ノルウェー海兵隊は、洋上にあった。  
彼らは今回の作戦に備え、新しい武器を支給されていた。  
ノルウェー脱出以来、各地を転戦する間に様々な武器が入り混じり、補給が困難となっていたためだ。  
 
装甲車は、M113やらナンやらが混ざっていたのが、8輪のピラーニャ装甲車に統一された。  
海兵隊員たちはこの装輪装甲車が頼りなく思えて気に入らなかったが、海上をM113の2倍の速度で走れるし、強力な25mm機関砲まで積んでいるのは――少なくとも――事実だった。  
だがそれが、その安さゆえに戦費に苦しむノルウェー政府に喜ばれたことも、また事実だった。  
さらに、戦車部隊はレオパルト1戦車を受領した。この戦車はこれまで使っていたM48A5より5トンほども軽いにも関わらず、より強力な射撃コンピュータやレーザー照準器を備えており、戦車兵たちは大いに気に入った。  
 
海兵隊員たちは、新しく支給されたM16A2小銃に期待と疑念の入り混じった視線を向けていた。  
彼らが使っていたG3やFALより軽いし信頼性は高いが、やはり口径が小さくなるのは不安だった。  
 
その他、主な歩兵装備は以下のとおりである。  
81mm中迫撃砲M29、60mm軽迫撃砲M224、対戦車ロケットM72、84mm無反動砲カールグスタフM3。  
また、砲兵部隊は105mm軽榴弾砲M101を、工兵部隊は装甲ドーザ、地雷原啓開車、坑道掘削装置などを受領している。  
 
 
クレトフは目覚めてからなぜ目覚めたのかに気付いた。  
彼は、本能的に、彼女が迫る脅威を見たのだと考えた。  
自動的に手が動いて腰のホルスターから自動拳銃を引き抜き、左手でスライドを引きつつ、彼女の上に覆い被さった。  
 
しかし、悲鳴を上げつづける彼女の目を見て、何がそうさせたのかを知った。  
彼女の目はうつろで、数センチしか離れていない彼の顔も見ていない。  
両手で毛布を握りしめ、絶叫を続けている。  
彼は拳銃をホルスターに戻すと、ピストル・ベルトを外し、椅子に置いた。  
ごとり、と重い音をたてて軍靴を床に落とし、上衣を椅子の背にかけた。  
彼は彼女の隣に横たわり、彼女の頭を胸に抱いた。  
耳に唇を寄せ、ささやく。  
「オーケイ、オーケイ、だいじょうぶ、スーザン、大丈夫だ。君は生きている。オーケイ、オーケイだ…」  
「奴が…来る…銃で…私を…撃つ…」  
彼女はがたがたと震え、涙を流していた。  
彼女と同じ支給品のTシャツの胸に、涙が筋を作った。  
 
セルゲイ・クレトフは、彼女の活力と勇気に感嘆していた。  
彼女はいつも、虜囚の立場にあるとは思えないほどに溌剌としていた。  
しかし今、活力も勇気も影をひそめ、彼女は、彼の胸で、おびえた子供のように震えている。  
男は腕に力をこめ、彼女を抱き寄せた。  
男の力強い心臓の鼓動に、女の心は落ち着きを取り戻す。  
「奴は死んだ。俺が殺した。奴は、もう、来ない」  
彼女は痙攣するようにうなずいた。  
「だいじょうぶ、俺がここにいる限り、君には指一本触れさせないよ」  
女は顔を上げ、男の顔を見た。  
その目にはショックに加え、すがるような表情が浮かんでいた。  
「お願い、ここにいて…私の隣に…」  
彼はうなずいた。  
「ああ、ここにいる。俺はここにいる」  
女は、彼の鼓動と体温に、はかりしれないほどの安堵を覚えた。  
彼は彼女の頭を抱き、スーザン―――彼が守れなかったひとが眠りに落ちるのを感じていた。  
 
 
スーザン・パーカーはロサンゼルス沖のサンタ・カタリナ島近く、水深20メートルにいた。  
彼女は米海兵隊のルイス大尉に誘われて、ノルウェーではおよそ縁の無さそうなスキューバ・ダイヴィングに挑戦していた。  
ルイスはタンクから何から全部自前で器材を持っていたが、彼女はウェット・スーツ以外の全てをレンタルしていた。  
 
我々の感覚から言えば、水温は低い。伊豆と大差ないと思っていただければよいだろう。  
しかし、彼女にとっては、驚きの連続だった。  
彼女は山登りは得意だったが、海に行くことはほとんど無かった。ときおり兄弟と釣りに行く程度だった。  
だいたい、ノルウェーでドライスーツを着ずにダイヴィングをするのは自殺行為である。  
 
彼女が大きな海藻の森に目を見張っていたそのとき。  
大きなトラブルが彼女を見舞おうとしていた。  
彼女がレンタルした器材は、整備不良だった。  
タンクとホースとをつなぐ機械、すなわちファースト・ステージ、その圧力調整のスプリングがうまく働いていなかった。  
 
突然、送気が停止した。  
彼女はあわてて周囲を見回したが、ルイスやほかのダイヴァーたちの姿は海藻に隠れて見えない。  
浮かれてバディ・システム、つまり、常にグループで潜れという原則を無視したツケが回ってこようとしていた。  
BCDジャケットに注気しようとするが、故障したのがファースト・ステージのため、注気は行われない。  
レンタルした器材には予備のオクトパスは無いし、あってもファースト・ステージの故障には対処できない。  
この場合の対処法は、バディに空気をもらうバディ・ブリージングか、海面への緊急浮上しかない。  
そして、バディはいない。  
彼女は瞬時に決断し、ウエイト・ベルトを投棄して緊急浮上を開始した。  
 
彼女は自分が放出した気泡に包まれ、きらきらと光る海面に向かって急速に上昇していった。  
足ヒレを蹴る力を弱め、浮上速度を気泡と同調させる。  
顔を上向け、唇の力を弱めて小さな気泡を常に出しつづける。  
これは空気の膨張による肺の損傷を避ける措置だったが、空気の消費量を増やすのも事実だった。  
マスクの中の空気まで吸うが、酸欠で頭が朦朧としてくる。  
ほとんど失神しかけ、目の前が暗くなった瞬間、彼女の体は水面上に躍り上がっていた。  
ボートクルーが彼女を見つけ、ボートの上に助けあげた。  
 
そのまま一晩入院したが、幸いにも減圧症や空気塞栓症の発症はなかった。  
 
その翌々日、彼女は再びそのポイントを潜った。  
実のところ彼女は海が怖かった。  
もしも彼女の肺の中に空気がほとんど無い状態で送気が止まっていたら、彼女は海面にたどり着けなかっただろう。  
そして、彼女の死体は海藻に絡まれ、やがて彼女が忘れられたころ、見る影も無くなった死体が見つかっただろう。  
 
しかし、彼女は、どうしてもあの海中の感動が忘れられなかった。  
これを乗り越えなければ、二度とあの感動を味わうことはできないだろう。  
そう感じて、彼女は敢えて同じポイントを潜った。  
そのダイヴィングは、劇的なことは何も無く終わった。  
そして、その後、彼女が水を必要以上に恐れることは無かった。  
 
 
 彼女は、アンダヤのホテルの一室で目を覚ました。  
自分がロサンゼルスにいないし、明るい海面から引きはがされて暗く冷たい海底へと沈んでいく死体でもないということを納得するのに、数秒かかった。  
 隣ではクレトフが穏やかな寝息を立てている。  
赤い夕日が斜めに差しこみ、ふたりの顔を照らしている。北欧の短く長い日が、暮れつつあった。  
 
 彼女は額に手を当て、目を閉じた。  
あのときのことを夢に見なくなって数年が立つ。  
今帰ってきたのは、なぜだろうか?  
レイプされたショック?  
それなら、ミサイルを食らって爆発しつつある愛機F-16A 685号機から射出する瞬間を見るはずだ。  
 
 そう、彼女は685号機をアメリカから自らフェリーし、その後もずっと一緒だった。  
彼女は確かにF-5も好きで、少しでも早く乗りたくて必死に勉強したおかげで空軍士官学校は首席で卒業した。  
 しかし、F-16は別なのだ。  
この獰猛な猛禽は、初めて会ったとき、フレスラント基地で飛来するYF-16を眺めていたそのときから彼女を魅了した。  
彼女は「鷹匠」に、どうしてもなりたかった。  
 
 ベルク少佐率いるアメリカ派遣団の一員に選ばれたとき、あまりの嬉しさにそこら中を踊りまわりそうだった。  
夢にまで見たF-16が消えてしまわないか心配で、整備員たちに笑われながら、ハンガーの685号の隣で寝たこともあった。  
 
 685号は彼女のどんな指示にも即座に敏感に反応し、彼女が付き合ってきたどの男よりも頼りになり、また気が合った。  
胴体に緩やかに融合していく翼の曲線、機首の上に突き出たバブル・キャノピー、機首の下にあごのように開いたエアインテイク…  
 彼女にとって、685号機は、機械というより親友だった。  
ビスの一本一本に至るまで、685号が大好きだった。  
そんな685号が、サイドワインダーのパチモンのアトールなんぞを食らって死んでしまったのが、悔しくて悲しくてならなかった。  
 
 できることなら、685号と死にたかった。  
しかしここで射出しなかったら、整備員たちが射出座席の整備不良を疑い、後悔することになるだろう。  
学校では「どんなに絶望的でも射出ハンドルを引くだけ引け」と教えられ、彼女はそれに従った。  
 
 彼女にとって、アトール空対空ミサイルがエンジンノズルに飛び込み、685号の断末魔の悲鳴が聞こえた瞬間が、間違いなく人生で最悪の瞬間だと思っていた。  
もちろん、昨日までは、の話だが、それでも685号が死んだときは最悪のときのひとつに数えてよいだろう。  
それは、ダイヴィングで死にかけたことなどとは比べ物にならないインパクトを持っていた。  
親友が彼女の体の下で死んでいくのを感じていたのだから。  
 
 そのとき、彼女はふと思った。  
今も、あのロサンゼルスの病院での一晩と同じ状況なのだ、と。  
ここでこのトラウマを克服できなければ、彼女は独りで寂しい一生を送るはめになるのではないか。  
なんとなく、685号がそのことを教えるために、出番を譲ったような気もした。  
あとで冷静になってみれば実にバカげた考えだったが、麻薬の作用が残って少し鈍った頭には実にもっともらしく思えた。  
 
 スーザンはそっと上体を起こし、するりと服を脱いだ。  
彼女は、彼女の隣に寝ている男、セルゲイ―――敵の大隊長に愛情を抱いていた。  
 しかし、彼は、彼女のことをどう思っているんだろうか?  
彼女が、ロマノフに体を許したと思っているんではないか?  
また、そうではなくても、他の男に汚されたということで、嫌うようになっていたら?  
 
 彼は激しく彼女を求めた。  
が、それははたして彼女の肉体だけが目当てだったのだろうか?  
 
 彼女は自分のからだを見下ろした。  
遺伝子プールは、彼女に大きな胸を与えてくれなかった。  
胸は、形は良いが、そう大きくはない。  
頭をまるごと挟めるような大きなバストが持てはやされる昨今では、あまり有利な要因ではない。  
しかし、彼女の顔立ちは、そう悪くはない―――と自分では思っているが、客観的に見て、飛びぬけていると言っていいのではないか。無論、筆者の贔屓目かも知れないが。  
 カーテンの隙間から差し込む夕日に、引き締まったすらりとした裸身が燃えている。  
その体は、高Gに耐えられるとは信じられないほどに華奢に見える。  
無駄な脂肪は感じられないが、かといって過度に筋肉質ではない。  
ほっそりとした脚はすらりと長く、ウエストもほどよく引き締まっている。  
内なる炎に焦がされ、胸の蕾は既に固くしこっている。  
 
 彼女は意を決し、男の顔にそっと顔を近づけると静かに唇を合わせた。  
男のくちびるを舌でなぞり、ぬるりと中へと侵入させる。  
歯茎をなぞり、上あごをさする。  
男の口のなかを自分の舌で蹂躙しているような気がして、彼女はかすかな罪悪感を覚えた。  
彼女はそっとくちびるを離した。  
 
 そのとき、彼の目がぱっと開いた。  
反射的に手が腰に動いたところで、20センチほど離れたところでかすかな笑いを含んで見つめる彼女の目に気付く。  
彼が口を開きかけたとき、彼女の口が彼のそれをふさいだ。  
男は驚いたように目を白黒させていたが、彼女がまた舌を入れると、積極的に、情熱をもって応じた。  
 つと、離れた。  
ふたりの間を透明な糸がつないでいる。  
彼女が顔を沈め、そっとささやいた。  
女の震える息が耳にかかる。  
男はそれをくすぐったく感じた。  
 
 女は、自分がとんでもないことを口走ろうとしていることを知覚していた。  
それでいい。  
思い切って言う機会など、これを逃せばないことは分かっていた。  
 
「ねえ、セルゲイ―――私を抱いて・・・あいつを忘れられるくらいに強く―――激しく―――愛して」  
 
 男は前、明かりを付けて女を愛したいと言ったことがあった。しかし、女はそれを固く拒んでいた。  
スーザンは静かに、顔を赤らめて微笑みながら首を振った。  
「私は、今夜は、あなたの前で狂ってみたい。だから今は、明かりをつけたままでいて」  
とは、言わない。  
夕日に照らされたその笑みは妖艶だった。しかし彼は、その笑みがガラスのような脆さを含んでいることを察していた。  
 
 彼女は体を入れ替え、男の頭の両脇に腿を下ろし、彼のうえに覆いかぶさった。  
彼女自身が穿いているのと同じ、OD色のズボンをずり下げると、そこではブリーフが白いテントを形作っていた。  
そのブリーフを脱がせると、既に用意ができている陽物が姿をあらわした。  
 
 二人とも明るいところで相手のそれを見るのは初めてだった。  
熱に浮かされたように互いを求めたあの車中でのこと以外は、常に暗くなってからの密かな逢瀬だった。  
 
 先走り汁を先端からにじませているそれは、見たところ、ロマノフのそれと同じように見える。  
しかし、ロマノフのそれにあった凶悪な雰囲気はない。  
顔を近づけると、石鹸と汗の匂いに混ざってむっとした雄の匂いが漂ってくる。  
女は、むしろそれを愛しく思った。  
彼女の心の一部は、自分の心の動きを、楽しみと心理学的な興味をもって見守った。  
彼女はそっと口付けると、ゆっくり口に含んだ。  
 
 彼は、そのこころよさに思わずうめいた。  
その口のなかは温かくぬめっていた。  
女は自分の唾液と男の液をまぜ、いとおしむようにして舌でその全体に塗り広げた。  
男はその感覚に体を震わせる。  
彼女は頬をすぼめ、全体を締め付けると、顔を上下させはじめた。  
 
 それは、まるで女性の膣のなかのように温かく、ぬめっていた。  
穴ならなんでもよい色情莫迦に思われるのが怖くて、口唇奉仕を頼んだことはなかった。  
彼女の舌使いは稚拙だが、そのぎこちないけれども微妙な愛撫は刺激的だった。  
男は、自分のそれをのめりこむようにしゃぶっている女性を限りなくいとおしく感じた。  
 
 彼の舌が、きれいなサーモンピンクの割れ目をなぞり上げると、スーザンはくぐもったうめき声を上げて身じろぎする。  
すでに濡れそぼっていたそこから、止め処もなく蜜が湧きあがってくる。  
いつもより、少し敏感なようだ。  
 その原因に思い当たった男は、思わず理不尽な怒りにかられて荒っぽく舌を秘唇の奥に突っ込んだ。  
女はその刺激に思わず口を離して小さく叫んだ。  
 
 しかしすぐに、彼女の唾液でねっとりとしたそれをくわえなおした。  
女は舌を絡めたまま勢いよく首を振りはじめた。  
男は、この新しい刺激にどんどん追い上げられていった。  
しばらく我慢していたが、とうとう音を上げた。  
「出る、くそ出ちまうよ、頼むから離してくれ、頼むから」  
 しかし、彼女はお構いなしに加速し、彼をますます高まらせる。  
彼がうめき、それと同時に彼女の口内のそれが体積を増し、大量の精液を噴出した。  
喉にあたり、思わずむせる。  
むせながらも飲み込もうとしたが、少し唇から垂れた。  
虚脱したように横たわっていた男は、彼女が肩を震わせているのに気付いて、向き直った。  
 
 彼女の頬を、涙がつたっていた。  
彼が心配してのぞきこんでいるのに気付いた女は、涙を流しながら微笑んだ。  
「なんかヘンだね、泣いたりなんかしちゃって…うれしくて…あなたが喜んでくれて…」  
「そう、か…」  
クレトフの胸に、あたたかいものが湧き上がってくる。  
二人はそっとキスを交わした。  
 
 女は膝を立てて足を大きく広げた。  
手を伸ばし、秘唇を大きく広げると、そこは既に濡れて、細く赤い光を浴びて妖艶に光っている。  
男の唾液と女の愛液が混ざり合ってお尻にまで流れ、男に焦らされたそこは、ひくひくと動いて男を誘っていた。  
女は上気した顔を背け、恥ずかしそうに男を横目で見る。  
 
 クレトフは彼女に覆い被さり再びキスをすると、肩に手を添え、ゆっくりと自分の分身をそこに埋め込んでいく。  
女は顔をのけぞらせ、その快感に耐える。  
自分のなかに、彼がいる。  
そのことを感じていた。  
男は体を止めて女の顔に手を伸ばした。  
「大丈夫か?」  
彼女の髪を梳き、心配そうに聞く。  
薬の作用が残り、女の体は自分でも驚くほどに敏感になっている。  
その快感に耐えている表情を、男は誤解していた。  
「平気よ、痛くなんてないから…ね、お願い、動いて」  
男は小さく笑い、ゆっくりと引き抜き始める。  
「あっ…」  
スーザンは、思わず唇から漏れてしまったため息を呪った。にやにやと笑うセルゲイをにらみつけるが、迫力は全く無かった。  
彼はそのまま濡れた亀頭で彼女の肉芽を探り当てて、敏感な淫核をこねる様にこね回す。  
「ひぃぃ… 何するの、駄目だよ… ああ…」  
剥き出しの急所への強引で執拗な愛撫が、スーザンを喘がせる。その喘ぎと濃密な体臭が、彼の本能をかきたてる。  
 
 セルゲイはたまらなくなり、腰の場所をずらすと一気に貫いた。  
「ひぃぃぃぃ…」叫びに近い喘ぎが、彼女の口から漏れた。  
彼はスーザンの妖しい収縮をしばし堪能し、そして腰を揺すり上げ始めた。  
奥をつかれるたびに、女の硬く結んだ唇から抑えきれない嬌声が漏れてしまう。  
警備の隊員たちに聞かれる。  
その危惧も、今の彼らにとっては一種のスパイスにしかならなかった。  
 
 セルゲイは彼女をもっと高みに導きたくて、腰を円を描くように回し始めた。  
女は眉をひそめ、必死に快感に耐えている。  
あられもなく叫びだしそうな自分が怖かった。  
そんな女が愛しくて、男は腰の動きをさらに激しくする。  
一番奥まで一気に突き入れる。  
そして背中を丸め、女の胸の蕾を唇で摘む。  
梳くように顔を動かし、舌で転がす。  
「セルゲイ…駄目ぇ…声っ…声、出ちゃうよっ…ああっ…」  
彼はスーザンの唇を咄嗟に自分のそれでふさいだ。  
お互いの熱い吐息が頭にじんじんと響き、二人の熱情を煽る。  
「駄目っ! もう、もう駄目…ふあぁああっ…」  
女の切羽詰ったような囁きを聞き、男はスパートをかけ始める。  
男が腰を引き、一気に突き入れたとき、男は精を放っていた。  
それと同時に女も達し、女の中は全てを吸い取ろうと、ぎゅっ、と締め付けた。  
 
 
 セルギエンコ大尉は小さなフォルダを持ち、スーザンの部屋の前に立った。  
しばし逡巡したのち、周りを見回し思い切って手を上げてノックしようとしたとき、背後から声が掛かった。  
「どうしたんだね?」  
彼がぎくり、と振り向くと、そこにはボルノフ大尉が立っていた。  
「えー、あー、本国からの情報が来たので少佐にも見てもらいたかったんですが…」  
「だが、私ではいかん、ということかな?」  
「いえ、大丈夫ですが」  
「なら、私が見よう。それで良いかね?」  
「はい」  
「私は、君は融通がきく士官だと知っていたぜ、同志セルギエンコ大尉」  
ボルノフはフォルダを受け取ると、どこへともなく姿を消した。  
セルギエンコは詰めていた息を吐き、冷や汗を拭った。  
 彼はそのとき、自分が統合司令室の椅子に座っていることに気付いた。  
さっきまでフォルダを持っていたはずの手を怪訝そうに眺めた。  
「どうした?」ニチーキン大尉が聞いた。  
「いや…フォルダ、どこに置いたっけ?」  
ボルノフ大尉がさっき持っていったよ、というのが彼の答えだった。  
(うーむ…昨日、呑みすぎたかな?)この呑兵衛め。明日戦争だってェのに呑んでるんじゃない!  
 
 
 彼女は彼の背中に抱きつき、静かに涙を流していた。  
彼はそれに気付いていたが、それをあえて咎めようとはしなかった。  
それは、彼女にとって随喜の涙であると同時に、清めの涙でもあった、そのことに気付いていたから。  
彼女の頬の筋が乾き始めたころ、どちらからともなくそっと囁きを交わし始めた。  
 
 いつものように、このまま眠りに引き込まれるのは嫌だった。  
これが最後の夜かも知れないのだから。  
 
 二人の交わすのは他愛もない言葉だが、家族をもった経験のない男にとっては、何よりも心を和ませてくれるものだった。  
そして、彼にはそれが必要だった。その、人間的なぬくもりが。  
防衛計画に列挙された榴弾砲陣地の射角計算結果などといった無機的な事柄は、知らず知らずのうちに彼の人間性を麻痺させていく。彼女との語らいは、それを回復させてくれる。  
自分の心が癒されていくのを感じることは、平和の中に生きるひとびとには理解できないほどに快いものだ。  
 
 しかし、そうするうちにも、背中に当たるやわらかな乳房の感触や、彼女の体温を意識しないわけにもいかなかった。  
そして、耳たぶをもてあそぶ彼女の唇の動きや、耳に当たる震える息、触れ合った太もものやわらかさや、時たま擦り付けられる秘所、そしてそれが濡れつつあることも。  
 
 彼女は、自分の体の火照り、そして自分の「女」の貪欲さに戸惑った。  
淡い月光の中でも、その体の紅みははっきりと見えた。  
男の耳元で囁く息に、熱いものが混じっている。  
男の胸毛を弄っていた指が、筋肉質な男の体をなぞりながらゆっくりと下がっていく。  
 
 その指が男の陽物にたどり着いたとき、一瞬動きを止めた。  
背中で、ふふ、と小さく笑う気配を感じ、アンドレーエヴィッチは自分の無節操さを笑われているようで赤面した。  
「あなたのここ…すごく元気…」  
小さく笑いながら指ですりあげる。  
その微妙な刺激に男はうめき、負けじと背に手を回した。  
秘裂を指でゆっくりとなぞると、とろりとした感触が指にからんだ。  
「君のほうも…もう…」  
彼女は少し恥ずかしそうに笑った。  
「なんだか、今日はヘンみたい…ね、もう一度…?」  
彼は体を回して彼女を抱きしめ、ささやいた。  
「可愛いよ…」  
「やだあっ…んっ…」彼女は赤面し、セルゲイの指の動きに息を乱した。  
彼はふと指を抜き、彼女の体をつかんで自分の体の上に乗せた。  
彼女は彼の体をまたいで膝を付き、陽物にそっと手を添えて自らの秘裂へと誘った。  
ほんの数センチの距離で見つめあう二人。  
 彼女の潤んだ瞳が妖しく光り、その光に彼は魅了された。  
わずかな水音とともにその先端が女の肉壁に分け入り、その感触、その快感にスーザンの顔がゆがんだ。  
口を大きく開け、声も無く喘いでいる。  
そしてクレトフが彼女の腰に手を添え、ゆっくりと突き入れた。  
彼女は小さく叫び、男にしがみついた。  
 
 クレトフは上体を起こした。  
カーテンの隙間から、白い朝の光が差し込んでいる。  
サイドテーブルの上には、トレイと、温かく湯気を立ちのぼらせるカーシャの椀が二つ置いてあった。  
右側の椀の下にはメモが置いてある。  
 クレトフが起きた気配にスーザンも目覚めた。  
「どうしたの?」  
クレトフはメモを読み、笑った。  
「我らが友、ボルノフ大尉の温かいお心だよ」  
 パーカーは熱い椀を取り、笑った。  
しかし二人とも同時に、椀の熱さの意味に気付いた。ドアにも窓にも、開いた形跡など無かった。  
寡黙な友人の謎は深まるばかりだった。  
 
「1200時に総合指揮所に出頭しなきゃいけない―――今は1000時。残念だな」  
スーザンは寝返りをうち、クレトフの頬を両手で挟み、目を正面からのぞきこんだ。  
「ねえセルゲイ、嘘をつかないで。正直に言って。NATOはどこまで来ているの?」  
彼は軽口を叩こうとして、彼女の目の真剣な光に賢明にも思いとどまった。  
唾を飲み、彼女に話しても大丈夫かどうか考える。答えはすぐに出た。  
「後3日だ。後3日で、彼らはここに来るだろう」  
「――――それで、あなたたちは?」どうするの?と言う言葉を飲み込んだ。  
「我々はここを渡すわけにはいかない。祖国はアンダヤ島を必要としているんだ。  
 俺がここを去るときは、戦争が終わったときか――――あるいは、死んだときだけだ」  
重い沈黙。  
 
「君の考えでは、我々はどうすべきなんだい?」  
「・・・私には分からない。あなたは私の同胞と戦おうとしているのだから、当然だけどそれは悲しい。  
 でも、私たちはどちらもそれぞれの祖国に奉仕する職業軍人よ。  
 あなたが私のためにその責務を躊躇するというのは、もちろんうれしいけど、それじゃあなたじゃないという気もする。  
 私に言えるのは、あなたはあなたの信じる道を行きなさい、ということだけ。  
 それが、例えどんな道であってもね」  
 
クレトフの胸に、彼女への深い愛情が湧きあがってきた。  
二人はどちらからともなく、そっと唇を触れ合わせた。  
「愛してる」  
「私も」  
二人は囁きを交わす。それは、彼らと同年代の若い男女――――国家の壁に隔てられていない恋人たちが交わす睦言と全く変わりなく見える。  
 
「スーザン」  
彼の口調があらたまったのに気付き、彼女は え? という顔をする。  
「こ―――この戦争が終わったら、ソヴィエトに来て、二人で暮らさないか?  
 もちろんノルウェー空軍は退役してもらわなくちゃいけないけど、俺の陸軍の給料でも充分にやっていけるだろうし」  
 
 彼女は彼から離れて起き上がり、窓のほうに歩いていった。  
太陽が逆光になり、一糸まとわぬ彼女のシルエットを見事に映し出している。  
 
「もちろん、今すぐに返事をしてくれ、とは言わない。こういうのは、しっかりと考えてから決めないと」  
それに、彼が生き延びられる可能性はとても低い。  
今のが死を前にした戯言で終わる可能性も高い。だが、彼は本気だった。  
 
 彼女は腰に手を当て、唇をかんで考えていた。  
彼と暮らすのは、彼女にとって夢のような、素晴らしい話だった。  
 だがしかし、空軍を退役しなくてはいけない。  
祖国ノルウェーも、捨てなければならないだろう。彼女にとって、それは耐えがたいことだった。  
 
 そして目を閉じると、ルイス大尉やゲイツ中尉、リッター中尉、ゴードン中尉といった、彼女の戦友たちの顔が浮かんでくる。  
空を捨てれば、彼らとは二度と会えなくなる。  
 ルイス大尉には生きていればあるいは会えるかもしれない。  
だが、彼女が失った部下たちには、空を飛んでいるときしか会えないのだ。  
墓が無い彼らにとって、空だけが居場所だから。  
 
そう、軍人は、民主主義や自由、祖国といった抽象的な概念のためではなく、結局のところ戦友のために戦うのだ。  
 
「ごめん。今すぐには答えられない」  
「ああ、構わないよ。じっくり考えてくれ。  
あ、もうこんな時間か。そろそろ行かないと」  
クレトフは明るく言い、バルコニイに出た。  
そこでしばしためらった。  
「ありがとう」言い捨てて隣の自室に消えた。  
しかしその顔に浮かぶ落胆は隠しようがなく、彼女の心は痛んだ。  
 
彼女はバスルームに入り、シャワーの栓をひねった。  
程よく温かい湯を頭からかぶり、壁にひたいをつけてよりかかる。  
「なんで、私たちはこんな風に・・・」ソ連とノルウェーという敵対する二国ではなく、日本やオーストラリアのような、参戦していない平和な国に生まれ、出会ってもよかったはずなのに。  
 
 表向きの答えは簡単だった。  
私たちは敵同士、だからノー。今すぐに別れて、ノルウェー軍人としての誇りと自覚を持ちなさい。  
だがあいにく、現実はそう単純に動いてくれない。  
 彼女は こん、と軽く頭を壁にぶつけた。  
この莫迦。さっき何を言うべきだったんだろう?  
戦わないで?でも、それだと嘘になった気がする。  
「ちくしょう…畜生…」  
 彼女はシャワーが体を打つのを感じながら、この数ヶ月で信じられないほど複雑になってしまった自分の人生に思いを巡らせていた。  
空とF-16、空軍の同僚たち、そしてその時々のボーイフレンドで成立していた、あの単純で平和な日々。  
この戦争がはじまってからあまりに多くの事が起き、まるで何十年も前のことのように思えた。  
彼女がクレトフと知り合ってから、まだ半年も経っていないのが、嘘のようだった。  
 

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