サンプル  
 
 
LXEが壊滅して以来、集団昏倒事件の処理や破壊された学校の修復もひと段落つき、銀成高校にもいつもどおりの日常が戻ってきた。  
事件以来消息を絶ったブラボー、それぞれにそれなりの傷を抱えたカズキと斗貴子の3人を除いて。  
 
「武藤さん。診察室へどうぞ」  
「それじゃ斗貴子さん、行ってくる」  
聖サンジェルマン病院の待合室で、カズキは軽く微笑んで手を振った。  
「――」  
斗貴子は返す言葉が思い浮かばず、目を見てこくりと頷いた。  
――カズキが此処に毎週通うようになったのは、私のせいだ。  
静かな午後の待合室で、斗貴子は自責の念に沈んだ。  
カズキの胸に入れた核鉄は、ヴィクターを第三の存在へと変貌させたものと同等の「黒い核鉄」だった。  
ヴィクター化したカズキが、まっとうな人間に戻るのかはわからない。  
元に戻るための方法を探すための各種サンプル採取――少なくともカズキはそう思おうとしている――という目的で、ふたりは毎週この病院に通っている。  
しかし実際は「サンプル採取」という名目が表すとおり、カズキの体のことについても、ヴィクター化のことについても、ほぼ何もわかっていない状況だった。  
自分が引き金になった出来事なのに、何も出来ずにただ座りこんでいる自分が恨めしく感じて、斗貴子はただ、床を見つめていた。  
 
「……さん、津村さん」  
「…っ!」  
すぐ側で名前を呼ばれて、斗貴子は我に返った。  
あわてて顔を上げると、眼鏡ときりりとした表情が印象的な看護婦――今は看護士というのが正しいと六舛が言っていた気がする――が怪訝そうに覗き込んでいた。  
「津村さん…よね?この前武藤君や何人かと一緒に早坂さんのところに押し入った」  
この看護婦(と医師団)とは一度小競り合いになったことがあったことを、斗貴子は思い出した。  
その後は様態も快復した早坂桜花と支障なく面会でき、カズキの意向もあって検査後にはできるだけ見舞いに行くようになっているが、どうも斗貴子には居心地が悪いこともついでに思い出して、斗貴子は少し不機嫌になった。  
「津村だが、何か」  
そういって見上げた看護婦の顔は平静を保とうとしているものの、何かを隠すことが辛いような雰囲気だった。  
「ちょっと、診察室までよろしいかしら…」  
「! カズキに何か!?」  
思わず立ち上がった斗貴子の不安げな顔を見て、看護婦の表情が緩んだように見えた。  
「いえ、ちょっとね…診察室でしか話せないことだから…」  
「わかった。診察室で聞こう」  
意を決し、斗貴子は看護婦と歩き出した。  
 
看護婦に連れられて、斗貴子は病院の廊下を歩いていた。  
次第に廊下の人通りが少なく、薬品の臭いが強くなってゆく。  
いくら戦団の手が回った病院とはいえ、堂々と錬金術関係の施設を確保はできないのだろう。  
あるドアの前で看護婦が止まり、斗貴子も足を止めた。  
「いい?このドアを開けたら武藤君がいるんだけど、見ても驚かないでほしいの」  
「覚悟は出来ている」  
「まあ、あなたなら大丈夫よね、じゃあ――」  
看護婦がドアを開いた。  
「カズキっ!」  
斗貴子は悲鳴ともつかない声をあげた。  
「大丈夫。ちゃんと生きてるわ」  
カズキは、ベッドに仰向けに横たえられていた。  
意識を失って。  
全裸で。  
 
「カズキに何をした!」  
「まだ何もしてないわ!落ち着いて!」  
「何かするつもりだったのか!」  
「あなたにしてもらうつもりだったの!」  
そこまで喚きあって、斗貴子と看護婦は一息ついた。  
「どういうことだ?」  
斗貴子はこれからしなければならないこと、おそらくカズキを始末することを想像して青ざめた。  
「落ち着いて聞いてね、津村さん」  
呼吸を落ち着けながら、看護婦は話しはじめた。  
「戦士・武藤カズキ…んー、武藤クンのサンプル採取を今までやってきたことは、知ってるわね?」  
「勿論」  
「戦団からの命令で、いままでありとあらゆる体組織のサンプルを採取してきたの。最初に毛髪。そして体細胞、ほっぺの裏側をヘラで擦ると取れるヤツね。検便検尿もとっくに済ませたわ。最後に各種分泌物や体液のたぐい。唾液や胃液から、骨髄までなんだけど…」  
そこで看護婦はわずかに戸惑いの表情を見せ、また目を見て言った。  
「最後のサンプル採取に津村さん、あなたの協力が必要なの」  
看護婦はきっぱりと言って斗貴子の手をとり、正方形の小さなパッケージを渡した。  
 
掌のそれは、クッキーの個包装みたいに薄く、小さいものだった。  
「………」  
よく見るとリング状の何かが入っている。  
「………」  
「なるべく外気に触れさせずに採取するにはそれしかないの」  
「………」  
「さぁ!」  
べちーん!  
「さぁじゃない!私にカズキのせっ精液を採取しろと言っているのか!」  
コンドームを床に叩きつけ、顔を真っ赤にして斗貴子は叫んだ。  
 
「しょうがないじゃない!男の子っていうのは公衆の面前で射精出来るほど図太い神経は持ってないのよ!ちょっとクロロホルムが効きすぎて昏倒しちゃったのよ!」  
「医療ミスの尻拭いを他人に押し付けるな!」  
「あなたは他人じゃないはずよ」  
斗貴子の怒りが、その一言で無理矢理鎮められた。。  
「他人なら毎回付き添いになんて来ないし、いつも待合室で辛そうにしていない」  
「違う!私とカズキは仲間であってそんなことが出来る関係じゃない」  
「仲間だから、あなたにやって欲しいのよ。今の武藤君は医学的に他の誰よりもかけ離れた存在の可能性があるの。そんな孤独を解ってあげられるのは、彼の友達でも家族でもなくて、錬金の戦士で彼の一番近くにいる――あなただけなのよ」  
沈黙…そして、斗貴子はカズキの元へと歩み寄った。  
 
斗貴子が手を置いたカズキの胸板は、みんなを守るため、斗貴子を守るため、厚く、逞しくなっていた。  
「…射精させれば、いいんだな」  
「ええ、温度差があまりなくて、他の体液が混ざらなければなんでもいいわ」  
「…これは医療行為だからな」  
「…恨みがましく言わないで…」  
恨んでなんか、いない。自分に言い聞かせただけだ。  
カズキをこんな体にしてしまった私に出来ることなら、なんでもする。  
しかし…  
斗貴子は振り向いた。  
「コレは、正常なのか?」  
「ええ、どこにも異常はない成熟したペニスよ」  
「ペニスって言うな!」  
「それ以外に言いようが無いじゃない」  
レッスンが必要ね、看護婦の口の端がかすかに持ち上がった。  
「うう…コレが、その、その時になれば入るんだよな」  
「もっと大きくなるわよ。さぁ、触ってみて…」  
斗貴子の反応をいちいち確認するように、楽しげに看護婦が言う。  
「これ以上…」  
おそるおそる差し出した指先が、カズキのいまだ柔らかいそれを突付いた。  
予想よりさらさらした手触りと、芋虫のような感触が指先に残る。  
 
(骨も、筋肉も無いコレが大きく…?)  
無防備な小動物に見えるカズキのそれが可愛らしく見えて、斗貴子はピンク色の先端をつまんでみたり、指の腹に乗せて重さを確かめたりしていると  
「うわ!膨らんでくるぞ!」  
カズキの海綿体は斗貴子の掌の上で無意識に大きく、硬く膨張しはじめた。  
「そう、それでいいの」  
それでいいと言われても、既に両手では隠せないほど大きく、目の前でそそり立っているものがカズキの体の一部だと斗貴子は信じられなかった。  
掌から直に熱が伝わり、ビクンビクンという脈動が伝わる。  
ごつごつとしたそれは、脈動にあわせて目の前で揺れている。  
後ろでピリッと小さく裂ける音がして、斗貴子は振り返った。  
看護婦はさっきのパッケージを破り、中の銀色をした硬貨みたいなモノ――コンドームを斗貴子に差し出していた。  
「現代科学では成しえない0.02oの薄さ、例え鯨に装着しても破れない強度、しかし使用感は一切無し。錬金術の粋を結集して生み出された戦団特製コンドーム『シルバースキン』よ!」  
「戦士長…」  
「ハイ、それじゃあ津村さん…」  
コンドームを受け取った斗貴子の手に、看護婦の手が覆いかぶさった。  
「真中の弛みが精液溜りよ。裏表を間違えないように亀頭に当てて…」  
ぷにぷにと柔らかい亀頭に、指先がラテックス越しに触れる。  
「空気が入らないようにゆっくりと、慎重にかぶせて…」  
「こ、こうなのか?」  
看護婦の掌のリードで、斗貴子はゆっくりとカズキの屹立に銀膜を降ろしてゆく。  
「陰毛を巻き込まないように…」  
隙間無く、根元まで銀色の皮膜で覆われたカズキの肉茎。  
天井に向かっていきり立っているそれを、斗貴子がさすり始めた。  
いや、斗貴子の手を看護婦がリードして、さすりあげた。  
根元から、太く膨らんだ海綿体、亀頭のエラ、鈴口、先端までを斗貴子の細い指先が上下に愛撫を繰り返す。  
「そう、上手…爪を立てないように、ね。」  
「わかって…いる…」  
単調な愛撫ではあるけれど、目の前のカズキの屹立に魅入られたように、斗貴子はとろんとした目つきでそれを続けている。  
 
「コレは余裕があったらでいいけど」  
看護婦はすでに斗貴子から手を離している。その空いた手をカズキの陰嚢に回し、睾丸を弄び始めた。  
「ココは握らないで、指の上で転がすのがコツよ。初めてでいきなりやっちゃうと引かれちゃうから、慣れてきたら試してみるといいわ」  
意識のないカズキを弄んでいるのか、うぶな斗貴子を弄んでいるのか、看護婦にもわからなくなってきている。  
斗貴子は、そんな看護婦の声も半ば聞こえていない。  
ただ、カズキにすがりついている。いつかカズキの部屋で目にした雑誌の写真と同じコトをやっているという驚きと恍惚が体を支配している。  
「……そういう雑誌で、見たんだが」  
斗貴子が口を開いた。  
「カズキは・・・その、男は口ですると、嬉しいのか?」  
「もちろんよ!」  
看護婦の眼鏡が光った。  
「それじゃ、キスしてあげて」  
銀色の肉棒の先端に、斗貴子は戸惑いながら、わずかに開いて湿り気を帯びた唇を当てた。  
ぷにぷにした亀頭の感触。おそるおそる舌先を触れさせる――味はしない。  
「噛まないように、唾液でペニスを濡らしながら……咥えて」  
じゅぷ…ちゅ…  
「ん…ふっ…」  
張り出した亀頭が口内を擦るたび、せつなげな声が漏れながら、斗貴子はカズキのモノを半ばまで咥えた。  
「口から出す時に、舌を絡めながら出しなさい」  
言われたとおりに舌を纏わりつかせながら、口を抜いていった。  
口の中が亀頭の膨らみだけになり、鈴口に舌を擦りつける。  
口を離して、根元に舌先を当て、先端まで這わせる。  
ちゅぅ…  
先端を咥えた唇がすぼんで、吸い出そうとする音が響いた。  
ずぷ…  
そして深く、根元近くまで飲み込まれる。  
 
何かに導かれるかのように、カズキに奉仕する斗貴子に、看護婦は魅入っていた。  
ちょっとした悪戯心でカズキを眠らせ、斗貴子をけしかけたことが、予想以上に成功している。  
純潔の乙女は気高いままに、性器でするのと同じように夢中で少年のペニスを口で湿らせてくわえ込み、膣壁と同じように締め付け、擦り、吸い上げる。ふたりの間に、看護婦がいる空間はなかった。  
喉奥を亀頭が小突く。  
口蓋をエラが蹂躙する。  
舌が肉竿から離されない。  
鼻先を陰毛が揺らめいて目が眩みそうになる。  
口内が無味無臭のカズキで満たされて、脳にカズキの感覚が直接響いてくる。  
カズキの脈と、斗貴子の荒い息遣いが同調して…  
カズキの屹立が一際大きくなり、斗貴子が根元までカズキを迎え入れ…  
終に、爆ぜた。  
舌の奥で、皮膜越しに熱い液体がほとばしる感覚を覚えたとき…  
「むっ……ぅぅっん」  
斗貴子も、体の秘奥からほとばしる快感を留めきれず…  
 
ガリッ  
 
うっかり歯を食いしばった!  
「痛だだだだだっ!」  
「ふぁ、ふぁじゅひっ(カ、カズキッ!)」  
(終わったわね…)  
 
 
カズキが着けていたコンドームは、取る時に陰毛を何本か巻き添えにしたもののちゃんと回収され、サンプル採取は全ての工程を終えた。  
「…ということなの、あなたたちには悪いコトをしたと思ってるわ」  
看護婦は今までの経緯をカズキに説明し、これは医療行為だということ、この方法が最善の策だったことを付け加えた。  
「斗貴子さん、本っっっ当にゴメン!!」  
「軽蔑するならはっきりとしてくれ、そのほうが気が楽だ…」  
何も悪くないのに全裸で平謝りするカズキと、あれほど恍惚としていたのにもう怒ったそぶりの斗貴子を見比べて、看護婦は笑いながら溜息をついた。  
「コレも任務の一環だから…」  
バツが悪そうにいう看護婦を  
「任務にしては私達の様子を随分楽しんでいたみたいだが?」  
斗貴子が制した。  
「でも、他の人には任せたくなかったでしょ?」  
看護婦の切り返しに、斗貴子は一瞬桜花の姿を思い浮かべてしまい、何も反論できなくなった。  
「まあ、任務というからにはアフターケアも必要ね、口内洗浄くらいならすぐにでも準備できるけど…」  
「出来るなら…んむっ!」  
斗貴子の唇が急に塞がれた。  
カズキの唇で、塞がれた。  
何十秒とも、何十分ともしれない口付け。  
舌を絡ませ、唾液が混ざり、溶け合うような口付けが離れて、  
「ゴメン、勝手なコトばかりして…」  
カズキが謝った。  
抱き合ったまま、コツンと額が触れ合って  
「話は最後まで聞くように…出来るなら…キミに決めてほしかったんだ。私が口内洗浄するべきか、そうでないかを」  
「それじゃあ斗貴子さん…」  
「こんな私でよかったら、何度でも、寄宿舎に帰ってからも…」  
 
再び口付けを始めた二人を置いて、看護婦はサンプルとカルテを届けるべく、診察室を出た。  
 
『避妊は欠かさないコト!』という書置きと、『シルバースキン』1カートンを、いつまでも、いつまでも口付けを交わす二人に残して。  
 
おわり  
 

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