最近お兄ちゃんがつれない。
原因はわかってる。彼女が出来たんだ。
相手の女性の名前は斗貴子さん。
初めて会ったときは「姉弟」なんて紹介された。
そのせいでお義姉ちゃん、なんて時々呼んじゃう。
……呼び方の事はこのさいおいといて。
問題なのは、お兄ちゃんと斗貴子さんが、……いたしちゃったって事だ。
なんで知ってるのかって言うと、お兄ちゃんの友達の岡倉さんって人が、
部屋でいちゃいちゃしてる二人を見て、びっくりして寄宿舎中に聞こえる声で叫んでたから。
おかげでお兄ちゃん、寄宿舎で、なんか肩身の狭い思いをしてるんだけど、
それでも、することはしてるみたいで。
なんていうか、『今』も……
お兄ちゃんの部屋の前でノックをしようとしたら、中から何か声が聞こえてきて。
それは明らかにナニをしている声で。
いけないこととは知りつつも、聞き耳を立てちゃった。
そういうことに興味が無いわけではないので、その、なんだかむずむずしてきてしまう。
私はさらに聞き耳を立てる。
「カズキ、気持ち、いいか?」
扉があるから中は見えないけど、かすかに水音がするからきっと繋がっているんだろうな。
「うあっ、斗貴子さん、それ、イイっ」
「ふふっ、カズキはここが弱いな」
ああ、お兄ちゃんの相手が私だったら……
自然にあそこに手が伸びる。
ここが寄宿舎の廊下って事なんか気にしない。
はじめはスカート越しに。次にスカートに手を差し入れて。
もうすでに、下着はびしょびしょに濡れていた。
「んふぅ、声が、でひゃう」
指をかんで必死に声を抑える。
部屋の中の行為も、次第にエスカレートしているみたいで、
「私もっ、すごく、気持ち、いいぞっ」
斗貴子さんが少し大きな声であえいだ。
「駄目だって、斗貴子さん。あんまり大きな声出したら、聞かれちゃうよ」
お兄ちゃんは少し慌てて言う。
「ふふ、たとえば、その扉の前にいるやつとかに、か?」
!!……気付かれてた!?
どうしよう。と、とにかく逃げなきゃ。
濡れた指もそのままに、慌ててその場を離れた。
だから、斗貴子さんのつぶやいた、
「私は戦士だぞ。素人の気配くらい読めないと思ったか」
なんて言葉は聞こえなかった。
どうしよう。気付かれてるなんて思いもしなかった。
兄のエッチに聞き耳を立てて、自慰をしてる妹なんて、
そんなことお兄ちゃんに知られたらどうしよう。
軽蔑されるかもしれない。
「お兄ちゃん……」
知らず、つぶやいていた。
「お兄ちゃん、好き……」
もう一度、つぶやく。
この思いを、素直に伝えられたら、どんなにいいかと思う。
兄と妹。許されない恋。けして結ばれない恋。
だけど私は焦がれる。手に入らないからこそ焦がれる。
……そうじゃない。手に入れたいんだ。だから焦がれる。
お兄ちゃんへの思いをめぐらせていると、さっきの情事を思い出してしまった。
また、あそこへ手が伸びる。今は自分の部屋にいるから、すぐに下着の中に手を差し入れる。
胸も、上着やブラを上にたくし上げて直接揉む。
「ああ、お兄、ちゃん。もっと、強く」
言って強めに胸を揉みあげる。
自分でもわかってる。これは私の手。
でも、今、この手はお兄ちゃんの手。お兄ちゃんの舌。
「いいのぉ、もっと……もっとぉ」
いけない。これじゃ部屋の外にあえぎが聞こえちゃう。
枕の端をかんで声を抑える。
「ふぐぅ、ふぅん、ふぅう……」
でも、無駄な努力。
すぐに咥えた枕を放してしまい、声が大きくなる。
「お兄ちゃん、好きぃぃ!!」
叫んで、私は絶頂を迎えてしまった。
自己嫌悪に陥る。
はぁ、告白しなきゃ何も始まらないのに。
打ち明ける勇気も無くて、でも、お兄ちゃんとのエッチを想像して自慰をしてる。
私、サイテーだ。
そんな風に、かなりブルーになっていたら。
トントンと、ノックの音が聞こえた。
「は〜い、どなたですか?」
うわべだけでも、いつもどおりを装えるあたり、私も中々かな。
なんて考えながら、カギを開けて扉を開けると、そこにいたのは斗貴子さん、だった。
どうして斗貴子さんが私の部屋に?
「どうして、って顔だな。ま、そんなことはどうでもいい」
私は唖然としていて反論も出来ない。
「とにかく、さっき私たちのセックスを覗いていたのはキミだな」
ビクン、と反応してしまった。
「の、覗いてなんかいません」
それでも、慌てて言い訳した。
「うむ、まぁ、覗いてはいないだろうな」
あっさりと、斗貴子さんは肯定した。なんで?って思っていると、
「カギは閉まっていたからな。しかし、聞き耳は立てていただろう」
図星を、ついてきた。
「……」
「否定はしない、ということだな」
どうしよう。聞き耳を立てていたのが私って事まで知られてた。
「まぁ、それに関してはもういいんだ。さっき私も存分に聞かせてもらったのでな」
「!!……聞いて、いたの」
なんてこと。
「文句はないよな、私のほうも聞かれていたんだから。
しかし、兄を思いながらのオナニーか。なかなか背徳的なことだな」
……この人は…
キッと、斗貴子さんを睨みつける。
「ふふ、まぁそう睨むな」
何を言うんだろう。ここまで馬鹿にされて怒らない人はいないと思う。
「そうそう、用件はもう一つあってな。
覗いていたのが君だということはカズキにはばらしていないから、安心しろ」
え………?
さっきまでの怒りを忘れて、ほうけてしまった。
「つまりだ、『たとえば、その扉の前にいるやつとかに』とか言ったのは、
場を盛り上げる冗談ということにしておいたんだよ」
唖然として。次に、安心してしまって。床にへたり込んでしまった。
お兄ちゃんに知られていない。それだけのことだけど。
でも、私には天国と地獄くらいの差だった。
「意地悪なことを言ってしまってすまなかったな。心配してるかと思って急いで来たんだが、
つい、いたずら心が働いてしまってな。本当にすまなかった」
さっきまでのふてぶてしい態度が嘘のように、ホントにすまなさそうにあやまってくれる。
緊張の糸が切れてしまった。
涙が勝手に流れてくる。
「す、すまない、泣くとは思わなかった。本当にわるかった」
「うぐっ、ひっく、ふぇえ」
どうしても涙が止まらない。
「ああ、もう!」
抱きしめられた。
「ごめんな。もうこんなことはしないから」
優しく、頭をなでられる。
「まひろ、私はな。確かにカズキも好きだ。愛してる。
でもな、まひろ。キミのことも友として大好きなんだ」
そういって恥ずかしそうに微笑む。
「だから、泣き顔は見たくないんだよ」
私の涙は止まらない。
でもそれは……
「お義姉さん、うれしいときにだって涙は出るんだよ」
泣きながら、笑った。