ある日の夜。  
夕食を終えて部屋に戻った剛太は、机の一角を飾る蝶人キャンペーンのオマケフィギュア  
三体を見下ろし、物憂げな表情でポケットから小さな紙袋を取り出した。  
ファーストフード店のロゴが印刷されたその袋の中には、机の上のフィギュアと丸きり同じ  
ものが一体だけ入っている。  
机の上の三体はカズキから貰ったもので、紙袋の方は剛太が自分で買ったものだ。  
既に手元にあるにも拘らず、斗貴子の似姿をした人形だけは改めて買わずにいられなかった。  
誰かに貰うのではなく、自分自身の手で、というただそれだけの理由。  
つまらない感傷。  
未練がましいと自分でも思う。  
けれど、ずっと好きだったのだ。  
何も持たなかった自分に、戦士になる理由を与えてくれたあの瞬間からずっと。  
男として意識されていないことは判っていたから、一人前の戦士になって、対等な立場に  
なったら告白しようと決めていた。  
念願の戦士になって再会した時にはもう斗貴子の心には別の人間がいて、はっきりと想いを  
告げることなく終わった恋。  
今は素直に斗貴子の幸せを、二人の恋を応援するつもりでいるが、剛太自身の支えでもあった  
斗貴子への想いは簡単になくなるものではない。  
簡単に忘れてしまいたくもなかった。  
もうしばらくはこの想いを抱えていたい。  
たとえこの胸が痛みに疼いても。  
物思いに耽る剛太の耳に、遠慮がちにドアをノックする音が届く。  
「はい。誰?」  
「あの……若宮です」  
「ああ、ちょっと待って」  
剛太は紙袋を机に置き、ドアを開ける為に部屋の入口へと向かった。  
若宮と名乗ったノックの主は大人しそうな外見にたがわず控えめな性格の持ち主で、これま  
でも何度か部屋を訪ねて来てはいるが、いつも剛太がドアを開けるまで廊下で待っているの  
が常だった。  
強引過ぎるよりずっといい、と剛太は彼女の態度には好感を抱いている。  
剛太がドアを開けると、見慣れた作務衣姿の彼女――若宮千里はぴょこんと頭を下げた。  
「中村先輩、こんばんは」  
 
「こんばんは。どうしたの?」  
「あの、今日、調理実習があってまひろと沙織と一緒にケーキを作ったんです。折角だから  
みんなでと思って、今、談話室にお茶と一緒に用意してるんですけど……」  
暗記した英文を暗誦するようにすらすらと用件を述べる彼女はそこで一旦言葉を切り、少し  
ばかり緊張した様子で剛太を見上げた。  
心なしか頬に赤みが差している。  
「――良かったら、先輩も召し上がりませんか?」  
ぎこちなく笑ってみせる千里に、剛太は微苦笑を洩らした。  
どこか必死な様子が、かつての自分を見ているようで胸の奥がかすかに痛む。  
「ありがとう、若宮さん。ご馳走になるよ」  
「……はい!」  
千里がほっとしたように笑う。  
「あ、でも、口に合わなかったらすみません」  
思い出したようにつけ加えて恐縮する彼女に合わせて剛太も笑った。  
千里は、転入間もない剛太を気遣い何くれとなく世話を焼いてくれるしっかり者の後輩だ。  
剛太に対する彼女の面倒見の良さが、単なる親切心からのものでないことに剛太はうすうす  
気づいていたが、それはまだ深く考える時期ではないと思っている。  
彼女にとっても、そして、自分にとっても。  
「それじゃ、行こうか」  
千里に声を掛け、部屋を出ようとした剛太は、ふと思いついて足を止めた。  
「ごめん。ちょっと待って貰える?」  
「はい」  
頷く千里を廊下に残して部屋に戻り、剛太は机に置いたままだった紙袋を手に取った。  
店で貰ったきり、封を開けていないその袋の中にあるのは斗貴子に似た人形と、それから――  
剛太は故郷を懐かしむような少し遠い目をして手の中のそれを見つめ、そして吐息と一緒に  
小さく笑った。  
机の抽斗を開け、その一番奥に紙袋をそっと仕舞う。  
剛太は抽斗を静かに閉めると、廊下で彼を待つ千里に向かって踵を返した。  
 
 
                                    ――了  
 

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