「まひろ、まひろー!」 
「う、お兄ちゃん……。今度は何……?」 
「オマエの浴衣を貸してくれ!」 
「え、浴衣?」 
「おう。青っぽい色の、お気に入りのやつあっただろ」 
「………あ、もしかして今夜のお祭りに誰かと行くの?」 
「うん、まあな」 
「……私とは、行ってくれないの?」 
「え?あ、いや……今年のは、その人と行きたいんだ…」 
「そ、っか」 

 

「そしたら今度は笑って貸してくれたよ」 
オレの部屋で斗貴子さんにさっきのことを話した。 
「そうか。ようやくキミも賢くなってきたようだ」 
「むか。そんな言い方しなくてもいいじゃん」 
「いや、すまない。…しかしどうして私を祭りに誘おうなどと思った?」 
それはもちろん斗貴子さんと二人っきりで楽しみたいから、などと素直に言えるほどオレに度胸は無い。 
「だっていつもホムンクルスと戦ってばかりだろ。たまには息抜きも必要かなあ、って思ったんだけど。もしかして、迷惑?」 
そうだ。オレ一人一方的に事を運んでいて肝心の斗貴子さんの意見を聞いてなかった。 
ここまでやって嫌だなんて言われたら相当堪えてしまう。 
「息抜きか。そうだな、たまには気分転換も必要かもしれない」 
「えっ、それって一緒に行ってくれるってこと!?」 
「ああ。最近は気を張りっぱなしだったから、ちょうどいいかもしれない」 
俺は小さくガッツポーズをした。 
嫌だと言われたら少しだけ食い下がってみようと思っていたが、快く受け入れてもらえて本当によかった。 
「それじゃこれ、まひろから借りてきた浴衣。浴衣なら胸のサイズとか気にしないでイタイイタイイタイ!」 
「カズキ君、何か言った?」 
「言っておりません」 
怖い。すごい剣幕だ。口は笑ってるけど眼はすっごい暗い色をしている。 
いつものようにちくちく刺されたオレはいつものように余計なことはなるべく言わないようにしようと思った。 

 
 
 

「それでは着替えさせてもらおう」 
斗貴子さんに浴衣を手渡し、彼女が服を脱ごうとした。 
「…」 
「……」 
「………」 
「…………」 
「…キミ、向こうを向いていてくれないか?」 
「へ?あ、ああ!そうだねっ!」 
着替えようとしないと思ったらそういうことか。オレは慌てて背を向けた。 
斗貴子さんが服を脱ぎ、布が擦れる音が聞こえる。音だけしか聞こえないオレは頭の中でよからぬ妄想を抱き始めた。 
(って、ダメだダメだっ!何を考えてるんだオレは!) 
妄想を振り払おうと頭を振った。その時、 
「痛ッ――」 
「ど、どうしたの斗貴子さん!!」 
斗貴子さんの声にオレはすぐ反応して振り向いた。 
「こっ、バカ!見るな」 
オレが見たのは、浴衣がはだけ、その華奢な身体を晒している彼女のあられもない姿だった。 
「うわわわわっ!ごめん!!」 
見とれてしまいそうになる前に急いで背を向けた。 
「ま、まったく……。いきなり振り返るやつがあるか。大体キミという奴は、ぐちぐち…」 
「ううう……」 
執拗に斗貴子さんが俺の非を責めてくる。事故とはいえ半裸を見てしまったのはまずかったか。 
「うん、よし、もういいぞ」 
斗貴子さんがそう言ったのでオレはゆっくりと振り向いた。 
そこにはまひろから借りた浴衣を見事に着こなした斗貴子さんの姿があった。 
「に、似合っているか?」 
「う、うん。すっげー可愛い……」 
素直にそう言った。彼女はバカ、と小さく呟いて俯いてしまった。 

 
 
 

「え、あ、えーっと…そうだ!さっき痛いって言ったけど何があったの?」 
「ん、ああ……これがな、浴衣の中に忍ばせてあった」 
そう言って彼女がオレに手の中のそれを見せた。そこには剃刀が四枚あった。 
「うわっ、危ねえなー。まひろのやつ、どこに浴衣しまってたんだよ」 
剃刀が四枚も出てくるなんて、まひろのやつがどんな風に服をしまい方をしまってたのかひどく疑問に思われた。 
「…………」 
その時、斗貴子さんの視線がオレを捉えているのに気付いた。 
「どうしたの、斗貴子さん」 
「……いや、何でもない。それでは行こうか」 
そう言って彼女は窓から身体を乗り出した。 
「ああ。じゃあ寄宿舎前で待ってて」 
さすがにオレはここに住まわせてもらっている身なので窓から出入りなどできない。 
本当は夜中に外出もあまりしてはいけないが、今日は他のやつらだって出ているのでオレ一人増えたところで問題ないだろ。 
オレがドアに手を掛けて部屋を出ようとした時、斗貴子さんに呼び止められた。 
「――カズキ」 
「ん、何?」 
「私は、キミの妹に………、いや、やはりいい。先に行って待っている」 
そのまま斗貴子さんは外に飛び出し、視界から姿を消した。 
「……なんだあ?」 
彼女が何を言おうとしていたか気になったが考え込んで待たせるわけにも行かない。すぐに寄宿舎前へ向かった。 

 
 
 

「あ、お兄ちゃん!」 
途中でまひろに捕まった。 
「おう。なんだ、お前も祭りに行くのか?」 
「うん。友達と一緒にね。あ、友達っていっても女の子だよ」 
「そっか。なあ、お前も行くのに浴衣借りちまってよかったのか?」 
斗貴子さんに貸した浴衣はまひろのお気に入りだ。それを着ていくつもりだったのなら悪いことをしてしまった。 
「全然いいよ、気にしないで。ねえ、お兄ちゃんの彼女はその浴衣気に入ってくれた?」 
「ああ、って、お前なあ。浴衣の中から四枚も剃刀が出てきたぞ。彼女、怪我はしなかったけどちょっと危なかったぞ」 
「へえ、そう……怪我、なかったんだ。………その言い方、お兄ちゃんがその人の着替え見てたみたいに聞こえるよ」 
「ん、いや、そ、そんなことないぞ!お兄ちゃんは清く正しく生きてるからな!」 
なにかまひろの目つきがいつもより数倍鋭い。オレは今までに無い危険を感じたような気がした。 
「じゃあオレ、人待たせてるから先行くぞ。じゃあな!」 
危険が身に降りかかる前にまひろとの会話を切り上げて先を急いだ。 
(待たせちまったかな、斗貴子さん) 

 
 
 

「――――チッ」 
まひろの舌打ちが、寄宿舎の静かな廊下に響いた。 
 

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