「う〜ん、う〜ん。首が痛いよ〜、斗貴子さ〜ん。手足が痺れてるよ〜」  
 ここは聖サンジェルマン病院の一室。  
 あの後(>>688参照)、救急車で運ばれたカズキは、錬金戦団御用達のこの病院に入院していた。  
 二日前に運ばれてきた時は意識不明で呼吸停止状態だったが、医師達の懸命な蘇生処置のおかげで一命はとり留めた。  
 今では首にゴツいギプスを巻いてベッドに横たわり、斗貴子に痛みを訴えるほどに回復している。  
「痛くて死にそうだよ〜、斗貴子さ〜ん」  
「自業自得だ、馬鹿者。だいたい頚椎複雑骨折なんて死ぬほどの怪我ではない。それに私の核鉄も貸してるんだ、すぐに治る」  
 斗貴子はカズキの横に座り不機嫌な表情で林檎を剥きながら、冷たく言い放った。  
「(いや、普通死んでもおかしくないんだけど)……ねえ、斗貴子さん」  
「何だ?」  
「……まだ、怒ってる?」  
 斗貴子の林檎を剥く手がピタリと止まる。  
「……別に」  
「あのさ、ホントにごめんね。斗貴子さんを傷つけるようなことしちゃって。もう二度とあんなことはし  
 ドス!!  
……ない…か…ら…」  
 カズキの顔のすぐ横には果物ナイフが深々と突き立てられていた。  
「……当たり前だ。今度あんなことをやってみろ、臓物と脳漿を同時だぞ。楽には死なせんがな…」  
(や、やっぱり怒ってらっしゃる…ガクガクブルブル)  
 斗貴子はいまだくすぶる怒りをブチ撒けると、ベッドに突き立てられたナイフをそのままに、自分のバッグから別のナイフを取り出した。  
 そして相変わらず不機嫌な表情で、再び林檎を剥き始める。  
「と、斗貴子さん…果物ナイフ、何本持ってきてんの…?」  
「キミの生命力と私の忍耐力に見合うだけだ」  
 このベッドはあと何本の果物ナイフを突き立てられるのだろう。  
 そんなことを考えると、カズキはまたもやガクガクブルブルと身体を震わせた。  
 
 しばらく沈黙が続いた後、斗貴子が低い声でブツブツと呟いた。  
「私………悪……と…………思っ………だ…」  
「え? 斗貴子さん、何?」  
「私…って悪い…とをし…と思って……だ…」  
「え? 声が小さくて聞こえないよ、斗貴  
 ドス!!  
……子…さん…」  
 カズキの顔の横に二本目を追加した後、斗貴子は激しい剣幕で怒鳴った。  
「私だって悪いことをしたと思ってるんだ!! 何度も言わせるな!!」  
「ご、ごめんなさい!」  
 思わず反射的に謝ってしまうカズキ。  
 だが斗貴子の顔を見ると口をへの字に曲げ、眼には涙を浮かべている。  
「……斗貴子さん」  
「部屋に戻った後やりすぎてしまったと反省してたんだ!! キミがここに運ばれてICUにいる間も心配で死にそうだったんだ!! 全部、私が悪いんだ!!!!」  
 
 カズキは斗貴子の興奮が治まるのを待ってから口を開いた。  
「ごめんね、俺のせいで心配かけちゃって…」  
 斗貴子はうつ向いて、カズキの方を見ようとしなかった。  
「……私が悪いんだ。何故、キミが謝る…」  
「ん〜…ごめん、わかんないや。でも俺、斗貴子さんのそんな顔、見たくないから…」  
「……カズキ」  
「それにやっぱり原因は俺にあるしね。……ねえ、斗貴子さん」  
 斗貴子は、動けないカズキに顔を近づけて答えた。  
「……ん? 何だ?」  
「……大好きだよ」  
 斗貴子は顔を紅潮させて目をそらした。  
「そ、そういうことを言うな…」  
「言うよ。……大好きだよ」  
「も、もうやめなさい」  
「やだ、やめない。……世界で一番好きだよ」  
「……馬鹿」  
「馬鹿だもん。……斗貴子さん、愛してるよ」  
 斗貴子は顔を真っ赤にしてカズキを見つめていたが、やがて照れ笑いを浮かべながら話をそらした。  
「ほ、ほら、林檎が剥けたぞっ。た、食べなさい」  
「ん〜、でも手が動かない…」  
「そ、そうだったな。すまない。じゃ、じゃあ、ほら、口を開けて」  
 斗貴子はニコニコしながら、フォークで刺した林檎をカズキの口に近づけた。  
「うん! あ〜ん…」  
 その時、ノックのの音が響き、ドアがガチャリと開いた。  
「失礼します。武藤君、具合いはどう? ……あら、津村さんも来てたの」  
「あ〜ん……ち、千歳さ  
 ドス!!  
……ん…(はい、三本目〜。つかタイミング悪すぎ、千歳さん…)」  
 
 林檎が刺さったままのフォークをカズキの顔の横に突き立てた斗貴子は、ゆっくりと背後を振り返った。  
 パタリと閉じられたドアの前には、カズキ入院の引き金になった女性、千歳がいた。  
 あの時と違い濃紺のスーツにパンツルックという常識的なファッションの千歳は、笑顔を浮かべて二人に近づいた。  
「フフフ、お邪魔だったかしら」  
 斗貴子は歯ぎしりをしながらユラリと立ち上がった。  
 手にはすでに核鉄が握られている。  
 横になったまま動けないカズキは慌てて叫んだ。  
「ちょ、ちょっと斗貴子さん! 落ち着いてよ! 千歳さんは先輩なんだからケンカしちゃ駄目だよ!」  
 斗貴子はカズキの言葉には耳を貸さず、ギラついた眼でゆっくりと千歳に近づいていく。  
 千歳は臆する様子も無く、相変わらず笑顔を浮かべている。  
 しかし、正面衝突まであと五歩と斗貴子が迫ったところで、千歳は急に真剣な顔で頭を下げた。  
「ごめんなさい。津村さん、武藤君」  
 
 それがあまりに突然のことだったので、斗貴子は眼をパチクリさせて驚いている。  
 千歳は頭を上げて、言葉を続けた。  
「私と防人君が悪ノリしたせいで武藤君がこんなことになって…。津村さんにも辛い思いをさせてしまって、本当にごめんなさいね」  
 千歳はもう一度、丁寧に頭を下げた。  
 それを見ていた斗貴子も慌てて頭を下げた。  
「……あ、いえ、私の方こそ、先輩であるあなたに対して暴言や不敬な振る舞いの数々、お許し下さい。それにカズキがこうなったのは、私の責任です。どうか、お気になさらないで下さい」  
 斗貴子はすっかり落ち着きを取り戻し、錬金の戦士として千歳に向き合っている。  
「じゃあ……」  
 と、千歳は再びニッコリと笑って、右手を差し出した。  
「……仲直りしてくれるかしら?」  
「はい、喜んで」  
 斗貴子は満面の笑みで、千歳と握手をした。  
 首を回して見ることができないカズキは、二人が微笑み合いながら握手をする光景を思い浮かべた。  
 
 メキッ…メキッ、メキメキメキメキッ…  
 
「……うぅっ!」  
 斗貴子の顔に苦悶の表情が浮かぶ。  
 千歳は地獄の握手を続けたまま、氷の笑顔で言った。  
「フフフ。あら、この程度でギブアップ? 最近の若い子は武装錬金に頼ってばかりで、己の肉体を鍛えるのがおろそかね。もっと防人君を見習わなきゃ」  
 だが、斗貴子は凄絶な笑みを浮かべると、右手に力を入れ直した。  
「ご・し・ん・ぱ・い・な・く…!」  
 
 メキメキメキメキメキメキッ…  
 
「……くっ」  
 千歳は笑顔こそ崩していなかったが、こめかみには血管が浮き出ている。  
 斗貴子は凄絶な笑みのまま、慇懃無礼に言った。  
「私は敵地への潜入中に捕まり、挙げ句の果てに身体を操られるような無様な姿は晒してませんから…!」  
 二人が握り合った手は小刻みにプルプルと震えている。  
「……あら、言ってくれるじゃない」  
「……恐縮です」  
 
「フフフフフフフ」  
「フフフフフフフ」  
 
 メキメキメキメキメキメキッ…  
 
「……貧乳」  
「……年増」  
「…どS」  
「…ど変態」  
「ヒス女」  
「ブリッコ」  
「留年高校生」  
「万年平戦士」  
「周りの空気考えてイチャつけ」  
「頼まれたからってすぐコスプレすんな」  
「うるっさい死ね」  
「お前が死ね」  
「お前が死ね」  
「和えるぞ、何かと」  
「分け目、増やすぞ」  
 
 エイリアンとプレデターの戦いが繰り広げられているすぐ横で、カズキはあらゆるものに向かって助けを求めていた。  
(誰でもいいから、誰か来て…。看護婦さ〜ん、ブラボ〜、まひろ〜、桜花せんぱ〜い、蝶野〜…。千歳さん、何しに来たんだよ、もう…。斗貴子さんも愛してるからやめてよ〜。うわっ、やばっ…)  
 
「「武装錬金!!」」  
 
 

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