さらに近寄ってくる斗貴子さん、目と鼻の先でもう触れ合うほど近い。  
「な、なにを」  
 俺の問いには答えず、すぐ目の前でぎこちなく笑ったあと斗貴子さんは俺の前にかがみ込んだ。  
 そこは、まだ固く屹立しているものがある。  
「と、斗貴子さん!」  
「しゃべるんじゃない、動くんじゃない。二度も約束を破るほど愚かじゃないだろう」  
 くっ、と俺は歯を食いしばった。恥ずかしげもなく無防備に勃っているものを、女性に見られることがこんなにも恥ずかしいことだなんて。  
「これが、カズキの……初めて見たがスゴク大きいんだな」  
 顔が真っ赤になっていくのがわかる。とんでもない羞恥だ。  
「少し、赤くなっている……」  
 だというのに俺は身動き一つとれず抗うことも出来ない。  
「触るぞ」   
 不意に刺激が襲った。冷たいものが、俺の先端に触れたのだ。  
「ううあぁっ……!」  
 たまらず見ると、斗貴子さんが人差し指で撫でていた。  
 つつ、と上から下へとひとなでする指先。今まで感じたこともないような刺激が、背筋を駆け抜けた。  
「そんなにここは敏感なのか。カズキ、ちょっと触っただけだぞ? なのにまるで泣き出すみたいに脈打っている」  
「や、やめ……」  
「動くな」  
 次には竿の辺りを圧迫された。斗貴子さんが臆面もなく握りこんでいる。  
 ビクビクと震える俺の男根。俺は言葉の呪縛に縛られたまま未知の感覚にうめくことしか出来ない。  

 

 なにかを確認するかのように、斗貴子さんは俺のものに手を這わす。  
 カリに手を添え緩やかにしごき、先端を指でなぞりながら時に爪でかく。裏の筋をこそばすように刺激しながら、不意打ちのように袋に手を伸ばす。  
 まるで楽しんでいるかのような斗貴子さんの手の動き。いや実際に楽しんでいるのだろう。  
 けれど俺は身動きできないもどかしさと、さざ波のように寄っては去る快感に苦しみながら、うめくことしか出来ない。  
「どうだ? 気持ちいいか?」  
 ゆったりとしたリズムで竿をしごきながら斗貴子さんはいう。見上げる瞳は子悪魔的でなまめかしい。  
 俺がうなずくと、そうか、といって少しだけリズムを速めたあと、またすぐにゆったりとしたテンポに戻す。  
 この生殺しはいつ終わるのか。いつまでも決定打とはならない寄っては去る快感が、頭の中を白く麻痺させていく。  
 知らず、息が荒くなっていた。男根は脈動を続けている。  
「と、斗貴子さん……もうっ、やめて……」  
「そうだな、そろそろだな」  
 俺が言うと、案外あっさりと斗貴子さんは手を離してくれた。指が離れた瞬間、解放された心地よさと名残惜しさがないまぜになって、とても複雑な気分になった。  
「勘違いするな。まだ動いたらダメだ」  
 え? と聞きなおす間もなく俺は叫びに似た嬌声を上げていた。  
 湿って温かいなにかが、竿を這いまわっている。  
 信じる信じないもなく、斗貴子さんが股間に顔を埋めて舌で俺自身を舐めていた。  

 

「はぁ……っ!!」  
 ピチャリと音を立てて熱いものがカリでうごめいている。  
 生ぬるい唾液をぬりつけられ、竿を下から上へとせりあがる熱い舌。  
 刺激を知覚するたびに、俺の体はビクビクとはねまわった。  
「ん、気持ちいいか?」  
「と、斗貴子……さん!」  
「気持ちいいようだな」  
 自分の股間を見下ろす。すぐそこには斗貴子さんの後頭部。  
 固く勃起した自身に顔をよせ赤い舌で舐め回すその姿は、どこか悪夢じみていて現実に感じられない。非常識なほどに扇情的で、血管が切れしまいそうな気がする。  
 斗貴子さんの温かい吐息を感じる。やがてさも当然のように、斗貴子さんはその小さな口で先端を咥えこんだ。  
 今こすれた固いものは歯だろうか。もうどこか違う俺が俺を観察しているような気分にまでなってきた。それでも快感は直接頭脳に打撃を加えてくる。  
 俺のものを深く深く咥えこむ斗貴子さん、グロテスクな男性器と斗貴子さんのキレイな顔とのコントラストはあまりにも異質すぎて、俺は直視もままならない。  
 軽い眩暈のようなものに襲われて視線をそらすと、ほんのりと上気したなめらかな背、くびれた腰、さらにその先、小ぶりなおしりが犬のように突き出されているのが俺に興奮すること以外の選択肢を許さなかった。   
 斗貴子さんは俺のペニスを喉の奥まで飲み込み、懸命に首を上下してくれる。  
 動きはゆっくりだけど、咥えてもらっているということだけで俺は達してしまいそうになる。  
 荒々しい斗貴子さんの呼吸を感じる。懸命さに愛おしさを感じる。  
 先端をなで回る舌の感触に、俺は下腹での脈動を意識した。  
「と、斗貴子さん……そろそろ、俺、限界……」  
 そのまま、イッてしまいたい。斗貴子さんの口内で果ててしまいたい。強烈な衝動だった。  
 速度の上がっていく斗貴子さんの口使い。はぁはぁと息を荒げて、いただきが見えかけたそのとき。  
   
 斗貴子さんが口を離した。やり場のなくなった衝動が行き場を失って、ぷすぷすと不完全燃焼を起こす。  
 そりゃないよ、斗貴子さん。お返しだ、とでも言うように、彼女は少しだけ汗ばんだ表情で子悪魔的に笑った。  
 
ボツversion  

 しばらくの間、俺は息が整わずにもどかしく深呼吸を繰り返していた。  
 解消されないもやもやが、そのままストレスに似たものへと変化していく。うぅぅ、とうなり声を一人勝手にこぼしていた。  
 そんな俺を見ながら、斗貴子さんは言った。  
「これでおあいこだろう。お互いヒドイ事をしてされた。だからおあいこだ」  
 斗貴子さんは笑う。俺を許してくると、彼女はいう。  
「だからもう一度初めから、しよう」  
 斗貴子さんが両手を重ねてきた。温かい手だ。  
「俺で、いいの?」  
「次そんなことを言ったら私を侮辱していると見なしてそれ相応の手段に出る。ん? 私はそんな尻軽に見えるのか?」  
「い、いや!」  
「君だからだ、カズキ。私は君だから体も心も、君が犯した罪も破った約束も許す。私の気持ちを、疑わないでほしい」  
 唇が触れ合っていた。肩を抱き合っていた。体が触れ合っていた。  
「う……ん、うぅん」  
 泣くような声を上げる斗貴子さん。優しく俺は愛撫する。  
 当たり前のように、次に俺は斗貴子さんの大事なところへと顔を埋める。さっきのようにごり押しじゃなく、同意の上の行為。そこは、斗貴子さんの味がした。  
 周りから縁取るように舐め、唇をつけて咥えこむような体勢になったあと舌を挿しいれた。  
「んぅ、カズ、キ……く」  
 彼女の粘膜をかき回す。愛液が滲みだしてくる。嫌な味なわけない。  
 少しずつ増えていく液を、音を立てて吸い出す。  
「音は、やめて……はずかし、くて」  
 斗貴子さんが首を振ってイヤイヤをしたが、本気で嫌がっているようではないので無視して続ける。  
 やがて俺は止まった。準備が整ったように感じた。  
 顔を上げて彼女の表情をうかがった。火照った表情で、いいよとでも言う風にうなずいてくれた。  
 俺は立ち上がり、斗貴子さんの上に優しく乗った後、自分のそれに手を添えた。  

 自分の体の一部であるというのに、まったくそんな気がしないのはなぜだろう。  
 しかもさっきより大きくなっている気がしてならない。真っ赤に、ギンギンと滾ったペニス。果たしてそこを通るのだろうか。  
 斗貴子さんの肩を抱き寄せる。胸と胸が触れあう感触にうっとりとしつつ、腰を浮かしてゆっくりと沈めていこうとする。  
 あてがう。くちゅりと、先端を刺激する湿り気。このままと思った矢先、斗貴子さんの手が伸びてきて俺自身に手を添えた。  
「違う。もう少し下。ここ」  
「ごめん……」  
「謝るな。気を使わずに、ゆっくりでいいから」  
 こんな時でも斗貴子さんに気を使わせてしまうのがひどく情けない気がした。けれど落ち込んでばかりもいられない。  
 すぐ目の前の斗貴子さんの瞳は、まるで仔犬のように震えている。怖い、のか。  
「大丈夫だよ」  
 キスをする。彼女は黙って俺の背中に手を回してきた。  
 入り口の圧力を押し広げながら、少しずつ進んでいく。熱い肉の壁が一時も容赦せずに搾ろうとしてくる。  
「んぅ……」  
 うめきそうになるのをこらえる。男の俺が弱音なんて言ってられない。  
 中ほどまで行くと締め付けは徐々に緩みだしたが、途中で止まってしまった。  
 すぐに悟る。これが処女膜なのだと。背中に回された腕に力がこもった。  
「へ、変な心配はするな。君と一緒だから怖くはない。きて、ほしい。カズキ……?」  
 どのみち通らなければいけない道。俺は不安がらせないよう、自信満々にうなずいた。  
 時間をかければかけるほど痛みは尾を引くという。速い方がいい。  
 俺は一瞬で突き入れることにした。  
「じゃあ、斗貴子さん……」  
 うん、という返事。  
 俺は腰を深く挿しこんだ。  
「んぅ、ああっ……!」  
 斗貴子さんは嬌声とともに背中に回した腕に力を込めた。俺はというと、一人先に果ててしまわないように耐えていた。  
 愛液と粘膜との混ざったものが急速に俺を締め付ける。なんて、気持ちよさ。  

 酔いしれながらも、ほうっとばかりはしていられない。俺は聞いた。  
「痛かった……?」  
 おそるおそる。  
 すると斗貴子さんは俺の胸の中で、ふるふると首を振った。  
「いいや、うんそんなに痛くはなかった……ちょっとピリっとしただけ」  
 つながりあっている部分に手を伸ばした。指にまとわりついたのは、赤く染まった、粘液。  
「ん、カズキ」  
「な、なに?」  
 赤い色に妙な感傷を受けたせいで、変に声が上ずった。  
「一つに、なったな。私たち」  
 本当に、斗貴子さんの嬉しそうな声。俺だって、嬉しい。邪魔なものは何もない。  
 コクリと頷いて、嬉しくて笑いながら唇を合わせた。舌も絡ませる濃厚なキス。  
 続きをしよう。  
 奥でつながった状態から、俺は再び動き出そうとした。  
 しかし不意に、斗貴子さんがうめく。  
「あ、うっ……あ」  
 斗貴子さんが苦悶の表情を見せる。それは交わっているのとは関係なく、ただの単なる苦痛のそれだった。  
 脳裏に浮かび上がるのは斗貴子さんの腹部に巣食った、無機質な怪物。  
 ホムンクルスの胎児が、彼女を苦しめているのか。  
「斗貴子さん、抜くよ」  
「いい……大丈夫、だ」  
「大丈夫には見えない!」  
「すぐに、おさまる……ほんとだ、カズキ。君に嘘は言わないと誓った」  
「でも」  
 頭をなでられた。俺にお姉さんがいたなら、そんなことをしてくれたのかもしれないと思えるような、優しいなで方だった。  
「少しの間……つながったままで、このままでいて欲しい。温もりをわけてくれるだけでいい」  
 トクントクンという鼓動が伝わってくる。  
 きっとそれは斗貴子さんも同じだろう。胸ばかりでもなく、繋がっている深いところでも鼓動を感じる。  
「うん、もうおさまった」  
 もう大丈夫だ、とでも言う風に頭をポンとされた。  
「カズキ、続きを……」  

 膝をついた状態から、腰を前後する。  
 そうして動くけれど、ヒドクぎこちないものだとはわかっていた。  
 もどかしく思う。情けなくも思う。けれどあせりはない。  
 いつもの俺なら、初めてだし、わけも分からず無茶苦茶になっていたかもしれない。けれど今は違う。興奮しているのは確かだけれど、どこか落ち着いていた。斗貴子さんが気を使わないでいいと、言ってくれたからだ。  
 やがて、粘液の音が聞こえてきた。  
 ずぷっ、という音。じゅぽっ、という音。  
 そして喘ぎ声。  
 挿しいれるたびに、  
「うっん、んぅん、あぁっ……!」  
 斗貴子さんが悲鳴に似た喘ぎ声を上げる。  
 だんだん調子が出てきた、ような気がする。力を込めて腰を奥まで突き入れた。  
「あっあ! んんぅううあ!」  
 同時にぎゅうと収縮する膣。  
 一番奥をゴツンゴツンを叩くたびに、あぁ、とよがる斗貴子さんの痴態が腰の動きをさらに早くさせる。  
 じゅぽっ。じゅぽっ。  
 粘液と粘液が粘膜と粘膜が引っ付いては離れ、こすりあっては混じりあう音が狭いテントの中でドロドロと溶けている。  
「ぁぁあ……ん、あぁ、んぅ……んぁあ!」  
 そして響き続ける喘ぎ声。  
「ああぁ! ぁうっ、いぁあ!」  
 夜を割るような嬌声。  
 俺は斗貴子さんの反応に酔いしれだしていた。もっと、気持ちよくなってほしい。  
 無心で打ち付けていたペニスの角度を少し変えてみたり、かき回すようにしながら、さらに力を強めていく。  
「ああっ……! ううん、んんっ、ううんっ!!」  
 もう二人とも何も考えられない。溶けてしまえ。このまま二人が一つになれたら。  
 きっとなれる。そんなことを想いながら、斗貴子さんと舌を絡ませさらにゴツンと膣を打ちつける。  
 真っ赤になった斗貴子さんは、泣いていた。  
 快感の嵐の中で、俺は激しく猛ってくる絶頂の予感を感じた。熱い鼓動が迫ってくる。  
 それは下腹部どころの騒ぎじゃない。胸から腹、ペニスへと収縮し、さらに腰を貫いて背中の髄を焼きながら脳へと達するほどの、灼熱。  
 俺は不意に恐ろしくなってきた。  
 こんなに、暴力的な感覚、初めてだ。  
 体内で精子が暴れ狂っている。  
 こんな絶頂、俺は知らない。俺の経験したことあるのは、こんな真っ白になるほどのものじゃない。  
 知らなかった。  
 女性の体の中で果てることが、こんなにも快感だなんて。それとも、斗貴子さんだからなのか。  
「はぅう……っあ、んあ! あぁうぅ……!」  
 斗貴子さんも間違いなく昇ってきている。さらに男根を捻じ込むように打ちつける。食い千切られるような斗貴子さんの膣の感触。  
「カ、カズキ……あぁっ、そ、そのままでいい、っう……そのまま……だい、じょうぶだ」  
 背中の腕が強烈に俺を締め付けてきた。さらに逃げ場をなくすために足が腰の辺りへと絡みついてくる。  
 もはや中で果てる以外に道はない。想いに呼応するように俺も最後の力を振り絞って斗貴子さんの中に埋まっていく。  
「んあっ! な、なにかが……! っ、きて……」  
 ぞくん、と睾丸が痺れた。  
 熱い液体が尿道から飛び出ようとしている。俺は歯を食い縛った。  
 けれど全てを根こそぎ閉じ込めてしまうような膣の収縮に、そこになんの努力も通用しないことをさとった。  
 やみつきになるような刺激。斗貴子さん、好きだ。  
「あっ……!」  
 真っ白になっていくのを感じる。全てが溶けて一つになることを感じる。  
 そして果てた。  
「あああぁ……っぁあ……あつ、い……!」  
 脱獄するような勢いで射精される白濁。  
「い、ひっ、あああっ、あぁぁ!!!」    
 ぎゅうと収縮する膣。俺は朦朧とまどろむに似た世界の中で、背中に食い込んでくる爪と、ビクビクと痙攣する斗貴子さんの四肢を抱きしめたことだけを覚えている。  

 やがて急速に世界が狭まった。  

 

 頬をなでる優しい温もりで、俺は目を覚ました。  
 頭には柔らかいものが触れている。水の中のような視界がやがて晴れていくと、微笑みながら俺を見下ろす斗貴子さんの顔がすぐそこにあった。  
「起こしてしまったか?」  
「ん、すごく気持ちよかった……」  
「そうか」  
 そこでようやく自分の体勢に気付く。俺は斗貴子さんに膝枕をしてもらっているのだ。  
 お互い服を着ていない。いまだ交わったときのままの姿で、俺は斗貴子さんに身をゆだねていた。  
「ていうか、俺寝ちゃったのか」  
「ふふ、こてん、といった感じだったぞ。やるだけやって寝るだなんて最低だな君は」  
「うぅぅ、そんなつもりは……」  
「冗談だ、わかってるから」  
 くすくすと斗貴子さんが笑う。狭いテントの中で彼女の笑い声がやがて途切れると、それきり言葉がなくなった。  
 オレンジ色の光の中、かなりの時間二人は黙っていた。  
 なにか、ひどく充実していた。黙っているのはなにもいう事がないからだ。  
 二人は一つ。だから確認することも別にない。  
 俺はもう一度目を閉じた。なにも言わずに頭をなでてくる斗貴子さんの手。夢にも出てきそうな、あきれるほど気持ちのいいフトモモの感触。  

 膝枕に酔いしれて、本当に眠りに落ちてしまいそうになったとき、  
「水浴びをしようか」  
 いま思いついた、といった感じで斗貴子さんがいった。  
「水浴び? 川で?」  
「うん。二人とも乱れたからな。その、匂いもある」  
「でも嫌いじゃないよ、俺。なんか思い出してくるし」  
「やめろ。恥ずかしいから」  
「斗貴子さんの声とかすごかった。あと口の」  
「やめろといった」  
「ごめんなさい」  
   
 そんなこんなで水浴びをすることになった。  
 テントの外は熱気のこもった内とは違って、穏やかに風が流れて夜の匂いが濃厚にする。  
 月明かりが照らす斗貴子さんの裸体が鮮やかに目に映る。ぼけっと見惚れていると、スケベといって蹴りをいれられた。  
 川原の石の上を、足を切らないように気をつけながら水へと近づいていく。  
 足先だけをひたしてみた。思ったほど冷たくはないようだ。足首までつかって振り返ると、まさに両手を突き出してくる斗貴子さんの邪悪っぽい微笑みが。  
「ぬあっ!」  
「沈め」  
「せ、せめて道連れっ!!」  
「ぬあっ!」  
 俺を突き落とそうとする手を掴んで一緒に引きずり込んでやった。  
 一瞬視界が水でうまる。川はけっこう深く立ち上がっても腰まであった。  
 俺は鼻に入った水をでむせ、斗貴子さんは飲んでしまったようでコホコホと咳をした。  
「やったな」  
「そっちが先だろ」  
 お互いが問答無用。同時に飛びかかり本気で川に沈めさせ、のしかかり、ひっくり返し、投げ飛ばし、遊んだ。  
 なんて楽しいんだろう。ちょうどよい冷たさも気持ちがいい。  
 笑った。二人して笑った。水で戯れながら、やがて抱き合い、この楽しさを絶対に忘れまいと心に誓う。  

 川の流れに揺られながら、手をつないで浮かんでいた。  
 裸で川で遊んで水浴びも何もない。だけどめちゃくちゃ楽しかったから、これで良かったんだろうと思う。  
 息を切らして二人で川に浮かんでいる姿は、はたから見たらきっと冗談みたいに不気味だろう。けれど幽霊もお化けもここにはいなくて、ただ俺と斗貴子さんしかいない。  
「カズキ、君といると楽しい」  
 なんだか斗貴子さんの口調があんまりしみじみとしていたので俺は苦笑した。  
「ときどき、スゴクおばちゃんになるよね、斗貴子さんって」  
「バカ、褒め言葉は素直に受けっておくものだぞ。珍しいから、二度と言わないかもしれないのに」  
「うん。ありがとう。俺も楽しい」  
 負けじと、しみじみといった。君だって老けたものいいじゃないか、斗貴子さんがすねたように言ったので、その通りだなと思って笑った。  
 つないだ手から斗貴子さんの体温が流れてくるような気がした。  
 刹那に想う。また、こんな時間がくるのだろうか。  
「また、君とこうしたいな。カズキ」  
「斗貴子さん」  
 横を見ると、水の中に髪を散らした斗貴子さんの、月に照らされた白い表情が見える。  
「生きることは、こんなにも楽しい。君といるだけですごく嬉しい」  
「俺も、そうおもう」  
「人を好きになることはとてもドキドキする。好きな人と愛し合う以上の幸福はないような気がする」  
 握る力が強くなり、怯えているようにぶるぶると震えた。  
「カズキ、私は生きる。絶対にホムンクルスになんてならない。君と生きるのはとても楽しそうだから」  
「斗貴子さん」  
 手を、握り返した。  
「俺が、絶対に守る。絶対に守るから」  
   
 月明かり。ちゃぽんと水の音がして、目の前にかぶさってきた斗貴子さんを抱きしめながら唇をあわす。  
 強くなろう。俺は決めた。  
 もっと強くなって君を守る。恩返しなんかじゃない。生きるために、未来に進むために……  
   
 温かさが、胸を打つ。  

       
    『君が、好きだから』――完――  

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