武装錬金:05−1 119様  

心臓に冷水を浴びせられたような気がして、身体が硬直した。 
いくら好きにしていいって言われても、やりすぎたんだ。 
斗貴子さんと一緒にいられる、斗貴子さんの最後の夜だっていうのに、俺は何を馬鹿やってるんだ…… 
「乾きすぎだ。贅沢を言うつもりはなかったが、少し痛い」 
怒られたにしては、斗貴子さんの声は優しかった。 
その斗貴子さんの両手が、俺の頬を手のひらでそっと押さえた。 
戦士であることが信じられないくらい柔らかくて小さな手は、俺の頬を包むということは出来なくて、 
せいぜい動かないように押さえた、という感触だった。 
その小さな手が、かすかに俺の顔を下に向かせる。 
斗貴子さんとの身長差のため、ちょうど斗貴子さんと真っ直ぐ向かい合うことになった。 
そのまま斗貴子さんは俺の瞳を心の中まで見透かすような目を開けたまま、顔を近づけてきた。 
「えっ……」 
一瞬、思考が停止した。 
キスしたときとは違う、小さな感触が唇の上を柔らかくなぞっていた。 
十分に湿り気を帯びたそれは、まるでそれ自体が生きているかのように丁寧な動きで、俺の乾いた唇を濡らしてくれた。 
至近距離すぎて見えなかったが、思考が動き出すとともにすぐにわかった。 
斗貴子さんが、俺の唇を舌で舐めてくれているんだ。 
単に俺がしたいようにするんじゃなく、斗貴子さんが自分からこんなことをしてくれるのは嬉しかった。 
でも、一方で素直に喜べなかった。 
斗貴子さんは、こんなことをする人じゃない。 
俺は、斗貴子さんにこんなことをさせたくて、斗貴子さんをかばったんじゃないのに…… 
そう思っているのに、斗貴子さんの舌の感触は、あんまりにも甘美だった。 

それだけじゃ終わらなかった。 
斗貴子さんの手から頬にかかる力が少しだけ強くなったかと思うと、ほんの少しだけ引き寄せられた。 
そのほんの少しの分だけで、斗貴子さんの舌が俺の口の中に滑り込んだ。 
「!!??」 
思わず叫び声を上げそうになったけど、この状況で斗貴子さんから離れることが出来るほど俺は強くなかった。 
俺の口の中に入ってきた斗貴子さんの舌は細く丸められていて、 
呆然として開いたままの俺の歯の間を通り抜け、俺の舌の上に橋を架けるように乗った。 
そう、それは橋だった。 
二対の歯と、二対の唇を貫いて、斗貴子さんの口内から温かい液体が舌の橋に乗って流れ込んできた。 
流れ込んでくるといっても、俺の顔の方が上にあるから、 
斗貴子さんは舌を何度も小さく震わせて送り込んでくれた。 
明らかに水とは違う、とろりとしたその液体が何か、考えるまでもわかる。 
斗貴子さんの口と唇を清めるための唾液が、本来あるべきじゃない俺の口の中を潤してくれているんだ。 
緊張と興奮でカサカサだった口内に、 
斗貴子さんの身体を通り、斗貴子さんの身体の中で作られた液体が染み入っていく。 
甘い、と思った。 
砂糖や蜂蜜の甘さとは違う。 
これまで味わった味と呼べるもののどれとも違うけど、それは甘いとしか思えなかった。 
その甘さで、身体も脳もとろけてしまいそうなくらいに、甘かった。 

砂漠で飲む水の甘さっていうのが、丁度こんな甘さなのかもしれない。 
欲しいと、心の奥底から、身体の芯から、全身全霊が渇望する甘さだった。 
斗貴子さんがけなげに送り込んでくれる液体だけでは、そのうち物足りなくなってきてしまった。 
優しさで作られたような、細く儚い橋となっていた舌そのものを、俺は自分の舌で絡め取っていた。 
これ以上ないというくらい密着していたはずなのに、そこからさらに深く絡まる。 
斗貴子さんの小さな唇を全て飲み込めてしまいそうなくらいに唇を重ねた。 
さっき言われたばっかりの、鼻で息をすると言うことを忘れていたら、 
斗貴子さんが代わりに呼吸してくれていた。 
斗貴子さんが吸い、斗貴子さんの身体を通ってきた大気が、密着する唇と舌の間を撫で、 
俺の身体の隅々まで行き渡って、俺が斗貴子さんを求める力を与えてくれた。 
本来味を感じるところのはずな舌と舌とを絡め合っている貪っていると、 
斗貴子さんの味がその間で何度も何度も往復していくらでも高め合っていく気がした。 
ぶちのめしたホムンクルスが、斗貴子さんを美味しいと言った意見に、 
ほんの少しだけ賛同したくなってくるくらい、俺は斗貴子さんに溺れそうになった。 
五感のうち、全てが味覚に集中して、一瞬気が遠くなった。 
ふっと、味覚以外の感覚が戻ってきたとき、視覚に飛び込んできたのは、苦しげに歪む斗貴子さんの眉と瞳だった。 
それなのに、斗貴子さんはなおも、俺に大気と唾液をくれようとしていた。 
後悔と罪悪感が俺の身体を打ちのめして、斗貴子さんの身体から引き剥がした。 
「斗貴子さん、ごめん……っ!ごめんっっ!ごめんっ! 
 もう……もう、いいよ。大丈夫だから……そんなに、お願いだから、無理をしないで……」 
解ってしまった。 
斗貴子さんは、自分の全てを俺にくれてしまうつもりなんだ。 
死ぬと決めてしまっているから、自分の持っている物、そして自分をも全て、俺にくれてしまうんだ…… 

 

「駄目だ、こんなものじゃ……。  
 私は、私はキミに、償わないと……一度は死なせてしまったキミに、償わないと」  
斗貴子さんは荒い息をそのまま音にしたような声でうわごとのように言った。  
瞼を固く閉じて、いつもは綺麗な筋を描いていた眉を歪めているのは、  
やっぱり、痛くないはずが無かった。  
鎖骨を超えて首筋に迫っている「胎児」の触手が、セーラー服の襟元から覗いていた。  
上から見ると、合わせられた襟の奥へと触手が続いているのがわかる。  
斗貴子さんの胸は大きくないけど、その分襟がしっかりと合わせられているので、中は見えなかった。  
少なくとも触手が這っている周辺に血が滲んでいたりしているわけじゃなかった。  
そうすると、やっぱり。  
斗貴子さんは左手を右の下腹に当てていた。  
最初に斗貴子さんの身体に取り憑いたところが、一番の激痛を発しているんだ。  
「斗貴子さん、ごめんっ!」  
わずかにスカートを引き下げて、上着をめくると、抜けるように白い肌が目に飛び込んできた。  
以前にも一度見たけど、戦士であることが信じられないくらい細くくびれた腰だった。  
一時落ち着きかけたのに、また下半身に血液が集まってきてしまう。  
だけど、その気分はすぐに冷や水を浴びせられて収まった。  
真ん中にある小さなおへその右下で、おぞましい「胎児」が笑っているように見えたからだ。  
白い肌に比して、その「胎児」はなおさら憎らしいほど目立つ。  
触手を上に向かって伸ばしているが、直線ではなくうねうねと曲がりくねっており、  
斗貴子さんの肌を蹂躙しているようにさえ見えた。  

「くそっ!」  
どこかの漫画やアニメみたいに、手を当てただけで治せるものならいいのに。  
錬金術といっても、それはしっかりと裏付けのある学問らしく、  
適当に気で治るとかいった便利なことは出来ないらしい。  
俺の武装錬金に出来ることといったら、基本的に突撃することと、  
あとは焼き尽くすことと。  
斗貴子さんの身体に根付いているこの「胎児」にそんなことをやったら、  
斗貴子さんごと死なせてしまうのはいくら馬鹿な俺でもわかった。  
でも、俺はもうすぐそれをしないといけない。  
ホムンクルスになってしまう前に、俺が斗貴子さんを殺さなければならない。  
そうしなければ、斗貴子さんはホムンクルスになってしまい、  
俺を食ってしまうだろう。  
……斗貴子さんに食われるのが俺だけだったら、それでもいいかもしれない。  
斗貴子さんがホムンクルスになって、俺が死んでしまったら、  
ホムンクルスになった斗貴子さんはこの街一帯の人間を全て食い尽くしてしまうだろう。  
岡倉に大浜、六舛たちや、まひろまで。  
だから俺は、斗貴子さんを殺さなければならない。  
わかっている。  
でも、今は斗貴子さんを少しでも楽にしてあげたかった。  
この胎児だけでもつぶせないかと思って手を伸ばしてみる。  
指にでも食いついてきたら、そのまま焼き尽くしてやるのに、  
そいつは状況が解っているらしく、斗貴子さんの腹に宿ったまま動きもしなかった。  
「済まない……カズキ。少し、楽になった」  
うわごとのようだった斗貴子さんの声が、いつもの張りを少しだけ取り戻した。  
「いや、俺は別に何も……」  
「この胎児は、ホムンクルスどもを何体も倒したキミのことがよほど恐ろしいんだろう。  
 キミに睨まれたとたんに、悪さをしなくなった」  
「そ、そうか……」  
少しだけほっとした。  
ほっとした途端に、今の自分の体勢がとんでもないことになっていることを思い出した。  
左手は胎児が埋まっている斗貴子さんの横腹を思いっきり触っていて、  
右手は斗貴子さんの上着を思いっきりめくり上げていた。  
特に上は、もう少しで胸のふくらみが見えそうなくらいめくっていた。  
慌てて離そうとしたけど、目が釘付けになってしまい、手が動かせなかった。  
以前にも一度見ているというのに、自分が脱がしているこの状況で見ると  
斗貴子さんの素肌はすごく魅力的だった。  
別にいやらしい場所じゃないのに、小さなおへそがすごくいやらしく見える。  
そのおへそを真ん中に置いている細い腰は、力を込めたら簡単に折れてしまいそうで、  
錬金の戦士だとはとても思えない、女の子らしい曲線を描いていた。  
抜けるように白い、と言ったら言い過ぎかもしれないけど、  
この夜の薄明かりの中では、闇の中に輪郭が輝くように白かった。  
でも、その白く綺麗な肌には、薄く消えかかってはいるけれど、  
うっすらと残る傷跡がいくつもあった。  
それは、斗貴子さんの過去そのものみたいに思えて、少しだけ色っぽくて、  
触れてはいけない悲しいものだと思った。  
「いつまでそうしているんだ、キミは」  
「あ……」  
斗貴子さんが呆れ果てた白い目でじーっと見つめていた。  
「私の腹など見ていて面白いのか」  
いや、面白いっていうんじゃなくて、なんて言ったらいいんだろう。  
えっと、多分、艶めかしいっていうやつじゃないかと思った。  
「好きなようにしていいと言っただろう。  
 脱がしたいと思ったらとっとと脱がせ。かえって恥ずかしい」  
斗貴子さんの服を、脱がす。  
改めてはっきりとそう言われると、かえって意識してしまう。  
俺は今、斗貴子さんの服を脱がそうとしてるんだ。  
強くて、儚くて、格好よくて、綺麗で、そして……  
もうすぐ、俺が殺すことになる斗貴子さんを、裸に剥こうとしているんだ。  

斗貴子さんの服を脱がして裸にしようとしてる。  
その事実だけで、今まで見てきたどんなお姉さんのエロ本も霞んでしまうくらい  
俺は興奮していた。  
斗貴子さんの性格を考えると、そんなことを誰にもさせたことは無いはずだ。  
いや、勝手なことだけど、無いと信じたい。  
この肌を、他の男が目にして、触って、いじくったなんて考えたくない。  
俺は、思いっきり興奮しながら、斗貴子さんの初めての男になりたいなんて  
大それたことを、本気で考えていた。  
斗貴子さんは、好きにしていいって言った。  
これは、やっていいんだ。  
やっていいことなんだ。  
俺だけに認められたことなんだ。  
そう自分に無理矢理いいきかせて、少しずつ、本当に少しずつ、上着をめくっていく。  
少しずつめくっていくにしたがって、少しずつ斗貴子さんの肌が露わになっていく。  
だんだんと、胸に近づいていく。  
斗貴子さんはどんなブラを付けてるんだろう。  
服の上から見た限りでは、斗貴子さんは胸小さいみたいだから、  
もしかしたら……本当にもしかしたらノーブラなんじゃないかと思ったけど、  
いくらなんでもそれはなかった。  
ただ、意外なものではあった。  
スポーツブラとすら言えない、サラシのように布が何重にも巻かれていた。  
ただ、それは布と呼んでいいのかちょっとわからなかった。  
よく見ると糸の一本一本に金属のように銀色の光沢がある。  
これも錬金術で作られたものなのかもしれない。  
推測だけど、なんとなく解ったことが一つある。  
斗貴子さんは、他の女の子がするように洒落たブラなんかをつける代わりに、  
急所である心臓の防御を考えないといけない日々を送ってきたんだということ。  
切ないような思いがこみ上げてきて、布に包まれた布を見ていたら、  
斗貴子さんの真骨頂とも言える底無しに冷たい声が浴びせられた。  
「カズキ、今、小さいと思っただろう」  
「え…………」  
睨み付ける斗貴子さんの目は、これまで向けられてきた中でも  
一番怖かったかもしれない。  
厄介なことに、今さっき、小さいと思ってしまった。  
下手な嘘を言っても見抜かれるということは、この十日で思い知っていた。  
「……うん、思った」  
「いい度胸だ」  
感情の見えない絶対零度の声……じゃなかった。  
ため息混じりなのに、ほっとしたような声だった。  
「キミは巨乳好きだとリーゼントの友人が言っていたが」  
「え、え、え、え、え、え、え、え、え、え」  
畳みかけるように斗貴子さんは恐ろしいことを言い出した。  
エロスについてどれほどなじられるだろうと、心臓が……今は無いんだった……核鉄が  
縮み上がりそうになってしまう。  
しかし、斗貴子さんはそっと自分の胸を覆う金属布をなぞって、  
「期待に添えなくて、済まないな……」  
ひどく意外なことを言った。  
「斗貴子さん……」  
「誰かに、そういう目で見られることはもう無いと思っていた……。  
 だから、戦うためには小さい方が都合がいいと思い続けていたんだが、  
 今こうして見ると、色気の欠片も無いのが、少し、悔しいな」  
「違うよ、斗貴子さん」  
俺は思わず反論していた。斗貴子さんは勘違いしている。  
「……小さい方が好きだったのか?」  
いや、それも違うんだけど、俺は首を横に振って答えた。  
「斗貴子さんは、綺麗で、色っぽいと思う。  
 すごく、女の人らしいなって、ずっと思ってた」  
それを聞いた斗貴子さんの顔をどう表現したらいいんだろう。  
目を大きく見開いて、頬に少し朱が差した。  
それだけの変化のはずなのに、俺は今自分が言った言葉を改めて確信させられた。  
斗貴子さんは、こんなにも綺麗な、女の人なんだって。  
「そうか……」  
つつっと自分の胸を覆う布を撫でた斗貴子さんの手が、  
その胸を露わにしようとしている俺の手を、そっと握った。  
「カズキ、最期にキミに会えてよかった。  
 そんな風に思ってくれることが、すごく嬉しい」  
その手も細くてしなやかで、握られていることが申し訳ないくらいに女の人の手だった。  
でも、これが最期……、最後じゃなくて、最期なんだ。  
「嘘じゃないんだな」  
「うん」  
「なら……償いというのではなくて、  
 最期に、私にそれを実感させて欲しい……」  

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