間違ってはいない、間違ってはいない、間違ってはいない、間違ってはいない、間違ってはいない。  
「? どうしたんだ。顔色が悪いぞ」  
 学校の屋上、昼休みが始まったばかりのそこに人の姿は少ない。オレの隣には斗貴子さんがいて、調理パンを片手に持っている。  
「・・なんでもないよ」  
 野菜ジュースと繋がっているストローを銜えたまま、作り笑いをする。  
 斗貴子さんは怪訝な様子で俺を見ていたけど、何も見抜くことはできなかったのか、そうか、とだけ呟いてパンを頬張った。  
「・・・・・・・・・・・・」  
 柵の向こう、眼下に広がる運動場には早くも遊びに出ている生徒がいて、その声がここにまで届いている。それが沈黙を際立たせたけど、オレは何も言わない。  
「・・・・なあ、カズキ」  
 牛乳で口の中のものを飲み下した斗貴子さんが、冷ややかな、しかし慈愛に溢れた瞳を向けてくる。  
「・・君は、やはり後悔しているのではないか? このようなことに巻き込まれてしまって・・・・」  
 それは何度か繰り返された、俺の答えも既に決まっている質問だった。  
「・・・・ううん、そんなことないよ。オレは自分の意思で、今、こうしてるんだ」  
「・・・・・・そうか」  
 果敢なくこぼれた笑みが、俺の心を締め付ける。  
 斗貴子さん・・・・たった一人で戦い続ける女の子。オレより年は上だけど、しっかりしてるように見えるけど、でも、放っておけない。  
 そうだ、オレは自分の意思で戦うことを選び、蝶野攻爵を殺して、今、こうしているんだ。  
「・・・・斗貴子さん、体、大丈夫?」  
「ん?」  
 斗貴子さんの牛乳パックから、ずずっ、という音がこぼれる。  
「なんだ、君はまだ気にしていたのか? 解毒剤は飲んだ。特に悪いところなどない。安心したまえ」  
「・・・・・・うん」  
 重たい表情を隠すことできないオレの顔を見て、斗貴子さんは目元を綻ばせて笑う。  
「心配性だな、君は」  
 ハンカチで口を拭う斗貴子さんに、やっぱりオレは、小さく頷くことしかできなかった。  
 
「・・・・う、あ・・・・」  
 体育館の用具室、明かりの欠落した埃っぽくて狭い部屋に、掠れた呻き声が響いた。  
「うわ、おい、こいつ、大丈夫かよ? すげー、やばそうだぞ」  
 名前も知らない誰かが、立ち尽くして喉を鳴らしているそれを見て、気持ち悪そうに顔を歪める。  
「・・・・大丈夫だよ。痛みがあれば、言うことだって聞く」  
 部屋の隅っこの跳び箱に腰を下ろしたオレは、片足を投げ出し、片足を胸に抱くような格好で、感情の入っていない声を出す。  
 オレの言葉を聞いて、誰かは被虐的な笑みを浮かべた。  
「いいのか?」  
「・・・・好きにすればいい」  
 その言葉を確認した次の瞬間、誰かは笑ったまま、手の甲でそれの頬を張った。ぱん、と甲高い音が響き、それがよろめく。  
「跪けよ、おい」  
 誰かは、その命令事態に興奮を覚えているようで、目の奥の光は尋常さを欠いている。しかし、それに判断する能力はない。言われるがまま、それは跪き、誰かを見上げた。  
「はは、おもしれー」  
 そう言って、誰かはそれの黒髪を乱暴に掴み、上向けさせる。それの瞳は茫漠としていて、焦点すら合っていない。唇の端からは涎が垂れていた。  
 誰かは、興奮が限度を超したのか、おもむろにズボンのチャックを開けて怒張したものを晒す。男根は、それの目の前にあり、そのせいなのか、それが口を半開きにした状態で呼吸するたびに、膨れ上がったものを大きく震わせている。  
 それは、醜悪なものが目の前にあるにも拘わらず、無防備に口を開けて、ぜえぜえと息をしている。  
「おい、銜えろよ、おら」  
 誰かが腰を突き出し、それの髪を引っ張ると、それがくぐもった声を上げる。小さな口に無理やり男根を突っ込まれると、それは更に苦しそうに呻いた。  
「・・・・ぐ、が、ぁ・・うっ・・・・」  
 それは虚ろな力で唇を閉じようとしているが、顎の力も入れらない状態では、どうしようもない。  
 喉の奥まで男根を突っ込まれて、苦しそうに喉を鳴らして、吐き気に震えるように胸を上下させて、唇の端から唾液をだらだらと流して、みっともない姿を晒し続ける。  
「はは、動くぞ、いいなっ」  
 誰かが声を荒げて、腰を前後に振る。それのだらしなく開かれた口は、涎が潤滑油にでもなっているのか、すんなりと誰かの激しい突きを受け入れている。  
 
「おら、もっと吸えよ、おいっ」  
「・・ぁ、がっ、かはっ・・!」  
 片手で髪を掴まれ、もう片方の手で鼻を塞がれたそれは、喉を鳴らして、意識を失っているのではと疑うほど目を虚ろにしている。  
 だけど、誰かは薄ら笑いを浮かべたまま腰を動かし続けて、それはされるがままに、受け入れている。  
「ちっ、これじゃ、いつまでもイけねえよ。なあ、おい、下も使っていいんだろ?」  
 誰かが男根を抜いて、口から溜まった涎を垂れ流すそれを横目で見ながら、オレに聞く。  
「・・・・好きにしろ」  
 俺の言葉に、誰かは笑みを濃くして、それの肩を蹴り飛ばした。それは呻き声を上げて仰向けに倒れて、その際にスカートを捲れさせる。  
 それには抵抗する素振りもない。天井を見上げる瞳にも何も映ってはいない。  
 誰かは乱暴にそれの下着を脱がし、足を開かせると、割れ目が露になった。誰かはそこに指を走らせると、潤っていなかったのか、舌打ちを漏らし、それの口に指を突っ込む。  
「おい、舐めろよ、早くしろっ」  
 それは片手で首を絞められ、緩慢な動作で舌を伸ばす。誰かはその舌に自分の手を擦り付けて、そして十分に手が濡れると、その手でそれの割れ目を擦った。  
「じゃあ、いくぞ」  
 誰かが腰を進めると、膨張した男根が、それの割れ目を押し開く。開かれた割れ目に男根は易々と侵入していき、難なく根元まで呑み込んだ。  
「はは、なんだ、使い込んでんのかと思ったら・・・・きついぐらいだ」  
 そう言いながらも、誰かはスパートのごとく腰を振った。ぱんぱんと肌の打ち合わさる音が速いテンポで響いて、それが壊れたラヂオのように淀んだ声を漏らす。  
「おら、おら、ははっ・・!」  
「・・っ、は、う、うぅ、あっ、あぁ・・!」  
 誰かは、それの両膝の後ろに腕を回して、顔と両膝をくっつけさせるような格好を強いている。それは無理な格好のせいで腰を浮かせていて、その浮いた腰、丸い尻に、誰かの肉付きのいい腰が容赦  
なく打ち付けられている。  
 ぱんぱんぱんぱん、と肌の打ち合わさる音が響き、それのしゃがれた声が漏れ、誰かの笑い声が木霊する。  
 オレはただ、その光景を、真っ暗に染まった瞳に映している。  
「おい、出すぞっ」  
 
 誰かが短く言い、打ち付けていた腰を沈めたまま落ち着けた。その腰が小さく震える。  
「・・・・ぁ、うあ、ああ・・・・」  
 それは目に涙を溜めた姿で、呻き声を上げた。その口を誰かの口が塞ぎ、それの口内が蹂躙されているのが、それの口回りの肌の動きで分かる。  
 唇を離したそれと誰かの間には唾液の糸がかかり、誰かが腰も引いて男根を抜くと、そこにも細い糸がかかった。  
「・・・・はは、いい具合だったぜ」  
 そう言って、誰かがオレを振り返る。  
「おい、やった後に金はなしだぜ?」  
「・・・・いらないよ、お金なんて」  
「はは、そうかい。んじゃ、俺はおさらばするよ」  
「・・・・ああ」  
 誰かが立ち上がり、用具室の扉に向かおうとする。  
 その時、オレが言った。  
「・・・・食べていいよ」  
 その言葉を聞いた誰かが振り向いた先に、それの立ち上がった姿があった。  
 細い肢体、紺色のスカート、おかっぱのような髪型をした黒髪、そして鼻を横切っている傷痕。その手には六角形の核鉄が握られ、その瞳は紅く輝いている。  
「・・・・・・お、おい・・・・?」  
 怯えて後ずさりする誰かの背中が、扉に触れる。  
 その音が微かに鳴った時、それが慣れ親しんだ言葉を口にして、次の瞬間、継ぎ接ぎの四本の鎌が誰かを切り刻んでいた。  
 悲鳴を上げる暇すらない、速さを超越した四本の鎌は、刹那の一瞬の間に誰かの体をばらばらにして、顔の判別すら不可能にした。  
 おびただしく溢れる血液、その臭いが用具室を満たしていく。それはその臭いにつられるように膝をついて、床に顔を寄せ、広がっていく血に舌を這わせた。  
 それから・・・・・・それから、誰かの体を、それは食べ始めた。  
 
 
 間違ってはいない、間違ってはいない、間違ってはいない、間違ってはいない、間違ってはいない。  
 解毒剤は確かに間に合った。  
 斗貴子さんは完全なホムンクルスになんかならなかった。  
 ただ、後遺症として、一時的にホムンクルスのようになってしまうだけだ。  
 ホムンクルスの時の記憶はない、普段の記憶ははっきりしている、ホムンクルスじゃない、いつもの斗貴子さんは斗貴子さんで、それ以外の誰でもない。  
 だからオレは、殺さない。完全なホムンクルスじゃないから、オレは殺さない。きっと、こんなことはいつまでも続かない、もうすぐにだって斗貴子さんも、そしてオレも殺されてしまうんだろうけど、それでもオレには、どうしたってオレには、斗貴子さんを殺すことなんて、できないんだ。  
 オレは、オレは、間違ってなんか、いない。  
 

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