「カズキ、これは何?」  
祭りで賑わっている通りを歩いていると、斗貴子さんが聞いてきた。  
「ああ、それは金魚掬いだよ。祭りの出店の定番だね」  
「これは面白いのか?」  
「やってみれば?」  
そう言ってオレは金を取り出そうとしたが、既に財布はめちゃくちゃ軽くなっているのを思い出した。  
「ううぅ〜」  
情けなくて涙が出てきた。  
「ではやってみるか」  
斗貴子さんが懐から財布を取り出した。  
「金持ってたの!?」  
こくりと頷く。じゃあオレは彼女に本当にたかられていただけなのか…。  
「お、お嬢ちゃん、一回二百円だよ」  
「うむ」  
景気のいい親父さんの声に促がされるように斗貴子さんが金を出した。  
膝を折って座ると、親父さんから紙を張ったポイを受け取り、金魚が泳ぐプールを睨みつけた。  
ずごごごごごごおぉぉぉ……  
「な、何だこのプレッシャーは!?」  
あまりの迫力に親父さんが声をあげた。オレもこんな斗貴子さんは戦闘時にしか見ない。  
息が詰まりそうなほど金魚屋の周りだけ、空気が重くなっていく。  
「――――ふっ!」  
斗貴子さんの口から空気が漏れた。同時にポイを持った手が高速で動き、水面を切り裂いた。  
一匹の金魚が宙を舞う。その金魚が二匹になった……?  
『うぎゃああぁあぁぁぁぁあああっっっ!!』  
オレと親父さん、そして周りにいた何人かの見物客(主に子連れ)が悲鳴をあげた。  
金魚君が胴体から真っ二つに切り裂かれ、それが斗貴子さんが持ったお椀の中へとべしょりと堕ちていった。  
呆然と立ち尽くすオレ達。彼女がオレのほうを向いて笑いかけた。  
「うまく掬えた」  
「殺しちゃダメだろおぉぉっっ!!」  

 

「カズキ、これは?」  
金魚屋から逃げるように立ち去ってから再び斗貴子さんにそう聞かれた。  
「これは射的だよ。景品をあそこの銃で撃ち落すんだ」  
「ふむふむ。ではこれもやってみよう」  
俺は一瞬止めようかと思ったが、まあ射的ならさっきみたいなことも起こらないだろうと思った。  
(しかし、射的か……。何もかも皆懐かしい…)  
思わず昔のことを思い出した。ガキの頃、近所の仲間と祭りに出かけて遊びまわったときのことを。  
「おう、こんな可愛い嬢ちゃんが挑戦かい?いいよいいよ、三百円だよ」  
斗貴子さんが金を払い、そして店の兄ちゃんが射的銃を手渡した。  
(っむ――)  
オレは思った。あの兄ちゃん、かなりのやり手だ。  
「えいっ、えいっ!」  
斗貴子さんは身体を乗り出して懸命にコルク弾を発射していたが、景品が落ちる様子はない。  
「えいっ、えいっ!……あ、もう弾切れか」  
「嬢ちゃん、残念だったねえ!どう?もう一回やってく?」  
「ふっ、望むところだ!」  
「ダメだよ斗貴子さん。これ以上は相手の思うつぼだ」  
オレは見ていることができなくなり口を出した。いや、ただ単に射的がしたくてうずうずしていただけかもしれないが。  
「何故止める?都合の悪いことでもあるのか?」  
「そうだぞ坊主。嬢ちゃんがやる気になってんだ。止めんのはよくねえぜ」  
兄ちゃんがオレに言ってきた。ふふ、オレにはあんたの不正はお見通しだぜ!  
「だったら、彼女にもっとまともな銃を貸すんだね!」  
「っな……!?」  
オレの指摘に兄ちゃんの顔に驚愕の色が浮かんだ。  
「どうゆうことだ、この銃がいけないのか?」  
「ああ。ほらよく見て。この銃身、少し歪んでるだろ」  
「……おお、本当だ」  
「だから飛び出すコルク弾の威力も少し弱まるし、命中の精度も下がるんだ。悪徳な的屋がよく使う手だよ」  
「って、てめえ何者だっ!?」  
兄ちゃんがオレを指差して声をあげる。オレは不敵な笑い声を漏らして言ってやった。  
「オレ?オレは『出店潰しのカズキ』!悪徳的屋!婦女子を騙し金を巻き上げた罪、その身をもって知ってもらうぞ!!」  
「で、出店潰しのカズキ!?聞いたことがある…。数々の、それも悪徳な商売ばかりしている出店を潰して回った伝説的な少年だ」  
「ま、まさかこんなところで彼を見ることができるとは……」  
周りの客が何人か声に出して言っている。そう、祭りが起こる場所でオレの名を知らないものはいない――。  

 
 

「………大量だな」  
「ん、まあね」  
射的屋から全ての景品を巻き上げたオレ達は通りを二人並んで歩いていた。  
「しかし、キミにあのような才能があったとは驚いたよ」  
「そりゃガキの頃から祭りに行ってればあれくらいできて当然だよ」  
とは言いつつもやはり自分のこの才能は天性のものだろうと思ってしまっていたりする。  
「にしても、この景品の山どうしようか」  
射的屋から巻き上げた景品は俺の両手いっぱいに溢れかえっていた。  
「持って帰って友達にでも上げなさい。特に岡倉君とやらにはね」  
「え、なんで岡倉だけ特別扱い?大浜や六舛も友達なんだけど」  
「あ、い、いやそのだな、彼には私も世話になったというかそんな感じで……ごにょごにょ」  
「ふぅん……、まいっか」  

「あっれええぇぇぇええぇええぇ〜〜〜〜???」  
再びカズキの部屋。そこには未だ一人でエログッズを探し続ける漢がいた。  
「カズキのやつ、他にも本なくしやがったな。全然数が減ってるじゃねえか」  
祭りに出かけた羨ましいカップル共のことを少しでも忘れるために、岡倉自身がカズキに渡した秘蔵グッズを探していたが見つからない。  
岡倉はカズキが斗貴子と祭りに出かけたことを知らない。知ったらとち狂うだろう。  
「うわっ!オレがカズキに彼女ができた時のために託しておいた特大バイブもなくなってやがる」  
………岡倉よ、エロスもいき過ぎるとただの変人だぞ。斗貴子の忠告を思い出せ。  

 

そしてそのバイブはエロスに目覚めた斗貴子さんが既に盗み出していた。  

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