「くるみ様、いらっしゃいませ…ご苦労さまです」
満面の笑みにくるみは一瞬たじろぐ。
「あ…お邪魔します…」
心の奥の小さな罪悪感。
「そうだわ、光三郎様も今日はさほど忙しくなさそうですし…たまにはお茶を
お持ちしましょう。どうぞ、先にお通りになっていらして」
「え…、ど…どうも…。じゃあ行ってますね…」
華江さんが一番とばっちりを受けるのかも…。
ため息をつきつつ、くるみは足早に地下室への階段を下りた。
「彩木です」
「どうぞ」
いつものように平静な氷室の声。
くるみは神経が尖るのを押さえ切れない。
きつい表情で椅子にかけた氷室の顔を見つめる。
「……?…どうした。話とは何だ。重大な用件か?さっきの電話は途中で切れるし、心配したぞ…」
「もちろん、重大な用件です」
「何を勿体つけている。では早く言いたまえ」
くるみは身構えたが、人の気配を感じてドアの方を見る。
ドアをノックする音。
「失礼します。お茶を入れましたので、どうぞ…」
「華江さん…。彩木君は客ではない。余計な気は使わなくて…」
氷室の言葉を遮るように、華江はにっこりと微笑んだ。
「いつも御多忙なのですから、たまにはゆっくりお茶を召し上がれ。甘い物も
気分転換になってよろしいですよ…。ではくるみ様、ごゆっくり…」
「は、はあ…」
貫禄に押されながら、くるみは引きつった笑顔でドアの向こうに華江を見送った。
そのままドアに耳を当て、足音が去るのを確かめる。
「彩木君、何をしている…。重大な用件とやらをさっさと話したまえ。
……華江さんも、気を回し過ぎだ…」
眉根を寄せて、氷室はティーカップを口に運ぶ。
ようやくくるみはドアから離れ、軽く息を吸い込んで氷室に近づいた。
「警視……。私、あの…、妊娠したみたいなんです」
「…」
氷室は不機嫌そうな顔のまま固まり、次の瞬間激しく咳き込んだ。
「げほげほげほげほ」
「ああ〜、もぉ、しっかりして下さい…」
「あ……げほげほ、な……げほげほげほ」
危うく取り落としそうになったカップを何とか置き、氷室は呼吸を整えた。
涙目でくるみを見る。
「彩木君…何だその冗談は…。いや、冗談にすらなっていないぞ…」
「ひどい!冗談なんかじゃありません!私、ずっと悩んで…眠れなかったのに…」
目を潤ませて抗議するくるみに、氷室は気押される。
「よ…よし、では君がそう判断した根拠を言いたまえ」
「…生理が来ないんです……1週間遅れてます…」
その言葉に、氷室は呆れたような、安堵したような表情になった。
「それだけか。1週間では誤差範囲だろう…。君の取り越し苦労だ」
「でも…妊娠の徴候とそっくりで……」
「正確を期すなら、受診した方がいい。医者に行くことだ」
「…警視……。そんな…ひとごとみたいに…」
口を手で覆い、立ち尽くすくるみの目が涙でいっぱいになる。
「最初の時から…な、生…で、中で…したのは警視じゃないですか…」
氷室の顔から視線をはずし、伏し目がちになじった。
「…わかった!わかったから、妙齢の女性が生だの中だの言うな!」
氷室は肘掛けに腕をついて額に手を当てる。
「言い方が悪かったな…。確かに避妊の手段を取らなかったのは私の責任だ。
まあ、そんなヘマはしていないはずだが…。
とにかく、憶測で悩んでいるよりは正確な診断を受けた方がいいだろう」
「…警…視……」
くるみの目からぽろりと涙がこぼれ落ちる。
「心配するな…私がついてる」
氷室が手を差し伸べる。
くるみは氷室の膝に乗り、襟元に顔を伏せた。
「お願い…。キス…して…」
くるみは氷室の頬に手を添え、弾力のある唇を自分の唇で挟んだ。
氷室も同じようにくるみの唇を挟み、軽く押し上げる。
小さな音を立てながら、二人は浅い口づけを繰り返す。
「は…ぁ」
くるみは目を閉じて小さなため息をつき、そっと氷室の上唇を舐める。
と、氷室の舌がくるみの口に侵入し、荒々しく動く。
「んっ……ん……ぅ」
熱く絡み合う舌、音をたてて混ざる唾液。
温かく濡れた氷室の舌の感触に、くるみは頭の中が溶けそうだった。
「ぅ……」
ふいに胸を押さえられ、くるみはくぐもった声を出してのけ反る。
しばらく胸をまさぐっていた手はするりと服の下に移動して、
あっという間に胸元まで服をたくし上げた。
「あ」
体にぴったりしたニットは張り付くように胸の上で止まる。
氷室の手がぐいとブラジャーをずり下げると、豊かな胸が少しひしゃげて
こぼれ出た。
つんと尖った桃色の先端が小さく上下している。
「あぅ…!」
既に鋭敏になっているそこは、軽くなでられただけで体に電流が走った。
更に指先で押し転がされ、また、きりきりとつまみ上げられる。
「…あっ、…ぁ…あ…」
痛みと快感がないまぜになったような感覚に、くるみは目を閉じて声をあげた。
熱っぽい手のひらは大きく広がって乳房を包み、やわやわと揉み立てる。
かと思うと、今度は握りつぶさんばかりにきつく指をめり込ませる。
「あ……ぁっ…ん……」
はだけた胸を思うままにされ、くるみは氷室の膝の上で詮無く体を捩った。
くるみは無意識のうちに自分の太腿に触れる。
汗ばんだその奥が、激しく脈打ってはじけそうだった。
それを読んだように、氷室が腿の内側に手を滑り込ませる。
濡れた下着の脇からぬる、と指が奥へ入る。
「………!」
核心に触れられ、くるみはびくんと体を震わせた。
手を挟むように脚を閉じはしたが、手の動きを妨げる事はしない。
氷室の指はくるみの中のぬめりを確かめるようにゆっくりと前後し、回転する。
「ぁ……はぁ……」
震えた声をもらし、くるみは氷室の肩に顔を押し付けた。
そこが、もうすぐ爆発する。
氷室のシャツを握りしめた。
しかし指はあっけなく出ていく。
「…今は…ここまでだ……」
氷室が低い声で呟いた。
くるみは混乱した。
「ん……ん、いや……」
熱にうかされたように氷室の耳元で囁く。
「警…視……」
熱い息が氷室の耳をくすぐった。
「…彩木……」
氷室の胸をさぐり、ぎこちない手つきでシャツのボタンをはずし始める。
やっと一つ、そして二つ。
シャツの合わせから腹部がのぞく。
「…駄目だ、ここでは……」
氷室は苦しそうに言うと、くるみの手を押さえた。
くるみはうつむく。
自分の腰の下で固く脹らんでいるもの。
そこにつ、と指を這わせ、ボタンを外し、ファスナーを下げる。
「馬鹿っ、よせ……」
下着をずらすと、それは弾け出てそそり立った。
くるみは正面から氷室の腰を跨ぐ。
氷室はくるみの腰に手を当て、押さえようとする。
「だ…、駄目だ…、やめ…」
氷室の口を自分の唇でふさぎ、くるみはそれを脚の間にあてがった。
角度を合わせてゆっくりと腰を沈める。
「ああ、…ぁ…あ…!」
「…う……っ」
氷室の肩にしがみついて、くるみは小さく叫んだ。
氷室も呻き声をあげる。
そこは限界に近く張りつめていたが、痛みよりも高まりの方が強かった。
氷室の指がもたらした感覚を思い出して、くるみはそっと腰を動かしてみる。
「…は…ぁあ……、あっ…」
腰を上下させると、体の奥までぞくぞくするほどの激しい摩擦が襲う。
氷室の肌にむき出しの乳首が擦れる。
「…彩…木……」
氷室はスカートの中のくるみの尻を引き寄せ、下からぐいと押し上げた。
ぎしっ、ぎしっ、と椅子が軋む。
「あ……っ!あぁ……あ…っ!」
焼け付くような熱さで体が貫かれる。
張り裂けそうな、死んでしまいそうなほどの快感。
そこまで近づいた絶頂に早く辿り着きたくて、くるみはさらに体を揺らした。
「あや…き、早すぎる…待……」
「ああぁ…っ…!あぁ…、警…視……」
「………っ、…く………」
二人はほぼ同時に達し、ぐったりと動きを止めた。
「なんてことだ…」
しばらくして、宙を仰いだ氷室がため息をついた。
「……ごめん…なさい……」
くるみは汗を滲ませた額を氷室の肩に当て、首に手を回した。
「…警視が……焦らすんだもの……」
「焦らしたんじゃない、場所を…替えようとしただけだ。…こんな所で…、
……何かあったらどうする…」
「大丈夫だと、思いますけど…。だって、華江さんが、ごゆっくりって……」
「……あれは…、そういう意味なのか……?」
思わず氷室はくるみの方へ顔を向ける。
♯13
「……どこかに隠れたい気分だ」
「もう…、これ以上どこに引きこもるんですか」
赤面しているらしい氷室に、くるみは呆れたように言った。
「妙に辛辣だな、今日は…」
氷室はティーカップに手を伸ばし、冷めた紅茶を飲む。
「あ、私も…。喉、からから…」
その言葉を聞き、氷室はくるみの顎をくいと引いて口づける。
目を見開いたまま、くるみは口の中に流れ込んだ液体をこく、と飲み込んだ。
氷室の唇が離れると、上気した顔で息をつく。
「…びっくり…した……」
指で口の端にこぼれた雫を拭う。
氷室はすました顔でカップの紅茶を飲み干した。
「あ」
くるみが小さく腰を浮かせた。
「どうした?」
「あの…少し、お、大きくなり…ました」
「今度こそ移動する。また椅子の上で襲われるのはごめんだ」
「そんな言い方……、…あ…ん!」
氷室はくるみを抱きかかえて立ち上がった。
くるみは衝撃に耐えながら必死にしがみつく。
氷室が入ったままのそこが熱い。
くるみは静かにベッドに寝かされた。
胸ははだけ、スカートはめくれ、下着をずらして挿入されたあられもない姿。
氷室は両手をついてくるみを見下ろしている。
「はずかしい……。この…まま…?」
「このままだ……」
くるみの手首を捉え、氷室はゆっくり動き出す。
「ぁ…ん………」
あらわになったままのくるみの胸が揺れる。
「……ぁ、………あっ、ぁ…」
くるみはか細い声をもらし、恍惚の表情で氷室を見上げた。
見つめ返す氷室の瞳に犯されているような気がする。
体の中で羞恥と快感とが入り交じり、それだけで頂点まで上りつめてしまう。
「あ…っ、は……ぁ、……あぁ…ぁ!」
背を反らしひくひくと震え出したくるみを、氷室は容赦なく攻めたてる。
胸を大きく開けたシャツが肩から落ち、片肌が露出した。
絶え絶えな吐息に重なる荒々しい息遣い。
くるみを追うように、ほどなく氷室も果てる。
「…うっ…、くすん…、うぅ……」
しばらくして、放心していたくるみがふいに泣き出した。
傍らでくるみの髪を弄っていた氷室は手を止める。
「どうした…」
くるみは上を向いたまま涙を拭う。
「私…、寿退職どころか、出来ちゃった退職になるんですよね…。……くすん
……ひっく」
「……。さっきの続きか。だからあれは思い違いだと…」
「ひくっ…、警視の事だから、産休は取らせてくれないだろうし…」
「産…休…」
氷室は眉間にしわを寄せる。
「取った事も取らせた事もないが……、まさか、君が取るのか?」
「警視が取ってどうするんですか!……いいんです…。あたし………、
もう決めてますから…。ママになるの、早過ぎたかなとは思うけど……」
「ちょっと待て……まだ仮定の話だろう。先走り過ぎているぞ」
「でも…、他の選択肢が思いつかないです…」
くるみはそっと自分の腹部を撫でた。
「それより」くるみは横目で氷室を見る。
「なんだ、その目は」
「警視…、養育費なら出すとか、華江さんに全部任せるとか、考えてません?
そういうの、ダメですから!」
「ば…馬鹿な……」
「子供には、パパも、ママも、両方必要だと思うんですよね。
でも…お休みがほとんどなくて、外で一緒に遊べないパパって……
どうなのかなー……。ちょっと不安っていうか……」
「……今夜あたりうなされそうだ」
氷室はぼそりと呟く。
「もう少し真剣に考えて下さい…!あたしが言いたいのは……」
「わかってる。要するに、責任をとって君と結婚しろというんだろう」
「え……っ?」
くるみは頬を朱に染め、両手で押さえた。
「…やっ、やだ…、あたし、そんなこと言ってません……!」
「発言が激しく矛盾しているようだが…」
「いやっ、もう、知らない…!」
くるみはがば、と跳ね起きた。
氷室の言葉を反芻し、頭に血が上る。
「あたし、シャワーを……」
そう言いながら2、3歩進んで、へたりと座り込む。
「あ…、あれ……?」
氷室が起き上がって手をかける。
「急に起きるからだ。おおかた立ち眩みだろう…少し休んでいろ」