鋼殻のレギオス ダーティ・ホライゾン
‡#0.イノセント・センシビリティ‡
――意識するな、と思えば思うほど意識してしまうものだ。
ベッドの上で横たわっていたフェリは読んでいた料理本を投げ捨てた。
乾いた音をたてて本は落ち、開かれたページに書いてあるのはチョコの作り方。
バンアレン・デイの件以来妙に凝っていたその料理だが、最近は全く集中出来ないでいる。
今日も夜遅くまで料理本を開いてはいたが、その一つの情報もフェリの頭には入ってこなかった。まあ、入ってきたところで料理が出来るようになる訳ではないのだが。
「はぁ……」
大きなため息に合わせ、フェリは指を唇に添えた。
そして近ごろフェリをずっと悩ませている、あの事実を思い出す。
感触などは覚えていない。そもそも感じられるレベルでなく、かすった程度の事実でしかない。
(でも、)
あれは確かに、触れたと思う。
そう確信出来るほどに、フェリの記憶に強烈に刻まれていた。
(それを……何であの男は、気付かないのでしょう?)
若しくはキスくらい全然平気であったりするのだろうか。
それはないか、と自分の考えに半ば呆れながらフェリは腰をもじもじと動かし始めた。吐く息に湿り気が帯びるのが解る。
(ああ、また……)
自分の体に起きた異変を察し、フェリは諦めるようにため息をつき、一つの行動を起こした。
最近、フェリが病みつきになっている悩ましい行為。
学力テスト勉強の徹夜続きで疲れているというのに、毎夜止める事が出来ない行為。
それでもレイフォンの事を考えていると、その切なさを埋めようとフェリの体は疼いてしまう。
「んっ……」
スカートの中に手を潜り込ませ、ショーツの上から陰部を擦る。
割れ目に沿って指をなぞらせると、ぴりっとした刺激が伝わってきた。
「はっ……はぁ……」
快感に流されようとする自分から逃れようと、身を捻る。
しかしフェリの手指はそれとは逆の意志を持って動いた。もっともっと、自分に快感を与えようと訴えかけてくる。
「はぁっ……くふっ」
粗雑な刺激だが、フェリを高まらせるのには十分だった。頬が上気し、息が上がっていく。
しかしそれでは物足りない。満たされない。毎夜の行為で色々試してはいるが、フェリの欲求を満たす事が出来ない。
「ふっ……んあ?」
そして更なる刺激を求めていたフェリの虚ろな瞳が、一つの得物を捉えた。
フェリの武器である、杖状の重晶錬金鋼。
鱗が付いた半透明な杖の取っ手部分は突起していて、刺激を加えるのには絶好と思えた。
(…………フォンフォン)
少しだけためらった後、フェリはその半透明な杖を自らの陰部にあてがった。
「ぅむ……ふは……っ」
硬い突起部をぐりぐりと押し付けると、体に電撃が走ったかのように快楽の波が押し寄せる。
その刺激を与えてくる存在の中に、今この場にいないはずの男がフェリの頭に描かれていた。
(こんな事、慰めでしかないのに……)
レイフォンを想い、己の体を必死に慰める行為に意味など無いと分かっている。
しかし止めようと思っても止められない。先日のレイフォンとのキス(のようなもの)で、フェリの体は完全にスイッチが入ってしまったのだ。
リーリンが現れて雰囲気の変わったレイフォン。ニーナがいる事で安定するレイフォン。メイシェンといるレイフォン。
どれもが同じレイフォンであるが、フェリが望む姿とは少し違う。
だが、想像の中だけなら。
フェリの望み通りの、自分を見てくれるレイフォンが現れてくれるのだ。
「フォン……フォン……ふぁっ!」
レイフォンの名を何度も呼びながら、フェリは重晶錬金鋼の鱗部分を陰部に擦り付け始める。
ごつごつした凹凸が下着越しに陰阜に食い込む感覚が気持ちよく、フェリの性感を更に刺激した。
「ふ……ふぁ……ふあぁぁっ!」
もはや声を抑える事もせず、フェリは嬌声を上げる。兄に気付かれやしないかという些細な案件は頭の隅に追いやり、ただただ悦楽を求めて錬金鋼を動かす。
陰部からは愛液が溢れ、湿っぽい音が漏れてきた。
「っ……」
遂に耐えきれなくなったフェリは、ショーツに指を掛けて、太ももあたりまで引き下ろした。そのまま陰部に錬金鋼を直に押し当てる。
「くぁっ、ふあっ! フォンフォン、だめ……!」
またもレイフォンの名前を叫ぶ。虚しいと分かっていても、フェリの口からは誘うようにレイフォンの名が漏れ続けた。
(何だか、情けないですね……っ)
それでもやはり錬金鋼の動きは止まらない。
錬金鋼の先端で蜜壺の中をかき回すと、ぐちゅぐちゅと水音が響き、全感覚器で感じているのが分かる。
そしてそれを続けていると、偶然にも錬金鋼の鱗の一つがクリトリスに引っかかり、ぐりっと押し潰した。
「あぁぁぁぁっっ!」
悩ましげに勢いよく首を振り、快楽の波に流されないよう必死に耐えようとするが、その間にも錬金鋼からは更なる刺激が伝わってくる。
「あ、あ……ふぁぁっ!」
空いていたもう片方の手が胸に触れた。手のひらに収まってしまうサイズを少し情けなく思いながらも、つんと自己主張する乳首を摘んで刺激を加える。
「はぅっ!」
それが限界だった。
一瞬フェリの中が真っ白になる。何も、それこそレイフォンの事すら考えられない程の空白。
次の瞬間、せき止めていた快楽が一気に押し寄せ、フェリの体がびくんと跳ね上がった。
「ひああぁぁぁぁっっ……!!」
だらしなく口を開き、涎を撒き散らし、悲鳴のような淫らな喘ぎ声を上げた。
脚がびくんびくんと痙攣し、陰部からは愛液が洪水のように噴き出している。
念威の制御も緩くなったのか、フェリの周りには青い燐光が飛んでいた。
「ふぅ……はぁ、はぁ……」
脳を揺さぶるほどの快感に酔いしれたフェリは、糸が切れたように脱力した。
「フォン、フォン……」
目の端に念威を捉えつつ、フェリはもう一度レイフォンの名を力無く呟く。
快楽を味わった後に感じるこの無力感と空虚感と気恥ずかしさが嫌で、フェリは目を閉じた。
(明日になったら、まともにフォンフォンの顔が見れるといいのですが……)
汗で濡れた服のまま着替えもせず、フェリは心地よい眠気に誘われ、意識を闇に落としていった。
†
「やっと寝たか……」
リビングのソファでコーヒーを片手にくつろいでいたカリアンは、天井を見上げて言った。
天井を挟んだ上の空間は、妹であるフェリの部屋。
先ほどまで、そこからは妹の淫靡な嬌声がずっと響いていたのだ。
「レイフォン君には、何とかしてもらわないとな……」
料理の味見ばかりか毎夜毎夜妹の自慰行為で起こされては、カリアンの心労は休まるところをしらない。
さり気なくフェリをたしなめようと思っても、自慰の時は喘ぎ声を抑えるようなどと言うことなんてとてもじゃないが出来ない。
ただ、フェリがそうなった理由は容易に理解出来る。十中八九、リーリンが現れた事だろう。
「彼女には期待していたが、このままではレイフォン君より先にこちらの問題を解決せねばならないな。……何かあればいいが」
リーリンを留学者として引き止めた事で、レイフォンがツェルニを守るための理由を増やす事には成功した。
しかしカリアンも、まさかこんな形でレイフォンを利用した罰が降りかかってくるとは思わなかった。
「……とりあえず、今日はもう寝るか。明日にでも何か解決策を考えよう」
少しでも一日の疲れを癒すため、カリアンは重い足取りで自室に戻って行った。