、悩ましい喘ぎ声が漏れている。  
彼女は知らず知らずの内に腰をくねらせ、二本の人工物の与える悦楽に完全に浸り切っている。  
 
しかし、彼女は、その一方で冷酷とも言えるほどに冷め切った自分がいることに気付いていた。  
その部分は、彼女が戦闘の興奮に圧倒され、アドレナリンにのみこまれていても、常に冷静な判断を下 
す。  
それは、彼女にあの空中戦を辛うじて生き延びさせたものだった。その領域には、性感も麻薬の作用も 
及んでいない。  
そこでは、常に周囲の状況を三次元で把握し、分析し、判断している。優秀なスポーツ選手が持ってい 
るのと同じように、  
彼女が幼少から山野を跋渉し、長じてからは多くの模擬戦を戦った結果獲得した能力だった。  
言ってみれば、それは一個の戦闘コンピュータだった。  
 
そうはいっても、彼女の意識は、麻薬とそれがもたらす信じがたいほど大きな性感にひたりきっていた。  
さらに男の舌が女の小ぶりな胸の膨らみを舐めまわしはじめた。  
男はその弾む胸の感触を楽しみながら、両の乳首を舌の上で転がす。  
彼女のからだは二度目の絶頂に向かって追い上げられていった。  
しかし、彼女がそれを迎えようとしたとき、突然バイブのスイッチが続けて切られた。  
ぬるりと引き抜かれたとき、彼女の唇から思わず残念そうな吐息が漏れる。  
秘唇が名残惜しそうにひくひくと動いている。  
そのとき、彼女の口のボールがふと取り払われた。  
彼女は息を大きく吸い、叫ぼうと身構えた。  
しかし、拳銃の撃鉄を起こす音に、身をこわばらせる。  
「俺を見損なってもらっちゃ困るね。叫んだら撃つ」  
 
そして、全裸で椅子に縛り付けられたスーザンの死体をどう説明するのか?  
彼女は暗いユーモアを覚えたが、冗談ではない。  
彼女は別に臆病ではなかった。祖国のために死ぬなら本望だ。  
が、ここで死んでも何にもならない―――犬死にではないか!  
何度も死にかけたのを生き延び、そして行き着く先はこのチェキストの手か!  
生きたい。  
彼女はこれまでにないほどそう願った。  
彼女の頭に手が添えられ、ぐっと押し下げ、苦しくなるほどに前に倒した。  
彼女のつぐんだ口に、男の肉棒が突きつけられた。  
むっとするような匂いが鼻をつく。  
「上手にやったら挿れてやるよ」  
男の声にはサディスティックな笑いが含まれていた。  
普段の彼女なら「挿れてやるよ、とはどういうことだ、むしろこっちから願い下げだ」に続いて悪態を 
何ダースないし何十ダースか吐くところだったが、現在働いている冷徹な理性からはそんな台詞は出て 
こない。  
そして、その台詞の源となる感情は、むしろ挿入を望んでいた。  
理性は感情に主導権を渡した―――さしあたっては。  
 
実際にやったことはないが、ヴィデオや本で見たことはあるし、やった友人の話を頬を染めて聞いたこ 
ともある。  
彼女は、鈴口にくちづけると唇に含み、躊躇いがちに吸ってみると、男がうめいて身じろぎした。  
唇をゆっくりと沈め、幹の部分を奥までくわえて口全体で締め付けるようにし、顔を何度も上下させる。  
のどに先端があたり、吐き出しそうになるのを辛うじてこらえる。  
彼女のぎこちない奉仕でも、何ヶ月も溜め込んだ男にはあまりに大きな刺激だった。  
突然その肉棒が大きさを増したと思うや、肉棒が引き抜かれ、前後して大量の白濁液が吐き出された。  
生暖かい精液は彼女の顔を汚し、一部は口内に侵入した。麻薬の靄を破り、嫌悪感が現れ出てくる。  
 
しかし、その眺めは男の嗜虐心を煽った。  
本国では決して縁が無いだろう、美しい女性が自分の、そう、自らの精液に汚された眺めは。  
そして、その美しい女性は、常に彼には目もくれない、毅然としたNATOの女性軍人でもあった。  
凛々しい女性が力無く汚されている様は、彼にとって実に興奮する眺めであった。  
 
実際、屈服させた国の女を抱くというのは、昔から勝利を実感する方法として好まれてきた。  
この場合の問題は、別にロマノフが屈服させたわけではないということだが。  
 
※筆者注:湾岸戦争やイラク戦争では女性の捕虜が存在したが、痴漢行為以上の性的虐待の事実は知ら 
れていない。  
 
女の感情の残滓は、あまりの汚らわしさに呆然とする。  
だが、侵食された感情は、その欲望を貪欲に欲し、舌で舐め取っていた。  
「そんなに俺の精液がうまいのか?淫売め、おねだりしてみろ。『ロマノフさまのペニスを頂けません 
か』とな」  
侵食された感情がそれに従おうとする。  
しかし、彼女自身の感情の残滓が、頭をもたげた。  
 
目隠しがなければ、女の目に荒々しい光が宿ったのが分かったろう。  
彼女は顔を上げ、しぼりだすように、しかし一語一語区切って、はっきりと言った。  
 
「てめーの、ケツと、犯りな」  
 
男は逆上した。  
女の秘唇に、男の肉棒が押し当てられた。  
絶望的な悲鳴を上げようとする感情を、理性が無理やり押さえ込んだ。  
十分に濡れた秘所に、ゆっくりと入ってくる。  
先ほどの反抗がうそのようにしおれ、現実を拒絶するかのように頭を振り、「いや・・・いや・・・」 
とつぶやく様は、彼をますます興奮させていく。  
しかし、彼女は、苦しみはそう長くないとどこかで感じていた。その幕切れが、死の暗淵か、救出か― 
―――そこまではわからなかったが。  
肉体と感情が切り離されたような感覚を覚え、現実感が薄れていく。  
まるでヴィデオを見ているような感じだった。しかし間違い無く彼女の精神の一部は残っていた。  
 
男は、乱暴に腰を振りたて、女の体は強引に揺さぶられる。  
無言の悲鳴を上げるかのように開いた唇のあいだに、透明な唾液が糸を引いていた。  
既に一度達しているとはいえ、女の締め付けはすばらしかった。そして、ノルウェー女性―――という 
よりはNATOの女性軍人を陵辱しているという思いが、このセックスをいっそうすばらしいものにし 
ていた――彼にとっては、だが。  
彼女の頭の麻薬の靄が、彼女を抱いている相手の顔を隠していた。  
知らず知らずの内に腰を上下に振り、更なる快感を求めていた。おびただしい愛液が溢れ出し、二人の 
性器を濡らしていた。  
心の反発にも関わらず、体は快感の源の汚らわしさを忘れ、絶頂に向かって高まっていった。  
女が達したとき、手錠をかちゃかちゃと鳴らしながら全身が硬直し、痙攣した。  
男は我慢できずに、女の胎内に精を解き放った。  
 
その感覚に、女は全身が総毛立つのを覚えた。ピルの服用のおかげで、妊娠の恐れはない。  
しかし冷酷なる理性はそれで納得しても、彼女の感情の残滓は到底納得しなかった。  
麻薬の靄を破り、理性の安全弁を吹き飛ばし、感情がついに火を噴いた。  
スーザンは動物的な絶望の絶叫をあげた。  
 
狼狽したロマノフが全裸のまま拳銃を取り上げ、狙いを定めようとしたそのとき。  
部屋の前の廊下に重い足音が轟いた。  
ロマノフはあわてて体を回し、拳銃を構えなおす。  
 
次の瞬間、ドアを蹴破ってクレトフとシマコフが飛び込んできた。  
ロマノフは慌てて2発続けて撃ったが、パニックのせいで外れた。  
その隙に、シマコフが年を感じさせない踏み込みで間合いに入り込んだ。  
熟練した空挺隊員の渾身の一撃を浴び、ロマノフは吹き飛んだ。  
戸口でカービンを構えていたクレトフは、素早く立ち上がるとロマノフの体を探り、鍵の束を見つけた。  
スーザンの四肢を拘束していた手錠を手早く外し、解放する。  
彼女はクレトフの胸に崩れ、安堵で気を失った。  
クレトフは彼女の体にシーツを手早く巻きつけた。赤く腫れた手足、白濁した液体で汚れた真っ青な顔、 
秘所からたらりと垂れる男の体液に彼の怒りが募るが、それを押さえつけて作業を続け、彼女の体をひ 
ょいと担ぎ上げる。  
廊下では、手空きの司令部要員たちが拳銃かカービン,それと懐中電灯を持ってスーザンを捜索してい 
た。  
途中で会った隊員にプーカン中尉をスーザンの部屋に寄越すよう言付けると、彼女の部屋に向かった。  
 
シマコフの軍靴がロマノフの股間を踏み潰した。  
ロマノフが絶叫し、口から泡を吹く。  
続いて彼はロマノフの喉をつかみ、持ち上げた。  
ロマノフは空中で足掻くが、怒りにかられたシマコフの前にはびくともしない。  
シマコフは、妻を癌で亡くした。彼は消耗していく妻を、ずっと見ていた。  
彼は癌には立ち向かうことができなかった―――そのせいでフラストレーションがたまっていた。  
そして、それをぶつける相手が目の前にいる。  
彼は左手で相手を立たせ、続けて殴った。  
鼻柱が折れ、顔中が血だらけになったが、容赦しなかった。  
 
クレトフは静かに彼女をベットに下ろし、湯で濡らしたタオルで彼女の顔を拭いはじめた。  
そのときプーカンが入ってきた。彼女の顔を見て、息をのんで立ち尽くす。  
「そんな・・・なんてひどい・・・」  
「中尉、後は頼むよ」  
彼は、今これ以上彼女にふれるのが怖かった――――男がこれ以上触っては、彼女が傷ついてしまうの 
ではないかと心配だった。  
彼はうろうろと歩き回りながら、プーカンが手早く治療していくのを見守っていた。  
「目立った外傷はありません」やがて彼女は診断を下した。  
彼は安堵した。  
彼はもうひとつの問いを持っていたが、聞くのが怖かった――彼女の心はどうなんだろうか?  
彼はカービンをつかみ、逃げるようにドアを出た。  
 
シマコフはロマノフを放り投げた。  
ロマノフの体は机にあたり、はねかえって床に崩れた。  
その目の前に自動拳銃が転がっていた。  
彼はそれをつかみ、震える手で構えた。  
 
そのとき、クレトフが入ってきた。  
彼は一目で状況を識別した。  
大佐は拳銃を抜こうとしているが、何かに引っかかって抜けないでいる。  
そして、ロマノフの拳銃は既に薬室に弾丸が送り込まれ、撃鉄が起きている。  
 
流れるような動作でスリングを肩から外し、素早くストックを伸ばす。  
フォア・ストックとグリップが手のひらに収まり、優雅にバレエの名手が舞うかのような、なめらかな 
動作でカービンが持ち上がってくる。  
無意識の領域で、連射にするか単射にするか考える。答えはすぐに出た。  
連射でも彼の腕なら外すことは無いし、ロマノフに単射で1発ずつ撃ちこんでいくのは面倒だ――こい 
つにはそんな手間をかける価値は無い。素早くセレクターを連射に合わせた。  
全てがしっくりと、あるべき位置に収まり、完璧な、とてつもなく堅固な立射の姿勢を取る。  
ロマノフよりずっとまともな多くの男を殺してきたクレトフには、もはや迷いは微塵も無かった。  
ストックを肩に当て、照星をのぞきこんだ瞬間、クレトフから、すべての感情が、恋人が傷つけられた 
ことに対する怒りが、消えていた。彼の頭の中の”戦闘モード”スイッチが、カチッ、と音を立てて切 
り替わったような気がした。  
照準をロマノフの胸に合わせ、闇夜に霜が降る如く静かに、だが決然と、短く引き金を絞り、次の瞬間 
彼は発砲していた。  
 
銃声がほとばしり、6発の5.45mmラッシャン弾がロマノフの胸を縫うのを照星越しに見る。  
被弾の衝撃で目が大きく見開かれる。  
手から自動拳銃が離れ、床を滑っていった。  
ロマノフはがくりと膝を付き、慈悲を乞うように手を差し出した。  
しかし、慈悲は与えられなかった、彼の望む形では。  
6つの弾痕は密集してひとつの穴となり、いかなる医師にも修復不能な主要臓器、中枢神経組織へのダ 
メージを与えていた。  
 
クレトフはかすかな哀れみを感じてカービンをわずかに降ろし、フルオートで23発の残弾すべてを叩 
き込んだ。  
ロマノフは弾かれたように吹き飛んだ。  
シマコフは、張り詰めていた気がぷつりと切れ、崩れるように座った。  
 
銃声を聞きつけ、AKS-74Uカービンを携えたボルノフと兵士たちが入ってきた。  
血だまりに沈むロマノフの死骸を見下ろすボルノフの目には何の表情も浮かんでいなかった。  
黒っぽい迷彩服を着てすべるように音も無く歩き、まったくの無表情を顔に張り付かせたボルノフは、 
死神のようだった。  
カービンを構えた武器隊員たちはすばやく散開し、周辺防御を確立した。  
「軍法に基づき、ロマノフKGB中尉を、上官反抗の罪で射殺した。確認されたい」  
「確認する」  
「確認する」  
そしてボルノフはクレトフのそばに立ち、平静な声で言った。  
「俺の分を残さないでおいてくれて、ありがとう」  
クレトフの心に感情がよみがえりはじめた。彼は血走った目でボルノフを見た。  
それを見たボルノフは何も言わずに彼をクレトフの部屋に連れて行った。  
ドアを閉めると、彼はクレトフを殴った。  
 
力は軽かったが、その衝撃は大きかった。  
クレトフは、信じられない、といった目でボルノフを見た。  
「気付けだ」ボルノフは口の端をゆがめて笑った。  
クレトフはかっとなった。  
「貴様、人をいきなり殴っておいてその言い草は―――」  
「いいから聞け。貴様は、今はじめて人を殺したのだ。精神の平衡を失っている」  
「待て、俺は上陸作戦のときに機銃を担当していたし、指揮車がやられたあとはこのカービンで何人か 
殺ったぞ」  
「それは、任務としての殺人だ。今のは違う。貴様は、今、はじめて自らのために殺人を犯したのだ」  
「ロマノフのような人でなしを殺すことを、殺人と言うのか」それは、クレトフの反抗心が言わしめた 
台詞だった。  
「無論、ロマノフを殺したのが悪いことだとは言わん。しかし、奴は生きる権利を喪失していたとして 
も―――  
 それでも奴は、人間だったのだ」  
ボルノフはクレトフの目をのぞきこみ、彼がその意味を理解したと判断した。  
 
「ようやく分かってきたようだな」  
「ああ」クレトフはベットに腰をおろし、手で頭を抱え、振った。  
ボルノフはクレトフを見下ろしていた。  
「もう二度と犯さないことだ。殺人というのは、ある種の麻薬だ。一回なら耐えられるかもしれん。し 
かし、忘れるな。  
 闇を見るものを、闇もまた等しく見るのだと言うことを」  
クレトフは頭を抱えて黙って座り、ボルノフの言葉を反芻していた。  
ボルノフはクレトフの背中をぽんぽんと叩いた。  
「さあ、立てよ。貴様を必要としているひとがいるんだからな」  
彼はクレトフを立たせ、隣の部屋に連れて行った。  
 
隣の部屋では、ベットに横たわったスーザンの枕元の椅子にプーカンが座っていた。  
あれほどエネルギッシュだった彼女が、ひどく弱々しく横たわっているのを見て、彼は心を痛めた。  
彼女は入浴したらしく、湿った金髪が枕のうえにこぼれている。  
そう、西側の文献には、レイプされた女性は皆入浴すると書いてあったな、とボルノフは思い出した。  
おそらく、獣欲の犠牲になった痕を拭い去ろうとするのだろう。  
プーカンがウォッカの小ビンを持っていた。そのおかげか、スーザンの顔色はだいぶ良くなっている。  
ボルノフが手招きして、中尉を呼んでささやいた。  
「どうだろう、会わせても大丈夫かな?」  
「わたしはこんなケースを扱ったことは無いんですが、たぶん大丈夫だと思いますね。異性に恐怖する 
段階は過ぎてると 思いますし―――彼女、相当にタフですね。今はショックを受けてますが、PTS 
D――失礼、心的外傷後ストレス 障害のことです――の恐れはほとんど無いようです。簡単なストレ 
ス測定テストをやってみましたが、平常値より少し 高い程度です。薬物を投与された痕跡もあります 
が、尾を引く影響はなさそうです。  
 今の彼女には、同性の友人よりも支えてくれる異性が必要だと思いますよ」  
そう言ってプーカンは片目をつむり、出て行った。  
彼は壁にもたれ、存在感を消した。それは彼の特技であった。  
午後の太陽が照り付けていたにもかかわらず、二人は彼を忘れた。  
 
クレトフはぎこちなく歩き、枕元の椅子に座った。  
彼が彼女とはじめて会ったとき、彼女は死を間一髪で逃れたショックから顔面は蒼白だった。  
しかし、そんなときでさえ、彼女は活力を発散していた。それは、顔立ちに相まって彼女をよりいっそ 
う魅力的に見せていた。  
 
今、彼女は傷つき、弱々しく横たわっている。  
彼の方を向く青灰色の瞳には、ショック、苦痛、疲労、悲嘆などといった表情が浮かび、彼の心は張り 
裂けそうになる。  
カービンのフォア・ストックを握る手に力が入る。  
祖国では、まあ、美しい女性が襲われているところに偶然空挺隊員が通りかかり、助けてその美女と恋 
に落ちる、なんてことを考えなかったわけではない。しかし彼は、こんなところで、この不潔な犯罪が 
彼の大事なひとと彼を巻き込んだことに憤激した。  
そして苦々しくつぶやいた。  
望みは、しばしば最悪の形で成就するものだ、と。  
 
しかし、その瞳に宿る美しく、力強い光に、彼はわずかに安堵する。  
無表情よりはいいのだろうか―――それとも逆か?彼には分からなかった。  
何か、気をまぎらわせてやらねば、と彼は決めた。  
西側の文献にはなんて書いてあったっけ?  
強姦は、すべての男がすべての女を隷属させるために利用する犯罪である、だったかな?  
くそ、セルゲイ、貴様は飛行機から飛び降りたり機関銃を撃つ勇気――そして銃を向ける犯罪者を射殺 
する勇気はあっても、傷つけられた恋人に言葉をかける勇気は無いと言うのか!彼は自分をののしり、 
叱咤した。  
 
彼が口を開きかけ、閉じ、また開き、閉じて口ごもっていると、彼女が口を開き、震える声で聞いた。  
「ロマノフは…?」  
「死んだ。もう、君を傷つけることは二度とないよ」  
毛布から出ていた彼女の細い腕をそっと握る。  
彼女は、彼の手が痛くなりそうな勢いで握り返す。  
「お願い、どうか、行かないで―――あたし―――怖い―――独りになるのが怖いの」  
「ああ、僕はここにいるよ」  
彼は彼女の手を握り、彼女が眠りに落ちるのを見守った。  
彼がふりかえると、謎めいた寡黙な友人は姿を消していた。  
いらん気遣いをしやがって。  
彼は苦笑したが、それが本当に不要なのかどうか、確信は持てなかった。  
 
彼女の寝顔は穏やかだが、弱々しかった。  
あの活気にあふれた女性をこれほどまでにしてしまう、強姦という犯罪を、彼は心から憎んだ。  
そして、彼の想いを告白していなかったことを悔やんだ。  
勢いで体を重ねることと、結婚の申し込みとは一線を画した問題だ。  
もちろんそれが直接役に立つことはなかっただろうが、心の支えくらいにはなったはずだ。  
実のところ、おれにはその方法がわからなかったのだ、と苦々しく独白する。  
かつての結婚は、ほとんど勢いに流されたもので、気付いたら結婚していた、という具合だった。お互 
いに傷つき、得たものは何もなかった。  
なんていえば良いんだろう?ただでさえ難しいのに、さらにそれを英語に訳さなければいけない。  
 
ダーリン、ここから生きて出られたら・・・  
くそ、こんなのはB級映画だな。  
 
彼は、発砲後のカービンが気にかかった。掃除したかったが、クリーニング・キットは隣室だ。彼女か 
らそんなに離れたくなかった。それに、目がさめたときに彼がそばにいなかったら、彼女はどんなに不 
安になるだろうか。  
 
AKS-74小銃を持ってスーザンの部屋の前に立っていた空挺隊員は、廊下の暗がりから突然現れた上官 
に肝を潰した。  
反射の戯れにより、色とりどりの光が窓からさっと差し、ボルノフの浅黒い顔を仮面のように見せた。  
一瞬、その迷彩服に太陽の断片が投げかけられ、奔放な雑色の服を彼に着せ掛けた。  
空挺隊員は反応することを忘れ、ただ動物的な恐怖に立ちすくんでいた。  
ボルノフが微笑むと、彼は一瞬の硬直から解け、敬礼した。  
「封鎖線を拡大する。君は、あの廊下のはしで警備してくれ。私がここに座ろう」  
彼は折り畳み椅子を取り出して座った。  
「了解しました――――その、彼女は―――」  
ボルノフはペーパーバックから顔を上げ、言った。  
「転んだ拍子に頭を打ったのだ。ショックは大きいが、まあ大丈夫だろう」  
ボルノフは再びペーパーバックに目を戻した。  
空挺隊員は心からの笑みを浮かべて敬礼し、歩きはじめた。  
しかし、彼は一抹の疑問を覚えた。あんなに暗いところで、政治士官は本が読めるのだろうか?  
彼は頭を振り、その疑問を振り払った。元第14連隊の彼は、ボルノフのことをあまりよく知らない。  
 

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