「カズキさん、まひろちゃん知りません……か……」
部屋のドアを開けかけて、華花は硬直した。
中から変な声が聞こえる。
「ああっ……カズキ、いいっ……」
「どう斗貴子さん、気持ちいいならもっと腰振って!」
華花はわずかにドアを開けると、中の様子を垣間見る。
(あ、あれは……)
寮の部屋の中でカズキと斗貴子は裸で絡み合っていた。
斗貴子は泣きじゃくりながらベッドにしがみつき、カズキが股間でその尻を打っている。
華花はその場から逃げ出した。
「はぁ……はぁ……」
校庭の隅まで走って木にもたれて息をつく。
日曜の校庭には全く人影がない。
(あれって……せっくす……ですよね……)
武藤カズキと津村斗貴子が付き合っているのは知っていたが、
二人が肉体関係を持っていることは全く想像できなかった。
だが、二人とも年頃の男女なのだし、むしろそういう関係を持たないことの方が不自然だろう。
「好きな人と……あんなことを……」
「好き人」と呟いて、華花の脳裏に面影が浮かぶ。
戦士長、火渡赤馬。
華花がずっと想って来た人。
(もし、私が火渡さまに愛されたら、あんなことするのかな……)
想像すると耳まで真っ赤になってしまう。
胸が苦しい。
どうも走ったからのみではないらしい。
火渡と初めて会ったのは華花がまだほんの子供のときで、
それ以来ずっと面倒を見てくれていた。
粗野で細かい気遣いとはまったく無縁の男だったが、決して彼女を酷くは扱わなかった。
たぶん自分がホムンクルスに肉親を皆殺しにされたからだろう。
いつしか保護者に対するのとは別の感情を抱いていた。
だけど告げられない。拒否されればそれで終わってしまうから。
だけど押さえられない。思えば思うほど胸が苦しいから。
華花の鼓動はいつまでたっても静まらなかった。
それだけでなく何だか下着が湿ってきている。
「ん……」
本能的に華花は自分の股間に手を宛がった。
「……毒島?」
「きゃあっ!!」
不意の呼びかけに華花は飛び上がった。
「ご、剛太さん……どうしたんです?」
「いや、伝えておきたい事があって」
「火渡戦士長!!」
華花が呼びかけると、火渡は振り返って自分の前で荒く息をつく少女を見た。
「……お前か。何だ、そんなに慌てて」
「何だじゃありませんよ」
華花はつよく火渡に言う。
「戦士長、どうして突然戦団を抜けるなんて言うんですか?」
「俺はもう戦士長じゃねえ」
火渡はそっけなく言う。
「どうしても糞もあるか。平和団体になった戦団に用はねえ。俺は防人みたいにふぬける気はねえからな」
「…………」
「お前のお守りならもう必要ねえだろ。もう大人だしな。じゃ、達者でやれや」
そのまま去っていく。
華花は何も言うことができなかった。
皮肉を言うことはあったが、今まで火渡に意見した事はない。
戦団を去る。
それがこの男らしい選択だし、そもそも自分に彼の決断に口を出す権利はない。
それに仮に行くなと言った所で聞くような男ではないだろう。
(火渡様が行ってしまいます……)
呆然と見る火渡の背中はどんどん小さくなっていく。
どこか当てがあるのか知らないが、たぶんここで別れたらもう二度と彼と会う事はないだろう。
(会えなくなる……戦士長と……)
華花はぶるぶる震えた。自分がこんなにストレートに感情に胸を震わせる事は初めてだった。
気づいたら華花は叫んでいた。
「待ってください戦士長!!」
「何だ、まだ用か?」
咥え火を揺らしながら火渡が振り向く。
「好きです……私、戦士長の事が好きです!!」
火渡は咥えた火をぽろりと落とした。
「……はあ?」
華花はその側まで近寄って火渡を見つめた。
「私、ずっとあなたの事が好きでした。最初は酷い人だと思いました。
でも、いつの間にかあなたの事がいつも頭から離れないくらい好きになっていました」
「あのな」と火渡はため息をつく。
「悪いが、俺はガキに手を出す趣味は」
「一回だけでいいんです」
華花は火渡の胸の中に飛び込んでいた。自分でもどうしてここまで自分の気持ちに素直になれたか不思議だった。
「だ、抱いてください……戦士長……私を女にして」