名を呼んで、手を伸ばす。  
ゆびさきに触れる手は、熱い。  
 
掴まえたゆびさきへ、やわらかな口唇がそっと口づける。  
触れては離れ、それを幾度も繰り返したかと思うとやがて口に含んで、濡れた舌がゆびさき  
に絡みつく。  
くすぐったい。  
そう言ってその手と口唇から逃れようとした。  
けれど、強く掴んでいるわけでもないその手から、どうしても逃げ出すことが出来ない。  
くすぐったい。  
もう一度、今度は先より少し小さな声で訴えると、相手はごめんね、と微笑んだ。  
まだ子供のあどけなさを残した少年は、それでも彼女の前でだけは時折男の顔を見せる。  
例えば、ふたりきりのベッドの中、彼女を抱きしめている時に。  
恐らく彼自身にその自覚はない。  
彼女は、ただ彼女だけが知る艶めいた彼の表情に至福を感じ、くらくらと心地の良い目眩を  
覚えた。  
ゆびさきと言わず、躯中から力が抜けて、彼が与える刺激だけに酔う。  
彼の目に、声に、触れる肌の熱さに、我が身の内から湧き起こる欲望と同じものを彼が求め  
ているのだと知り、その悦びに惜しげもなく身をゆだねた。  
ごめんね、と言って、けれど掴んだ手はそのままに、少年はくわえたゆびさきをいとおしげ  
に舐めては吸い、軽く歯を立てて彼女の官能に火を灯す。  
彼の触れた場所から甘い痺れが波のように走って、彼女の小さな躯はその度に震えた。  
 
斗貴子さん、キレイ。  
少年が嬉しそうに囁くのに、彼女は顔を赤らめてバカ…と力なく返す。  
可愛い。  
無邪気に笑って、少年は彼女のゆびから桜色に上気した頬へと口づけの場所を移した。  
頬に、髪に、瞼に、花のような口唇に。  
降り注ぐキスの雨に、彼女はもう呼吸すら忘れそうになる。  
壊れたように早鐘を打つ心臓も自分のものではないようで、頭の芯がぼうっととろけていく  
感覚が気持ちいい。  
彼女は思うように動かない両腕を持ち上げて、少年へと差し伸べると、その背にぎゅっとし  
がみついた。  
すぐさま抱きしめ返してくる腕の力強さに体温が跳ね上がる。  
もっと触れて、もっと触れて、もっと触れて。  
キミのその手で私を壊して、砕けた細胞のひとかけらまで、全部キミで満たして。  
少年に対してだけ向かう、この焼けつくような衝動。  
言葉にしなくても伝わる想い。  
それでも伝えたくて、名を呼んだ。  
 
カズキ。  
 
そうすれば見下ろしてくるやさしい瞳。一点の曇りもない笑顔。  
 
 
 
それは、とてもしあわせで、  
 
――この上もなく残酷な夢。  
 
 
彼女自身の声が彼女の意識を呼び覚ます。  
無垢な笑顔も、熱い吐息も、抱きしめた腕も、自分自身の火照った躯も、何もかもが一瞬に  
して消え失せる。  
ゆっくりと瞼を上げれば、斗貴子の目に映るのは涙にぼやけた天井だけで、そこにカズキの  
姿はない。  
「――カズキ」  
虚ろな斗貴子の双眸から大粒の涙が音もなく零れ落ちる。  
「カズキ…」  
そばにいて、そばにいて、そばにいて。  
どこにも行かないで、私の隣りにいて。  
 
呼ぶ声は虚空に飲み込まれてあえなく消えた。  
彼女を残し、遥か天空へとその身を投げ出した彼のように。  
 
                               ――了  
 

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