看護師は桜花の点滴を換えて出て行った。
騒がしそうに見える二人(いや、一人と一匹か?)がいなくなって
あきらかに安心した顔をしていた。
きっと二人に困らされていたに違いない。
私は看護師を見送ってから桜花の方へ向いた。
「核鉄を持っていたのか。」
「ええ。戦士長さんが治るまで持っていることを許してくださいました。」
沈黙が部屋を覆った。
あちらはどうなのか知らないが、気付かれないようにしながら
相手の意図するところを読み解くなんて、こちらは得意ではない。
単刀直入に尋ねてみた。
「キサマ……何を考えている?」
「別に何もありません。」
すました顔で桜花はにっこりとこちらに向けて笑った。腹黒め。
「武藤クンのことが心配ですか?」
私は桜花から顔を背けた。
「昼食に呼びに来ただけだ。」
言葉が続かず再び沈黙になった。
沈黙を破ったのは桜花だった。
「武藤クンの核鉄、変化したのでしょう?」
「!」
私は桜花のほうを振り返った。
「その少し前まで御前様を通してわかっていましたから、
あとのことを武藤クンに聞いたら話してくれました。」
私はほぞをかんだ。
あのことは誰にも言うなとカズキに言い含めておくべきだった。
桜花の表情から笑いが消えた。
彼女の周りを取り巻く、空気とも雰囲気とも言えない何かも
すっと温度を下げたような感じがした。
殺気か。私は核鉄をポケットから取り出した。
「もし私と秋水クンがあなたと再び敵対することになったらどうします?」
桜花の目には光があった。こちらを試すような光だ。
「知れたことだ。今度こそキサマたちを殺す。」
私は核鉄を握った手をぐっと桜花に向けて突き出し、
目を逸らさずにらみ返した。
もしここで戦うことになっても、おそらく療養中の彼女などに私は負けはしない。
しかし核鉄を持つ二人がぶつかりあったら周りは無事ではすまないだろう。
にらみあいつつも頭の中でどこに桜花をおびき出して戦うか私は考えた。
黙然とにらみあったが、先に桜花が私から視線をはずした。
そして目を伏せたまま言った。
「津村さんが武藤クンを助けたように、私と秋水クンも武藤クンに助けられました。
武藤君が津村さんを裏切らない限り、そして津村さんが武藤クンを裏切らない限り
きっと私があなたと戦うということはないと思います。それは秋水クンもきっと同じでしょう。」
「……。」
私は核鉄を下ろして、息を吐いた。
気がつかないうちに息まで止めてたらしい。
「でも。」
桜花は微笑み、こちらへ向いた。
「もし、戦うことになったらあのときみたいに諦めませんよ?
武藤クンに助けていただいた命です。簡単に諦めてしまったら
武藤クンに失礼ですから。」
「フン」
それはこちらも同じだ。
カズキは敵の命さえ惜しむ様なヤツなのだから。
それにしてもカズキが早坂桜花にヴィクター化のことを話してしまうとは。
後で厳しく言っておかなければいけないだろう。
「武藤クンは…」
「ん?」
「……武藤クンは核鉄についてはなにも。
あれは私のはったりです。いまごろ武藤クンが
検査に来ているからカマをかけてみたのですけれど。」
彼女のことだ。カズキにも私と同じような引っかけをしたのだろう。
「先輩に迷惑がかかるから話せないとだけ言いました。」
再び伏せてしまった彼女の顔からは表情はわからない。
ただその肩が寂びしげだった。