さっき、無理して頑張り過ぎたせいで、どこかおかしくしてしまったみたいだ。  
 
斗貴子さんは、足を大きく開いて、ソックスに包んだつま先を赤ちゃんの手の指のようにきゅっと丸めて、細かく震えている。  
枕にしがみついて必死に声を押し殺しても洩れてきてしまう喘ぎ声はすごく官能的だ。  
それに、いつもと違う体位で入れているから、なんだか新鮮な感じがする。  
とくに、後ろからだと、いつもは気付かなかったことも改めて実感できる。  
 
うしろから見ると、斗貴子さんのおしり、かわいいなあ。  
 
…なんてのんきにおしりに浸ってもいられない。  
でてこなくてものすごく困った。  
後ろからガンガン突いているからその度に斗貴子さんの軽い体はがくがく揺さぶられて枕に押し付けた口元からくぐもった声が聞こえる。  
斗貴子さんはもうすでに十分に熱くなっているようだけど、オレの方はといえば、さっきから出そう出そうとがんばっているのに、  
からだと心がうまく噛み合わなくて空回りしてる。  
自分の体の異変にうっすらとした恐怖を感じながらも、それをかき消すように必死で腰というよりも体全体をつかって斗貴子さんを突き上げていると、  
さっきまでの壁を隔てていたような声が、今度は鮮明になって聞こえてきた。  
「…………………ぇ………ま、え……………」  
 
気が付くと枕から顔を上げていた斗貴子さんが何か言っていた。  
 
「……ま…え………に…き、て………………」  
 
 
斗貴子さんのたのみなら。  
 
聞かないわけにはいかないよ。  
 
 
挿入したままはずすことなくその腰を持ち上げ軽く浮かせると片手で反対側の足を持ち結合部を中心にして彼女の体をぐるりと回した。  
「!………ひゃ、あああんッ!!」  
一際大きな声を上げると斗貴子さんは強い快感に身をくねらせた。  
逃がさずに正面にきた胸の緩やかな隆起に倒れこみ、顔を擦り付けるようにして抱きしめながら休まず体を動かし続ける。  
 
腕を回しオレにしがみ付いてくる。ン、ン、ン、と鼻にかかったような声で喘ぎ続ける斗貴子さんはものすごくエロスだ。  
唇に触れる胸の突起を口に含む。  
口に入れ、舌を当て、唾液ではなく口中の熱でアメを溶かすように、動かさず、それ以上なにもしないでいる。  
いつもみたいに弄り回して斗貴子さんの反応をみたいけど、そんな余裕はなかった。  
すると、何もしないでいたのがかえって琴線を刺激したのか、からだ全体をもじもじとさせていた斗貴子さんがまたおねだりをしてきた。  
 
「………………………………………か…ん…で……。」  
 
 
だって。  
もちろん。斗貴子さんの、たのみなら。  
ものを噛み切る前の歯ではなく、奥歯で噛むように顔の角度を変える。  
口の端で咥えた小粒なかたまりに、ゆっくりと顎を閉じて上下からかるく押し潰した。  
「ふわっ…………あ、あ、あッ、………………あぁん………ん…」  
やわらかく赤い口の中の、ふいに訪れた白い硬質の感覚に耐えることができず、斗貴子さんが仰け反った。  
暴れると、オレが歯を外さないので、噛まれている乳首がギザギザの咬合面で擦れて敏感なところを自らさらに刺激してしまう。  
そうしてその刺激にまた反応してしまい、こらえようも無く身を捩じらせて、また擦れて、刺激して、同じことの繰り返し。  
そんな斗貴子さんがかわいくてしょうがない。  
 
 
オレの体のすぐ下で身悶えする斗貴子さんに対する想いがこんこんと溢れ出す。  
 
 
すきだ。  
 
かわいい。  
 
愛おしい。  
 
だいすきだよ。  
 
この子がほしい。  
 
だれにもわたさない。  
 
オレのものだ。  
 
 
溢れそうな想いのすべてが体の中心に集まる。  
 
股間に集中する。  
どんどん溜まる。  
溜まっていく。  
 
そして出て行かない。  
 
限界を超えても。  
許容範囲を超えても。  
いつもならとっくに出てるのに。  
皮膚がはち切れそうになっても。  
弾けそうになっても。  
これ以上はいらないのに。  
どれだけ斗貴子さんが好きでも。  
もうだめなのに。  
無理なのに。  
 
出て行かない。  
 
だから苦しい。  
 
 
めちゃくちゃ気持ちいいんだ。  
ただ、それとおなじくらい苦しい。  
だからこわい。  
早く出さないとって焦っても、全開にした水道につながっているホースの先をコルクで栓したみたいに、または出口をひもでギュッと  
縛ったかのように、中身が出てこない。止まってしまっている。  
どうしても出てこない。  
さっきからうんうん唸って出そうとしているのに、射精の仕方を忘れてしまったみたいだ。  
いつもはそんなこと考えないでしてたから、どうやってたかなんて思い出せない。  
どうしよう。  
 
「んッ………カズキ………カズキぃ………カズキ……ぃ…」  
オレの焦燥を知らない斗貴子さんは、オレの下で熱に浮かされているような苦しい息の中、何度もオレの名を呼んでくる。捨てられた猫が甘えてくるような声だった。  
 
うん。  
なあに。  
ここにいるよ。  
 
たぶんそんなこと聞いてるんじゃないということは分かったが、反射で答えてしまう。  
 
涙に濡れた目をうっすらと開いた斗貴子さんは一瞬オレを見て、それからまた目を閉じるとうん、うん、とうなずいてくれた。  
 
オレの頭を抱くように腕を回し、後頭部にやさしく手を置いてくれる。  
 
「あぁ………!」  
オレとは別の意味で限界を迎えつつある斗貴子さんが更に追い詰められたような声を出した。  
しがみつく腕に力がこもる。  
 
ま、まずい。  
 
わーまってまってまってまって斗貴子さん。  
まだイカないで。  
オレをひとりにしないで。  
こんなになったまま、ひとり取り残されたら、どうしていいのかわかんないよ。  
オレのいちもつは臨界を越えて更に、膨張を続けるみたいだ。  
破滅に向けて、一直線。  
 
もうだめ。  
くるしい。  
しぬ。  
 
限界だ。  
 
斗貴子さんたすけて。  
 
 
 
そんなこと私に言われても困る。  
 
キミは一体何を考えているんだ?  
 
我慢し過ぎたら、出なくなっただと?  
 
…………こッこれ以上、私に、どうしろと………。  
 
 
さっきまであれほど強く強引に、待てというのも聞かず突いてきたのに、今度はいよいよ私が達しそうになったまさにその瞬間に、  
いきなり止めてずるりと引き抜いてしまったので、その拷問のような仕打ちに悲鳴を上げてしまった。  
やるならやるで、最後までやってほしい。  
両足の付け根、下腹部が、じくじくと疼く。  
その疼きが、強烈な刺激の続きを欲して私の理性を掻き乱し、支配する。  
欲しい、欲しいと太腿がじりじり動き、その間から餌を前にした犬の涎のように、とろとろと淫らな液体を溢れ出させる。  
去っていくカズキのそれに、まって、と言いたくなった。  
離れて欲しくなくて、追いかけて腰に縋り付きそうになる。その私を制してカズキは言った。  
たすけて、と。  
赤いのか青いのか、よく分からない顔色をしためずらしく焦っているカズキを見て、少しだけ冷静に戻れた。  
 
が、どうしたなにがあったとカズキから事情を聞いて呆れ返ってしまった。  
 
出ないとはどういうことだ。  
出てこないからなんとかしてとはどういうことだ。  
大体なんでそんなになるまで我慢したんだ。私のためだと?私はそんなこと一言も言っていないし、望んでもいないぞ!  
さっきだって、私は、恥をしのんで、あ、あんなことまで、その、したのに、そのあと、さらに、もっとすごいことまで、恥ずかしくて死にそうだったが、君のために、やったのに、な、なんだって、そんな、そ、そんな、それじゃあ、私の、あの、努力は、いったい…………。  
 
考えれば考えるほど腹立たしくなってくる。  
目潰しでもかまそうかと思う。  
この状況でそれはやめておくべきだという声と、はやくやれという声と2種類頭に聞こえてくる。  
やれという声のほうが強い。  
しかし、カズキの「斗貴子さん」という言葉で我に返った。  
なんというか、カズキはものすごく苦しそうだった。ぽたりぽたりと変な汗を流している。  
大丈夫かと聞くと、暫くして分かんないという答えが返ってきた。  
 
確かに彼も、また、彼の分身も、非常に苦しそうに見えた。  
 
立派に胸を張って姿勢だけは勇ましいが、その実内面では大変なことになっていると知るとなんだかカズキと、それが、かわいそうになってくる。  
すごく辛そうだ。  
なんとかしてあげたいが、どうしたらいいのか分からない。  
 
特にどうしようという考えも無く、ただなんとなく、手を伸ばした。  
 
苦しんでいるカズキ自身の頭部に向かい伸びていく。  
 
具合を測るように、亀頭の先端をそっと撫でた。  
 
「アッ!」  
 
その途端、カズキが大声を立てた。  
 
同時になにか温かいものがバシッと手に付着した。  
 
指の間を越えて服にも飛んだ。  
 
…………………。  
 
……………………………………。  
 
 
 
出るじゃないか。  
 
 
 
「……………いきなりしないで…。」  
 
そう言うとカズキはベッドに崩れ落ちた。  
 
…な、な……。  
…な…なん……なん………ッ!  
いきなりもなにも、私は、なにも…。  
ただ…ちょっと、さ、さわっただけじゃないか……。  
 
問い質したい所だが突然のダムの決壊に体の感覚がついていかないらしく、カズキはうーんと呻きながらうずくまってしまった。  
私は私で手の平にカズキが放ったものを受け止めたままの格好で硬直している。現状がうまく把握できない。  
心神喪失状態の私よりむしろ、カズキの回復のほうが私より速いくらいだった。  
涙に目を瞬かせながらも顔を起こすと私の有様を見て、「ああ…ごめんね……」と謝り、ティッシュを取り出して手の平を丁寧に拭いてくれる。  
半ば剥ぎ取られて半裸状態だが、残っている服にまで飛び散ったものを見ると更にすまなそうな顔をした。  
「ごめんね…よごしちゃった……」  
その言葉で先程の自分のしたことを思い出す。私もカズキに同じことをした。  
「…いい。」  
これでおあいこだ。そういうとカズキはでも、という顔をしたが、私はそれを無視した。  
上着を脱いで服に飛び散ったカズキの精液を拭った。  
その下には下着しか着ていないし、それすらずらされ裸の胸を曝け出している状態なので、なんともみっともないというか、珍妙な格好になっている。  
そのことに気付き、同時にカズキの視線にも気付く。私の傍らに控えるカズキは私の体をじっと見ていた。  
腰の辺りを何かにとん、と突かれた。  
それは先程までぐったりしていたはずの、今はもうすっかり元気になった“カズキ”だった。  
………もう回復してる。  
速すぎるぞ、と焦ったが思い出してみれば一騒動あったせいで忘れていただけで私の体もさっきまでは大変な状態だったのだ。  
 
カズキと目が合い、小康状態だった熱いものが蘇る。  
下腹部が疼いてきた。  
急に体が火照ってくる。  
肩に手をかけてくる無言のカズキに対し何も言えなかったし、言葉がまとまらなかったが、ただ黙ってその手に自分の手を重ねた。  
 
二人裸になり、ベッドに倒され、膝を広げられて、再び私をカズキの眼前に晒すことになる。  
開かれると熱くぬかるんだところにすうと風が通るが、すぐにカズキが熱い肉棒を押し付けてくる。  
いつまでたっても乾くことの無い私の性器はカズキのために存在しているようなものだ。  
挿入する前にカズキが体を倒してきて、私の体と重ねた。  
近付いてくるカズキの唇を待ちながら自然と私の口もうすくひらく。  
触れ合ったくちびるの感触の中、カズキの温かい舌が、するりと進入してくる。  
同時に肩を支えた手に力がこもる。  
 
ずぐり、と陰茎を差し込まれた。  
 
「くぅ…………………ッん……」  
唇の端から声が洩れ、口の中も膣の中もカズキによって支配されてしまう。  
とても心地良かった。心臓の鼓動は速くなるが心の中はどんどん安らかになっていく。  
濃厚にお互いの唾液を絡ませながらも腰は強く突き上げて、カズキは、私の体の中心、奥深くを掻き乱す。  
唇を離したカズキは射竦めるような目で私を見ると、一瞬力を溜めてから、更に強く速く腰を使った。  
どくどくと突かれて、ぐちゅ、ぬちゅ、ぴちゃ、と水っぽい音が紛れもなく私の体から発せられる。  
「…ふゎっ………あッ、いやぁ………ゃ、あッ!ああッ…………!」  
快感が強くなるとどうしてもそう言ってしまう。いやではないのに。本当はその反対なのに。  
熱くて、太くて、大きくて、腹の中でずっしりとした重量感のあるものが、情け容赦なく激しく動き回る。  
そんなに強くされたら、体も心も壊れてしまう。  
でも。  
壊されてもいい。  
そんな風に思える。  
カズキであれば、カズキになら、どうされたって、構わない。私の体を、カズキの好きにして欲しい。  
私がそう思うのは、最初の、初めてカズキに抱かれたあの晩の、贖罪の気持ちが全てではない。  
そのことにはすでに気付いていた。  
 
 
 
カズキが好きだ。  
 
 
 
からだ一杯にカズキを感じながら、そう思うだけで涙が出てくる。  
カズキが愛おしい。  
カズキと離れたくない。  
カズキをはなしたくない。  
ずっとそばに、私のそばにいて、いつまでも、もっともっと近くで触れ合っていたい。キミに触れていたい。ふたりの隙間を埋めたい。あいだになにものも入って欲しくない。お願いだから、私から、はなれないで…。  
 
 
………しかし、それは愚かな願望に過ぎない。  
なんとも馬鹿馬鹿しいただの私の我儘だ。  
実際問題としてそれは不可能だろう。今後カズキと一緒にいられる可能性など、限りなく低い。  
今、私がカズキのそばにいられるのは、錬金戦団からこの銀成学園高校での待機命令が出ているから。それだけのことだ。  
いずれカズキの黒い核鉄の件でそう遠くないうちに裁定が下れば、その後の私の身の振り方も指示があるだろう。そうなれば、  
L・X・Eの脅威の無くなった今、私がこの学園にいる必要はなくなる。私は本隊へ招集される。だがカズキは…?  
 
カズキは錬金の戦士となってしまった。  
 
彼も、本隊に、招集されるのか…?  
この学園を離れて。妹や、友人達と離れて。日常から離れて。この私のように…?  
それだけはやめて欲しい。  
彼には、普通に仲間達と日常生活を送っているのが似合っているんだ。  
私とは違い、帰るべき場所があるんだ。  
この、私のように、なって欲しくない。  
 
でもそれは。  
私が、彼を、巻き込んだから。  
カズキは自ら望んでそうしたと言うかもしれないが、それは違う。  
全てはあの時。  
あの、2ヶ月前の、春の夜。  
私が彼を巻き込まなければ。  
彼は戦士になるか否かの判断などしなくてもよかったのだ。  
知らずに済んだ世界だったのに。  
私のせいで。  
 
カズキにはこの学園に留まって欲しい。そういう方法がもしあるのなら。  
そしてできれば、無理かもしれないが、この一件が決着したら、カズキには戦士をやめてもらいたい。いくら戦士の素質があるとはいえ、  
心のやさしいカズキに、戦士の役目は務まらない。  
いや、それよりも。  
誰かのために戦って、そのせいで傷付く彼を、私が見たくないんだ。  
 
戦団は、彼を手放すだろうか。ここまで知ってしまった彼を。  
あるいは、その貴重な核鉄を。  
私の発言権など無いに等しいだろうから無駄かもしれないが、次に戦士長から連絡があった時は進言してみよう。  
 
カズキを、日常から、引き離さないで。  
 
 
どこか遠い所でそんなことを考えていた。  
 
腰を突き上げられ揺れる視界の中、天井を見つめ空虚な気持ちになる。  
いずれ、こんな風に抱いてもらえることももう、無くなるのだろうか。  
そう思うと胸が詰まるほどの寂寥に駆られる。  
やはり私は、カズキに償いで体をつかわせているのではない。  
私が、それを、望んでいたんだ。  
彼を、欲していたんだ。  
そしてそれが、そのまま体に現れた。  
だからあんなに濡れるんだ。  
カズキを受け入れるためだけに、私の体は………。  
 
手の平が、そっと、私の頬を包み込んだ。  
気が付くと、カズキが私の顔を見つめていた。  
「……………斗貴子さん…………。」  
指先で撫でながら感触を確かめているかのような手つきで、私を見てなぜか泣きそうな顔をしたカズキはもう一度唇を重ねてきた。  
ひとしきり舌で口の中を探りながらその目はじっと私の目を見ていた。  
口を離した後、肩で荒く息をしながらそのまま私の胸に倒れこみ、腰を使いながらぐずぐずと駄々をこねるように額を擦り付けてくる。  
限界が近付いているのか動きが速くなっていく。  
 
胸元で声がした。  
 
 
だいすきだよ。  
 
 
 
そう聞こえた。  
 
…うれしい。  
心の底からそう思う。  
 
だが、冷静に現実を見れば真実が分かってしまう。  
 
カズキは私を抱いている時、よくそういうことを言った。  
好きだのなんだのと。  
でもそれは、本当に私のことが好きで言っているのではない。  
たまたま初めての相手となった私に対する肉欲的な感情を恋愛感情と勘違いしているだけのことだ。  
要するに、初めて味わった異性の体に対し、心を奪われているだけに過ぎない。  
性欲を処理するのに、手頃な所にいたのが私だった。  
ただそれだけ。  
カズキが私を好きになる理由など、どこにも存在しない。  
私はカズキに何もしてやれないばかりか、ひどいことをたくさんした。  
こんな、私のような女を、好きになる人間などいない。  
………好いて欲しくない。  
カズキには、別に、もっとふさわしい人がいるはずだ。  
それは私ではない。決して。  
 
さびしいが、それが現実だ。  
 
私がいなくてもカズキはやっていける。  
でも、私はどうなんだろう。  
いずれカズキとの別れが訪れたとき、私は、冷静でいられるだろうか。  
こんなにも、私の中で大きな存在となったカズキと離れたら。  
きっと、大きな穴が空くことだろう。  
心にも、体にも。  
そしてそのあとは………………。  
 
 
一瞬にして全身総毛立った。  
あることを考えただけで。  
それは、いずれ私にも、ほかの男に抱かれる時が来るのだろうかと考えたから。  
カズキとするのと同じように、ほかの誰かと体を重ね、ほかの誰かにカズキとの間にできた隙間を埋められることになるのか。  
ほかのだれかに。  
カズキ以外の男に。  
 
カズキ以外のおとこ。  
 
今日一日中考えていたから、それが唐突に思い浮かんだ。  
 
例えば岡く………。  
 
 
斗貴子さんの悲鳴が聞こえたのとオレがイッたのはほぼ同時だった。  
 
さっきは我慢しすぎて大変なことになったので、今度は我慢しなかったら斗貴子さんよりもだいぶ速くイッてしまったようだ。  
斗貴子さんが何か言ったのは分かったけど、射精後の疲労感で一気に全身の力が抜けてしまい頭も働かない。  
そのままぐったりと斗貴子さんの体に倒れこんでいたがふいに、ものすごく強い力で体を押し上げられた。  
え?と思って見たら斗貴子さんが腕で必死にオレを突き放そうとしていた。  
顔面蒼白だった。  
突き放すと同時に腰を引いて後ずさり、オレから逃げようとする。  
ぐずり、と抜けてしまった。  
引き抜かれたオレと斗貴子さんの間からとろりとしたふたりの交わった液体が流れ出す。  
ずるずると白い糸を引いたまま後ろに下がり、斗貴子さんの唇はわなわなと震えていた。  
「…とッ………斗貴子さんッ!?」  
その尋常でない様子に驚いて大きな声を出す。  
ハッとした後、どこかおかしかった斗貴子さんの目の焦点がそこでようやくまっすぐオレに届いた。  
 
斗貴子さんの表情から、なにかが抜け落ちる。  
 
恐怖と一緒に何か別の、大事なものまでいっしょに。  
 
オレは恐る恐る声をかけた。  
 
どうしたの。  
なにがあったの、斗貴子さん。  
教えてよ。  
 
…出てくる答えはもう分かっているけど。  
 
「……………なんでもない。」  
 
 
なんでもないよ、カズキ。  
なんでもない。  
そう繰り返された彼女の言葉を、胸の内で反芻する。  
小さくて、儚い肩をしたそのひとは今、オレの眼前で眠っている。  
ほんの少し呼吸で肩が上下しているのを見て取れなければ、本当に生きているのかどうかも分からない、まるで人形のようにきれいなおんなのこだ。  
 
カーテンを開けて、夜の涼やかな風が入り込んでくる窓から同時に差し込む月明かりがその稜線を照らす。  
閉じられたまぶたの淵にきれいに並んでいる睫、すっと通った鼻筋、緩やかな頬。  
 
そして。  
 
その中心に、深く、深く、あざやかに走った大きな裂溝。  
 
 
斗貴子さんの、顔の、傷。  
 
それが、全ての象徴だった。  
 
 
斗貴子さん。  
 
なんで。  
 
なんで、このキズは、できたの?  
 
どうしてこんな、大きなキズがあるの?  
 
いつ、ついたの?  
 
どこでついたの?  
 
どうやって、できたの?  
 
斗貴子さんに、なにが、あったの?  
 
なんで、こんなになったの?  
 
………知りたいよ。  
 
そう、知りたい。  
ずっとずっと聞きたかった。  
初めのうちは、会ったばかりのひとにそんな事いきなり聞くのは失礼だと思ったから聞かなかっただけ。  
でも、斗貴子さんと仲良くなってからは、もっと聞けなくなった。  
 
斗貴子さんは自分の顔のキズについて、ぜったいにしゃべらない。  
触れようともしない。一度だけ、銀成学園高校に転入してきたとき、一言だけ、「傷跡のことは…」って言ってたけど、それだけ。ほんとにそれっきり。  
自分からは決して触れようとしない。他人にも触らせない。  
それは、やっぱり、触れられたくないからなんだろうか。  
さわると、今でも、いたいのかな。  
キズが痛むって意味じゃなくて、心が。  
キズのこと聞かれたら、それだけで何か嫌な思い出が蘇ってくるのかもしれない。思い出したくないようなことが。  
 
「全てのホムンクルスが、憎いから」  
 
会ったばかりの頃、ホテルの部屋で一度だけ聞いた。  
斗貴子さんのことについて、斗貴子さんが戦士になった理由、斗貴子さんの過去。  
たったその一言だけだったけど、あのときの斗貴子さんの目を見て、オレは思った。  
たぶん、世の中には、周りの人に話したり、相談したりしたくらいじゃまったく解決しないような、どうしようもない事実を抱えて生きていく人がいるんだろうな。  
誰にも話せない、打ち明けられない、むしろそれをすることが、かえって自分自身を傷つけてしまうような、そんな過去を胸に抱えたまま、ひとりぼっちで苦しみに耐えながら。  
そんな傷をもって、斗貴子さんは生きているんだ。  
だから、斗貴子さんは、オレに、何も言ってくれないのかな。  
いつだってそうだ。  
戦っているときでも、普段の生活の中でも、オレと二人っきりでいる時も。  
斗貴子さんは、ぜったいに、人に甘えない。  
助けを求めない。全部自分一人で解決しようとする。それができなければ、ひとりで抱え込む。いつも一人だけで考えて、オレが何か聞いても、「なんでもない。」「だいじょうぶだ。」  
って言うだけ。  
助けを求めないのはきっと、誰も助けてくれないって思っているから。  
斗貴子さんは過去に、助けを求めたのに誰も答えてくれなかったっていう体験があるのかもしれない。  
たすけてって言ったのに、誰も助けてくれなかったのか。  
自分ではどうしようもないことが起きて、誰かを呼んでいるのに、誰もきてくれない。  
何とかして欲しいのに、なにもしてくれない。  
だから、自分でなんとかしないとって思っているから、誰にも頼らないんだ。  
無駄だと思っているから。  
 
でもね、斗貴子さん。他の人は、みんなは、もっと人に頼って生きているんだよ。  
困ったことがあったら近くの人に相談して助けてもらったり、なんにも解決しないことだってあってその時はただの愚痴になっちゃうけど、それだって黙っているよりそうやって喋ってしまうとずっと楽になるんだよ。  
斗貴子さんはそんなことできないような環境で育ったのかな。  
前にまひろが聞いたって言ってたけど、斗貴子さんはずっと昔にお父さんもお母さんも死んじゃったんだってね。一番頼れる人がそばにいなかったんだよね。  
本当はオレが、斗貴子さんの頼れる人になりたい。  
もっとオレを頼ってほしい。  
甘えてほしい。  
そしてなんでも、打ち明けてほしい。  
もっとくっついて、依存して、オレも斗貴子さんを頼っていくから、ふたりで………。  
 
斗貴子さんと一緒に生きていきたい。  
 
それとも、オレじゃ、だめなのかな…。  
 
二人の間には、傷がある。  
いつできたのかも分からない。もうずっと前からあるのかもしれないし、もしかしたらほんのつい最近にできたのかもしれない。  
何年も前からある古い傷にも見えるし、赤く生々しいそれは、ついさっき開いたばかりのようにも見える。  
それがあるせいで、オレは斗貴子さんに触れられない。  
オレはそれを、許されていないんだ。  
斗貴子さんはオレに体を許してくれたくれたけど、心まではゆるしてくれない。  
これからもひとりで生きていくつもりなのかな…。  
でも、ふれたい。  
どうしても。  
 
なんで、この傷は、できたの?  
 
こんな大きい傷だから、できた時にはいっぱい血が出ただろうか。  
ものすごく、痛かったかのかな。  
顔にこんな傷ができて、斗貴子さんはどう思ったのかな。  
つらかったのかな。  
斗貴子さんのことだから、怒ったのかな。  
それとも、悲しかったのかな。  
怖かったかな。  
 
体が震えだすほどの強い衝動が込み上げる。  
だめだと思いつつも手が伸びていく。  
目の前で、今だけは安寧を邪魔するものもなく、静かな眠りの内にいる斗貴子さんの鼻先に向かって。  
触ってはいけない。起こしてはいけないんだ。  
でも、どうしても触りたい。  
その傷に、触りたい。  
斗貴子さんが知りたい。  
教えてほしい。  
 
斗貴子さん。  
 
顔の前に何かあるような気がして目が覚めた。  
あの後いつのまに眠ってしまったのか私はベッドに横になっていて、正面にはカズキがいる。  
ぼんやりとした視界の中、カズキの顔が見える。カズキは腕をあげている。そう思ったところで頭の後ろにそっと触れた。  
やさしく髪を撫でてくれる。  
 
まだ寝ていてもいいよ。  
夜だから。  
朝になったらおこしてあげる。  
おやすみ。斗貴子さん。  
 
静かにそう囁いてくれる。  
そんな風に言われるとひどく安らかな気持ちになる。  
まぶたが重くてしょうがない。  
髪を撫でてくれるカズキの手のぬくもりを感じながら先ほどのことを思い出していた。  
カズキ以外の男、というところで今日一日中頭にあったカズキの友人が思い浮かんだ。  
彼が私の上に乗り腰を振っていると想像しただけでとんでもない悪寒が生じた。  
嫌悪感を通り越して恐怖すら感じた。  
私は特に彼、岡倉のことが嫌いというわけではない。彼はカズキのもっとも親しい友人の内の一人であるし、  
今回の学校内での戦闘においての彼の振る舞いには実に立派なものがあった。  
そんな彼にはむしろ好感を持っているといってもいい。彼のおかげでカズキは迷いを断ち切ったとも言える。  
しかし、それとこれはまったく別物だった。  
それが例え誰であっても、カズキ以外の人間に抱かれるなど絶対に嫌だ。体に触れられたくない。  
誰であれ、絶対に。  
 
こんなにも、カズキの存在は私の中で大きくなってしまった。  
大事なもの、守りたいもの、失いたくないものが存在するというのは、心が満たされ、計り知れないほどの喜びや生きる力がそのものから与えられる。  
ただ、もしそれが、無くなってしまったら。  
そこには埋められないほどのおおきな穴がぽっかりと口を開けることになる。  
その虚は全てを吸い取ってしまう。  
こんなにも苦しい喪失感を味わうくらいなら、最初からなかったほうがましだと思えるほどの。  
以前の私は失うものなど何一つとしてなかった。だから何も怖くない。死ぬことさえ。  
でも。  
カズキと出会ってしまったから。カズキと離れるのが怖い。カズキを失いたくない。  
そうして心が弱くなってしまった。  
これから先のことが不安だ。  
カズキの体のこと、ヴィクター化のことが心配なのに、それよりもっと私のほうが危いのか。  
考えなければならないことがたくさんあるが、もう駄目だ。目を開けていられない。  
眠たくてしょうがない。  
カズキに抱かれ眠るのはこんなにも気持ちがいい。  
いずれ失ってしまうものなら、せめて、今だけは、こうしていたい。  
 
カズキ、わたしが、ねむるまで、そうしていて、くれ、な………。  
 
顔を横断する大きく深い切れ目は、その部分だけ彼女の白い肌を蝕んでいるかのようだ。  
 
きれいなもの、大事なもの、とても大切なものなのに、そんな配慮は微塵もなく、それが在ることによって彼女に与えられる影響などどうでもいいとでも  
言うかの如く、深く細かい根をびっしりと植え付けて、彼女の魂を縛り付けたままそこから離れない。  
 
決して無くならない、斗貴子さんの、顔の傷。  
 
月の光に照らし出される一本の裂け目はオレと彼女の間に深々と横たわったままだ。  
 
 
(終わり)  
 
 

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