海豚海岸の宿の一室…
男は一杯の酒を片手に、物思いにふけっていた。
男はキャプテン・ブラボー…世を忍ぶ仮の名前だ、本名は防人と言う…の頭の中は、ある女の言葉で占められていた。
「武藤カズキは、まだ生きている」
オレが決意を後押しし、オレがスカウトし、オレが育て―、
オレが、殺した少年。
だがあいつは死の運命から逃れ、生き延びようとしている。
千歳の言う通り…俺はその事に少し安堵した。
だが、それは許されないともう一人の俺が言う。
武藤カズキを殺せ。俺の手で殺さなくてはならない、と。
ノックの音で物思いは中断された。「…防人君?」
俺はドアを開ける。「…千歳。」
そこには俺と同期の戦士―かつて共にチームを組んだ仲の女性がいた。
「飲んでたの?お邪魔だったかしら」
控えめな、美しい声。
「い、いや…そんなことは」
「なら、ご一緒していい?」
「あ、ああ…」
俺は柄にもなく緊張していた。昔はこんなことはなかったのに…
昔は千歳はよく笑い、よく泣く少女だった。今は…
俺は何も、変わっていない気がするのに。
二人で酒を酌み交わし、取り留めのない話をする。昔の話ばかりだ。
戦団に入ったばかりのころの話。厳しかった訓練の話。かつての戦友の話。
銀成市で起こったことや、今回の任務の話は、なるべく避けた。
やがて俺は話しているのが自分ばかりで、彼女が相槌を打っているばかりなのに気づいた。酒にもほとんど手をつけてない。
「…千歳。」
「何?」
「今日はひょっとして、愚痴でも聞きに来てくれたのか?」
「そうかもね。」
「……。」
俺は彼女の顔を眺め―彼女と目が合い、自分から目を逸らした。
咳払いをし―もったいぶって、聞いた。
「なぁ千歳…今、恋人は―いるのか?」
彼女が俺を見る。
ああやはり聞かなかったほうがよかったかも…と俺は後悔した。
「…防人君は、どうなの?」
予想外の答えに面食らった。
「い、いない。」「今はいない…」
「そう」
少し伏目がちに、彼女は言った。
「私も、今は、いないわ」
「…防人君。あの子を、殺すの?」
唐突に。千歳は話を切り出した。
ああ、今日来たのはその話をするためか。
「…ああ。俺が殺す。」
「あなたが手を下さなくてはならない義務は、ないわ。」
「火渡の顔を立てて、再殺部隊に任せろと?その方が、いっそ苦しまなくていいかもしれないな…」
「俺は苦しんで苦しんで、罰を受けるべきなんだ。」
まるで弟のように、自分を慕ってきたカズキ。いつも子犬のように、キラキラした瞳を自分に向けてきたカズキ。
夜の浜辺で絶望の底に突き落とし、それでも運命に抗おうとするあいつに、俺は何もしてやれない。
たとえ多くの人の命を守るためとはいえ、これが罪だと俺にはわかる。
罰を受けるべきなんだ。
「…バカね。」
そう言って、千歳は俺に、口づけた。
「―――――!!!」
あまり俺が驚いたので、千歳はすぐにくちびるを離してしまった。
「…嫌だった?」
俺はぶんぶんと首を振る。くちびるの柔らかさと千歳から香る甘い香りに、軽い酩酊感を覚えた。
俺は千歳に抱きしめられている。俺は何か違和感に気づいた。
下着を…着けていない?
千歳が上着のボタンを外す。やはりブラジャーを着けておらず、形のよい乳房が露になる。
「…私と寝て。」
ごくん、と俺は唾液を飲み込んだ。心臓が早鐘を打つ。
千歳はスカートのホックを外し、一気にすべての衣服を脱ぎ捨てる。
「SEXして。防人クン…」
部屋の薄暗い明かりに、一糸まとわぬ女の裸が浮かび上がった…
何かの心理学の本に書いてあった。女が男を満足させるには、男の前で裸になるだけいい…と。
それくらい女の裸というものは、男にとってたまらないものだ。
まして、好きであった相手ならなおさらのこと…
「ち、千歳…」
千歳の裸は美しかった。魅惑的な、熟れた果実。
抱擁がより熱くなり、千歳は肉感的な裸を摺り寄せて来る。
ブラボーは下半身が熱くなるのを感じた。ツナギの下は完全に勃起していた。
このまま誘惑に駆られて、本能の赴くままに千歳を抱きたかった。
だがブラボーは、必死の想いで告げた。
「千歳…今の俺には…そうなる資格がない…」
「…死ぬ気だから?」
どくん、とブラボーの心臓が鳴った。核心を突かれた。その想いで。
「バカね。本当にバカ…」千歳は、少し涙を流したようだった…
千歳は俺の耳を少し甘噛みし、耳元でささやいた。
「ピルは使ってるわ。私自身この行為に、何の見返りも求めてない。」
ささやきは続く。
「私はあなたのために、そうしたいだけ。」
「何故…」俺は問うた。
「わかるの。あなたが、助けを求めていること。壊れてしまいそうだ、って…」
「だから、お願い。」
「…千歳」
7年前、少女だった頃と、変わらぬ涙。深い海の色の瞳。俺は…まだ変わらず彼女に惚れている自分に気づいた。
俺は千歳を抱きしめ、口づけた。
「ん…」
濃厚に舌を絡め合う。
俺は生まれたままの姿の千歳を抱き上げ、ベッドへ運ぶ。
俺の腕の中の千歳は、女神のように美しかった。うやうやしく、彼女の脚に口づける。
「やだ…くすぐったい」
俺は躊躇なく秘部に顔を近づけ、舌を這わせる。ビクンッ、と千歳の身体が揺れる。
「あ…いやあっ」
身体をよじって逃げようとする千歳を俺は抱きしめる。互いに裸で絡み合う。
そしてまた、口づけ合う。
千歳が俺の胸板に顔をうずめ、乳首を舐め上げる。それを見て、俺はある欲求に駆られた。
「千歳、舐めてくれるか…これを」
そう言い、俺は自身の肉棒を取り上げる。
千歳は少し躊躇したようだったが、かまわずそれを咥えた。
彼女は俺の欲望のたけを咥え、舐め上げている。その巧みな技と、刺激的な光景に、気分は否応でも高まる。
「…なかなか巧いな。」荒い息のなか、それだけ言う。
慣れているのか?とは聞けない。
「その、味が…苦手だわ。」
と言いながら、カリの部分に刺激を与えてくる。
口の中に出すのは悪いと思って、俺はもういい、と千歳に言った。
乳房を揉みしだき、乳首に口づけ、へそを―舐める。
ふと―あいつの事を思い出す。
『だからへそばかり見るな!』『え〜、いいじゃない。斗貴子さんv』
『サーフィン教えてよ、ブラボー!』
『俺はーもっと強い、錬金の戦士になりたい』
「防人君…?」千歳の声で、我に返る。
「千歳…すまない」
俺は、いつの間にか泣きそうになっている自分に気づいた。
千歳は何も言わず、子供をあやす母親のように、俺を抱きしめた。
「俺は…弱い人間だ…」
千歳の脚を広げ、俺は一気に熱く高ぶった肉棒を挿れた。
「うっ…」
俺たちは一つになり、絡み合う。俺は千歳を激しく突き上げた。
爆発する思いをぶち撒けるように、ガクガク揺すって、何度も、何度も。
ぐじゅぐじゅと、卑猥な音が立つ。思いが愛でない事を、責めるように。
「ああっ…」
千歳の苦しそうな声。気づいていたが、俺はさらに激しく腰を揺すった。
俺はいつの間にか、号泣していた。
「ああっ、何故、なぜっ、…うあああああっ!」
「防人君っ…ああっ、」
俺の涙がパタパタと、千歳の顔に落ちる。千歳の顔が、俺への哀れみに歪む。
「どうして、どうしてっ…あいつが、ううっ、あいつがあ…」
俺はもう猛獣のように千歳の身体を貪っていた。壊れた機械のように、彼女の上で動く。
「あいつが死ななくてはならない……っ!!」
「防人君…!!」
俺は千歳の中で果てるまで、泣きながら千歳を抱き、貪り、すがり続けた…
ことが終わった後―
俺たちは後始末を済ませ、しばらく何も話さなかった。
俺はまだ何も身に着けぬまま、一本煙草を吸った。
「昔は吸わないって言ってたのに」
沈黙を破り千歳が言う。俺は苦笑する。
「肺の機能が低下するほどは吸わない。ただ…気を落ち着けたい時だけ吸うんだ。」
「ありがとう、千歳。お前にすがったおかげで、俺の心は壊れずに済んだ。」
あいつを殺す―覚悟も付いた。
そして、自分に始末をつける覚悟も。
もう何も思い残すことは、ない。
「朝まで、あなたの傍にいていい?」「あなたの傍で眠ってもー」
「…」
俺は千歳と見つめあった。その間は、長かったような短かったような。
俺は煙草の火を消し、千歳を抱きしめて、眠った。
眠り際、千歳が俺の耳元でささやいた。
「防人君、もし、もしあなたが生きて帰ってくることがあったら」
裸のまま、俺は千歳の柔らかな腕の中で眠りに落ちる。
「私はまた、あなたの所にお酒を飲みに来るわ」
もし。そんなもしがあるのか。
俺はその言葉を飲み込み、夢うつつで答えた。
「…ああ。愛しているよ、千歳。」
「…バカ。」
千歳が何か答えたような気がしたが、俺は眠りに落ちていた…
(終わり)