「もう誰一人、犠牲をださないって前に言った!
斗貴子さんだってそのうちの一人なんだ!」
そう言いながら、山を駆け下りていくカズキ。
「間に合う!絶対に間に合わせてみせる!」
見た目より……ずっと大きな肩───…
私は、カズキの背中に体を預けた。
そして、カズキの足音と息遣いだけが聞こえる中、時が過ぎた。
周囲の明るさが夜の終わりを告げた頃、まばらに人家が見えてきた。
携帯のGPSで現在位置を確認し、最寄り駅への進路をカズキに指示する。
それから、時刻表サイトにアクセス。始発に間に合いそうだ。
あとは乗換がうまくいけば、夕方に銀成市に着ける。
少し安心したら、別のことが気になってきた。
「カズキ、その…なんだ」
「何、斗貴子さん?」
「…私のお尻をしっかり押さえてくれないか?」
「えっ!?」
両手を私の腰の後にあてていたカズキが驚きの声を上げる。
「下半身はマヒしてほとんど感覚がないから気にしないでいい。
それより、人通りが増えてきた。
だから、その…下着を見られないように、スカートをしっかり押さえてくれ」
「うん、わかった。じゃあ、ごめん」
律儀にそう言ってから、お尻に手をずらすカズキ。
カズキの指先がスカートの上から微妙な場所にあたった。
「ぁん」
声が出てしまう。まだ下半身の感覚が少し残っていたようだ。
「斗貴子さん?」
カズキが少し足を緩めて心配そうな顔を向けた。
「…手をすこしずらして…イヤ、やっぱりこのままで」
動かなくなった自分の下半身にわずかに残った感覚を感じていたかった。
後から思えば、カズキの指先を感じたかったのかもしれないが。
「…ホントに大丈夫?」
「ああ、気にするな」
「うん…じゃあ、行くよ!」
そう言って足を速めるカズキ。
カズキが足を進めるごとに快感が体を走る。顔や声にそれが出ないように堪える。
程なく、ホームに列車が停まっている駅が見えてきた。あれが始発だろう。
その後、何度か電車を乗り継いで、銀成市に向った。
この格好で電車に乗るのは思いのほか恥ずかしい。
しかし、乗換の度に階段を駆け抜けるカズキの指先を
待ち遠しく思う自分がもっと恥ずかしい。
そして、銀成駅で帰宅ラッシュの電車を降りた。。
改札へ続く階段に向う。最後の階段だ。しかし、期待していた快感が来ない。
「カズキ、手を動かしたか?」
「ん?ずっと押さえてるよ」
「…そうか、ならいい」
私の下半身の感覚は完全に失われたようだ。
結局、自分で自身の始末をつけることになるかもしれない。
そう思いながら、南口の改札を抜けた。