現在より遡る事、24日前 太平洋上
(あのヤロウ…なんて強さだ)
大戦士長・坂口照星とヴィクターの決戦は、開始より3時間が経過した今なお、続いている。
再殺部隊を含む他の戦士が乗ったヘリはそれに近づくこともできず、
ただ行方を見守ることしかできなかった。
「火渡様、このままでは…」
ヘリの操縦席から毒島が声をかける。
「ちっ…用意しとけ、毒島」
「ハイ……」
決戦に赴く前の会話を思い出す火渡。
「戦士長・火渡 そして、戦士・毒島
あなた達にのみ、もしもの場合を想定した指令を与えます」
「つまり――決戦に敗北した場合の事か?」
「ええ その通りです
ヴィクターの相手は私一人で勤めるつもりですが、感化された戦士が攻撃を仕掛けるかもしれません
ですが、ヴィクターの付近での戦闘不能は死を意味します
あなた達はなるべく犠牲者を出さないように勤め、
もしも私が敗北しそうになった場合は、迷わず毒島の武装錬金を使ってヴィクターを補足しておき
その後全戦士を速やかに撤退させなさい
残念ながら千歳は間に合わなかったようなので、ヘリで速やかに」
「逃げた所で、最強の戦士のアンタが敵わない相手にどうやって―― ……まさか!」
「人間で勝てないのならば、仕方ありません
残った戦士で力づくでもヴィクターIIIを説得し、彼とヴィクターを戦わせなさい
どちらかが残ったとしても同じ者同士が戦う以上、相当に弱るはずです
そして残った方を生き残った全戦士で攻撃し…二人のヴィクターを殲滅しなさい」
「照星サン…」
「防人の意もわかりますが、時には残酷にならなければ
人々を守りきることはできない…私もそれを7年前に学びました
…心配は要りませんよ ヴィクターはかならず私が倒してみせます
あくまでもしもの場合を想定しての事です わかりましたね? 火渡、毒島」
「了解――」
「…了解しました」
「ヌオオオオッッ!!」
突進してくるヴィクター。
(これほどの強さとは…私も限界が近いようですね……)
バスターバロンはそれを真正面から受け止め、素早く羽覆い締める。
「やりなさい! 毒島!」
照準機(スコープ)の武装錬金 エターナルシャッター!!
毒島の目から光がヴィクターに放たれる。
「ム…これは」
「アレは、錬金術に関する反応を調査できる武装錬金
対象に光を当てれば、以降は正確に位置を補足することが可能です」
直後、散り散りに上空を撤退していくヘリ郡。
「逃げる気か?」
「ええ、私が敗れた場合は あなたに勝てる見込みがあるのは彼しかいませんからね…」
「……そういう事か ならばオレはお前を殺した後、彼を待とう
どうせ他の戦士もその時集まるのだろう? オレが全て返り討ちにしてくれる」
「そんな台詞は、まず私に勝ってからにして頂きましょうか…!」
武藤カズキが人間でいられるタイムリミット 1日(推定)
ブラボーに見舞いと報告をしに、病院を訪れるカズキ。
「ブラボー! もう寝てなくていいの?」
「ああ、このとおり もうピンピンしてるぞ」
「良かった…」
「それで やはり答えは変わらないのか…?」
「うん、みんなを守れるなら…俺は…」
「そうか……」
「カズキ君、これを持っていって」
千歳から、携帯電話らしき機械が渡される。
「千歳さん…これは?」
「私達からの、お守りみたいなものよ」
「ありがとうございます じゃあ、いってきます」
「ごめんなさいね 結局こんなギリギリになってしまって」
「いえ…ありがとうございます」
そして、カズキと斗貴子は約3週間前に訪れた場所に再び来ていた。
「使い道は決まりましたか?」
「はい…安心してください ヴィクターは必ずあなたの元へ帰りさせます」
「でも、それではあなたが…
それに、もうあの人は私が愛した人ではなくなって――」
「そんな事はありませんよ たぶん100年前に信じていた人達に裏切られて
今はちょっと我を失っているだけです 元は立派な戦士だったんですから」
「……ごめんなさい 私のせいであなたは…」
「謝らないでください 元々これはオレが飛び込んだ世界だし
あの時は、ヴィクター化しなければ斗貴子さんを死なせていました
むしろ感謝したいくらいです」
「ありがとう…本当にごめんなさい」
「……じゃあ、いってきます」
その後二人は、戦団のヘリでヴィクターのいる孤島へ向かっていた。
「カズキ、今更だが本当に友人達に話さなくてよかったのか?」
「うん…錬金術の世界の事は何も知らない方がいいよ
オレは、みんなに悲しまれようと、恨まれようと…みんなを守って死ぬ覚悟はできているから」
「そうか……なら、いいんだ……」
(ヴィクターは今、第三段階に達している
例えオレがヴィクター化しても勝ち目は薄い…だから――)
ほんのちょっと、日常に戻った日…
その日に下した決断は変わる事は無かった。
(みんなを守る、そのために この白い核鉄でヴィクターを人間に戻す
そして…オレは――)
「カズキ…」
「大丈夫、もう怖くなんかない」
「到着しました」
「ありがとう、危ないからこのままこの高度にいてください
いってくるね…斗貴子さん」
「ああ…気をつけるんだぞ」
「うん」
微笑んだ後、カズキは島へ飛び降りていった。
「カズキ……」
「大切な人といつまでも共にいたい…私もその気持ち、凄くわかります」
操縦席から毒島が声を掛ける。
「でも…大切であるからこそ、それが適わないなら……せめて、共に――」
「……カズキさんも、よくこんな選択をなさいましたね
やはり…あなたの?」
「あの子はもともとそうゆう子です
私は少し背中を押しただけ――」
「それが…あなたにとっては、ほんの少しの事なんですね…」
「ええ、きっと 私にとっては――…」
「ヴィクター…」
「ようやく来たか」
約3ヶ月ぶりに、再びあいまみえた両者。
「聞いてくれ、あなたの家族――アレキサンドリアさんとヴィクトリアは生きていたんだ」
「!! なんだと?」
「ヴィクトリアは自分をホムンクルスにしてまで…きっとあなたの事を信じているんです
だから、アレキサンドリアさんがあなたを元に戻すために作った
この白い核鉄で、人間に戻ってください!」
「愚問!!」
「…え……?」
「オレは戦団に裏切られ、信じていた錬金術の力でこんな化物へ変えられた
錬金術の全てを滅ぼし、そしてこの永遠の命で二度とそんな力が芽生えぬよう
この世界を監視しつづける、人間になど戻りはせぬ!」
「違う! 錬金術の力は人々を守るためにあるんだ!
だから例えホムンクルスがいなくなっても、この力は人々を守るために使うべきなんだ!
あなたも人間に戻って――」
「以前はオレもそう思っていた だがそれは違う、強すぎる力は人を滅ぼししかしない!
ならばオレがその力を全て根絶させる! そんな力は生み出させない!
もう言葉は無用だ! 行くぞ――!!」
(くそっ! なら…!)
カズキは襲いくるヴィクターの腕を避け、彼の胸へ白い核鉄を渾身の力で衝突させた。
「無理やりにでも…戻ってもらう!」
「ヌ…ヌオオオォォッ!」
「そん…な……」
ヴィクターの胸は白い核鉄を受け付けなかった。
(なんで…? 白い核鉄はまだ完全じゃなかったのか?)
「……アブナイトコロダッタ」
「! ヴィク…ター……?」
「チガウ オレハクロキカクガネノイシ
オマエトフタタビショウトツスルコトデ ヨウヤクメザメルコトガデキタ」
「核鉄の…意志?」
「オレハ ケンジャノイシノシッパイサク クロキカクガネ
ヒトノタマシイサエモ ツクリダセルバンノウセキ
ツギハオマエノナンバースリーモトリコミ サラナルチカラヲテニイレルトシヨウ」
「その力で…どうする気だ?」
「シンカコソガオレノソンザイイギ
スベテトタタカイ ショウリヲカサネ スベテノイキモノノチョウテンニタツ!」
「そんな事、絶対にさせるわけにはいかない!! 武装錬金!!」
「コノイキニタッシテイナイオマエデハ
オレニカツコトナドデキナイ!」
上空から島の様子を伺う二人は、奇妙な黒い物体を発見する。
「あれは!?」
「あの時の決戦と同じ、巨大化したヴィクターです…!」
「カズキ…!!」
「ドコダ!? ドコヘキエタ!?」
一瞬の隙をついて、森林に逃げ込んだカズキは
様子を伺いながらヴィクターから隠れていた。
(これじゃ体格差どころの問題じゃない! どうすれば倒せる!?
! ……あれは…)
見上げる空から落ちてくる人影を見つけるカズキ。
「斗貴子さん!?」
(武装錬金!)
人影はバルスカを発動し、降り立った。
「言っただろう、私達は一心同体だ
キミが死ぬ時が私が死ぬ時、どうしても敵わないなら、一緒に死のう」
「……違うんだ」
「え…?」
「違うんだ、オレは斗貴子さんに死んで欲しくない
みんなを守るって決めたから、斗貴子さんにも死んで欲しくない
あの登校日の日、斗貴子さんの勇気をもらったから…もう、一人で死んでも怖くないから…」
「…なぜだ 何故なんだ? キミは私の事が嫌いになっ――」
「違う! 好きだからだよ!!」
「っ――!!」
「好きだから、大好きだから 死んで欲しくないんだ!」
「私だってキミが好きだ! 大好きだ! 大々々々大好きだ!
キミが死ぬのなんて耐えられない! だからキミと一緒に死にたいんだ!」
「ミツケタ…!」
「!?」
「くそっ!」
サンライトハートを解除し、斗貴子を抱え走り出すカズキ。
「クソ マタキエタ!」
「ヴィクター化して戦うんだカズキ! 万に一つの勝ち目でも…今はそれしかない!」
「嫌だ!!
オレは、誰かを傷つける戦いは――」
「そんな事を言っている場合じゃない!」
「言ってる場合! 斗貴子を安全な場所に避難させてから ヴィクターを…黒い核鉄を倒す!」
「だから、私は――……!?」
走りながら話し、森林の中の小さい広場に出た時、何本ものまばゆい光の柱を見た二人。
「これ…は!?」
「無線機(トランシーバー)の武装錬金 コンパニーバンド
無数に精製できる子機を持つものは、親機の元へいつでも転移することが可能
今朝 あなたに渡しておいたものが、その親機よ」
「千歳さん!?」
「先輩を守れなかったらタダじゃおかなかったぜ、戦友」
「剛太!」
「フン! 貴様は俺が倒すべき相手だからな」
「蝶野!」
「あらあら、またカズキ君に守ってもらわないとね」
「頑張れカズキン!」
「桜花先輩! 御前様!」
「ようやくわかったわ…パパはもう、あの頃のパパじゃなくなっていたって」
「ヴィクトリア!?」
「今は、共に戦う仲間だ」
「あの時私を見逃してくれた、その金髪の坊やに頼まれちゃ…ね」
「今こそ、共に戦う約束を果たそう」
「報われぬ足掻きをよくぞやり遂げた」
「犬飼! 円山! 戦部! 根来!?」
「大切な人を守るための戦い…私もお手伝いさせていただきます」
「毒島さん!」
「ここでヴィクターを倒さねぇと、死んだ照星さんに顔向けできねぇからな」
「火渡…」
「武藤、夏休みに戻れなくてすまなかった 今こそ借りを返す!」
「秋水先輩!?」
「みんなを守るため、戦士としてよく決断した ブラボーだ」
「ブラボー!!
みんな…どうして!?」
「俺達だけではない…」
「もー! みずくさいよ、お兄ちゃん!」
「先輩! 頑張って!」
「私達も、見守っています!」
「まひろ! さーちゃん、ちーちゃん!?」
「ったく、毎度の事ウソがバレバレなんだよ お前は」
「岡倉!」
「ごめんね、僕達もどうしても事情を知りたかったから」
「大浜!」
「どうやら今回は、俺達でもどうこうできることみたいだな」
「六枡!」
「カズキ…俺と戦った時の事 覚えているか?
お前は、敵であった俺を守るため その中に秘める力を引き出し、俺を越えた
相手がいくら強大であろうと、誰かを守るための戦いならお前は絶対負けはしない!
今こそ、ここに集ったお前の仲間――そして、世界中の人々を守るため!
真の全力でヴィクターを倒すんだ!」
「みんなを…守るため……」
「もう…迷いは無いだろう? カズキ…」
「斗貴子さん…」
「今一度いう ヴィクター化しろ、カズキ!!」
『カズキ!』
集った仲間の思いは 今、一つとなった。
「ミツケタゾ!」
「ヴィクタアアァァァッ! 武装錬金!!」
「センシタチモイタカ チョウドイイ マトメテコロス!」
(みんなを守る、そのために もう、オレは迷わない!!)
「うおおおおぉっ!!」
人間でいられる限界の数時間前…再びカズキはその力を借りる。
「ムダダ! イマノオマエデハ!」
「エネルギー……ぜんっ…! かい!!!!」
天を貫かん勢いで、サンライトハートは伸びる!
仲間達のエネルギーを借り、カズキは己に秘められた限界を、全力を越える力を爆発させる!!
「ムダダトイッタ!」
「!!」
だがそれ以上に、ヴィクターの体は大きさを増す!
「オレノエネルギードレインハ オマエヲハルカニウワマワル
オマエイジョウニエネルギーヲスイトリ オレハサラニキョウダイニナル!!」
「どんなに体がでかくたって…!!」
足に力を思いっきりこめ、カズキは上空へ飛びあがる!
「その胸の、黒い核鉄を砕けば!!!」
「オマエニデキルモノカ!」
「俺一人じゃ無理でも! みんなの力を借りた、このサンライトハートなら!」
巨大な突撃槍を後方に構えた後、カズキは引き出せる全ての力で、
一直線にヴィクターの胸へ突撃槍を突き出す!!
「貫けええええええぇぇぇぇぇぇっっ!!!!!」
「ウオオオオオオオォォォォッ!!!!」
サンライトハートと黒い核鉄は激しくぶつかり合い、想いの力で悪魔は粉々に砕かれる!!
「!! …斗貴子さん」
あの朝日の日と同じ、膝枕でカズキを待っていた斗貴子。
「…終わったな」
「うん」
「私の時と同じでギリギリになってしまったが、
これでキミも人間に戻れる」
「うん…うん…」
斗貴子は白い核鉄をそっとカズキの胸に当て、祈りを込める。
やがて、カズキの体は光に包まれ、人間の心臓の再生と共に、二つの核鉄は消滅した。
「二人とも…死なずにすんだね」
「ああ…」
あの時と同じ言葉…だが、その涙は前より溢れて……
「良かった… 本当に 良かった……」
「斗貴子さん…」
「あれ? お兄ちゃんまだ17歳だっけ? 残念だけど、もう少し我慢だね」
「なに、年齢など関係なくこの二人はもう――」
「…え?」 「…何のことだ?」
「とぼけても無駄よ 忘れたの? それは無線機の武装錬金、つまり――」
『…… ! え…ええええ!?』
二人はこれ以上無いくらい顔を真っ赤にしながら、動揺する。
「全部みんなに、聞こえてたわよ」
少年と少女は、ようやく普通の人としての当たり前の幸せを、その手にした……