リーリンは、このツェルニにきてから相当な危機意識を持つようになっていた。
それはもちろんレイフォンに関してである。
もともと鈍感だった彼だがこの『学園都市』というレギオスにきてから彼を取り巻く環境がかなり変わったことは認めざるを得ない。
グレンダンでは孤児院に同年代の少女などリーリンを除けばほとんどおらず、また天剣となって少しは関係性がふえたかもしれないが、
あのときのレイフォンは文字通り『死に物狂い』だったためか、彼に好意をよせても、それ以上の発展は無いという感じだった。
しかし、「ここ」は違う。
レイフォンは死に物狂いになどなら無くてもいい。
孤児院のことなど考えなくてもいい。思い出さなくてもいい。(少しは思い出して欲しいけど・・・)
ここにレイフォンに敵う武芸者など存在しないのだから、気合をいれて訓練をしなければならない・・・ということもないだろう。
・・・・・・汚染獣さえこなければ。だが。
トニカク、そんな平和すぎる都市の中で彼に好意を寄せている人物がかなりいるようなのだ。
リーリンはそこまで人の感情を読めなくないから、大体は分かる気がする。
しかし、レイフォンは気づかない。やはり一途になりすぎたのだろうか。
でも、リーリンはもう自分の気持ちに気づいている。
自分『も』レイフォンが好きだということ。愛しているということ・
そして、彼の周りに同じ心を持つ少女が近づくことを心が拒んでいること。
・・・・・・・・・それが嫉妬であるということ。その『も』以上の存在になりたがっているということ。
(それの何がいけないの?)
リーリンは心のなかで半ば憤然と考える。
(ここにいる中で、私がいちばんレイフォンを知ってる!だってどんなときだって一緒にいたんだもん!)
それは半分正解で半分は間違いだろう。
リーリンはレイフォンの闇試合のことを察してあげられなかった。
助けになってあげられなかった。
それはリーリンの心の中でいまも尾を引いている。
でも、いまはそれよりも、レイフォンを自分のものにしたかった。
いつも自分たちを守ってくれたレイフォン。
こんどは自分が彼を慰めてあげたい。
助けになってあげたい。
共に苦しみに立ち向かいたい。
そのためにはどうしてもいまの『幼馴染』という立場に不満なのだ。
そして、一大決心をした。
大げさかもしれないが、いつか必ず。でもほかの女の子より先に、
レイフォンとの距離を『幼馴染』以上にしてみせると。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その数日後。リーリンは考えていた計画を実行に移すことを決めた。
こんなのは卑怯だと思うし、それどころか一歩間違えれば関係を深めるどころかレイフォンに嫌われてしまうかもしれないのだ。
でも、これ以上待っていたって、進展があるわけでもないと思う。
この時のリーリンは自分がいくつもの段階を吹っ飛ばしていることに自分で気がつけずにいた。
そして、レイフォンが錬武館での訓練を終えてフェリと一緒に帰宅の途上にあったとき、
「レイフォン〜」
リーリンがレイフォンに走りよってくる。
「? リーリン、どうしてここに?」
驚くのもあまり無理はない。一般の生徒はすぐに帰宅するのだから、武芸者であるレイフォンとかちあわせするはずはないのだ。
レイフォンには普段みない場所、時間にリーリンを見たこと驚いていたが、
フェリはその不自然さに気づいたようだった。
「あの・・・ちょっとレイフォンの部屋にいってもいい?お弁当屋でアルバイトしてておいしいおかずの作り方習ったから、食べて欲しくて。」
ホラ。と目の前に弁当袋がつきつけられる。
「え?本当?よかったぁ〜夜食買わなくてすんだよぉ」
奨学金ランクA&給料の多い機関室清掃のアルバイトをしている者が言う言葉ではない。
だがやはり彼の過去がそうさせているのだろう。
「なら、いいわよね。」
ここで彼が頷けば、後には引けない。
覚悟は決めたつもりだったが、やはり緊張して生唾を飲む。
「うん!もちろん!」
レイフォンは花のような綺麗な笑顔を見せて頷いた。
レイフォンはこのままフェリと自販機で夜食をとるつもりでいたのだが、
「では、フェリ先輩。これで。」
といって行ってしまった。
フェリはぽつりと
「取り返しの付かないことにならなければよいのですが・・・」
とつぶやいた。それはリーリンがレイフォンに告白する類のものを危惧しての発言だったのだが、まさかそれ以上に『取り返しの付かないこと』
が起きるとは、さすがのフェリにも予想できなかった。
「おー片付いてる。意外だな〜うん。めちゃくちゃ意外だわ。」
部屋に入るなりレイフォンの部屋を見回したリーリンはそうつぶやいた。
「ひどいな〜、これでも一人暮らし暦はリーリンよりながいんだから。」
苦笑しながらそういわれて、リーリンはまた一つレイフォンに壁を作られた気がした。
「まぁとにかく、食べてみてよ。」
気分を切り替えたように、リーリンが弁当箱をレイフォンに渡す。
「うん。ありがとね。リーリン。」
笑顔でそういわれ、リーリンは嬉しさと罪悪感のごちゃ混ぜになった気分でその弁当の『効果』が出るのをまった。