「行こう!斗貴子さん」
手を優しくつないで、ふたりは歩き出した。
皆が待つ日常へ、ふたりで歩く未来へ…
そんな日の話。
「斗貴子さーん!」
「ちょ、ちょっとまひろちゃん…」
校門で待ち構えていたまひろは、案の定斗貴子に飛びつき
「遅ぇぜ!カズキ!」
「お帰りなさい!」
岡倉、さーちゃんが出迎える。
「みんな、心配かけてゴメン」
「いいよ、もう気にしてないって」
「そうだな、今は出席日数を気にしたほうがいい」
「…ヤバイ?」
「ギリギリ」
大浜、六舛が彼らなりに気を使う。
そのやりとりを一歩引いて見ていたちーちんがあることに気づいた。
「えっと…おめでとうございます」
握られたままの手。
カズキは3バカに囲まれ、斗貴子はまひろの体全体での歓迎を受け止めていても、その手は繋がれたまま。
「おっ!とうとう決着つけたか!」
「おめでとう!」
「サンキュ」
「…ありがとう」
今度はカズキもとぼけることなく、斗貴子も恥らうことなく、喜んで受け入れた。
「やっぱり病院からですかー?」
「あっ、さーちゃんそれはね…むぐっ」
「コ、コラまひろちゃん」
あわてて斗貴子が口を塞ぐと、始業の予鈴が聞こえてきた。
「ゴメン、それは後で話すから…」
「キミも律儀に答えなくていい!」
「大丈夫だった?」
「旅先の事故って聞いたけど」
「教えてくれればお見舞いに行ったのに」
「津村さんに看病してもらってたの?」
休み時間の2−B教室。
斗貴子が転向してきた時のように、カズキと斗貴子を中心にして質問攻め。
ふたりがいない間六舛たちが上手く口裏を合わせていたおかげで、夏休み明けの休学期間は
「カズキと斗貴子がふたりでこっそり旅行に出かけた先で不慮の事故。
カズキは一時意識を失うほどの大怪我だったが無事回復して戻ってくる。
同じく怪我を負った斗貴子さんは入院中のカズキをずっと看護していた」
ということになっていたらしい。
カズキにとっては懐かしい、斗貴子にとってはいまだなれない、けれど暖かい出迎えだった。
「やっぱり夏休みに進展したんだー」
「ウン、こないだの夏祭りの時にはね…」
「やめて…お願いだから…キミも何か言え!」
「う〜ん、でも間違ってはいないわけだし」
「そそ、隠すことないよ!」
錬金の戦士のほうが楽だったと、斗貴子は早くも後悔し始めた。
でも、錬金の戦士、津村斗貴子はもう存在しない。
斗貴子の胸に、掴みようのない不安が掠めた。
大丈夫 ここにある核鉄は これからずっと斗貴子さんと一緒だから
慌しい一日が終わり、久々に戻ってきた寄宿舎の自室。
シンプルというより殺風景な部屋の窓際に寄せられたベッドに座り、斗貴子は朝、カズキがくれた言葉を思い出した。
ずっと一緒。
――カズキは私に誓ってくれた。
その誓いを嬉しくも思う。
だけど、学校からの不安がつきまとう。
――私はもう、錬金の戦士ではない。
それまでを錬金戦団で生きてきて、戦士以外の生き方に興味を示さないでいた。
――いや、目を背けてきたんだ。
何気なく伸ばした指先が、顔の傷跡に触れた。
――カズキは戻るべき日常に戻ってきた。
――でも、私が戻るべきだった日常は――…もうない。
クラスメイトとの接し方、トレーニング以外の時間の潰し方、戦士以外の生き方…何もわからない。
――私はこれからどうすれば―――
「斗貴子さん、いる?」
はっとして顔を上げ、ドアを開ける。
「休んでた時の分のノート。六舛たちが取っといてくれたから、渡しに来たんだけど…」
気にかけていたカズキが、目の前にいる。
「…大丈夫?」
返す言葉が無く、呆気にとられた沈黙を破るようにカズキが切り出した。
「ああ、なんでもない」
「よかった…少し、お邪魔していいかな?」
「前にも言ったけど、キミは本当にいい仲間を持ったな」
ベッドに腰掛けて、斗貴子は右隣のカズキに話しかける。
「うん、夏休みもだったけど、久しぶりに会ってからもそう思う。
それに…もう、巻き込むなんてことないよね」
海豚海岸に行く前日、斗貴子はカズキの友人たちを巻き込むことを恐れて、一歩引いた立場でいたいと言っている。
「改めて、仲間としてやっていけるね」
斗貴子の顔に陰りが差す。
「…いけるだろうか。
私はキミほど優しくはないし、同年代の話題がどんなモノかよくわからない。
戦士じゃない、ただの津村斗貴子として、私はどうキミと、いや、これからを生きていけばいいか…」
「――不安?」
「…正直、な」
刹那、カズキの腕が回され、斗貴子の体が抱き寄せられた。
「ちょっとカズキ…!」
ドクン。
カズキの胸から、優しい音が聞こえた。
急に抱き寄せられ、こわばった体から少しずつ、少しずつ力が抜けていく。
思ったより大きく、安らげる胸の中。
包み込み、背中から首筋を擦る掌の温かさ。
太陽の匂い。
「――安心出来た?」
5分ほど経っただろうか。
斗貴子を抱いて、髪を撫でていたカズキが訊く。
「ん…大分楽になった…」
カズキの左胸に耳を当てて、斗貴子が答える。
「ねえ、斗貴子さん」
穏やかで優しい、けれど決意に満ちた声。
「オレも明日のコトなんてわからない。
けど、斗貴子さんと過ごす今がとても幸せだし、明日がすごく待ち遠しい。
斗貴子さんが不安なら、少しずつでもいいから補っていこう。
これからのコトは、ふたりで見つけていこう」
胸の中で、斗貴子が小さく頷いた。
「とりあえず…明日も一緒に学校に行こう」
「…ノートの礼もしなければならないから、皆と行ければいい」
「うん、それと…週末なんだけど、一緒に買い物に行かない?」
「それは……デート……の誘いでいいのか…」
「ええと…斗貴子さん必要最小限のモノしか部屋にないみたいだし…
卒業までここに住むならいろいろと不便だろうし…」
「…はっきり言え」
「ハイ、デートしたいです」
「よろしい」
不意にこぼれる微笑。
「それでは、週末まで楽しみにしていることにしよう」
「斗貴子さん!」
斗貴子を抱きすくめた掌に、ぎゅっと力がこもる。
その掌の上に、そっと手を重ねる。
いつしか重なった視線、その先の未来。
――出逢った夜と同じ、桜舞う春。
――純白の婚礼衣装に身を包み、ふたりは幸せに酔う。
同じ夢を、見ていた。
この希望の先にいつか来る日と、信じて。