目が覚めた。頭がぼんやりしたまま、周りを見渡す。  
六枡先輩と岡倉先輩が辛そうに体を起こしている。  
まっぴーが幸せそうに眠っている。ちーちんが目をこすりながらこちらを見ている。  
そして、大きな蝶(?)の足につかまっているジャージ姿の人が窓の外に見えた。  
近づいてくる救急車の音が聞こえる。  
だんだん頭がはっきりして記憶も戻ってきた。  
学校がたくさんの化物に襲われて、まっぴーのお兄さん達が助けてくれて、  
突然、体の力が抜けて、みんなどんどん倒れて、私も意識がなくなって─  
ん?意識を失う前に近くにいた人が一人足りない。  
もう一度、周りを見てみる。やっぱりいない。  
「大浜先輩は?」  
「調子はどう?」  
返事がすぐ上から聞こえてきた。見上げると目の前に大浜先輩の顔があった。  
「!?」  
自分が大浜先輩の両腕に抱えられていることに気づいた。いわゆる、お姫様だっこ?  
意識がなくなる前に先輩に抱き上げられたような気がするけど、  
その後、ずーっとこうやってだっこされてたのかも─  
「ありがとうございます。もう大丈夫です…あ」  
と言って、自分で立とうしたが、よろけてしまった。まだ体に力が入らない。  
「まだ調子が悪そうだね。保健室に行ってみてもらおうか?」  
元のように私を抱き上げた大浜先輩は、保健室へと足を進めた。  
先輩の腕の中で私の意識は再び薄れていった。  
 
目覚めた。今度はすぐに頭がはっきりした。  
たぶん見えているのは保健室の天井だから、ここは保健室のベッドの上。  
ベッドから降りて自分の足で立ってみる。うん、なんとか歩けそう。  
ベッドを仕切っているカーテンを開けて、仕切りの外に出ると、  
上半身裸の大浜先輩がこちらに背中を向けていた。  
「え?あ、あの、先輩、さっきはありがとうございました」  
びっくりして両手で顔を覆いながら、お礼を言う。  
手の隙間から覗くと、先輩がこちらに顔だけを向けて左手を振っていた。  
そして、右肩に包帯が巻かれているのに気づいた。  
先輩の向かいに座っている保健の先生が治療したらしい。  
「先輩!?肩、ケガしてたんですか?」  
「うん。でも、たいしたことないから」  
「たいしたことあるわ。直るまでガーゼは毎日交換。お風呂とシャワーは禁止よ」  
と、大浜先輩に釘を刺す保健の先生。  
…ケガしてたのに、私をだっこしてくれたんだ─  
「校医さんが来てくれてるから、あなたは向こうで診察してもらって」  
と、今度は保健の先生が私に指示を出した。  
言われた通りに診察してもらうと、入院する必要はないとのことで、帰宅を許された。  
 
保健室を出ると、先に肩の治療を終えていた大浜先輩が待っててくれた。  
少しでも先輩の肩の負担を減らしてあげたくて、自分と先輩のカバンを持って、  
いっしょに寄宿舎に帰った。  
ホントはたくさんお礼とか言いたかったのに、どういうわけか緊張し、  
うまく話せなかった。  
まだ体が回復してないせいかも。  
 
あれから数日が過ぎた。  
まだ入院している人が少しいるけど、だんだん元通りの学校になってきた。  
私も体育の授業は見学したりしてるけど、他は大丈夫。  
今日もまっぴーとちーちんといっしょに寄宿舎を出た。  
通りに出ると、まっぴーのお兄さんと津村先輩が少し先を歩いていた。  
二人で何か話していて、こちらに気づいていない。  
まっぴーが私とちーちんに合図をしてから、猛ダッシュ。  
「こっそり核鉄を貸せないかな?」  
「発熱で辛そうだったが、命に別状はないんだ。  
 何かの拍子にキミの友達を巻き込む方が怖い。我慢しろ」  
何の話だろう?─と思っているうちにまっぴーが追いついた。  
「おはよう!お兄ちゃん!斗貴子さん!」─お兄さんにタックルするまっぴー。  
「うっわ…おはよう、まひろ。おはよう、みんな」─地面に倒されたお兄さん。  
「おはよう。キミたちは相変わらずだな」─その横で苦笑している津村先輩。  
二人の向こうに岡倉先輩と六枡先輩もいて、こちらに手を振っている。  
「おはようございます」─笑顔で頭を下げるちーちん。  
私は少し背伸びをし、先輩達の後ろに誰かいないか確認してみた。  
背伸びなんかしなくても見えるはずの姿が見えない。  
「おはようございます!…あの、大浜先輩は?」  
 
先輩達がちらりとまっぴーを見て少し黙った後、岡倉先輩が口を開いた。  
「仕方ない、話すか…アイツ、柄にもなくカゼみたいでさ」  
「昨日、早退したんだけど、今朝も熱が下がらないみたい」  
「この前のことでみんなまだ体力が戻ってないからな」  
「今日は午後から近くの親戚が看病に来るとのことだ」  
じゃあ、今、大浜先輩は一人でカゼと戦ってるの?  
…そんなことを思っていると、まっぴーも知らなかったようで、抗議を始めた。  
「ひどーい!もっと早く教えてくれれば、昨日の夜は私が看てあげたのに!  
 何を隠そう、私は(ry」  
「うん、オレもそう言ったんだけど、大浜がまひろに黙ってろって」  
「うーん、斗貴子さんがギックリ腰の時、私の看病が親切すぎたから、  
 遠慮してるのかな?」  
「包帯の志々雄巻きがイヤなんじゃねーのか?」  
「オレはあの制服だと思うな」  
「でも…って、さーちゃん、どうしたの?」  
「沙織?」  
私は回れ右をして元来た方へと駆け出した。  
「ごめん、忘れ物しちゃった。午後の授業は出るから」  
 
寄宿舎に着いたら、すぐに大浜先輩の部屋に向った。  
ノックしても返事がないので、扉を開けてみた。カギはかかっていない。  
「ごめんなさい、失礼します」  
そう言って、部屋に入ると、赤い顔の先輩がベッドの上で唸っていた。すごく辛そう。  
すごく熱いおでこの上にタオルにくるまれたアイスノンがあったけど、  
場所がずれていたので直してあげたら、少し楽になったみたい。  
でも、あんまり冷たくないな。換えてあげなきゃ。  
それから、ベッドの近くにトレイに載った朝ごはんがあった。  
他の先輩が持ってきたのかな?  
見てみると、減っているのはお味噌汁だけ。固形物は食べられないのかも。  
私はそのトレイを持って、部屋を出た。  
 
そして、寮母さんに事情を話し、厨房を借してもらって、簡単なおかゆを作った。  
私が学校をさぼっていると指摘されたけど、  
『寝坊しちゃって1時間目に間に合わないので、2時間目から出ます。  
 それまでだけ先輩の看病をします』  
と、ウソついちゃった。  
 
それから、出来上がったおかゆを持って先輩の部屋に戻った。  
まずはいっしょに持ってきたアイスノンを交換してあげたら、  
先輩が目を覚まして体を起こした。  
そして、少しぼーっとした目をした先輩が言った。  
「さーちゃん、学校は?」  
「へへ。寝坊しちゃって1時間目に間に合わないので、2時間目から出ます。  
 おかゆ、作ってきたんでどうぞー!」  
さっきと同じウソと言ってから、ベッドの横に椅子を持ってきて腰を降ろした。  
「うーん─」  
先輩はまだ何か言いたげだけど、それを無視して、スプーンでおかゆを勧める。  
「!?自分で食べれるよ」  
そう言って、利き腕じゃない左手でぎこちなくスプーンの柄を取ろうとする先輩─  
─右肩、まだ痛いんだ…なんか、涙が出そうになって顔を伏せた。  
「…え?どうしたの?」  
私は無理して作った笑顔を向けて、先輩の口の前までスプーンを持って行った。  
「なんでもないです。どうぞ」  
「………」  
今度は何も言わずに食べてくれた。  
「熱くないですか?」  
「うん、大丈夫だよ。ありがとう、おいしいよ」  
…高熱で味はわかんないだろうに。また涙が出そうになったけど、今度は堪えた。  
その後、お互い黙ったままで食事が続いた。  
 
結局、先輩は私が作ったおかゆをほとんど食べてくれた。  
まだ顔は赤いし、熱も高いみたいだけど、少しは元気になったように見える。  
私も少し嬉しかった。  
そして、コップで持ってきたお水を飲み干した先輩が言った。  
「ごめん、お水、もう一杯、もらえるかな?」  
「了解!今度はポットで持ってきますね!それから、体も拭きましょう!」  
「イヤ、それは自分でやるから…それに、そろそろ2時間目が始ま─」  
「あ、ええと…とにかく、お水とタオル、持ってきますね!」  
私はそう言って、部屋を出た。  
 
お水を入れたポットと洗面器、それにタオルを持って部屋に戻ると、  
先輩は静かな寝息を立てていた。  
今朝、最初に部屋に来た時はよりは随分と楽そうだ。  
布団を直してあげてから、机の上に院外薬局の袋があるのに気づいた。  
手にとって見る。経口の解熱剤?  
毎食後のクスリだけど、今日の朝の分は飲んでないみたい。  
こういうクスリをちゃんと飲んだ方が、熱は下がるんだけどな。  
でも、クスリのために起こすのはかわいそう。  
うん、このまま飲ませてあげよう。水もあるし。  
深く考えないで、ポットの水をコップに注ぎ、先輩の口に解熱剤のカプセルを入れた。  
もぐ、もぐ。  
あー、カプセルなんだから、もぐもぐしちゃダメ!  
水といっしょじゃないと無理かも。でも、どうやって水を飲んでもらえば?  
…こうなったら、仕方ない。これは看病の一環なんだ。深い意味はないのだ。  
そう自分に言い聞かせてから、急いでコップの水を口に含み、口移しで飲ませた。  
ごく、ごく、ごくんっ。  
クスリ、飲んでくれたみたい。良かった。  
………  
ええと、もう、唇、離してもいいんだよね?離さないといけないよね?  
なんかよくわからないけど、すごく惜しい気がするけど、離すぞ、離すぞ、えい!  
…私、何やってるんだろう。舌を出して、自分で自分の頭を軽く小突いた。  
眠っている先輩がうれしそうに見えるのは気のせい?  
 
この後、親戚の人が予定より早く来たので、  
看病を交代した私は、3時間目から授業に出た。  
あの事件から日が経ってないせいか、遅刻の理由を体調不良にしたら、  
先生は細かいことを聞かなかった。  
そして、授業が終わってから急いで寄宿舎に戻ったけど、  
先輩の親戚の人の看病で無事に熱が下がったそうなので、もう私の出番はなかった。  
看護士制服を用意したのにやっぱり出番がなかったまっぴーはとても残念そうだった。  
 
翌日、いつものようにまっぴーとちーちんといっしょに学校に向う途中で、  
まっぴーが後の方を指差して言った。  
「さーちゃん、今日の忘れ物はないみたいね?」  
「え?」  
振り向くと、少し後に先輩達がいた。今日は大浜先輩もいる!  
「おはようございます!」  
私は満面の笑顔で手を振った。  
 
(おわり)  

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