ヴィクターと戦った日の夜、斗貴子はカズキの部屋へと向かった。  
戦士長キャプテンブラボーは「俺が戻るまでのしばしのあいだ、ゆっくり休め」と言ったが、とてもじゃないが  
のんきに体を休める気になどなれない。原因はカズキだ。  
カズキの身におきたあの変化………あれは……………。  
ベットに体を横たえてはいるが、目が冴えるばかりでなく胸が苦しく焦燥感が募り、眠れない。  
カズキのことが気にかかってしょうがない。カズキはいま、どうしているだろう。ちゃんと眠れているだろうか。  
体の調子はどうか。辛かったり、苦しかったりしていないだろうか。私のように不安な気持ちになってないだろうか…。  
 
ヴィクターと同じ髪の色。ヴィクターと同じ肌の色。ヴィクターと同じ胸の紋章。  
同じまなざし。憎悪。殺意。  
 
あれは…あれは全て………私が……………。  
 
憔悴のあまり汗までかいてきた。眠れない。いてもたってもいられず、ベットから起き上がり、窓から自分の部屋を抜け出した。  
 
寄宿舎の外から、窓からカズキの姿を一目見たらすぐ戻るつもりだった。カズキがカズキのままでいることだけ確認できればそれだけで十分だった。  
建物の少し離れた所からカズキのへやを見上げるが、いない。カズキの姿が見当たらない。それだけで目が眩むような不安感がある。  
一歩一歩近づいていく。明かりのないカズキの部屋はなんだか人気がない。建物に近づき過ぎて部屋の中がかえって死角に入ってしまう。  
それでも姿を確認できない。  
いつも通り建物沿いに生えている木や窓の庇を使い、カズキの部屋まで到達する。  
あらためてカズキの部屋の中を見渡して、そこに誰もおらず、がらんどうになっていることを確認した斗貴子は軽い錯乱状態に陥った。  
昼間の出来事。  
留めようとする自分が目に入っていないかのように通り過ぎていってしまうカズキ。  
自分から離れっていってしまうカズキ。  
声が届かない。気持ちが通じない。カズキが変わってしまう。いなくなってしまう。駄目だ。嫌だ。  
カズキ。  
昼間の出来事の強烈なフラッシュバックに怯え慄く斗貴子は自分が立つ窓枠のすぐ下足元のベットでスヤスヤと  
安らかな眠りについているカズキの姿が目に入っていない。  
 
カズキが ま さ か ふ つ う に 寝ているとは夢にも思わない斗貴子は自分の視界の隅に写るものが何なのか暫くの間理解できなかったが  
にわか雨の後、大地がゆっくりとその潤いを吸い込むが如くじわ、じわ、と事態を把握していった。  
こういう時。  
ブチ撒けの戦士である津村斗貴子の場合、この昂ぶった感情がどこへいくかというとそれはそっくりそのまま怒りへと変換される。  
「………。」  
あっという間にキレた斗貴子の一切の無駄な動きをなくしたいぶし銀の目潰しが目蓋の上からカズキの眼球に炸裂する。  
 
ドスッ  
 
フギャンと車に轢かれた猫みたいな声をたてながらカズキがベットから転がり落ち、しばらくのたうちまわったあと  
涙でよく見えないながら目の前に仁王立ちしている人物が斗貴子であることに気付くと、半分寝惚けているカズキは反射的に謝った。  
「ゴ、ゴメンなさい斗貴子さん……」  
「何故あやまるんだ」といまだ手が目潰しの構えを取っている斗貴子におびえつつ、目をかばいながら自分がなぜ怒られたのかを真面目に、  
いたいので泣きながらいっしょうけんめい考えた。  
だんだん目が覚めてきたカズキがおれ目潰しをくらうようなことなにもしてないんじゃあと思うころには斗貴子の怒りも大分収まってきていた。  
落ち着きを取り戻した二人のうち、先に声を発したのはカズキだった。  
「斗貴子さん、こんな夜中にどうしたの?」  
 
「うん、その。カズキ、体の調子はどうだ?どこかおかしいところはないか?」  
目をこすりながらベットに座るカズキの隣に並んで自分も腰掛けながら聞く。目をしょぼしょぼさせながらなんの蟠りもなく斗貴子を見て  
「大丈夫だよ。なんで?」素直に質問するが、答えがない。昼間の出来事が頭をよぎり押し黙ってしまう斗貴子を  
カズキが不思議そうに見つめている。無垢な視線に居たたまれなくなった斗貴子はカズキのつぶらな瞳から目を反らしながら口を開く。  
「…すまない」「え?」「キミをこんな…戦いの世界に巻き込んでしまって…そのうえあんな……」「斗貴子さん?」  
「全ては私の責任だ。なんでもする、本当に…なんでもするから…だから……」許して欲しいと言いたいのだが、カズキをこんな  
事態に巻き込んでおきながら許しを請うのはおこがましい行為なのではないかと思うと喉が強張りそれ以上言葉が告げない。  
うつむいてしまった斗貴子と「なんでもする」というフレーズでああ斗貴子さん昼間のこと言ってるのかと気付いたカズキはなーんだそんなことかと  
笑いながら「大丈夫だよ。別にもうどこもなんともないしさ」あっさり答えるが斗貴子が黙ったままなので続けて  
「別に心配することないよ。もう元に戻ったんだし。平気だよ。それにほらあのなんだっけ、ブラボーが行った本部だっけ?錬金の戦士の  
なんか秘密基地みたいな所で調べてくれてるんだし。でもきっとなんでもないと思うよ。あれは一時的なものだったとかさ。  
今もなんともないんだからきっと大丈夫だよ。平気平気。大丈夫だいじょー…」  
 
「…大丈夫なわけないだろうがッッッッッ!!!!」  
 
唐突に斗貴子が発した大地を劈く怒声に不意をうたれたカズキは赤ちゃんパンダのくしゃみに驚く母パンダの如く  
ビクリ!と硬直した。  
 
「キミは一体なにを考えているんだ?え?何も考えていないのか!?キミは、一時とはいえあの裏切りの戦士と同じ体に  
なってしまったんだぞ!それなのに何を呑気なことを……!少しは、自分の体のことを心配したらどうなんだッッッ!!!」  
どうなんだ どうなんだ ドウナンダ … …とこだましたりはしなかったがカズキのあまりの無頓着さにまたキレてしまい  
思わず怒鳴りつけた斗貴子は、はーはーと肩で息をつきながらハッとした。カズキが口を開けたまま固まっている。  
 
何をやっているんだ私は………。  
カズキを怒鳴りつけてどうする。カズキが怯えてしまったじゃないか。カズキは何も悪くないのに。  
悪いのは私なのに……。  
と、怒鳴られたカズキではなく怒鳴った斗貴子の方がションボリとしてしまう。斗貴子がそのままうつむいて  
黙ってしまうとカズキもいまだ麻痺状態にあるので、部屋の中に一時の静寂が訪れた。  
 
暫くして後、  
だしぬけに、カズキが斗貴子のヒザの上できつく握り締められている手に自分の手を乗せてきた。  
「…………ぁ」自分より大きなカズキの手の、じわりと温かい感触に思わず声が出る。  
カズキはそのまま斗貴子の手を握るでもなく持ち上げると自分の左胸にトンとあてがった。  
右の手の甲にぴたりとあたるカズキの手の平の感触と、自分の手の平にじわりと広がる熱い体温と、  
ドク、ドク、という核鉄の鼓動に挟まれ混乱した斗貴子はどうしていいのか分からずカズキを見上げるが、カズキは  
じ、と斗貴子をみつめるだけで何も言わない。  
 
「ほらね」にっこりしてカズキが言った。  
なにが「ほらね」だ。何がしたいのかぜんぜん分からないぞと頭の中では考えているけど  
声が出ない。何か言おうとしてもかすれて声にならない。唇だけがかすかに動くのだがそんな斗貴子の様子に  
頓着することなくカズキは言った、「ちゃんと動いてるよ。核鉄」  
ああ、そうか。「今動いているのが斗貴子さんがくれた核鉄、俺の新しい命」  
「斗貴子さんのおかげで、俺は生き返った。またまひろや岡倉達みんなと、それに斗貴子さんと一緒に生きていくことができる。全部、斗貴子さんのおかげだよ。」  
「俺、斗貴子さんに感謝はしているけど、巻き込まれたなんて思ってないよ。むしろ俺から飛び込んでいったんだし。  
だから斗貴子さん、謝ったりしなくていいんだよ?」  
カズキがそんなやさしいことを言ってくるのでなんだか斗貴子は泣けてくる。と、同時に精神的に不安定になっている斗貴子に  
錬金の戦士として戦っている普段は絶対にそんなことはないのだが、このときばかりはカズキに甘えてみたいという欲求がこみ上げてくる。  
が、記憶障害があり幼い頃の記憶も定かではない斗貴子には具体的に甘えるといってもどうしていいのか分からない。  
なんだか拗ねた子供のようにしかめっ面をつくりながらカズキの胸のあたりを見つめることしかできない。  
そうしているうちにふと、ある不安感がこみ上げてきた。  
 
とりあえず、なんの断りもなくべろりとカズキのTシャツを胸までめくり上げる。  
「と、斗貴子さん?」カズキに構わずさっきまで自分の手が置いてあった所、カズキの左胸をしげしげと見つめる。  
カズキは斗貴子がなにをしようとしているのか分からず、とりあえずされるがままになっていたが、  
そうたいして時間が経たないうちに捲り上げていたシャツをを下ろされる。  
なんだかちょっと安心したみたいにも見える。  
もしかして、ヴィクター化した時に浮かび上がったあの胸の紋章をさがしていたのかな。  
斗貴子さん、俺の体のことで大分不安に思っているんだな…と思ったカズキは斗貴子をもっと安心させようと思った。  
それでどうしたかというと、おもむろに腕をまわして斗貴子の体を引き寄せると、そのまま横向きにして  
斗貴子の細い首を抱えるようにしながらその耳を自分の胸にあてた。斗貴子に安心してもらおうと思い、  
自分のちゃんと機能している核鉄の音を聞かせてやろうとしたのだが、ようするにどういうことかというと  
斗貴子からしてみればただカズキに抱きしめられているということ以外のなにものでもない。  
カズキに腕に包まれて、顔が熱くなる。  
心臓の鼓動が速くなる。  
明らかに、今自分の耳に響いてくるカズキの胸の鼓動より、速い。  
 
カズキの温かい胸の中の感触と、自分を抱きしめる腕のたくましさと力強さに陶然となり、  
またそれとは別に決して憎からず思っている異性に抱きしめられているという事実に斗貴子の胸の内は  
恐慌状態に陥ったがそんないることは露知らず、カズキはまわした腕にキュッと力をこめつつ斗貴子さんちょっとは  
安心してくれたかななどとのほほんと考えていた。  
 
暫くそのままでいる。  
 
なんだか体が蕩けてしまいそうでずっとこうしていたいなどと考えていた斗貴子の思考が唐突に中断された。  
「ひゃ………」思わず変な声が口からもれたのは、カズキが何の前触れもなく胸をまさぐってきたからだ。  
さっきまで蕩けていた反動があり咄嗟に動けない。「…カズ………っ…」胸を守るように体を縮み込ませるが  
すでにカズキの手は斗貴子の胸にピッタリと張り付いて動かない。なんとかしようと思うのだがどういうわけか  
払いのける気力が出てこない。動かす気配がないと思ったらふいに何かを探るようにスルスルと動き、服の上から  
斗貴子の小さな膨らみを撫でる。「や……ぁ……」カズキの手の平が少し動くだけで全身に電気が流れるような  
感覚が走る。知らず知らず膝が持ち上がる。頭の中が真っ白になる。そして顔は真っ赤だ。  
 
しかしなにかがおかしいのは、カズキの手は斗貴子の胸を触っているようなのだが微妙に位置がずれている。  
カズキの手が置かれているのは左胸だが、それよりも若干中心寄りだ。  
そのことに気付いた斗貴子が少しだけ平静に戻り、カズキの行動を見極めようとじっとしたので分かった。  
カズキの手がふれている部分の真下には斗貴子の心臓がある。  
カズキは斗貴子の心臓の音を聞いていたのだ。  
 
カズキの行動の真意が読み取れた斗貴子は少し冷静になった。  
別にそういう意味で触っていたわけじゃないんだと思うと、さっきの大仰にうろたえた自分が恥ずかしい。  
カズキはただ単に、自分の胸の音を聞いていただけだ。  
ただ、お互いの心臓の音を聞きあっているだけなんだと思うと、カズキとの一体感があってなんだかうれしかった。  
うれしくて、油断しているところをブチ壊すようにさっきまで大人しかったカズキの手がす、と動き斗貴子がえ?と  
思うまもなく、こんどははっきり、ふにふにと斗貴子の胸を揉んできた。  
「んゃ………ッ……!」  
びくりと斗貴子の体が跳ねる。  
 
要するに、どういうことかというと。  
 
カズキは、最初は斗貴子の予想通り、斗貴子の心臓の鼓動を聞こうとしただけなのだが、胸に手を置いて  
斗貴子の生命の証を感じ取っているうちに、指先に触れる柔かいものに気がついたのだった。  
当初、カズキはあくまでも“心臓”に触るつもりであって、“斗貴子の胸”に触れるつもりはまったくなかった。  
んなアホなと思いたいところだが、これがカズキの場合ありうるのだ。キスと人工呼吸の共通点は?  
えーと。なんだろう。的な要素がある。  
なんにせよ、その膨らみに気付いてしまったのだからもう遅い。後の祭りだ。  
じつはカズキは斗貴子の胸は、服の上から推測するに、恐らくはまな板のように平たいのだろうと勝手に  
思い込んでいたので、いくらなんでもまな板よりは起伏のあるその部分に気付き、はっとしたのだ。  
たいして力を入れていないのに指が軽く沈み込んでいる。それだけ柔らかい。  
こうなるとさながら初めてビーズクッションに触った人間の如くおおこれはなどと思いながら  
相手はクッションではなく人間なのにそこらへんまったく考えず胸を掴みぐにゃぐにゃむにゃむにゃと  
思いつく限りの力を与えてその感触とあまりの柔らかさに感動をおぼえていた。  
 
堪らないのは斗貴子の方だ。  
 
もはや後ろから抱きかかえるような格好で思いきり胸を揉まれて、その強すぎる刺激に意識が飛びそうになる。  
「…んにゃ…ッ……カズ…キ…やめ……んっ………」  
まともに喋ることができない。なんとか逃れようとするのだが、体が動かない。足に力が入らない。  
カズキはカズキで斗貴子の胸の感触に夢中になっているので斗貴子さん何か言ってるなとは思うのだが  
脳がそっちに反応しない。  
そのうちに、服の上からだけではなく直にさわってみたいなどと斗貴子が聞いたらショックを受けるような  
ことを考え出したカズキはためらうことなく、いやもうちょっと躊躇とかしたらどうなんだというほどの勢いで  
ぺろりと斗貴子の上着をめくり上げる。  
あまりのことに斗貴子は声が出ない。  
肩口から斗貴子の露わになった胸元を覗き込んで、おののく斗貴子の顔は目に入らず、まだブラジャーが残ってことに気付き  
さてこれはどうやって外すのかなそうだたしかうしろにホックがついているんだよなと  
両手を回し勝手が分からないので不器用に金具のあたりをぐにぐにとつまんでみる。  
奇しくもカズキの腕は自分の体に巻きつく格好で背中に手をまわしているのでどうにも斗貴子は逃げられない。  
背中でじりじりと動くカズキの指を感じながら、これから数分の後に我が身に起こるであろうこと、  
カズキとの行為を予測して斗貴子の体は小さく震えた。  
 
 
どうしよう。斗貴子は迷った。  
カズキから与えられる刺激の強さに抵抗もままならないが、意識を集中させれば、  
あるいは武装錬金を発動させれば、なんとかカズキをブチ撒けることができるかもしれない。  
服のポケットには常に携帯している核鉄が入っている。どうする。やるか。  
しかし。斗貴子は熱にうかされた頭で考えた。私は、カズキになんでもすると誓ったじゃないか。  
ヴィクター戦の時もそうだ。なんでもするといったってまさかこんな事になるなんて思ってもいなかったが、  
と泣きそうになりながら斗貴子は思ったがこの際どうでもいい。  
カズキを平穏な普通の日常から引き剥がし、血生臭い死と隣り合わせの戦いの世界へと  
引き摺り込んでしまったこと。その上、カズキの体をあのように変質させてしまったこと。  
それは全て、私の責任だ。  
私は、償っても償いきれない罪を犯した。  
だから。  
カズキが望むのなら、たとえこの身を引き裂かれる事になろうとも。それをカズキが  
望むのなら。  
受け入れよう。  
拒否する権利など私にはない。  
斗貴子が悲愴な思いで決心すると同時にプツリという小さな衝撃が肌に伝わり何かが  
剥がれ落ちる。とうとうカズキがブラジャーのホックを外したのだ。  
 
肩ひもでぶらさがってはいるが自分の体温と等しくなり肌に接していたそれが離れると、  
隙間に外気がすうと入り込んできて、ひどく寒く感じる。  
後ろから抱くようだったカズキが肩を掴んで横向きだった斗貴子の体を自分のほうへ  
向けさせる。服とともに拘束する術を失った白い小さな下着を持ち上げてまじまじと  
そのふくらみを見つめる。  
目を固く閉じ、息をも詰めて次にくる衝撃をまちかまえていた斗貴子だが、いよいよ  
呼吸が苦しくなるまで待っても何も起こらないのに気付きあれ、と恐る恐る目を開けてみ  
ると、そこで自分の胸を食い入るようにじっと凝視するカズキの顔を見つけた。  
何をするでもなくただじっとからだを見られるというのは以外とつらい。  
カズキの視線が自分の貧相な胸をじりじりと焼いているような錯覚を覚える。  
なんだか生殺しだ。  
これならさっきまでのように掴まれていたほうがまだましだと思う。  
その時、カズキの方はといえば、おそらく直接見るのはこれが初めてであろう女性の胸の  
ふくらみに完全に意識を奪われていた。  
さっき触っていた感触ではもう少し大きいような印象を受けていたので、直に見てみると  
なんだちいさいな、と思った。なんだかちいさくて、はかない。  
でもすごくきれいだと思った。  
 
柔らかなふくらみのほぼ中央の色のうすいちいさな円と、そのまた中央にあるちいさな  
突起を穴が開くほど見つめているとなにか衝動がこみ上げてくる。  
深く考えずにその衝動にしたがう。  
「ひッ………ッ」  
カズキが胸に吸い付いてきた。  
一瞬のあいだをおいてからカズキの口中の熱が斗貴子の乳首にじわりと伝わってくる。  
そして、吸い付いた時からぴったりとくっついていたなにかがふいにぬるり、と動き  
ビクッと体を震わせる斗貴子に構わずそのかたちを確かめるようにぬめぬめと動き出した。  
「い…やぁ………」今まで人生の中でまったく経験したことのない感覚が全身に伝わり  
思わず体をよじらせそうになるが、カズキの腕がしっかりと背中を抱き留めているので  
動けない。耐えようもなく声が出てしまう。  
舌で弄るばかりでなく、幼子が指を吸うように口中に陰圧をかけて神経を揺さぶるので  
斗貴子の女としてのからだが反応してしまう。  
さっきまでぷにぷにしていたものが自分の口の中でくう、と固くなったことに気付き  
カズキが唇を離した。まだじんじんと熱をもったままのそこをじっとみつめる。  
やはりじっと見られるのはなにかをされるより辛いかもしれないと顔を赤くする斗貴子と  
カズキの口で中立ちしてしまった薄いさくら色の突起を交互に見たカズキはここに至って  
ようやく自分のしたことに気が付いた。  
 
世間一般で言うところの男と女の行為。  
 
ガ−ンと雷が頭に落ちたようなショックを受けてあわてて体を離す。自分のしてしまった  
ことにとてつもない後悔を感じながら、  
「ゴ、ゴメン!そんなつもりじゃ………」  
と斗貴子に謝った。  
……………  
……………  
………え?  
謝られて逆に斗貴子が固まる。  
とにかく始まりが斗貴子の胸の音を聞こう思っただけで、それ以後の行為はカズキに  
とって斗貴子が思ったような性的な意味合いなどまったく存在せず、まさか斗貴子と  
自分がそのような行為に及ぶことなど微塵も考えたことがないカズキは汗を掻きながら  
身を引いた。  
斗貴子の存在は。  
カズキにしてみれば、斗貴子は女でも男でもない、なにか、性差を超越したような存在で  
あり、そういった肉体的な欲求の対象にはできない存在だった。  
その証拠に、自慰の時、斗貴子を思い浮かべたことがない。  
岡倉から支給される雑誌なりビデオなりに写し出される女性の体に興奮しても、  
想像の上で斗貴子をそういう欲望の対象にしたことはなかった。  
実際、したら萎えると思う。  
それは決して肉付きの薄い斗貴子の体には性的な興奮を得られないというわけでなく  
それだけ斗貴子のことが大切だったのだ。  
傷つけたくない。  
なのに。  
取り返しが付かないことをしてしまったと色を失うカズキに対し、斗貴子はまたもや  
キレた。  
 
こッ………  
ここまでしておいて、そんなつもりがないとは何事だッッッ!!!  
中途半端なところでやめるなあッッ!  
私の、さっきまでの、覚悟は、一体、どうなるというのだッッ!!  
と怒鳴りつけそうになり、同時に目潰しがでそうになったが今回は未遂に終わる。  
「嫌だったよね…?」  
カズキが上目遣いに自分をみつめてきたからだ。  
なにか知らないがものすごく落ち込んでいる。  
それを見た斗貴子の怒りが急速にしぼんでいく。なんだか気の毒になるほど落ち  
込んでいるカズキを見ているとかわいそうになりつい言ってしまう。  
「……………………嫌じゃない」  
え?と顔をあげまっすぐ見つめてくるカズキの視線から目を反らしながら「…君の  
好きなようにしていい………」と言った。  
 
「ほ、ほんとに…?」  
こくりと肯く斗貴子を見るなりほんの一瞬の間を空けただけでカズキがガバッと覆い  
かぶさってきたので斗貴子は許可を与えた手前はあったがぎくり、と身を固くした。  
いくら何でももうちょっと逡巡というものがあってもいいんじゃないかと思ったのだ。  
カズキにしてみれば、斗貴子はそういう欲望の対象にしてはいけないという思いが今まで  
はあったのだが、実際にそのからだに触れて、その小さな肩や細い腰、男の体では  
ありえないほど柔らかい胸に驚き、さらにとどめをさしたのは自分の口の中で反応した  
斗貴子の小さな乳首だった。  
体が女性だから刺激に反応してしまったんだ。  
斗貴子さんは女なんだ。  
勿論カズキは認識として斗貴子が女であることは知っていた。  
ただ、そういう実感が今まで存在しなかっただけだ。  
だから、自分の舌に舐めとられ感じてしまった斗貴子に気付いた時、強烈にその女性性を意識した  
斗貴子は女であり、男とは対になる存在であり、性行為においては男の下に組み敷かれ、  
男から陰茎をさし込まれるほうの存在なんだ。  
そういう考えが生まれた後、斗貴子のことを女として意識しないというのは不可能だった。  
さっき触れた肌の感触が生々しく蘇り、もっと触れたいという欲求が生まれる。  
斗貴子が欲しい、と思った。  
 
自らの下に組み敷いた斗貴子をやや充血した目で見ると、勢いそのままにもう一度、その胸にむしゃぶりついた。  
「んッ………!」  
さっきまではまったく意識していなかった斗貴子の喘ぎ声が、耳から侵入し、脳をかき乱し、さらにカズキを昂らせる。  
固く尖らせた舌でぐりぐりと乳首を苛み、片手で残るもう一方の突起を指で強くもてあそぶ。  
「…や…………ッ…だめ……」  
からだがバラバラになってしまうような強い快感のせいで、許した筈なのに、と思いながらも拒否する言葉がでてきてしまう。  
手の平全体で乳房を強く揉み、さらに手を下へ下へと伸ばしていく。  
カズキの熱を帯びた手が斗貴子のフトモモを撫でながら徐々にスカートを捲り上げていき、  
足が細いためにいくらぴったりと閉じてもできてしまう三角形の小さな隙間に指を差し入れ、そのまま斗貴子の最も女性である器官を撫でる。  
「…だめ……………だめ………」  
斗貴子の拒絶の声はもはやカズキを更なる昂りへと導くものでしかなくなり、下着の上から強く愛撫する。  
 
そんなカズキが斗貴子の下着をひきずり下ろそうとした手をぴくりと止めてはっと顔を  
あげたのは斗貴子の  
「………痛……ぃ……」  
という声を聞いたからだ。  
意識せずに、咥えていた乳首を強く噛んだらしい。  
「あ……ゴメン………!」  
とっさに体を離し斗貴子に謝るが、そんなカズキの反応に斗貴子のほうが驚いた。  
「え?………え、あ、気にするな。大丈夫だ…」  
実際痛かったので声が出てしまったが、皮膚が破れるほど強く噛まれたわけではないし、  
本当に大丈夫なのだが、なんだかカズキがひどく動揺している。  
ごめん、と呟きながら斗貴子から身を離したままだ。  
ほんとうに大丈夫だといってみるが、それでも状況は変わらない。  
こうなるとカズキの動揺の原因は、痛いと言ってしまった自分にあると思っている斗貴子  
はなんとかしなければと思い、勇気を振り絞っておよそ自分のセリフとは思えないような  
すごいことを言ってみる。  
 
「…その……その………気持ち………良かったから………………………続けて………欲し……ぃ…」  
言ってから案の定物凄く恥ずかしくなり、更にはそれを聞いたカズキが目をまんまるに見開いて口を半開きにしたので斗貴子は羞恥のあまり消えてしまいたくなった。  
そのままの表情で「ほんとに……?」とカズキが聞いてきたのでもう一度、同じように  
こくりとうなずいてみせる。  
そう。それはほんとうなんだ。  
カズキの苦しそうだった表情がすこしだけ和らいだように見えた  
さっきよりも体を近づけてきて、「ほんとに………いい?」と再度聞いてきた。  
覆いかぶさるカズキから決して嫌ではない圧迫感を受けながら、同じ言葉でも今度の言葉  
に含まれた先ほどとは違う、深い意味を感じ取りながら、もう一度、頷いた。  
こくりと動く斗貴子の小さな顎を見たカズキはその余韻を感じ取るように暫くの間じっと  
見ていたが、やがてそっと手を伸ばし半分残っていた服を脱がし始めた。  
シャツから肩を抜き取り、腰の下に腕を入れて少し持ち上げるとスカートもろとも下着を  
下ろす。  
 
全裸になった斗貴子を横たえたままカズキは身を起こし、今度は自分の服を脱ぎ始めた。  
肌をあらわにしていくカズキからなんとなく目を反らし、窓の外の月夜を眺めながら斗貴子はカズキと出会ってからこれまでのことをぼんやりと思い出していた。  
後悔のはじまりが、希望のはじまり。  
カズキと出会う前の自分は、殺伐とした戦いの世界に身を置き、およそ自分のことなど  
考えず、ひたすら人外の化け物共を殲滅する日々だった。  
恐らく自分は、自分と同じ年頃の女の子達とはまったくの別世界にすんでいるのだろう  
ということは想像に難くなかったが、だからと言って普通の子の生活が羨ましいと思う  
こともなかった。  
なぜなら、私は、普通の生活というものを知らない。  
自分にとっての日常をただ生きていく。  
ただそれだけ。  
 
そんな私の前に現れた希望。  
 
それがカズキだ。  
 
しかし。  
カズキとの出会いは、私にとっては後悔の始まりでもある。  
カズキをあの時巻き込まなければ。  
もっと周囲に気を配っていれば。  
そうすれば。  
そうすればカズキは。  
……………………………カズキは。  
カズキは私と出会うことなどなかっただろう。  
私は、………カズキと出会えなかっただろう。  
…………………………………………  
やさしく肩をつかまれて斗貴子が顔を戻すと、そこに自分と同じく生まれたままの姿になったカズキがいた。  
お互いに無言で、少し視線をずらしながら見つめ合う。  
なんとなく、次の行動に移れないでいるカズキに斗貴子が聞いた。  
「キミは………初めてなのか……?」  
うん、と小さく肯き少し俯いてしまったカズキが顔を上げ、  
「斗貴子さんは?」と聞いてくる。  
キミと同じだと答えると、そう…と呟き、決まりが悪そうに  
「初めてだから、斗貴子さんに痛くするかもしれないけど、なるべく、痛くしないように  
するからね………。だから斗貴子さん、少しだけ我慢してね………」  
そういって手で斗貴子の膝をそっと包み込み、それからゆっくりと斗貴子の膝を割った。  
ああいよいよだと思う斗貴子にはまだ少し逡巡があり、本当に私はカズキとそういう関係  
になってもいいのかと自問し、その答えが出せないでいたが、  
ただひとつだけ言えることは、  
 
カズキとひとつになりたかった。  
 
そんなこんなで、ブチ撒けも出ずに、せっかくいい雰囲気で事が進んでいたのだが次に斗貴子の目に飛び込んできたものによって全てがドーンとブチ壊された。  
 
道を歩いていて呼ばれたので振り返った瞬間ボールが顔に直撃したような。  
 
日なたに置いてあったタワシを拾ったら、中からダンゴ虫がうじゃうじゃでてきたような。  
 
ブチ撒けたと思ったパピヨンが次の瞬間パンツ一枚で核鉄持って勝ち誇っていたような。  
 
そんな青天の霹靂とも言えるような事態が起こる。  
斗貴子は思った。  
 
ちょっとまて。  
 
ちょっと待て。  
 
これはいったい  
 
どういうことだ。  
 
カズキと目が合う。  
動揺している自分とは裏腹にカズキは冷静だ、と斗貴子は思った。  
背筋をスッと伸ばし、微動だにせずまっすぐに斗貴子を見つめている。  
その表情は真摯なようでいて、どこかあどけない。  
はじめて出会う斗貴子にこんにちは、とあいさつでもしているかのようだ。  
ぴったりと斗貴子に照準をあわせたそのつぶらなひとみが反れることはない。  
蛇に睨まれたかえるのように斗貴子は動けなくなった。  
自分の上に乗るカズキの存在が、大きすぎる。  
そんなカズキを見ていると怖いような、すがりつきたいような、よく分からない感情がこみ上げてくる。  
「と、斗貴子さん…!」  
唐突に、自分の頭上から降ってきた声により金縛り状態から開放された斗貴子が、胸に顎をくっつける  
ようにして下を向かせていた顔を上げると、なんだかひどく情けないような表情をしたカズキがいた。  
「そ、そんなに見なくても……」  
もじもじと動くカズキにあわせてカズキも一緒に動く。  
ゆらゆらと首を振る。  
 
およそ、一介の高校生のもちものと思えないものが、カズキの足の間からのぞいている。  
 
なんだ。  
 
なんだそれは。  
 
なんなんだそれは。  
 
なんなんだそのでかさは。  
 
今までの人生のなかで、直接それを網膜に焼き付けるような事態のなかった斗貴子はそれがなんなのか  
すぐには分からなかった。  
だってサイズが違いすぎる。  
解剖学的な人体を構成する器官としての知識はあったが、それがよもやこんなにでかいとは思わない。  
縮尺を間違えたんじゃないのか?と聞きたくなる。  
それほどでかい。  
実際でかい。  
まさかと思ったそれがほんとうなんだと気付くと、それまで熱に浮かされたようにぼうっとしていた  
斗貴子は、頭から氷水をバケツいっぱい浴びせられたかのようになった。  
一気に冷めた。  
がしゃんがしゃんと氷が痛いくらいだ。  
さっきまでとは別の意味で頭が白くなる。  
なにもかんがえられない。  
わからない。  
しかし、斗貴子が止まったところで時間の流れは止まらない。  
白くなった頭がまた急速に回転し始めたのはカズキが斗貴子の膝のうらに手を入れぐっと腰を持ちあげ  
るようにしたからだ。「じゃ…いくよ斗貴子さん……」緊張した面持ちでカズキが構える。  
「ぇ………え?」ちょっとまて。  
ちょっとまて。キミは それを 入れるというのか。  
 
そんなの ぜったい はいらないぞ?  
 
「や、やめろ………!」  
無理だ。どう見ても無理だ。出産じゃないんだから。どう見たって無理だろうがそんなもの。  
斗貴子が必死に声を絞り出すと、膝を開けさっきまでの行為で潤いのあるその部分をどきどきしながら  
しかし食い入るように見ていたカズキがえ、と顔を上げた。  
なんだか泣きそうになっている斗貴子の表情を見たカズキは間違ってはいないが合ってもいない考えに  
至る。「………怖いの?」  
当たり前だッ  
などと叫ぶ気力もない斗貴子はやはりカズキへの負い目が強い。  
口をぐっと結んで俯きカズキから目を反らすのだが、俯くと今の心痛のまさしく根源である肉の  
かたまりが見えてしまい、いよいよ目の置き所がなくなる。  
どうしよう。  
 
どうすればいいかはわかっている。  
自分がどうしなければいけないかもわかっている。  
その覚悟はさっきつけた。  
でもこわい。  
できないんだ  
カズキのそれがでかすぎて。  
 
そんな膠着状態を打破するカズキの一声が斗貴子を貫く。  
「駄目なら、いいんだよ……?」  
胸がズキッとするようなやさしい声をかけられた斗貴子はもう一度カズキを見た。じっと見つめ返されて  
今度はカズキが目を反らしながら小さな声で呟く。  
「でも、俺、すごく………斗貴子さんと…………したい……」  
弱弱しいカズキの声が、斗貴子のなかで最後まで抵抗していたものを押さえつけ、さっきの自分の決心  
を思い出させる。  
 
私は決めたんだ。  
カズキのために何でもすると。  
たとえこの身が引き裂かれることになろうとも。  
カズキに引き裂かれそうだが。  
 
カズキに向かってゆっくりと足をひろげる。  
いいの?という顔をしたカズキにこくり、頷いてみせる。  
 
もう一度斗貴子に覆いかぶさったカズキは、指で少し斗貴子の膣の位置を探ったあと、いよいよその  
入り口に自らの陰茎の先端をぐっと押し付けてくる。  
 
からだの中心に押し当たる自分の握り拳よりもはるかに大きなその感触を感じる取ると、  
斗貴子は首を横に倒し、窓の外に目を向け、これから起こりうる行為に付随する結果と代償に備え、  
意識を拡散させる。  
その瞳に、二人を闇夜から浮き上がらせるぼんやりとした月の光を映しながら思った。  
 
いきてかえれるだろうか。  
 
 
(続く)  
 

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