「…失礼します」
吸いこんだ息をゆっくりと吐き出すと、くるみは重たいA別館のドアをゆっくりと押し開いた。
ギィと小さな音をたて、ドアが開くと、そこには以前来た時と同じように殺風景な風景が広がっている。
しかし、今日のA別館には当然そこにあるべきものがひとつ足りない。
それは他でもない、くるみをここへ呼んだ張本人であり、この部屋の主、氷室光三郎だった。
くるみは目の届く範囲で、彼を探してみたが、その姿はどこにも見当たらない。
「…氷室警視?」
控えめに声をかけてみたがやはり応答はなかった。
「もう、なんなのよ。特別な任務だ、なんて言うからちょっと緊張してたのに…」
ドアから身を乗り出したまま、くるみは小声で悪態をつく。
くるみが文句を言いたくなるのも無理はないことだった。
毎回、氷室からのよびだしで伸吾との時間をジャマされ、その上今日もデートをキャンセルして来て見れば本人の姿がないのだから。
もう帰ろう。そう思って踵を返そうとした、その時だ。
くるみは瞬時に、何か拭いがたい違和感を覚えた。
それが何か、確かめるべくもう一度室内を覗き込む。
「…あ」
正体は机の上のパソコンだった。
いつも氷室が使っているそれが無人の部屋の中煌々と明かりを放っている。
「氷室警視ってば結構だらしないんだ」
隙を見せたことがない上司の思わぬ失態を目の当たりにして、くるみは小さく笑いを洩らした。
消しておいてあげよう、というちょっとした親切心からくるみは部屋に足を踏み入れた。
それが氷室の罠とも知らずに。
「……」
部屋に入り、パソコンの近くまで来て、くるみは思わず絶句した。
その画面に映るものが、あまりに意外なものだったからだ。
いくつもの画像ファイル。その全てが盗撮されたくるみの画像だった。
伸吾の部屋にいる時のものまでまじっている。
「何…これ…どういう…」
「そこで何をしている」
「え?」
突然背後から掛かった声にくるみはあわてて振り向いた。
ついさっきまで自分がいた場所――ドアの前に腕組をした氷室が立っている。
「ひ、氷室警視…これ…」
「君は主のいない部屋に無断で入るのか。感心しないな」
困惑するくるみをよそに氷室は淡々と言葉を紡いでいく。
後ろ手にドアを閉めると、そのままくるみの方へ歩みを進めた。
「彩木くん」
「は、はい」
「これを見て何か気づくことはないか」
「気づくも何も…これ盗撮じゃないですか!」
感情的になるくるみを、氷室はあくまで冷静にねめつける。
「だからこの問いが答えになると言っているんだ。答えたまえ」
いつもよりももっと冷たい、射るようなその視線に怯みながら、くるみは口を開いた。
「…はい…えっと…あの…」
考えはじめて数秒、くるみの顔色が変わった。
「氷室警視…まさか…」
「そのまさかだ。これは君に渡した携帯から撮られたものだ」
うっすらと頭の中に浮かんでいた考えをいとも容易く肯定され、くるみはだまってその場にへたり込む。
言葉を失ってしまったくるみを尻目に、氷室は変わらぬ様子で続けた。
「ベッドの脇、机の上、…脱衣所のカゴの中、か。以外にも職務に熱心なようだな。私の言葉通り常にそばに置いていたということか」
恐怖心を煽るように氷室はくるみを囲むようにぐるぐると歩き回り、やがて目の前で足を止めた。
あまりの出来事に怯え、小刻みに震え始めたくるみの唇に、氷室はそっと指をあてがう。
そして耳元で小さく、「ごくろうだったな」そうつぶやいた。
「……警視……こんなことして…どうするつもりなんですか…」
言葉を詰まらせながらようやくそれだけ口にしたくるみを嘲笑するように氷室が即答する。
「相変わらずバカな質問をするんだな、君は。わからないか?」
言うが早いか、氷室はくるみの手首を取って冷たい床にねじ伏せた。
声を上げる暇もなく、くるみはあっさりと氷室に組み敷かれる形になる。
「なにするん…!」
最後まで言い終えることも許されず、くるみの唇は乱暴に塞がれた。
拘束する氷室の手から逃れようと、くるみは必死にもがいたが、それはまったく功を奏さない。
いかに華奢な氷室とはいえ、くるみ一人押さえこむくらい造作もないことなのだ。
片方の手でくるみの両手首をおさえ、ばんざいの姿勢をとらせる。
「やだ!警視やめてください!」
くるみはからだ全体を動かし抵抗するが、氷室のからだに邪魔をされて思うようにならなかった。
声を上げることはできたが、奥まったところにある氷室の屋敷、さらにその地下室とあっては助けを望むことなどできるはずもない。
やがて氷室は空いた片方の手でくるみのセーターを下着と一緒にたくし上げた。
「いやっ」
恋人の伸吾にさえみせたことのない姿を晒され、くるみは思わず顔を背ける。
しかし氷室は容赦なくくるみのからだを視姦しつづけた。
そしてあらわになったくるみの白い乳房を揉みしだく。
氷室の手に余るそれは豊かな弾力で次々と形を変えた。
やがてその頂に氷室の指が触れる。
「んっ…やぁっ…」
甘い声と共に、くるみの全身から力が抜けた。
それを見て取った氷室がゆっくりと手首の拘束を解く。
しかしすでにくるみには逃げ出すだけの気力が残っていなかった。