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彼女は手持ち無沙汰のまま、この後繰り広げられるであろう戦闘の経過を予想し、記していた。  
なぜそのようなことをしたのか、彼女自身にも分からなかった。  
 彼女は鉛筆を放り出してドアに張り付き、外の様子に聞き耳を立てた。  
解放への小さな期待と、彼女の恋人が戦死することへの怖れ―――大きな怖れを抱いて。  
 
 クレトフは指揮所で、地図をのぞきこんでいた。  
地響きとともにときおり埃が落ちてくる。  
「空軍部隊、敵機と交戦中」  
「SAM隊に射撃待てと言え。同士討ちの危険は犯せん」  
セルギエンコ大尉が天を仰いだ。  
「奴らもしつこいですな」  
「ああ、近くにヤンキーの空母がいるからな」  
クレトフはコルトン中尉に向き直った。  
 
「で、その『ノーディック・ロータス』とは何なんだね?」  
コルトン中尉は通信用紙に目を戻した。  
「えー、伝えられているのは作戦名だけです。詳細は不明」  
 
「なんだ、それじゃあ何の役にも立たんじゃないか」ソロキンがいらだたしげに言った。  
「しかし、アイスランドに対する一連の空爆作戦が『ノーディック・ハンマー』作戦と呼ばれていたことは分かっています。  
 ですから、これもアイスランド絡みではないかと司令部は見ているようです。  
 『ロータス』と言う命名から見て、私見ですが、これはアイスランドへの対潜哨戒機の展開作戦ではないかと思われます」  
「じゃあ、なんで我々のところにそいつ――――その情報が回されたんだ?」  
「『ノーディック・ハンマー』の情報も我々のところに回されたのをお忘れですか?たぶん『ノーディック』の部分に 過剰反応したお偉いさんがいたんじゃないかと思いますね」  
しかし、クレトフはなにか引っかかった。  
ロータス――蓮の葉。カエル―――(?)―――飛び石―――  
 
「コルトン君、私の考えは違う」  
クレトフの声に、地図台をのぞきこんでいたみなが顔を上げた。  
「アンデネスは、NATOの飛行場からちょうどいい位置にある―――片道ならばイギリスからでも飛べるからな。  
 アンデネスのブラインダー爆撃機はスコットランドをしつこく襲っている。  
 そして、ムルマンスクへも近い。おまけに、米機動部隊とは別に、英の両用戦隊が後続していると言っていたな?」  
「はい、そうです。軽空母『アーク・ロイヤル』機動部隊が後続しています。  
 司令部では、米機動部隊の後方援護だと考えていますが―――」  
「米機動部隊は軽空母『イラストリアス』を伴っている。これ以上の援護はいらんだろう。  
 また、充分な防空体勢が整ったムルマンスク攻撃には、軽空母は危険すぎて投入できないはずだ。  
 むろん対潜プラットフォームとしての価値はあるが、すでに『イラストリアス』が随伴している以上、2隻いても意味は薄いだろう」  
 
 彼の言葉に、皆が驚いた。陸軍将校とは思えないこの弁説は、しかし実はパーカーのおかげだった。  
もちろん、スーザンが機密指定の事項を漏らしたわけではない。  
しかし、毎日の寝物語のあいだに、クレトフは空軍士官の考え方をどちらも意識しないうちに吸収していたのだ。  
 
「では同志大隊長、『アーク・ロイヤル』機動部隊の目的は何だとお考えですか?」  
「ここ、アンデネスの奪取だな。スコットランドへの脅威を排除できるし、ムルマンスク上陸作戦を援護できる。  
 ムルマンスク攻撃のさいに、むろん艦載機のみでも攻撃は可能だが、陸上機の援護があればより確実となる。  
 また、艦載機では困難なノルウェー中部の攻撃も可能となる。おまけに『アーク・ロイヤル』艦載機のみでは攻撃は不能だが、米空母艦載機の援護があれば可能だ。何しろ、アンダヤは戦略的に脆弱だ。  
 中部ノルウェーで我が方が使用可能な飛行場はここしかないからな。おそらく、この夜の間に『アーク・ロイヤル』機動部隊は行方をくらましているだろうな」  
 
 そのとき、ソロヴィヨフ伍長が通信用紙を持って早足で入ってきた。  
受け取って目を走らせたグスコフは顔色をさっと変えた。  
「レーダー偵察衛星が撃墜されたとのことです―――これで我が方の偵察能力は―――待ってください、『アーク・ロイヤル』機動部隊行方不明―――最終接触報告では南下していたとのことです!」  
「そらきた」ぼそりとニチーキンがつぶやいた。  
クレトフはシマコフに向き直った。  
「同志戦闘団長、状況は一刻を争います」  
「ああ、そのとおりだ、クレトフ君。全隊はただちに沿岸防衛配置を開始せよ」  
「了解」  
 
『傾聴。  
 私は戦闘団長のシマコフ大佐である。  
 戦闘団の、そして対空ミサイル中隊、対艦ミサイル中隊、保安中隊の諸君。  
 諸君はこれまでこの島で、厳しい訓練を積んできた。  
 その訓練がついにその真価を発揮しようとしているのである。  
 昨日深夜より敵両用戦隊が我が方に向け進撃中である。  
 未明より敵部隊の攻勢大なるが予想される。  
 だが諸君。  
 我々は決して屈服しない。  
 むろん敵は生易しいものではない。  
 だが我々は世界最高の精鋭である。  
 例えクレムリンがヤンキーの手中に落ちようともアンダヤは我らのものであることを、西側の腰抜けどもに  
 教えてやろうではないか。  
 祖国はアンダヤを、すなわち諸君らの努力を必要としている。  
 将兵よ。我が祖国の生存は、いまやひとえに諸君の双肩に掛かっているのだ。  
 我が第106親衛空挺師団にはかつて1万2000の戦友がいた。今や2000に満たぬ。  
 諸君に犬死しろとは言わん。  
 祖国ロシアのために死ね!  
 Я умираю, но не судаюсь. Прощаи родина!  
 以上』  
兵士たちは戦慄を抑えられなかった。シマコフが引いた言葉は、第2次大戦のブレスト・リトフスク要塞攻防戦の際にソ連兵が壁に刻んだ言葉である。彼らは、ドイツ軍司令官グデーリアンに「ただ賛嘆あるのみ」と言わしめたほどの激戦の後に全滅した。  
セルギエンコ,ソロキン,ニチーキン,イワノフ,デミヤン以下の各中隊長は、スピーカーからの声が終わると同時に怒鳴った。  
「СМИРНО! 祖国と人民のために万歳三唱!」  
URAAAAA! URAAAAAA! URAAAAAAAAA!  
 
 スーザン・パーカーは、シマコフの演説を聞いた後でドアを開けて厨房に行き、本管中隊の連中に差し入れてやろうとロールパンを焼きなおし、コーヒーを用意し始めた。  
 迷いは無論あった。相当にあった。  
ソヴィエト人たちは祖国の領土を奪い同胞を殺し、そして今また彼女の同胞を殺そうとしている。  
だが、彼女はこの数ヶ月、そのソヴィエト人たちとずっと付き合ってきた。  
奴らは空の点でもなければ爆撃すべき目標でもなかった。結局のところ、人間だった。  
 
 炊事兵連中が雑用に借り出され、誰もいない厨房に香ばしいコーヒーの香りが漂い始めたところで、クレトフが入ってきた。  
クレトフは口笛を吹いた。  
「お――どろいたね、まったく!今日中に我が大隊戦闘団は全滅し、おまけに君も巻き添えを食らって味方に殺されかねないというのに、我らが捕虜のノルウェー空軍少佐ドノはビートルズを歌いながらパンを焼いているとは!」  
スーザンはじろりとにらんだ。  
「ビートルズじゃありません」  
「?」  
「クイーンです」  
「どこか違うのかい?」  
「大違いです!だいたいあんたもクイーンの替え歌を歌ってたでしょうが」  
「あれってそうだったのか?」  
ソ連の空挺隊員たちはアフガニスタンで「ウィ・ウィル・ロック・ユー」の替え歌の「ヴィア・レイドヴィキ」を作っていたが、あまりに普及しすぎてクレトフあたりに届くころにはソ連軍オリジナルだと思われるようになっていた。  
 
 クレトフも、パンとコーヒーをトレイに載せて運ぶのを手伝った。  
その帰りに彼は彼女を部屋まで送り、護身用として折り畳みシャベルを渡して特別な用があるとき以外は部屋から出ないように申し渡した。  
「実戦が近いんで、さすがにみんな殺気立っているからな」  
彼女はシャベルを振り回し、だいぶ前に受けた白兵戦の訓練を思い出そうとした。  
 
X−1日、2330時。  
 主船団の黒い船影が闇の帳の中を進む。  
揚陸船団の後方では、水上戦闘艦隊が左右に別れはじめた。  
9隻のフリゲイト、駆逐艦は左右に分かれ、やがて半円形の対潜・対空バリヤーを形成する。  
船団の前方を進む2隻の駆逐艦はゆっくりと左右に分かれ、定位置に向かってゆっくりと、しかし着実に進む。  
 3隻の航空機運用艦は対潜・対空バリヤーの奥に位置した。  
2隻のドック揚陸艦はその前方に停止した。  
そして、8隻の戦車揚陸艦がその前方に並んだ。  
 
 揚陸艦と輸送船船内では、積載品の固縛を解く作業が手際よくはじめられた。  
 海兵隊は分隊単位で点呼が開始され、携行装備品の点検が進められていく。  
実戦を直前に控え、ノルウェーの海兵隊員たちはライフルの再々点検やナイフ砥ぎといった、必要ではないが有害でもない作業で緊張をほぐす。  
 揚陸艦の船倉では、固縛を解かれたピラーニャ装甲車がランプ前に順に並び、エンジンの試運転を行っている。  
ピラーニャは水陸両用の構造を持ち、米海兵隊もLAV(ライト・アーマード・ヴィークル)として採用している。  
 
 2隻の駆逐艦は、攻撃開始線の両端に位置した。  
2隻のヘリコプター艦の飛行甲板にはウエストランド・コマンドウ輸送ヘリコプターが引き出され、離艦の最終点検を行っている。  
さらに軽空母の飛行甲板上では、シー・ハリアー戦闘攻撃機、ハリアー攻撃機が並び、出撃のときを待っている。  
 
 セルゲイ・A・クレトフ少佐はホテルの前に立って双眼鏡をのぞいていた。  
シマコフも上がりたがったが、最高指揮官が戦死するのは困る。次席指揮官の特権だった。  
アンデネス沿岸の縦深防御陣地からは、まったく音がしない。  
しかし彼の部下たちはそこに潜み、時が来るのをじっと待っていることを、彼は知っていた。  
「SSM隊、射撃準備完了」伝令員がひそひそとささやく。  
 むろん、怒鳴っても沖の敵軍には聞こえないことは分かっていた。  
しかし戦闘を控えたときの人間の習性として、みな低い声でしゃべっていた。  
SSM隊のカヤック・ミサイルの射程は100キロを越えている。  
が、何しろ目標捜索手段が無いものだから、結局は水平線より近い目標しか狙えない。  
だが慣性誘導装置に経路を入力することで、超低空で地形を縫いつつ、島の中央から沿岸の敵艦を攻撃できた。  
「SA-11隊に、射撃待てと言え」  
「了解」  
この命令は、既に何度も繰り返されている。  
戦闘団の短SAM部隊は既に戦闘準備を完了しているが、増援のSA-11部隊はレーダーも切り、バックアップの赤外線探知装置のみを作動させて身を潜めていた。  
 
 
 燃料気化爆弾を搭載した英空軍の輸送機が、8機のシー・ハリアー戦闘攻撃機に護衛されて滑り込みつつあった。  
昨日までの爆撃でアンデネスの飛行隊は全滅した、とされていたのでみな敵機よりはむしろ対空火器に気を配っていた。  
 シー・ハリアーの操縦士たちはこの任務が気に入らなかった。  
しかし、しょうがない。彼らは任務を気に入るために給料をもらっているのではないのだから。  
本来は米海軍のF/A-18戦闘攻撃機などが行うべき任務だが、プロペラで飛ぶ輸送機に随伴できる低速で飛行できるのはシー・ハリアーしかなかった。  
 しかも上空援護を担当するはずの米軍戦闘機部隊は、母艦に対する空襲に対処するため、来られない。  
その空襲部隊がジューコフ大佐以下のアンデネスから発進した空軍爆撃隊であることを、彼らは知る由も無かった。  
ついでながら、ソヴィエトで対艦攻撃を担当するのはもっぱら海軍航空隊である。  
 
 SA-11部隊がレーダーに火を入れた。  
レーダー警報機が鳴り、ハーキュリーズと4機のシー・ハリアーは高度を上げた。  
4機のシー・ハリアーは降下を開始し、アラーム・対レーダーミサイルの発射準備にかかった。  
 
 はるか高空で、ミグが旋回しながら潜んでいた。  
発振封鎖を行っていた艦隊のレーダーには、捕らえられなかった。  
彼らは合図を受けて獲物を狙う鷹のように翼をすぼめ、急降下しはじめた。  
ただちにミサイルを作動させ、急降下しながら目標を捕捉し、赤外線誘導のアラモ・ミサイルを続けざまに放った。  
 
 NATOは不意をつかれた。  
SA-11から逃れようとしていたとき、突然ミサイル警報機が鳴った。  
超音速の槍に貫かれ、2機のハリアーが続けて爆発した。  
それを見たみんなが警戒した。  
生き残ったシー・ハリアーはアラームの発射準備を取りやめ、チャフとフレアをふりまきながらすばやく旋回した。  
しかし、ハーキュリーズには何もできなかった。  
旋回もできない、急降下もできない、ただ的になっているしかなかった!  
 
 その数瞬後、ハーキュリーズは3発のアラモを喰らって爆発した。  
搭載していた燃料気化爆弾が誘爆した。  
燃料がじゅうぶんに拡散していなかったので、設計者が予想していたとおりの爆発とはならなかったが、派手に燃え盛る燃料が海面に降り注いだ。  
 
 上陸作戦は大きな齟齬を来たすこととなった。  
燃料気化爆弾で、海岸に敷設された地雷原と防衛陣地を一掃できるはずが、その目論見は見事に外れた。  
NATO部隊は、待ち構える罠に正面から突っ込むはめになったのだ。  
 しかしもう、上陸作戦は中止できない。  
揚陸指揮能力が貧弱なイギリス海軍とノルウェー海兵隊の臨時編成部隊では、大幅な作戦変更は不可能だった。  
「ヒデぇ1日になるぞ…まだ始まったばかりだが…」  
指揮官を務めるイギリス軍の少将は、この戦闘が血みどろのものとなることを予感した。  
 
X日、0200時。  
 兵員輸送艇が次々と海面に降ろされ、兵員輸送船の舷側に、1隻、また1隻と横付けされていく。  
舷側の縄梯子をつたい、完全武装の海兵隊員たちが次々に乗船していく。  
乗船が終わった舟艇は、母船の左舷側では反時計回り、右舷側では時計回りに円を描いて回り、僚艇の乗船が全艇完了するまで海上に待機する。  
 
 上空ではシー・ハリアー戦闘攻撃機が押されつつもミグと激戦し、これをミサイル駆逐艦が援護している。  
ハリアー攻撃機が急遽発進し、汀線付近に猛爆を加えている。  
地雷を誘爆させ、地雷原を啓開するためだ。  
さらに、爆撃の漏斗孔は上陸部隊の遮蔽物にもなる。  
防衛陣地に配置された短距離地対空ミサイル部隊が応射し、ハリアーがこれとロケット弾で交戦している。  
戦闘団の短SAMは赤外線誘導の最新モデルなので対レーダー・ミサイルが使えず厄介だ。  
深入りしすぎたハリアーが、空挺隊員が放ったSA-18携帯対空ミサイルを食らい、散った。  
 
X日、0300時。  
夜空に、突然緑の閃光が生じた。  
クレトフは思わず目を覆い、それから目を細めてよく見た。  
閃光はゆっくりと、揺らめきながら降りてくる。  
信号弾だ!  
 
 攻撃開始線の両端に位置した駆逐艦が信号弾を打ち上げる。  
と同時に、第1波部隊のピラーニャ装甲車が指揮官艇を先頭に、梯陣を整えていっせいに攻撃開始線を越え、全速航走を開始した。  
 さらに3分後、歩兵部隊を乗せた兵員輸送艇が攻撃開始線を越えた。  
第2波から第4波までは歩兵部隊揚陸のための兵員輸送艇で、それぞれ3分間隔で攻撃開始線を越えていく。  
重火器中隊揚陸の汎用輸送艇隊がこれに続き、戦車部隊を乗せた大型輸送艇が攻撃開始線後方で航行隊形を製形中である。  
 
 次の瞬間、汀線から数百メートル沖合いの海上で、爆発が連続し始めた。  
ソ連の空挺部隊が、迫撃砲の砲撃を開始したのだ。  
 この方面には、6門の82ミリ中迫撃砲と3門の120ミリ重迫撃砲がある。  
中迫のうちの3門と重迫撃砲が、猛烈な全力射を浴びせ始めた。  
1両のピラーニャがまず殺られた。  
まだ暗い海面に、火球が映えた。  
 
 ノルウェー軍も応射をはじめた。25ミリ機関砲のバースト射がトーチカのコンクリートを削る。  
しかし曲射弾道の迫撃砲を叩くことは難しい。  
 クレトフはハリアー攻撃機のずんぐりとした機体が急降下してくるのを認めた。  
反射的に伏せる。  
次の瞬間、ハリアーが投下した500ポンド爆弾が、1門の迫撃砲を砲員ごと抹消した。  
フレアをバラまきながら上昇していくハリアーのあとを、何本ものSAMが追う。  
 
 損害にも拘わらず、ノルウェー海兵隊は果敢な突撃を継続していた。  
汀線から数十メートルの距離になると、トーチカからいっせいに対戦車ロケットが発射された。  
だがついに第1陣が上陸する。  
空爆で凸凹になった海岸を進もうとするが、しかし激烈な銃火に阻まれる。  
次の瞬間、トーチカから発射された対戦車ミサイルに直撃され、爆発した。  
 
 空が白々と明るみ始めた。この地の夜明けは早い。  
クチカロフ軍曹はライフルを構え、グレネード弾を撃った。  
空挺中隊には、ライフルに装着して30ミリグレネード弾を発射できるグレネード・ランチャーが配備されている。  
分隊の機関銃手は、猛烈に銃撃を浴びせている。  
 
 ひとりの隊員が対戦車ロケットを構え、撃った。  
ロケットは吸い込まれるようにピラーニャに命中し、爆発した。  
そのとき彼らの直前を銃撃が襲い、みな塹壕の底に伏せた。  
顔を上げると、目の前に装甲車が迫っていた。  
クチカロフは背中に回したRPGを構え、撃った。  
戦果を確認せずに分隊の通信手を手招きで呼び、無線機に叫んだ。  
「26より11、維持できない。後退する」  
『11了解。行け!』  
「みんな来い!後退!後退!後退!」  
両側に盛り土されたキャット・ウォークを身をかがめて走り抜ける。  
 
 第1線に篭る他の部隊も、クチカロフの分隊と時を同じくして撤退をはじめた。  
兵員輸送艇から降りたノルウェーの海兵隊員たちが走った。  
手榴弾を放り込んで地雷の有無を確認し、陣地になだれ込む。  
ただちに突撃銃や軽機関銃を構え、第2線陣地に攻撃をはじめる。  
 84ミリ無反動砲が到着し、敵陣地に撃ち込もうと準備をはじめたとき、  
ソ連の迫撃砲が全力射を実施した。  
 この迫撃砲は第1防衛線の陣地に照準を合わせ、既に事前の評定射撃まで済ませて待機していたのだ。  
迫撃砲弾は全弾が第1防衛線の塹壕に吸い込まれた。  
砲弾が塹壕内で続けて爆発し、海兵隊員たちはばたばたと倒れた。  
「着剣」クチカロフが叫んだ。  
「マジかよ」若い兵士が思わず口走った。  
クチカロフが大きく息を吸い、腹に力を入れて叫んだ。  
「突撃にィ――――前えェェェ!」  
兵士たちは吶喊の声を張り上げ、駆け出した。  
 
 吶喊の声と共に突撃してくるソ連空挺隊員に、ノルウェー海兵隊員たちはひるんだ。  
「畜生、イワンが来るぞ!」兵長が絶叫する。  
若い兵士は神の名を唱えつづけている。  
軍曹が叫んだ。「ロスケを殺せェ!」  
そのとき、手榴弾が何個も弧を描いて飛来した。  
BOMG!  
「露助をブチ殺せ!」  
 
 喚きあげながら、クチカロフを先頭に空挺隊員たちは塹壕になだれ込んだ。  
誰もがアドレナリンに飲み込まれ、熱に浮かされたように銃を振り回していた。  
塹壕の中を、死に行く男たちの絶叫と怒号が満たす。  
 クチカロフは無我夢中で銃を振るった。  
突如として鼻先で気合の絶叫が沸き起こった。ノルウェーの海兵隊員は銃床を振り上げていた。  
すばやく銃を向け、銃身で敵の銃を払うと銃剣で腹を突き、裂いた。敵は内臓を飛び散らせて絶命した。  
それは彼の部下とそう変わっている訳ではない、あばたの薄く残る若者だった。  
 もはや銃声はほとんど聞かれなかった。  
双方はともに銃剣を使い、敵の息を嗅ぐ距離で突き、刺し、斬った。そこらじゅうに血やら内臓やらが飛び散った。  
 
 しかし迫撃砲の砲撃で怯んでいた海兵隊員たちは、もろかった。  
この逆襲に耐え切れず、ノルウェー海兵隊は後退を開始した。  
塹壕を飛び出し、岩などの遮蔽から遮蔽へ短くダッシュしながら、相互に援護しつつ後退する。  
歩兵部隊を援護するため、装甲車部隊は後方に回り込もうと砲塔を回して機関砲を撃ちまくりながら塹壕の脇を疾走した。  
 
 次の瞬間、先頭車の車体の下で爆発があり、よろよろと擱坐して爆発した。  
陣地のわきには地雷原が設置されていたのだ。  
 装甲車部隊は立ち往生し、すぐに対戦車ミサイルの集中射撃を浴びて潰滅した。  
 
 汀線より少し沖ではなおも迫撃砲弾の爆発が続いていた。  
汎用揚陸艇から上陸した地雷原啓開車が、直撃されて爆発した。  
 ノルウェー海兵隊のウェーバー軍曹は危なっかしく傾いて擱坐した装甲車の後方に回り、手早く軽迫撃砲を組み立てた。  
左右を見ると、上陸した兵士たちが、それぞれ適当な遮蔽物の後ろにしがみついている。  
黒い砂浜は、兵士たちの血で赤黒く変色している。  
「魔女の大釜だな…」  
後方では、大破して着底した輸送艇の上部構造が海面から突き出している。  
素早く砲弾をすべり落とし、耳をふさぐ。  
滑り落ちていく砲弾の雷管が撃針に触れ、撃発した。  
砲弾が白煙を曳いて飛んだ――しかし弾着は少し左にはずれた。  
 
 クチカロフ軍曹は、装甲車のうしろから上がる発砲炎を見た。  
そしてその直後、塹壕の脇で砲弾が炸裂した。  
「クソ!」  
対戦車手のほうを見た。死んでいた―――今の爆発で首を飛ばされていた。  
 毒づいて対戦車ミサイルを取り、構えると、発射した。  
ミサイルがワイヤーを引いて飛ぶ。  
ウェーバーが迫撃砲の向きをわずかに変えたとき、ミサイルが装甲車に命中した。  
爆発で装甲車が吹き飛び、ウェーバーは押しつぶされて即死した。  
 
 ノルウェー海兵隊のボーン大尉は兵員輸送艇から飛び出した―――次の瞬間、輸送艇が直撃弾で爆発した。  
ボーンは吹き飛ばされ、地面に頭をしたたか打ち付けた。  
すぐにはねおき、隣で失神しているトマソン曹長を引きずって、500ポンド爆弾が作った漏斗孔に飛び込んだ。  
 漏斗孔には彼の中隊の生き残りが潜んでいた。  
ボーンは頭を少し突き出し、状況を探った。  
機関銃を間断なく発砲しつづけるトーチカ、そしてその周囲を守る塹壕。  
そして、彼らは最も突出したところにいた。  
「LAWは無いか!ミニミは!」彼は、対戦車ロケットと軽機関銃の残数を聞いた。  
トマソンが答えを集計し、答えた。  
「LAWありません!ミニミは4丁」  
「なんてこった」  
ロビンソン伍長が意見具申した。  
「200メートルまで近づけば40ミリグレネードを放り込めます」  
「200メートルまで―――」  
ボーンが頭を出し、すばやく目測して引っ込んだ。  
次の瞬間、短い連射が頭上をかすめた。  
「200メートルまであと30メートル前後だ――が、この分じゃ飛び出した瞬間にお陀仏だな!  
 しかしやらねばならんぞ!ロビンソン、やってくれるか」  
「やりましょう!どうせここにいても死ぬんだ、華々しく行こうじゃ有りませんか」  
ロビンソンはグレネード・ランチャーに40ミリグレネードを装填した。  
機銃手が軽機関銃を突き出し、兵士たちもライフルを構える。  
ボーンがうなずき、ロビンソンもそれに答える。  
「ヨシっ!行け!行け!行け!」  
ロビンソンが飛び出し、ジグザグに走る。ソ連兵はその走り方を予測しきれず、後手後手に回った。  
 
 ボーン以下の兵士たちは撃ちまくっていた。  
ボーンの隣の兵士が頭を撃ち抜かれ、声も立てずに倒れた。  
 ロビンソンは歩数を数えていた。  
(今だ!)  
ライフルを振り上げた。  
照準器をのぞき、偏差を計算し、完全に狙いすました一発を放った。  
次の瞬間、彼は頭を撃ち抜かれ、即死した。  
 しかしグレネード弾は白煙を引いて飛び、見事に銃眼に吸い込まれた。  
一瞬後、爆発した。  
 
 歓声を上げる兵士たちをボーンが制した。  
「野郎ども、行くぞ!突っ込め!」  
兵士たちは喚声を上げながら次々と漏斗孔を飛び出し、走り始めた。  
しかし、次の瞬間、銃撃が再開された。  
トーチカの両脇の空挺隊員たちは、トーチカの中で死体となって転がる戦友たちには目もくれず、部署を離れずに射撃を継続していた。  
 
 すべてがスローモーションで動いていた。  
周囲でばたばたと倒れていく部下たち―――その直後、ボーンは胸に衝撃を感じた。目の前が暗くなった。  
 気が付くと、空を見ていた。硝煙で覆い隠された空。  
そして、体がどんどん冷えていくのを感じていた。  
 次の瞬間、再び連射が砂浜を一掃した。  
ボーンは青春の人生を奪われ、死体となって転がっていた。  
 
 NATOは肩まではまり込んでいた。  
海岸線から飛行場までは5キロ程度。  
数時間で突破できるのではないかと期待されていた。  
 ところがその5キロは、幾重にもなる防衛線で防御されていた。  
防衛線といっても単なる線ではない。  
ソヴィエト軍のお家芸、相互に援護しあう縦深防御陣地である。  
1メートル進むにも手榴弾でトーチカを破壊し、塹壕で熾烈な白兵戦を戦わなければならなかった。  
おまけに陣地を奪っても、迫撃砲の弾幕射撃に続いて逆襲され、奪還されることもしばしばだった。  
さらに無線が妨害され、上陸部隊は孤立しつつあった。  
 
 だが重火器チームは、あきらめなかった。  
ウェーバー軍曹の分隊が全滅しても、後続の小隊は漏斗孔や擱坐した装甲車,大破して着底した揚陸艇に拠ってなおも砲撃を続けた。  
低伸弾道で40ミリグレネードや対戦車ロケット、84ミリ無反動砲、12.7ミリ重機関銃をトーチカに撃ち込み、続いて40ミリグレネードや60ミリ迫撃砲の弾幕射撃で塹壕の制圧を試みる。  
 だが、84ミリ無反動砲は、発射すると後方爆風で位置を暴露してしまい、すぐに集中射撃で制圧されてしまう。  
40ミリグレネードの最大射程は400メートルだが、トーチカの小さな銃眼にグレネード弾を放り込むには200メートルまで近付かねばならない。相互援護の防御陣地に200メートルまで近付けばロビンソンの二の舞だ。  
 
 クラーク軍曹の迫撃砲分隊は一計を案じた。  
クラーク軍曹は他の分隊に連絡を取ろうと、着底した揚陸艇の縁から頭をのぞかせた。  
すると周辺にぴっぴっと弾着が集中し、彼は慌てて頭を引っ込めた。  
 
 しかし彼らが煙幕弾の連続射を開始すると、他の迫撃砲分隊も意図を察し、それに同調した。  
 煙がトーチカを隠す前に、無反動砲の砲手たちは、彼らの目標を目に焼き付けた。  
擲弾兵はグレネード・ランチャー付きの小銃を持ち上げ、照準におさめた。  
小銃手たちの中でまだ対戦車ロケットを持っていた者は、背中に回したランチャーを下ろして構えた。  
 
 白煙が陣地を覆うにつれ、海兵隊の銃火は強まっていった。  
さらに、歩兵部隊はそれに乗じて、突撃に移った。  
 
 それは、一体となって地獄のような撤退戦を必死に戦い抜いた戦友同士に生じる第六感のようなものだったのかもしれない。  
クラークたちの第1弾が着弾した次の瞬間、既に飛び出している分隊もあったのだから。  
まるで緻密な事前計画に基づいた反撃であるかのように。  
だが、それは、そうではなかった。  
それは安全な統制艦に乗り組んで命令を下す後方の将官たちが立てた事前計画ではなかった。  
 全てを考慮し、完璧とされた計画が崩壊したとき、NATO部隊を混乱の淵から救ったのは、戦場で弾雨にさらされ硝煙の匂いを嗅いでいる尉官、下士官、そして兵士たちの、ありあわせ、間に合わせ、つぎはぎだらけの計画だったのだ。  
 
 次の瞬間、たれかが喇叭を吹き鳴らした。  
今となってはそれをたれが吹いたかは分からない。  
だがそれは、この現代戦の戦場には時代遅れであり、そしてまた、奇妙に心を打った。  
この戦闘に参加した双方の生存者たちは、その悲しい音色を終生忘れなかった。  
 
 驚くほど多くの生き残った兵士たちが安全な遮蔽を飛び出して駆けていく。  
白煙が、戦場を、赤黒い砂浜を、走っていく兵士たちを、覆い隠していく。  
 
 無反動砲の砲手たちは目に焼き付けたトーチカを狙って猛烈に射撃していた。  
誰もが記録的な速度で再装填し、構えては発射していた。  
歩兵部隊が接近すれば撃てなくなる。  
その前に一発でも多くを撃ちたかった。  
 
 しかしながら、ソ連の空挺隊員たちもまた精鋭だった。  
煙幕弾の初弾が着弾したその瞬間に、セルギエンコ大尉から末端の2等兵に至るまで、誰もが敵の意図を察した。  
 機銃手たちはベルトリンクを点検した。  
爆破担当は指向性地雷の点火装置を点検した。  
小銃手たちはグレネード・ランチャーに装弾し、手榴弾をベストから外した。  
 
 その次の瞬間喇叭の音が響いた。  
そして、敵が突撃してきた。  
機関銃が猛烈にうなり、敵をなぎ倒す。  
空挺隊員の全員がいっせいにグレネードを撃ち、海兵隊の隊列の中で爆発が連続する。  
さらにハリアーが爆破し切れなかった地雷が相次いで爆発する。  
 しかし海兵隊員たちは、死んだ戦友や死にかけた戦友を乗り越えて突撃を継続した。  
 
 誰もが撃ちまくっていた。  
もはや狙いを定める必要は無かった。  
射程さえ掴んでいれば、前方のどの方向に撃っても敵に当たった。  
 
 距離が、50メートルを切った。  
「投擲!投擲ィ!投擲せよ!」  
みんないっせいに振りかぶり、力いっぱい手榴弾を投げた。  
何個もの手榴弾が弧を描き、ころころと転がった。  
しかし戦闘の興奮に飲み込まれ、思慮を失った海兵隊員たちは、石が転がった程度にしか感じなかった。  
隊列のなかで連続して爆発した。  
細切れになった人体の破片が降り注ぎ、それでも海兵隊員たちは止まらなかった。  
「地雷だ!」クチカロフが思わず口走った。  
「Нет!」爆破担当が叫び返す。  
 
 クチカロフは30発入りの弾倉を一気に撃ち尽くし、再び叫んだ。  
「地雷だ――起爆しろ!」  
「敵はまだ、充分に接近していません!」  
ク ソ な ん で こ の 若 造 は こ ん な に 落 ち 着 い て や が る ん だ ?  
 
 距離が30メートルにまでつまったとき、爆破担当は警告の叫びを発し、薄笑いを浮かべ、起爆装置のスイッチを押した。  
爆発が連続し、爆音が空挺隊員たちに耳鳴りを起こさせる。  
猛烈な破片の嵐が前列の海兵隊員たちを完全に掃滅する。  
 
 しかし、海兵隊員たちは血まみれになった戦友たちを乗り越え、なおも突き進んだ。  
もはやBG30は使えない。  
グレネードの信管の作動距離よりも中に入ってきたからだ。  
空挺隊員たちは前面の敵を倒すことに執着し、後列の敵兵をグレネードで倒すことを忘れていた。  
手榴弾も無い。  
 空挺隊員たちは突撃銃を構える。  
引き金から指を離さずに、一気に撃ち尽くす。  
みんなができるだけ早く装弾し、撃っていた。  
 
 しかし海兵隊員たちは突撃を継続した。  
ついに塹壕に突入した。  
発砲している余裕はない。  
武器は銃剣と銃床だ。  
血で血を洗うというのがまさに適切なほどに、激烈な白兵戦が繰り広げられ始めた。  
 
 汀線付近では重火器チームが再編成を行なっていた。  
失われた指揮を復活すべく、生きのこった少数の下士官たちが走り回っていた。  
第1海兵大隊重火器中隊、第3迫撃砲小隊長のベントン中尉―――彼が同中隊唯一の士官となっていた―――が走り回り、歩兵部隊から通報された敵の迫撃砲陣地付近に向かって砲撃を開始した。  
彼らの60ミリ軽迫撃砲は小口径ではあるが、ソ連の82ミリ中迫撃砲に匹敵する射程を誇る。  
中迫部隊と重火器中隊の残存部隊は猛烈な砲撃戦を展開し始めた。  
 
 軽迫撃砲チームはその軽量さを生かし、数発撃つとただちに陣地を転換した。  
一方ソ連の中迫撃砲部隊は固定陣地に拠っており、さらに一発一発の炸薬量,破壊力に勝っていた。  
勝負は互角と言えた。  
 しかし、軽迫撃砲チームがソ連軍中迫部隊を撃破しない限り橋頭堡を完全に確保したとは言えない。  
橋頭堡を確保しなければ後続の重機材揚陸部隊が接岸できず、戦車部隊や砲兵部隊が上陸できないのだ。  
 
 そのころ、上空に米空母機動部隊を発艦した米海兵隊のF/A-18飛行隊が突入しつつあった。  
海軍飛行隊の戦闘損耗を補充するため、海兵隊のF/A-18飛行隊も空母に搭載されていたのだ。  
ムーンシェイド小隊長機のリンダ・A・ルイス少佐は後方を飛ぶE-2Cからの無線を聞いた。  
『ホーク・ロメオよりムーンシェイド・ワン、敵機がアンデネス上空に出現した。  
英軍が交戦中だ。英軍側コードはレナウン、リディヤ、ノンサッチ、ジャスティニアン。  
サザランド小隊は全滅した。  
ムーンシェイド小隊、至急急行せよ。  
コードはゲート、繰り返す、コードはゲート。  
レーダー覆域外だ、各個判断で交戦せよ』  
 アメリカの戦闘攻撃機は一斉に機首のレーダーを作動させた。  
「タリィ・ホゥ!」ルイスは雄叫びを上げ、  
「くそっ、こいつはこっぴどいチャーリー・フォックストロットだぜ!」とこっそり毒づいた。  
「ムーンシェイド・ワンよりホーク・ロメオ、レーダー探知!我々はこれより交戦する」  
『ホーク・ロメオ了解。グッド・ラック!アウト』  
「全機ゲート、全機ゲート、前進して会敵せよ!  
ガネット、あんたのペアは西に回りな。  
ベリー、ついておいで。  
みんな燃料に気をつけて!  
突撃!」  
 
 2個中隊のMiGは、すばやく分かれ、上昇した。  
1個中隊はペアごとに分散し、高度を取りながら急速に東西に散開した。  
そして、1個中隊は大きな弧を描き、上昇しながら全速で東に―――祖国に?―――逃げた。  
 
 シー・ハリヤー飛行隊の生き残りは、それぞれ命からがらかろうじて離脱し、母艦に全速力で飛んだ。  
海兵隊機は、レーダーでソヴィエトの戦闘機を捕捉した。乱戦の中にスパローを撃つわけには行かないが、後方の中隊になら使える、とルイスは判断した。  
「フォックス・ワン!」  
彼女はコールしながら続けてボタンを押した。  
踏みとどまったMiGは、スパロー空対空ミサイルの超音速の槍に真正面から出迎えられるはめになった。  
 
 そのころ、英海軍のハリアー攻撃機が超低空で突入しつつあった。  
ハリアーは地上レーダーを捕捉し、アラーム対レーダーミサイルを発射しはじめた。  
地上レーダーもうかうかしていられなくなった。  
 
 ミグ中隊はすばやく旋回し、チャフをばらまきながらミサイルを振り切ろうと急降下した。  
スパローを誘導しているF/A-18はそれにつれて機首を下げた。  
 
 ミサイルがソヴィエトの戦闘機を捉えはじめた。  
4機が続けて被弾し、空中で爆発した。  
至近弾を受けた1機は辛うじて体勢を立て直し、黒煙を曳きながらよろよろと飛行場に飛んだ。  
 
 海兵隊機は戦果を拡大すべく、追撃を続けた。  
サイドワインダー・ミサイルの射程内にもうすぐ入ろうかと言うその時。  
 
 海兵隊機のレーダー警報機が鳴った。  
逃げたかと思われていたもう1個のミグ中隊が大旋回運動を終え、後方、上空から突入していた。  
ミサイルが続けて発射された。  
ミサイル警報を聞き、みんなはいっせいにフレアを放ちながらブレークした。  
 
 第1の中隊はそのまま降下し、地上を攻撃しているハリアー攻撃機を後方から襲いはじめた。  
そのさらに後方からシー・ハリアー戦闘攻撃飛行隊が引き返し、突入してきた。  
 
 アンデネスの上空は乱闘場と化した。  
ようやく戦闘機隊に追いつき管制をはじめようとした米海軍のE-2Cも、ソヴィエトの地上レーダーの生き残りも、英海軍のミサイル駆逐艦も、この状況を把握することはできなかった。  
全てはルイス少佐のような飛行士たちの手にゆだねられた。  
おまけに対レーダーミサイルの弾頭は、パラシュートで滞空し、再び作動し始めた地上レーダー目掛けて降下した。  
そのせいで、ソヴィエトの地上レーダーは断続的な作動を余儀なくされた。  
 
混沌。  
 
それが、この状況を最も的確に言い表していた。  
 
まずF/A-18がミサイルを食らって散った。  
シー・ハリアーの撃ったサイドワインダー・ミサイルがMiGを直撃し、撃墜した。  
 
「少将、アンデネスの飛行場を獲れなければ我々の負けです。四軍のヘリを全て我が空挺連隊にお貸しください」  
そしてノルウェー陸軍のレイノルズ大佐は計画を説明した。  
双方の制空権が拮抗し、空はどちらの物でもない。  
ただちに命令が下され、選り抜きの隊員を集めたヘリボーン部隊を乗せたウェストランド・コマンドゥ輸送ヘリ8機が続けて揚陸艦を発った。  
ヘリコプター隊は地を這うように超低空を飛び、その前で2機のハリアー攻撃機が露払いをした。  
 
 セルギエンコは報告を受け、野戦無線機を掴んで報告した。  
ホテルの地下に作られた指揮所に陣取るシマコフとクレトフは、それを聞き、作戦機動群を動かした。  
 戦車中隊の4個小隊のうち1個小隊は海岸線に貼り付けられて機動防御に用いられ、残る3個戦車小隊に機械化偵察小隊を追加し、小規模ながら大隊戦闘団の作戦機動/打撃部隊とされていた。  
 
 飛行場に降着した精鋭たちは、降着して即座に戦車部隊の猛攻を受けて大苦戦に陥った。  
対戦車ミサイルを使おうにも、遮蔽がない。  
敵の後背を衝くどころではない。  
彼らは30分の交戦で潰滅し、敗残兵は三々五々敗走して一部が辛うじて汀線付近にたどり着いた。  
 
 だが、この隙に攻撃ヘリコプターが超低空で突入した。  
彼らは汀線に張り付いている海兵隊の頭上をかすめるように飛び、TOW対戦車ミサイルやロケット弾で交戦しはじめた。  
砲兵部隊が上陸できない以上、「空中ロケット砲兵隊」に任せるしかない。  
 
 さらに、陣地に突入した海兵隊は壮絶な白兵戦を戦いながら、1メートル、また1メートルと前進していった。  
彼らの武器は拳銃と手榴弾、爆薬、銃剣、そして銃床とシャベル。  
塹壕のなかでライフルを構え、引き金を絞っている余裕はない。  
彼らは相手の息を嗅ぎ、血走った目を覗き込む距離で、自分たちの肉体を駆使して果てしなく殺しあった。  
かつて戦われた、時代遅れのはずの塹壕戦が復活していた。  
 
 みんなくたくたに疲れ果てていた。  
 
 だが飛行場という目標が、海兵隊員たちを駆り立てた。  
誰もが最後の力を振り絞った。  
アンデネス飛行場まであと4キロ…!  
 
だが、その4キロが、NATOの前に越えがたい壁として立ちはだかっていた。  

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