非日常(たたかい)から日常(ここ)へ―――。
無事に地球に戻って来られて、また日常の世界に戻って、最初にカズキが考えたことはと言えば、「斗貴子さんとエッチしたい―――」その一点だった。
カズキとて健全な肉体を持った男子高校生であり、もちろん普通に性欲もある。経験は無かったが、斗貴子を異性として意識し始めた頃から彼女とのそういう行為に対する欲求はあった。
言えなかっただけで。
キスは経験したがそれっきり何も起こらず、言いたかったのだが軽く唇を合わせただけでも羞恥に顔を赤ら
める斗貴子にそれ以上の行為を迫るには性急過ぎるかとひとり悶々としながら思い悩み、もちろん斗貴子の
方からのアプローチがあるわけもなく、いやそれよりも、そんなこと言ったら斗貴子に軽蔑されやしないか、拒否されてしまうのではないかということが心配だった。
怒られるのならまだいい。ただ彼女に拒絶されるのが、嫌われてしまうのが怖かった。
そうして思い悩んでいるうちに、ヴィクターとの決戦の時が来てしまったのだ。
あの時は二人でちょっといい雰囲気だったのに、もう一回キスできそうだったのに、まひろに見つかっ
ちゃって、しかもその後すぐに戦団の迎えが来てしまったせいで。
あれさえなければ二回目のキスだって、あわよくばそれ以上の進展だって、あったかもしれないのに。
でも、いろいろあったが無事に帰って来られて、斗貴子さんとも新たな一心同体も誓い合った。
なにせ一度は諦めた命だ。こうしてまた帰ってくることができたのだから、今度は悔いの無い、
思い残すことの無いように、思ったことは迷わず実行しようと心に決めたカズキ、いざ決死のアタック。
「斗貴子さん、あのね…。」
「なんだカズキ?」
自分の部屋に呼び出して、ベッドの自分の隣に腰掛けて寛ぐ斗貴子にドキドキしながら声をかける。
「…その………だ、抱いてもいい…?」
汗を掻きながらやっとそれだけ言い終わると、今度は固唾を呑んで返事を待った。
カズキの言葉を聞いた斗貴子ははっとして頬を桜色に染めたが、ほんの少し俯き加減になると小さく、
「…いいぞ。」と答えた。
「え…?」
いいの?
やったー、と一瞬にして幸福気分炸裂のカズキ。ヒャッホウと言いなが踊り出し
たい気分だ。念願の夢がついにかなったっていうかほんとにいいのうれしいうれしいマジうれしい
んだけどやったー俺ってブラボーおおブラボーってかうわーどうしよう心臓がバクバクいってき
た手が震えるんだけど月から帰って来られて本当によかった生きててよかった父さん母さん俺を
生んでくれてありがとうヴィクターもありがとう戦団の人たちも剛太もブラボーも蝶野もまひろ
もみんなみんなもありがとう斗貴子さん俺もうぜったい斗貴子さんをしあわせにするからね一生
面倒見るよっていうか俺の面倒見てくださいとカズキの思考回路も暴走寸前。
その嬉しさが顔に出て、満面の笑みになったカズキの表情に斗貴子も内心嬉しく思いなが
らも出来るだけ表情は崩さないよう気をつけながら「…いいから、ほら、は、はやくしろ
…」とカズキのほうに体を向けて手と足をきちんと揃えると上気する顔を持ち上げ次の動作
を待った。
その斗貴子の態度を見てあれなんかおかしいなと気付くカズキ。
なんていうか斗貴子さんならもっとこう、恥ずかしがるんじゃないかな。
だって斗貴子さん、俺たちこれからエッチするんだよ?
分かっているのかなとそこまで考えてやっと、カズキは先程自分が犯した間違いに気付く。
――――――――そんなあ。
その事実に気付き、幸福と言う山の絶頂にいたカズキは、一瞬にしてそのすぐ隣にある失
意と言う名の谷底に転がり落ちてしまった。
「どうしたカズキ、だからほら、だ、抱きしめてもいいといっている…」
カズキの絶望に気付かない斗貴子は恥ずかしそうにそう言うと、暫くの間腕を広げてカズ
キの抱擁を待っていた。
そ、そうじゃないんだぁ………。
無垢な斗貴子を前にして、今さら本当のことなど言えないカズキであった。
おしまい