胸が苦しい。心臓が走ったわけでもないのに、ドキンドキンッと早鐘を打っている。  
 あの人のことを思うと、胸が張り裂けそうだ。  
「ブラボー……」  
 その名を口にしてみると、まひろの顔に笑みが零れる。  
 想い人を思って頬を染める。年頃の女の子ならば、誰でも一度は夢想した事のあるシュチュエーション。  
 まさかそれが横文字になるとは、それこそ夢にも思わなかった。  
「しかもオジサンだし」  
 正確には、いくつ歳が離れているのかはわからない。  
 でも親子ほどとまではいかなくても、向こうから見ればやっぱり自分は子供だろう。  
「困るよね…… 子供に告白されちゃっても……」  
 でも、この気持ちを抑える事が出来ない。だから子供なんだと言われればそれまでだ。  
 そんな子供っぽいエゴにも、彼は優しいし、大人だから、困った顔はしてもおそらく自分を気遣ってくれるだろう。  
「私だって……傷つく覚悟くらい出来てるよ、ブラボー……」  
 声に出して言ってみた後、まひろは震える手でドアをノックした。  
「おう、開いてるぞ」  
 彼の声を聞くと、一番聞きたいはずなのに、なぜかこの場から逃げたくなる。  
「お、おじゃましま〜〜す」  
 自分でもびっくりするくらい声が裏返っていた。  
 オンナとして、初めてオトコの部屋に入る。武藤 まひろ が大人の一歩を踏み出した瞬間だった。  
 
「どうした 今日は一人か?」  
「う、うん」  
 畳張りの、ちゃぶ台とテレビしかないがら〜〜んっとした部屋だ。  
 ブラボーは隅から座布団を取ってくるとまひろに薦めてくれる。  
「まだ制服ってことは帰ってきたばかりだろう? 嬉しいねぇ、取るもの取らずオニィサンのところに来てくれるとは」  
「え!? あ、ああ、うん……」  
 彼にとっては軽い、場を和ませる為のオジサンギャグだったんだろうがまひろはドキリッとした。  
「レディが来てくれたのにお茶も出さないのは失礼だな」  
「あ!? い、いい 私が淹れるから、お茶淹れの達人だし」  
「そうか、悪いな」  
 まひろはブラボーの視線から逃げるようにそそくさと立ち上がると、テキパキとした動作でお茶を淹れる。  
 さすがに達人を自称するだけあって、その手際は見事なものだ。  
 さしたる時間も掛からず、ブラボーの前には湯気を立てる湯呑みが置かれる。  
「ありがとな それで、オマエのは?」  
「へ!?」  
 ブラボーの前には湯呑みがあるが、まひろの前にはなにもない。  
「わ、私、そ、そうだ ダイエットしてるから!!」  
「……そうか」  
 いかにも『いま思いつきました』と言ってるようなセリフだが、ブラボーはそれにはツッコまず、“ずず〜〜”っとお茶を啜る。  
「で、恋愛相談か?」  
「へ!?」  
 さっきからまひろはこればっかりだ。でも、なんの前フリもなしにズバリ言い当たられては動揺を隠せない。  
 
 まひろは兄と同様に、そこまで器用な性格ではなかった。  
「まあ、年頃の女の子が頬を赤らめる理由ぐらいは察しがつく」  
「う、うん」  
 どこまで、察しがついてるんだろうか? それは、なぜか厳しい表情をしているブラボーの顔からは読み取れない。  
「相手は年上か?」  
「うん……」  
「ふむ オマエラの年齢だと、だいたいは男女問わずに年上に憧れるものだからな」  
 それは当たっているのかもしれない。まひろの兄 カズキ がげんにそうだ。  
「だがな、憧れって言えば聞こえがいいが、そういうのはほとんどは錯覚だ」  
「え……」  
「父親や母親、兄や姉でもいい 肉親に求めていた愛情を他人に求めたとき錯覚する、エレクトラ・コンプレックスてやつだな」  
「え……」  
 ブラボーがなにを言っているのか、まひろにはわからなかった。ただ、血の気が失せていく顔で呆けた返事を返す。  
「オマエより長く生きてきた……なにが言いたいのかくらいはわかるが……応えられんよ…オレには……」  
 言うと、クルリッと背中を向けテレビを点けてしまう。『話しはここまで、もう帰れ』背中がそう言っていた。  
「嫌われてるのかな? 私……」  
 声が……震えている。たったこれだけの言葉を紡ぐだけで、まひろの瞳から涙が零れそうになった。  
「嫌いじゃない、まひろの事は好きだ でもな……」  
「子供だから?」  
「そういう事を聞くから子供なんだ 大人と子供は恋愛できん 同じくらいの歳の……なにをしている?」  
 錬金の戦士として、常に最前線で戦ってきたブラボーには、後ろを見なくとも、まひろがなにをしているかはわかっていた。  
 壁にもたれて、まひろがスカートをまくり上げている。  
 
「子供は……こんな……エッチな事しないでしょ?」  
「だから、そういうのが子……」  
「んッ……」  
 ブラボーの言葉を遮るように、まひろの指がショーツの上から秘密の部位を撫でた。鼻に掛かったうめきが漏れる。  
「私ね、毎日……してるんだよ」  
 恥ずかしい告白をしながら、隠れている快感を少しずつ暴くように、まひろは指を秘裂にそって蠢かせる。  
「こうやって……んぅッ…毎日……ふぅッ……ブラボーの事考えて…んンッ……してるの……」  
 残った手は、乳房に指がめり込むほど強く揉んでいた。  
 思慕の念を抱くものが近くにいるからなのかもしれない。その動きはいつもの一人遊びよりもずっと大胆で、官能的なものだった。  
 ショーツの薄い生地を突き上げる突起を、中指と親指でそっと触れる。  
 いつもなら、もっと自分を焦らしてから触るのだが、もういまは我慢できない。  
“きゅっ”  
「ひんッ」  
 カズキですら聞いたことのない、はしたなく、甲高い声をブラボーに聞かせる。まひろは子供じゃない自分を見てほしかった。  
 だが、ブラボーが振り向く気配はない。ぴくりともせずにテレビ番組(なんかジャニーズが出ている)を見てる。  
 まひろは切ない視線をその背中に送るが、よく見れば、熱い熱いお茶をブラボーが口にする回数がやたらに多かった。  
「ひッ……あ…あ……んあッ………」  
 目はブラボーを追ったままで、つまんだ突起を指の腹で転がしながら、まひろは途切れる事のない快感を貪る。  
 しかし、いけない指遊びを覚えてからまだ日の浅い若い身体は、そんなに長くは快楽を享受できなかった。  
 少しきつめに突起をひねる。  
「ひぅッ…んッ……んあぁッ!!」  
 ビクンビクンッと身体を震わせながら、まひろが白い喉を晒して仰け反った。  
 
「あ……ン……はふぁ……」  
 せつなげなため息とともに、高々と腰を突き上げていたアーチが崩れる。  
 短い静寂。しばらくは、まひろの荒い息遣いとテレビだけが、音の全てだった。  
「……終わったか」  
「……うん」  
 ブラボーは背を向けたまま、結局、まひろを一度も見てはくれなかった。  
 もう、まひろに出来るのは、涙をブラボーの前で見せない事だけである。それでも、目頭が熱くなるのはどうしょもなかった。  
「ほれ……」  
“トンッ”  
 後ろ手で、ブラボーがティッシュをまひろに寄こす。  
「それで、その、拭け」  
「うん……あ!?、う、うん」  
 最初は涙の事かと思ったが、まだ流れてない。ふっと股間を見ると、びしょびしょだった。  
 突然、忘れていた羞恥心がまひろの中に蘇る。あわててティッシュを受け取ると、まひろは耳まで真っ赤にして後始末を始めた。  
 でもこれで終わりなのだと思うと、手はノロノロとして、拭き取るだけの作業がなかなかすすまない。  
 いつの間にか、泣きながら手を動かしていた。  
「また……」  
「……うん?」  
 不意に、ブラボーの方からまひろに語りかける。  
「いつでも、来ていいからな」  
「あ……うん♪」  
 この部屋に来て、今日初めてまひろが弾んだ声を上げた。  
 
「じゃあ……また」  
「……ああ」  
 いまだに、ブラボーはテレビを見たままだ。それでも、まひろは笑顔でドアを閉められた。  
“パタンッ”  
 ドアが閉まる。まひろの気配が完全に消えると、ブラボーは、  
「ふぅ〜〜」  
 大きく息を吐いた。  
「よく耐えた、我ながらブラボーだ」  
 視線は股間へ。そこは隆々と、初心な女子高生が見たら腰を抜かすくらい勃起している。  
「あそこでどうにかなってたら、カズキに会わす顔がないからな」  
 本音を言えば、女子高生は、いや、まひろはオンナとして充分魅力的だ。身体に触れられたりしていれば、押し倒していただろう。  
「なんにしても、オレなんかに汚されなくて良かったよ……」  
 でも、次に迫られたときも、大人の顔が出来る保証はどこにもなかった。  
 
                                    終わり  
 

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