「――を ブチ撒けろ!!」
宵闇に断末魔の余韻が消える。
目標が絶命した事を振り返って確認し、私はその場に膝をついた。
寄生された脇腹から痛みがぶり返す。強く、リズムを刻むように私の躰を侵蝕する。
「宿主が弱ったところで活性化するか まったく陰険な胎児(ガキ)……!」
文字通り腹の奥を抉り回される感触。私は背中を丸めて脂汗が浮き出る掌を握りしめ、歯を食いし
ばって激痛に耐え抜こうとする。
歪み揺れる視界の端を、見知った姿が掠めた。
少し離れた所に私が飛び込む前と全く変わらず横たわる体。突撃槍(ランス)を握ったままぴくり
とも動かない。
血の気が引いた。
…次の瞬間、自分自身に激しい怒りを覚えた。カズキが再び目の前で死にかけているというのに、
私はこんな胎児ごときに何をやっている!
「ぐっ!!」
胎児が蠢くが構わない。喉の奥からせり上がる鉄錆の味を吐き捨て、這うように走り寄った。自分
でも滑稽なぐらいに動揺しているのがわかる。
「カズキ! 返事をしろ!」
反応がない。
側に跪いた私はカズキの全身を確認して言葉を失った。
体の下に拡がる血だまりの大きさからすると心臓をやられたのか。左胸から脈動に合わせて今も流
れ出す血液がシャツを左胸から朱に染めている。肌も心なしか青白い。
すぐに呼吸と脈をみたが、どちらも確認し難いほど弱まっている。まずい状態だ。
「…血が流れすぎている」
突撃槍を手早く核鉄に戻し、可能な限りの回復を行うようにモードを切り替えてカズキの胸に収め
る。握っていた手を離させる時、ひやりとした手の感触に胸が騒いだ。
核鉄の修復能力をもってすれば怪我そのものは短時間に修復できるが、失った血液の再生には少し
時間がかかる。
これ以上の事ができない自身を歯がゆく思いながら、私はカズキの冷たい手を握りしめた。
――おかしい。
胸に開いた傷も血が流れ出ない程度までは塞がった。鼓動も弱いながら安定してきた。間違いなく
核鉄はカズキの体を修復している、筈だ。
だが、未だに呼吸は弱いままだ。血の気がない肌は、私がたどり着いてからしばらく経っていると
いうのに僅かにもその色を変えていない。
まさか。
微かな焦りに駆られてカズキの顔を覗き込んだ。仮面のように精気の失せた貌。月明かりに照らさ
れた肌は不気味なほどしろい。
危険な状態だと戦士としての経験が告げる。時間が足りない。今の核鉄の修復能力では、肉体が回
復し終える前にカズキ自身が絶命する。
「カズキが 死ぬ?」口に出して、目の前が真っ暗になった。
自分の言葉が信じられずに手を伸ばして、カズキの頬を包み込む。なぞった未だ冷ややかな肌に、
理不尽な感情が溢れた。カズキと自分に対しての怒りと、間に合わない無力感とが溶け合い絡み合
って私の胸の中を荒れ狂っている。
凶暴な感情に支配されて、私はカズキの半身を引きずり起こした。
「…私に黙って 一人で戦って その上二度も目の前で死ぬのかキミは!!」
額と額が触れあうほど目の前で怒鳴っても、肩を激しく揺すっても、カズキの反応はない。ただ壊
れた人形のようにぐらりと首を傾げるだけの、無機物のような動き。
「――っ」
…何故か、カズキの顔が歪んで見える。
絶望が意志の全てを駆逐する寸前、惚けていた頭の中で、まだ辛うじて働いていた脳髄が一つの可
能性を掘り起こした。
本能。
核鉄は本能によって駆動する錬金術の精髄。多少イレギュラーな使い方だが、宿主の本能を活性化
して心臓に収まった核鉄を限界以上まで動かしてやれば、カズキは死なずに済むかもしれない。
カズキの意識がなく、闘争本能も生存本能も期待できない。そんな状態でも呼び起こすことが可能
なもの。今の私に取れる手段。
答はすぐに浮かんだ。生殖、繁殖、性交、交尾、どう呼ぼうが変わらない。いきものの最も本質的
な性。
わたしに、ひどく真っ直ぐで、不器用な好意を寄せてくれていた少年。どんな経緯があろうとも、
意識の無い相手の想いを利用しようとする私は、狡い。
それでも。「キミを死なせるのは 御免だ」呟いて、私はスカーフを解いた。