私はこの日々を、棄てる事が出来るのだろうか。  
 
      Beefsteak geranium  
 
 
日の暖かさが心地よい晩春、私達は通い慣れた通学路を歩いている。  
「今日こそは四人で遊びに行くの!絶っ対に遊びに行くのっ!!」  
「中間テストが終わった私達に怖いものは無しっ!  
 やっと、やっとみんなで甘い物とウィンドウショピングを楽しめる!!」  
「まあ二人とも頑張ったしね、久しぶりに思い切り遊ぼっか。」  
いつもと変わらない朝の風景の中、いつもと変わらなく騒ぐ私達。  
何も変わらない様な日常。でも確かに変化している毎日。  
この春、武藤さん達は無事に学校を卒業して、私達は最上級生になった。  
 
初めの内は武藤さん達の居ない新生活に、私達四人だけが取り残された様な寂しさがあった。  
まひろちゃん達と違って、卒業後も武藤さん達と頻繁に会っている私でさえそう感じていた。  
私が戦団から武藤さんと津村さんのサポートをするように命じられたのは卒業式の翌日の事。  
泣いてしまったお別れ会の数十時間後「これからもよろしく」と笑顔で二人と握手をした。  
今迄と違う新しい環境。今迄と違う新しい任務。  
緩やかに変わり行く日常を、私は自然に受け入れる事が出来ていた。  
 
もう一つ大きな変化があった。  
「まぁちーちんさんはぁ、剛太先輩とじゅーぶんに羽目を外してたみたいですけどぉ?」  
「私達がテスト勉強している間にぃ、彼氏と二人でどぉんなおベンキョーしてたのかなぁ?」  
千里ちゃんとの秘密があっさりバレた。  
「なっ、あんた達いい加減にしなさいっ!!  
 何にも無かったって言ってるでしょ!?いっつもいっつも同じこと言って!」  
「いっつもいっつも赤くなるぅー!」  
「きゃーーー!ちーちんのエッチィーーー!!」  
「あーもうっ、二人とも置いて行くからね!行くわよ華花っ!」  
「え、えっちなコトしたんですか?」  
「してないってばッ!!」  
 
 
千里ちゃんが剛太さんに想いを告げた事を知ったのは、千里ちゃんと二人で大泣きした翌日。  
動揺しながらも全てを教えてくれた千里ちゃんに、私はすごく淡白な相槌しか返せなかった。  
静寂の中、微かに頬を赤らめる千里ちゃんに「よかったですね」と言うのが私の精一杯だった。  
一晩で一気に進展していた夢物語を、私の脳が理解し受け入れるまでには相当な時間を要していた。  
 
「それで………これからのこと、なんだけど…………」  
まだ正式に剛太さんと御付き合いを始めた訳では無いので、  
まひろちゃんと沙織ちゃんには暫く秘密にして欲しいと言われた。  
二人に話すのが恥ずかしいのと、騒がれるのが嫌なのだと言っていた。  
御付き合いを始めた後、私も交えて二人には全てを打ち明ける事をこの時私達は計画していた。  
 
私達の目論みは直ぐに崩される事になる。  
その日の夕食時、食堂で私達四人と剛太さんが顔を合わせたのが事の発端だった。  
赤面してうろたえる千里ちゃんと、照れ笑いでなだめる剛太さん。  
その場景を見て、あの二人が黙っている筈が無い。  
想像通り大騒ぎとなり、二人にどころか食堂に居た全員に昨夜の事が知れ渡る事となった。  
 
こうして人生初だった私と友達の二人だけの秘密は、たった二日で周知の事実となってしまった。  
 
 
「じゃあ後でねぇー。」  
「あ、はい。また後で。」  
教室に入る前に私達は二組に別れる。  
まひろちゃんと千里ちゃん、沙織ちゃんと私。  
口を揃えて同じクラスになりたいと羨望していた、桜が咲く頃の私達。  
蓋を開けると期待も虚しく、残りの一年間を私達は別の教室で過す事になってしまった。  
唯一の救いは完全に四人が離別しなかった事。  
もし私が一人だけ違うクラスで授業を受ける事になっていたら、あまり考えたく無い。  
 
「はなちゃん今日行きたい所とかある?」  
鞄を机の脇に掛け、椅子に座る。  
「いえ、私は特に。皆さんに御任せします。」  
「じゃあさ、久しぶりにカラオケ行かない?はなちゃんの歌もう一回聞きたい!」  
私の席は、沙織ちゃんの席の斜め後ろ。首をずらせばお互いの顔が見える。  
「カラオケはいいですけど、歌うのはちょっと…」  
「何でぇ、すっごい上手かったじゃん!」  
「すごく恥ずかしかったんですぅ……」  
担任教師が入って来て、教室内が静まる。  
「お前ら席着けー、はい号令。」  
 
クラスが別れたからといって、私達の交友関係が変わる事は無かった。  
それは人と接する事を不得意とする私にとって、とても大きな救いとなった。  
新しいクラスメイトも私に良く接してくれている。  
良い環境に恵まれ、良い友人達に支えられ、今の私は優しさの中に包まれている。  
知らない人と話すのは苦手、それは変わらない。  
でも、それすら苦に為らない毎日を私は送っている。  
変わり行く日々の中、このまま何も変わらなければ良いとさえ思っていた。  
 
 
千里ちゃんの変化は、少なからず私にも影響を与えた。  
剛太さんとの御付き合いを始めた当初、千里ちゃんは不安を漏らしていた。  
それは剛太さんが津村さんに想いを寄せていた過去を知っていたから。  
自分が剛太さんの一番に本当になれるのか、剛太さんが自分を一番好きで居続けてくれるのか。  
剛太さんが本当に好きだから、何時までも剛太さんの傍に居たいから。  
現在が崩れ落ちる瞬間を、何より千里ちゃんは恐れていた。  
 
「信じることにした。」  
そう言って笑う千里ちゃんの目は、少し赤くなっていた。  
二人に何があったのか、私は聞いていない。  
気が付いた事は二つ、千里ちゃんがあまりに綺麗で大人びた表情をする様になった事と  
「まだちょっと不安だけどね、剛太さんすぐ仕事で何処か行っちゃうし。」  
「中村先輩」から「剛太さん」に変わった事。  
 
剛太さん以外の誰もが千里ちゃんの本当の笑顔を引き出せなかった。  
大好きな友達を盗られた様な気がして、ちょっとだけ剛太さんのことを恨んだ。  
 
 
もう一つ、とても心に残る出来事があった。  
武藤さんと津村さんが結婚した。  
 
三年生全員の高校卒業が確定した二月の半ば、まだ二年生だった私達も含めて、  
学園内で武藤さんと津村さんの二人と親交があった全ての人が談話室に呼ばれた。  
「俺、斗貴子さんと結婚します!!」  
全員が溜め息を付いた。  
「まあ、予想はしてたけどね。」  
「みんな知ってるよお兄ちゃん。」  
「お前、隠し切れてると思ってたのか?」  
真っ赤な顔で俯いていた津村さんが見せた口を大きく開けた驚愕の表情と、  
あまりの反応の薄さを理解出来て無い武藤さんの間抜けな表情を、私は忘れる事が出来ないと思う。  
 
二人の結婚式が行われたのは三月最後の週、卒業式が終わった直後。  
式場は銀成市内の英国式教会。  
ブラボーさんや千歳さん達が、戦団に働き掛けて費用を捻出させたらしい。  
武藤さんの両親も海外から一時帰国した。家族が増える日を心待ちに過ごしていたそうだ。  
 
本当に素敵な結婚式だった。  
着慣れないタキシードに身を包んだ精悍な顔付きの武藤さん。  
純白のウエディングドレスに美しい御身を守護され、  
ヴェールの下に赤みの掛かった優美な微笑を隠す津村さん。  
寄り添いながら薄紅色の絨毯を歩く二人の後姿は、ステンドグラスから断続的に射し込む  
閃光で煌いて、未来を司る女神が二人の行末を祝福している様だった。  
 
神前で永久の愛を誓い合い、二人はお互いへと向き直る。  
ガラス細工を扱うかの様にヴェールを摘み上げた後、武藤さんの掌が津村さんの深傷をなぞる。  
驚きから安らぎへ。津村さんは笑顔のまま武藤さんの指の感触と温りに陶酔していた。  
そして二人の顔が、全ての情感と共に交錯した。  
 
私はこの時、世界中で最も美しい一瞬の光景に瞳ごと心を奪われた。  
 
その後はもう大騒ぎだった。  
津村さんの投げたブーケを受け取った千里ちゃんを、私達全員で盛大に冷やかしたり  
シックなドレスに着替えた津村さんの前で、ブラボーさんが感極まって泣き出したり  
突然パピヨンさんが乱入して、一般の方々が一時騒然となったり。  
ただ、そこに居た全ての人達が、本当に幸せそうな二人の笑顔を心から喜んでいた。  
そして私はこの日から、津村さんのことを斗貴子さんと呼ぶ様になった。  
 
千里ちゃんは、勇気を出して想いを叶えた。  
斗貴子さんは苦難の中、武藤さんと二人で力を合わせて幸福を掴み取った。  
 
いつか私にも、千里ちゃんや斗貴子さんのように、  
幸せに笑える日が来るのだろうか。  
 
 
「と、言う訳で今日は古着屋さん巡りをします!」  
屋上でお弁当を食べる私達に、仁王立ちで宣言するまひろちゃん。  
「分かったから座って食べなさい。」  
「私、アクセも見たいかも。」  
私のお弁当箱が、三人の手により軽くなっていく。  
「新しく出来たブティックにも行きます!」  
「駅前のですか?」  
「まだ行って無いもんね。」  
サンドウィッチを高々と掲げて、まひろちゃんは絶叫した。  
「そしてちーちんのウエディングドレスを選びに行くんです!!」  
「ぶほぉっ!」  
千里ちゃんがお茶を噴いた。  
 
「だ、大丈夫ですか?」  
「ケホッ、あ、あんた何言ってんのよ!?」  
「だって次に結婚するのちーちんだから。」  
当然の事の様に言うまひろちゃんに、にやけ顔の沙織ちゃんが続く。  
「そうだよねぇ、下見は大事だよねぇ?もしかして剛太先輩と見に行っちゃたとかぁ?」  
「行って無いっ!…もうやめて、お願いだから。」  
「じゃあホントのことを言いなさいっ!」  
「この前のデート、何処に連れてって貰ったのっ!?」  
二人に詰め寄られ、千里ちゃんは私に救いの眼差しを投げ掛ける。  
千里ちゃんごめんなさい、私も聞きたい。  
 
「あー知らないっ!何も知らないっ!私は何も憶えて無いッ!!」  
私達三人と屋上に居る他の生徒達の視線に耐え切れなくなった千里ちゃんは、  
救難信号を無視した私に矛先を向けた。  
「そうだ華花っ!就職するか進学するか決めたの!?迷ってるって言ってたよね!?」  
「ふえぇ!あ、えっと、その…」  
急に私に視線が集まり、変な声が出てしまった。  
「騙されないわよちーちん!さあ、真実を語りなさいっ!!」  
周りの視線が千里ちゃんに戻り、また二人の尋問が始まる。  
普段より少し騒々しく、今日のお昼休みは過ぎていった。  
 
 
午後の授業、教科担任が口にする数式は私の耳を通り過ぎる。  
机の下で携帯電話を開いて、アドレス帳から画面に一人の名前を出す。  
 火渡 赤馬  
もう一年も、掛ける事も掛かって来る事も無い電話番号。  
最後に会ったのは二ヶ月前、顔を合わせて挨拶をしただけ。  
ずっと想っている、大好きな筈の人。  
本当に好きな筈なのに、私は火渡様を選んでいない。  
 
好きな人と好きな今を、私は天秤に懸けている。  
 
高校卒業と同時に戦団に本格復帰する。  
一年前の私なら、躊躇無くそう答えていた。  
武藤さん達の様な使命感や正義感では無く、私はあそこでしか生きていけないから。  
そして、火渡様が居るから。  
 
銀成学園に転入した後、私は戦団に残留を申し入れた。  
当初は火渡様のサポートの為に戦団で働いていた。  
少しでも火渡様の手助けになればと思ったから。  
しかし在学しながらの後方支援には限界があり、直ぐに私は火渡様の部下から外された。  
銀成学園を卒業してから、再度火渡様に尽くそう。そう思っていた。  
 
でも私は知ってしまった。  
私を受け入れてくれる世界があったことを。  
 
戦団で生きる事を選べば、私が一般社会からある程度隔離される事は免れ無い。  
世の中に錬金戦団の存在を認識させる訳にはいかないから。  
この地球上から全てのホムンクルスが消滅した訳では無い。  
未だにホムンクルスの被害に遭っている人達が居るのだ。  
誰にも知られる事無く、秘密裏に動かねばならない事態も数多くある。  
戦団に残る、その決意は変わっていない。  
戦団に残る事は、今の生活を棄てる事になる。  
今の暮らしが心地良くて、もう少しだけ此処に居たくて。  
 
本来居続けるべき場所と、本当は居続けたい場所。  
火渡様が居る世界と、千里ちゃん達が居る世界。  
 
確実に変化を遂げる日常という迷路の中で、私は未来の方向を詮索し続ける。  
私が生きるべき世界は、私が生きていきたい世界は、一体どちらなんだろう。  
 
 
金曜日の夕方という事も手伝ってか、駅前の混雑は目に瞠るものがあった。  
その中でも私達四人存在は際立っていたかもしれない。  
「はなちゃん次はコレ着て!」  
「あ、はい…」  
「その次はコレね!はなちゃんにはフリフリが良く似合うから!」  
「え、はい…」  
「ワンピースもいいけど華花ならキャミも映えるわよ。次コレね。」  
「あの…ちょっと休ませて……」  
散々着せ替え人形にさせられて、何も購入せずにお店を出て行く。  
もう三軒のお店に迷惑を掛けた。……まだ次があるらしい。  
 
五軒目の洋服店の入り口で、私は三人を眺めている。  
一人ファッションショーと人ごみに少し疲れてしまったから、休憩を取らせて貰った。  
ぼんやりと三人を観察していると、やっぱり目立っている事に気付く。  
気が弱くて人付き合いが苦手な私が、普段あの輪の中に居るなんて信じられない。  
 
近い将来、私はあの輪から離れていく。  
初めて出来た大切なお友達。  
大切だから、余計な事に巻き込みたくは無い。  
私を大切に想ってくれているから、私から離れないといけない。  
 
俯いた私の目に入ったのは、影に隠れた緑色。  
建物と建物の間にひっそりと根を張る、赤みの掛かった白い花。  
何故か、私に気付いて欲しくて無理に上を向いている様な気がした。  
 
「お待たせ。華花、何見てるの?」  
「お花?こんな所に生えてるなんて珍しいね。」  
何時の間にか、私の後ろからみんなが花を覗いている。  
「ユキノシタです。この時期に咲く花なんですよ。」  
「はなちゃん知ってるの?」  
「はい。植物とか、詳しくて。」  
何処にでもある多年草。  
少し地味で、色の濃い花の後ろに隠れてしまう様な小さな花。  
 
「なんかさ、はなちゃんみたいだね。」  
沙織ちゃんの言葉に私は振り向く。  
「…私、ですか?」  
「うん。ちっちゃくて白いトコとか、芯がしっかりしてそうなトコとか。」  
「目立たないけど綺麗な所とかも似ているかもね。」  
「あ、分かるかも!はなちゃんは真っ白でキレイでかわいいーっ!」  
「きゃ!ま、まひろちゃん…」  
後ろから抱き着かれて身動きが取れなくなる。  
「ほら、イチャついてないで次の店行くわよ。」  
私を拘束したまま立ち上がって、まひろちゃんは私の耳元で叫ぶ。  
「ウエディングドレスッ!?」  
「行かないって。」  
 
歩きながら考える事は、儚く健気に咲いていた花の事。  
水も光も足りないのに、一生懸命に生きていた花。  
誰にも気付かれる事無く、それでも蕾を開かせた強い花。  
私はあんなに逞しく生きているのだろうか。  
ひとりぼっちになっても、強く空を見上げて生きていけるのだろうか。  
 
 
翌日の早朝、私は剛太さんの運転する車で戦団本部に向かっている。  
剛太さんと共に事務仕事をする事になっているので、同乗させて貰った。  
「何か昨日、大変だったらしいな。」  
十分な睡眠のおかげで、疲労は残っていない。明確な思考で返事をする。  
「いえ、そんなことは…千里ちゃんですか?」  
「ああ、うん。昨日メールで。」  
眠たそうな目で右前方を見詰めて、ハンドルを切る。  
「晩メシの時間ギリギリまで遊んでたって。」  
「私は付いて行っただけですけれど、楽しかったですよ。」  
「元気だもんなぁ、あの子等は。」  
疲れた様な声で呟く剛太さんに、少し意地悪してみる。  
「千里ちゃん用のウエディングドレスを見に行こうって言ってましたよ?」  
「………勘弁してくれよ。」  
ハンドルに額を押し付けて項垂れてしまった。  
 
「やっぱソレ着けんのか…」  
到着するなり鉄仮面を被る私に、呆れた様な剛太さんの視線が刺さる。  
「コレを着けていると、落ち着くので。」  
「まあ、いいけど。んじゃチャッチャと終らすか。」  
ファイルを開いて、早くも剛太さんは仕事に取り掛かる。  
私も剛太さんの向いに座り、作業を始める。  
 
本当は常にこの格好で過ごしたい。  
流石に一般社会で生活するには、この鉄仮面は異形すぎるので自粛している。  
仮面を着けている方が注目される事は解っているけれど、コレは私の一部の様な物。  
この格好なら恥ずかしがらずに人と話せるので、少し残念だと思っている。  
 
週に数回程度の書類整理と、前線で体を張る武藤さん達のアシスト。  
学校と兼業しながら出来る仕事は、この程度が限界。  
もし、このままの生活が続けば、私は両方の世界に居られる。  
戦団で働いて、千里ちゃん達と学校へ行く。  
進学を選んだら、あと四年この毎日が続くのではないか。  
でもそれは、火渡様が居る場所に少しも近付けない事に繋がる。  
 
私が火渡様の御傍に戻っても、本当に御役に立てるのだろうか。  
私が進学を選んでも、まひろちゃん達に何かしてあげられるのだろうか。  
私を本当に必要としてくれる世界は、何処にあるのだろう。  
 
私はまだ、地面に植えられていない種の様なもの。  
どこに植えれば大きく育つのか、どんな環境が綺麗な花を咲かせるのか。  
撒いただけでは直ぐに枯れてしまう、水が多くても腐ってしまう。  
でも、種を植えないと蕾は出来ない。  
何処かに種を撒かないと花は咲かない。  
 
私が花の種で、何時か芽を出し息吹くなら、私は何処の地面に種を撒くべきなのだろうか。  
昨日私があの花を見付けた様に、花を咲かせた私に気付いてくれる誰かが居るのだろうか。  
 
 
黙々と作業を続けながら時計を見る。  
このペースなら日没前には寄宿舎に帰られるかもしれない。  
不意に、ずっと剛太さんに聞いてみたかった事を尋ねてみようと思った。  
仮面のおかげで、恥ずかしがらずに聞けたのかもしれない。  
「あの、休憩しませんか。」  
 
剛太さんから缶ジュースを手渡される。  
「ありがとうございます。」  
「ソレ着けっぱでどうやって飲むんだ?」  
机の引き出しからストローを取り出し、何本も連ねて缶に差し込む。  
「こうやって飲んでます。」  
「へぇ。」  
特に感想も無く、剛太さんは自分の缶コーヒーに口を付ける。  
「聞いてもいいですか?」  
「ん、何?」  
一旦間を置き、言葉を探す。  
「えっと、将来の事と言いますか…」  
「相談事?俺に?」  
相談と言うより質問。彼女をどう想っているのか。  
「千里ちゃんのことで、少し。」  
 
明らかに剛太さんの表情が変化した。  
不快という訳では無いが、居心地が悪そうな顔をしている。  
「もしかして、不満か何か言ってた?」  
「いえ、そんな事は。千里ちゃん、剛太さんの話しをする時嬉しそうですし。」  
口元を押さえて私と逆の方向を向いてしまった。照れているのだろか。  
「本当ですよ。千里ちゃん、幸せそうです。」  
「……毒島が言うんなら、そうなのかもな。」  
缶コーヒーを一気に飲み込む。やっぱり照れている様だ。  
この姿を見ていれば、本当に千里ちゃんのことが大事なんだと分かる。  
だからこそ、どうしても聞いてみたい。  
 
「千里ちゃんは、何時までも剛太さんの御傍に居続けたいと思っています。」  
「高校を卒業して、大学に入って、その大学を卒業してもずっと。」  
「剛太さんは、どうなんですか?」  
戦団に居続けるという事は、常に危険と隣り合わせな生活を強いられるという事。  
剛太さんは、千里ちゃんを残して戦場に駆り出される事になる。  
それを理解した上でも、千里ちゃんは剛太さんの隣りを選ぶと思う。  
剛太さんの帰りを待ち続ける千里ちゃんを、剛太さんはどう思うのだろうか。  
二度と戻って来ないかもしれない剛太さんを、千里ちゃんはどんな気持ちで待ち続けるのだろうか。  
違う世界で生きる二人が、何時までも笑顔で暮らして行けるのだろうか。  
 
缶コーヒーを飲み干して、剛太さんは静かに胸の内を語りだす。  
「それさ、すっげぇ悩んだ。」  
缶をゴミ箱に抛り、膝の上で両手を絡める。  
「俺は戦団に残るから、一緒に居ない方が良いんじゃないかって。」  
寂しそうに言った剛太さんの顔が、優しく緩む。  
「で、千里ちゃんにそう言ったらえらい泣かれた。」  
心当たりがあった。千里ちゃんが目を赤くして帰って来た日。  
「俺の傍に居られれば、それでいいからって。」  
「俺が千里ちゃんの事を嫌いになっても、それでも傍に居たいって。」  
 
私は火渡様の御傍に居られたらそれだけで十分だった。  
火渡様に想って頂かなくても、後ろから眺めているだけでも。  
好きな人の近くに居られる時間が、何よりも至福の時だった。  
千里ちゃんも同じ気持ちだったんだ。  
千里ちゃんは、何よりも剛太さんを選んだのだ。  
今の世界を放棄してでも、剛太さんと生きることを選んだのだ。  
 
「…それで、剛太さんは……」  
「謝りながら押し倒した。」  
「お、押しっ!?」  
思わず後ずさってしまう。仮面の中が沸騰したかと思った。  
「何もしてないって。………いや、してないことも無いけど。」  
恐らく私が想像した様な事は無かったと言いたいのだろう。  
「何かさ、つい抱き付いちまったんだよな。」  
そう言った剛太さんの顔は本当に嬉しそうで、それでいてどこか辛そうで。  
「酷い事言ったなって、後悔した。」  
 
剛太さんの過去は私も知っている。  
ホムンクルスの被害者で、家族の愛情を受けずに育った人。  
剛太さんも泣いたのだと思う。  
初めて誰かに、千里ちゃんに愛されて、嬉しくて、哀しくて。  
「もう二度と泣かせたく無いって、そう思った。」  
 
「んで、まあ、色々あって。」  
そこだけ言葉を濁して話を続ける。  
「先の事は分かん無ぇけど、泣かせる事も多いだろうけど、頑張っていこうって。」  
頑張っていこう。その一言を千里ちゃんはどんな気持ちで受け留めたのだろう。  
「こんなトコでいいか?あー、やっぱ恥ずかしいわ俺。」  
「はい、ありがとうございました。」  
私が心配する事は何も無かった。私の友達は、必ず幸せになれる。  
 
千里ちゃんは千里ちゃんの世界に種を撒き、小さな恋を実らせた。  
違う世界に生きる剛太さんに十分な光と栄養を与えられて、大輪の花を咲かせた。  
二人は同じ世界に居なくても、二人だけの居場所を見つけて生きていく。  
 
私が千里ちゃん達と同じ世界に種を植えても、火渡様は私の蕾を見つけて下さらない。  
火渡様の世界に私の花が咲いたとしても、気付いて頂けるとは限らない。  
誰にも気付いて貰えずに、私の花はひとりぼっちで枯れてしまうのだろうか。  
 
 
作業も後半に差し掛かり終わりが見えてきた頃、武藤さんが部屋を尋ねて来た。  
「二人ともお疲れさま。手伝いに来たんだけど…」  
「もう終わる。つーかお前今日休みだろ、先輩は?」  
剛太さんの隣りの椅子に座り、武藤さんはファイルを開く。  
「斗貴子さんは家に居るけど。……ホントにもう終わっちゃてるな。」  
「何しに来たんだお前。」  
「本部に用事でも?」  
ファイルを閉じて私の方に顔を向ける。  
「ちょっと千歳さんに呼ばれたんだ。」  
 
剛太さんが始末書を書きながら呆れた口調で訊く。  
「ったくお前は。また何か無茶でもしたのか?」  
椅子の背もたれに身体預け、天井の蛍光灯を眺めながら武藤さんは返事を返す。  
「無茶はして無い。斗貴子さんをもっと大事にしろって言われて来た。」  
その言葉に剛太さんと私の手が止まる。  
「……どういう事だ。」  
「千歳さんがそう仰ったのですか?」  
目線を私の方へ戻して、顎に手を当て考えながら武藤さんは答える。  
「それがさ、斗貴子さん連れて何処か旅行に行って来いって。」  
 
「意味が解らないんだが。」  
私も解らない。コクコクと何度も頷く。  
「いや、だから新婚旅行。休み取って二人で行けって。」  
剛太さんが武藤さんを見たまま固まってしまった。  
「い、今まで行って無かったって事ですかっ!?」  
普段より大きい声を出した私に武藤さんが驚く。  
「え、うん。任務もあったし。」  
剛太さんが机に突っ伏してしまった。  
「その、もう二ヶ月以上経ちましたよね?」  
「そうだね。もうそんなに経ったのかぁ、早いなぁ。」  
剛太さんが変な声を出し続けている。  
「…結婚式の後、戦団から休暇を貰うと津村さ…斗貴子さんから伺っていましたが……」  
「四月の大変な時期だったじゃん。まとまった休みは今度貰うって事で」  
バンッ!!  
剛太さんが机を強く叩き、立ち上がって怒鳴った。  
 
「馬鹿かお前はっ!?いくら先輩でもハネムーンくらい行きたいに決まってんだろっ!!」  
私もそう思う。コクコクと何度も頷く。  
つまり武藤さんは何時でも休暇が取れたにも関わらず、  
斗貴子さんとの新婚旅行を後回しにして、働き続けていたという事になる。  
「でも斗貴子さんは急がなくていいって。」  
「普通は式後すぐにでも行くんだよ!それにおめぇも先輩もまとまった休暇取ら無ぇじゃねえか!」  
「斗貴子さん可愛そうです…」  
つい口に出た私の言葉に武藤さんが反応した。  
「えっと、俺達が休んだらみんなに迷惑掛かるかなって、斗貴子さんと話し合って…ダメだった?」  
「本当は斗貴子さん、直ぐにでも行きたかったと思います。」  
「そ、そうなのかな?」  
「戦士の前に、斗貴子さんも女性ですから。」  
ガックリと項垂れてしまった武藤さんに、剛太さんが追い討ちを掛ける。  
「お前、先輩を幸せにする気無いのかよ。」  
 
 
その後武藤さんは直ぐに家に電話をして、一週間の休暇を戦団に申請した。  
「斗貴子さんも明日、休み貰いに来るって。」  
笑顔で戻って来た武藤さんに、精根尽き果てた様な剛太さんが呟く。  
「結婚して少しは落ち着くと思ったら……相変わらずの天然っぷりだな。」  
「斗貴子さんには帰ったらちゃんと謝る。」  
今度は私の隣の席に腰を掛た武藤さんから笑顔が消える。  
「俺、斗貴子さんのこと何も考えて無かったな。」  
「まったくだ。お前もっと先輩に気ぃ使え。そして先輩を悲しませるな。」  
剛太さんの言葉に、武藤さんはしっかりと答える。  
「ああ、もう斗貴子さんを泣かせるのは嫌だからな。気を付ける。」  
その返事を聞いて、やっと剛太さんは笑顔を浮べる。  
「次お前が先輩を泣かせたら、俺が先輩を奪うからな。」  
「その時は剛太が相手でも容赦しない。」  
武藤さんにも笑顔が戻った。  
 
冗談だと判っていても、言わずにはいられなかった。  
「剛太さんには千里ちゃんが居るじゃないですか!」  
声を荒げる私に剛太さんは驚愕の表情を向け、そして青ざめた。  
「いやいやいやっ!今のはそういう意味じゃ」  
「そーだよ!剛太にはちーちゃんが居るじゃん!どうなったのちーちゃんと!?」  
物凄い笑顔で武藤さんが詰め寄る。私も詰問を止めない。  
「千里ちゃんが聞いたら悲しみます!二度とそんな事言わないでください!」  
「悪かった、本当に悪かった。冗談でももう言わないんで許してください。  
 そして出来ればこの事は千里ちゃんには内密に」  
「それでちーちゃんとはどうなったの?」  
「勘弁してくれ!」  
 
「でもさ、華花ちゃんが大声出して怒るなんて思わなかった。」  
落ち着いた私に武藤さんが話し掛ける。  
「千里ちゃんは大切なお友達ですから…つい……」  
「俺が悪かったんだから、気にすんな。」  
私以上に落ち込んでいる剛太さん。千里ちゃんへの罪悪感が強いのだろう。  
「ちーちゃん愛されてるな。華花ちゃんからも、剛太からも。」  
「うるせぇ。」  
 
 
「あの、武藤さんはお友達と会ったりしていますか?」  
武藤さんにも、付き合いの長い大切なお友達が居る。  
戦団で生きる事を選んだ武藤さんは、お友達との別れをどう思っているのだろうか。  
「六舛達?一ヶ月位前に会ったよ。みんな元気そうだった。」  
「………寂しくないですか、稀にしか、会えなくて。」  
余程不安そうな声をしていたのだろうか、武藤さんの雰囲気が変わる。  
「うん、少し寂しいかな。でも俺には斗貴子さんが居てくれるから。」  
 
「それに、あいつ等は俺の友達だからさ。」  
とても優しく、そして誇らしい声で武藤さんは友情を語る。  
「確かに前みたくあいつ等に会えなくなったけど、あいつ等との関係は何も変わってない。」  
「近くにいても離れていても、あいつ等と過ごした過去は変わらない。」  
仮面越しに私の目を見て、武藤さんは微笑む。  
「ホントの友達だから、会えなくったって友達だよ。」  
 
「千里ちゃんは、毒島のことすげぇ大事に想ってるぞ。」  
今迄黙っていた剛太さんが口を開く。  
「笑いながらさ、華花が華花がって何時も。聞いてたら分かるんだよ、毒島のこと好きだって。」  
照れ隠しなのか額を掻きながら、自分が聞いた事を私に伝えてくれる。  
「言ってたぞ、親友だって。毒島が居なけりゃ今の自分は無いって。」  
「まひろもさーちゃんも同じだよ。見てれば分かるもん、仲のいい友達だって。」  
 
「……私は何時か、戦団に残ります。それでも、私は友達で居ていいのでしょうか?」  
「聞いてみればいいよ。真剣に答えてくれるからさ。」  
「聞くまでも無い様な気もするけどな。」  
やっぱり私は、泣き虫だと思う。  
 
私がどちらの世界を選んでも、千里ちゃん達は友達で居続けてくれる。  
どちらの世界に花が咲いても、きっと私の友達は見付けてくれる。  
後は、私が選ぶだけ。  
私が居るべき世界に、火渡様が居る世界に、何時、種を植えるのか。  
火渡様に気付いて頂け無くても、千里ちゃん達が必ず気付いてくれるから。  
 
 
残っていた作業を全て終え、剛太さんが報告書を提出する。  
これで本日分の業務は終了。  
「俺、全然手伝って無いんだけど…」  
「いいんだよ、只でさえお前と先輩は働き過ぎなんだ。ちょっとは休め。」  
「私達の仕事ですから、御気に為さらずに。」  
簡単に机の上を片付けて、ファイルを収納する。  
「武藤も一緒に帰るか?車で来たから、ついでに送ってもいいぞ。」  
「いいの?じゃあよろしく。」  
忘れ物が無いか確認して、武藤さん達の後に続く。  
扉から一歩出ようとした瞬間、片時も忘れた事の無い頑強な声が私の鼓膜を衝いた。  
「よぉ、ガキ共。」  
 
「あっ、火渡戦士長。」  
「テメェ等も来てたか。ちったぁ働ける様になったのかよ、クソガキが。」  
「…火渡様?」  
室内から姿を見せた私に、火渡様は一瞥する。  
「おう、オマエも居たか。」  
「………御久し振りです。」  
私を気に留めること無く、火渡様の関心は再び武藤さんへ向かう。  
本当に久し振りの再会なのに、私は声を掛けられない。  
それでも私の心臓は、火渡様が目の前に居る幸福を煩く告げる。  
黙って火渡様と武藤さんの会話を見詰める私の頭を、剛太さんの拳が軽く何度か叩いた。  
 
「戦士長は前、毒島の上司でしたよね。」  
仮面の中で小さな音が反響していたが、剛太さんの声は確かに聞こえている。  
「あぁ?それがどうした。」  
「こいつの話、聞いてやって貰えませんか?悩んでるらしくて。」  
「ふええぇぇぇぇっ!?」  
予想外の言葉に素っ頓狂な悲鳴が仮面から溢れる。  
明らかに面倒臭そうな表情になった火渡様が私を睨んだ。  
「悩みだぁ!?何で俺がそんなモン」  
「じゃあ、よろしくお願いします。毒島、俺達は車で待ってるから。行くぞ武藤。」  
「え、何で?俺も話聞いても…」  
武藤さんを引き摺りながら、剛太さんは手を振り消えて行く。  
「……何だってんだ。」  
火渡様と私、二人だけが廊下に残ってしまった。  
 
近くのベンチに腰掛けて、私は置物の様に固まっている。  
隣りを見ると火渡様が不機嫌そうな顔で煙草を吸っている。  
突然降って湧いた状況に、頭が真っ白になり更に鼓動が速まる。  
火渡様の近くに居られるのは嬉しいけれど、私は狼狽える事しか出来ない。  
「で、悩みってのは何なんだよ?さっさと言いやがれバカ。」  
何も言わない私に業を煮やした火渡様が、責める様な口調で私を促す。  
悩み?私は何を悩んでいたのか、混乱していて良く思い出せない。  
私の悩みは、何か言わないと。  
「あの、その、……進路のこと、なのですが………」  
 
朧気に将来への不安と、戦団への復帰時期を確定しきれない現状を話す。  
はあ?とか、ああ?とか反応を返してくれていた火渡様も、終盤は何も言わなくなった。  
あまりにも胡乱気な私を、呆れた様な目で眺めている。  
仕事以外の事で、火渡様にこんなに言葉を掛けたのはこれが初めて。  
今の私が言葉に出来る事を何とか引出し、火渡様を窺う。  
言葉が途切れ、私が返事を欲している事に気付いた火渡様は抑揚の無い声を放った。  
「オメェやっぱバカだろ。」  
 
「俺が知るかよ、テメェで決めろ。」  
「……そう…ですよね。」  
新しい煙草を取り出し、まるで無関心に火渡様は続ける。  
「オメェはオメェの為に生きてるんだろぉがこのバカ。」  
「誰の為とか誰の役に立つとか、んなこたぁ関係ねぇ。」  
「オメェが戻りたい時に戻ってくりゃいいんだよ。」  
「…私が戻りたい時、ですか?」  
煙草を吹かしその煙を目で追いながら、疲労困憊といった声色で火渡様は語った。  
「オメェが戦団に残るのはオメェの為だろ、他の誰かの為じゃねぇだろうがバカ野朗。  
 周りのコトなんざ気にしてたら何も出来ねぇだろぉがよ。  
 大学に行くのか行かねぇのか知らねぇが、好きに決めりゃいいんだよこのクソッタレが。」  
 
誰の為に私は戦団に残るのか。  
火渡様に尽くす為に。千里ちゃん達を危険から遠ざける為に。  
それは全て、私の為。  
私が火渡様の御傍に居たいから。私が千里ちゃん達を守ってあげたいから。  
だから私は戦団に残るの。私の為に、この世界で生きていく。  
「私の、好きなように……」  
 
「俺ぁもう行くぞ。つまんねぇコト聞かせんなっての、じゃあな。」  
心底退屈だったのか、苛立たしく腰を上げる。  
毒突きながら歩いていく火渡様の背中に、私の声が飛ぶ。  
「火渡様、私決めました。」  
足を止め、火渡様の顔が私の方を向く。  
「高校を卒業したら戦団に復帰します。」  
仮面の中の笑顔を、火渡様は気付いてくれているだろうか。  
「此処に帰って来ますから、待っていて下さい。」  
 
ほんの小さな、私にとっては本当に大きな勇気を出して、真っ直ぐな気持ちを伝える。  
「私のこと、待っていて下さりますか?」  
今出来る精一杯の背伸び。  
初めて口にした、火渡様への懇願。  
呆気に取られた表情の火渡様が、煙草の煙と一緒に小声で返事を返してくれた。  
「…………おう。」  
 
話を聞いて頂いたお礼をして、去って行く火渡様の背中を見続ける。  
火渡様の姿が見えなくなった途端、身体中の精気が抜けてしまった様にベンチに崩れた。  
とんでもない事を言ってしまった。告白だと思われても仕方が無い様な事を。  
……恥ずかしくて死にそう。  
仮面に隠された私の顔を私は見る事は出来ないが、多分凄い顔をしていると思う。  
火渡様は私の言葉をどう受け取ったのだろう。  
告白だとは思わなかった筈。火渡様は鈍感だから。  
でも、確かに返事をくれた。待っていてくれると言って下さった。  
少しは距離が縮まったと、そう思ってもいいですよね。  
 
ベンチから立ち上がり、剛太さんの車がある駐車場へと歩き出す。  
帰ったらまず、今日のことを千里ちゃんに隠さず話そう。  
それからまひろちゃんと沙織ちゃんにも、進路が決まったことを伝えよう。  
私が私の道を選んでも、きっと親友達は理解してくれる。  
私はもう迷わずに、私の世界を歩いて行ける。  
火渡様の居る世界で、生きていける。  
 
 
私は今日、光の少ない世界の大地に花の種を植えた。  
地面に根付いて芽を出すのか、緑の葉っぱが生えるのか、それすら今は分からない。  
でも、心配することは何も無い。  
雑草が絡んで成長の妨げになっている時は、武藤さん達が取り除いてくれる。  
水や栄養が足りなくて元気が無い時は、千里ちゃん達が見付けて潤してくれる。  
大好きな人達に支えられ、何時か茎には蕾が付くだろう。  
 
綺麗な花が咲くとは限らないけれども、一番最初に見て貰いたい人は決まっている。  
 
小さな恋心がこの世界に咲いて、一生懸命に上を向いて育ち続けたその時。  
 
 
貴方は私に、気付いてくれますか?  
                     了  
 

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