武藤カズキとヴィクターが月に翔んでいってから何週間経ったろうか?
関東某所にある錬金戦団の待機所のロビーで僕はソファーに座ったまま苛立っていた。
その原因はあの日以来、毎夜見る悪夢で寝不足の所為ばかりじゃない。何よりも――
「オウ、負け犬!何シケたツラァしてんだ?」
火渡戦士長だ。
僕の名前は犬飼倫太郎、『負け犬』じゃない。けど、いつも言い返せない。
「夜、寝られなくて…寝不足なんです」
「んなモンは酒かっくらって寝ちまいな」
僕は酒に弱い。それは戦士長も知っている。酒を無理強いされたことはないから。
だから今の言葉に深い意味は無い。それは判っていたのに、その時は何故か――キレた。
「酒なんて飲んだって寝られないですよ!ヴィクターの娘が戦団の手で無理矢理、化物
にされたって、ヴィクターの言っていた事は本当なんですか!化物を斃す筈の戦団が
その化物を作るって何なんですか!!」
化物――錬金術により作り出された人喰いの怪物、ホムンクルス。奴らを斃すために、
錬金戦団と僕達、錬金の戦士は存在する。なのに。
「だから今、照星サンがイギリスの錬金戦団に行ってンだろうが。下っ端はそんなこと
考えなくていーんだよ」
本当にイカレてたんだろう。
「じゃあ、アンタはどうなんだ!アンタは何も感じないのか!」
火渡戦士長にそういう言い方をしたらどうなるかは判っていた。
胸倉を掴まれてソファーから乱暴に立たされた。戦士長の顔がアップで迫る。
「今更どうこう考えても仕方ねえンだよ。俺達は不条理の中で生きているんだ。
あのクソガキがテメェひとりでケリつけちまったこともな!」
クソガキ――武藤カズキの名が出たことで更におかしくなったのだろう、僕は。
「不条理?不条理、不条理、不条理!いつもアンタはそれだ!!アンタの不条理は
ただ答えを出さずに逃げているだけじゃないのか?!」
思えばその日、火渡戦士長は機嫌が良かったのかもしれない。返ってきたのが拳では
なく怒声だったのだから。
「喚くな。ヒステリー起こすんじゃねえ、殺すぞ!」
「あぁ、殺すなら殺せ!いっそ、その方が楽だ!あんな悪夢を見る位なら――」
僕は本当に狂っていたのだと思う。そしてやはり火渡戦士長は機嫌が良かったのだろう。
僕は生きたまま、ソファーに叩きつけられた。
そしてあり得ない位、静かな声でこう言い残すとロビーを出て行った。
「あのクソガキならどうする?」
武藤ならどうするか。戦団がヴィクターの娘に対してやった――やってしまったこと。
彼はヴィクターの告発を知らない。その場にはいなかったし、ヘリでやってきたと思ったら、
そのままヴィクターに突撃、そして――
「戦士・犬飼」
いつの間にか戦士・毒島が脇に立っていた。気付かないとは戦士失格だ。
「今日はドッグショーをやっていたのではないですか?気分転換に行ってきたらどうです?
外出届は私が代わりに出しておきますから」
きっと火渡戦士長に言われてきたのだろう。
確かに今日は非番で、届さえ出せば外出可能だ。
「そうだな…そうしよう。じゃあ悪いけど外出届よろしく。……それからありがとう」
本当に今日はイカレてる。けど、いつからイカレてるんだ?
一旦部屋に戻り、私服に着替えた。携帯電話、財布、ハンカチ代わりの大き目の
バンダナ、ティッシュを何度も確認。核鉄はベストの内ポケットに入れた。
持ち物をしつこく確認するのは子供の頃からの癖だ。
残暑の所為で汗をかく可能性と、有り得ないが犬になめ回されてベトベトになった場合を
想定して着替え一式を入れたザックを背負うと、待機所を出て駅に向かった。
運良く電車内は空いていたので、7人掛シートの端に座る。
車窓を流れる景色をボンヤリと眺めながら考えるのは、苛立ちの原因。
武藤カズキ。
ヴィクターIIIとして再殺の対象となったアイツと、僕は奥多摩で戦い、負けた。
こんなことは認めたくはないけれど戦いばかりでなく、人としても負けた。
それは僕から核鉄を取り上げなかったことじゃない。確かにあの時、核鉄の治癒能力が
なければ僕は確実に死んでいただろう。でもそうじゃない。
アイツは言った。
『武装錬金は人に害をなす化物を斃すための力で、人を守るための力』
そのとおり。かつては自分もそう考えていた。
いつからだろう、『守るため』ではなく『狩りを楽しむため』になったのは。
でも、それでも僕はその行為自体は正義だと信じていた。
決戦の時、自分が人間に戻れる手段――白い核鉄をヴィクターのために使った。
人型ホムンクルスのパピヨンとかいう奴が白い核鉄を新規に作り、それが出来るまで
冷凍睡眠でヴィクター化を抑えるつもりだったらしいが、あまりにも不確実だ。
下手をすれば、いや高い確率で永遠に眠ったままになるというのに。
そしてヴィクターが白い核鉄の力を持ってしても人間に戻らないと判るや、躊躇いもなく
月へ向かって翔んでいった。あの少女を置き去りにして、もう戻れない片道の飛翔。
あの少女、津村斗貴子。
多分、恋人なのだろう。
恋人。年齢=彼女イナイ暦な僕には正直、どんなものか判らない。
けれども再殺命令に背いてアイツの逃亡を助けたこと、それに戦士・戦部がわずかに
洩らした事から考えて、とても深い繋がりだった、のだろう。
その恋人を置いて、人のために自分を犠牲にする。
武藤、お前は恋人も犠牲にしたんだ。それしか手は無かったとしても。
あの時の彼女の慟哭を毎晩、夢に見て目が覚める。多分、死ぬまで見続ける悪夢。
だが彼女にとっては悪夢ではなく現実。寝ても覚めても一生続く残酷な現実。
斜向かいに座って、さっきからいちゃついているバカップルもそんなに深い繋がりを持って
いるのだろうか。
そして考えはヴィクターの娘のことに至る。100年前、戦団は何故そんな真似をしたのか。
まだ幼い少女を化物にし、その父親の討伐部隊のリーダーにする。
それじゃホムンクルスを製造する悪党共と変わらない。
僕も錬金戦団が正義だと信じていた。それが裏切られた。
なによりその事実が何故、大戦士長にさえ伝わらなかったのか。
そこで思考は中断された。
停車した駅から乗り込んで来た乗客の中に化物がいた。
錬金の戦士なら化物――ホムンクルスの存在は必ず察知出来る。
臭いとか仕草じゃない。眼だ。奴のようにサングラスをかけていても判る。
歳は40前後、2m近いがっちりした筋肉質の身体に刈り上げた短い髪。
健康のために鍛えていたのなら無駄になった訳だ。
正直、最初は見逃そうと思った。
今の僕にホムンクルスを斃す正義は見付けられない。
けれどその時、武藤の『人を守るため』、『人に害をなす化物を斃す』、その言葉を
思い出してしまった。
……いいだろう。追跡し、共同体へ戻るようなら確認の上、本隊に連絡。
孤立した奴なら僕が片付ける。
数駅先で奴は電車を乗り換えた。
そのローカル線を降り、改札で奴が駅員に渡した切符を掏り取る。
これがあれば見失っても僕の武装錬金、軍用犬の武装錬金キラーレイビーズで追跡
できる。
駅前から路線バスに乗り換えた。バスは山の中へと入っていく。乗客も少ない。
つまり奴がどこで降りるにせよ、一緒に降りればとても目立つということだ。
仕方ない。奴が降りたバス停のひとつ先で降り、ひと停車場分走って戻ることにする。
奴の降りたバス停にはすぐに到着した。
錬金の戦士の脚力を以ってすれば容易い。
携帯の電源は切っておく。不意に音や振動を出されてはたまらない。こんな山奥では
圏外の筈だが念のためだ。
そこからキラーレイビーズで追跡を開始。さっき掏り取った切符が役に立つ。
更に山の奥へと進んで行く。
車一台分の幅しかない道は舗装されているものの、周りに人家も人の気配すらない。
まあそのおかげで堂々とキラーレイビーズを発動できるのだけれど。
時刻は既に午後4時を回っている。
充分警戒していた筈だったが、背後の木々の中から奴が飛び出してきた。
しまった!
だが攻撃に転じようとしたその矢先、そのホムンクルスが話かけてきた。
「君は錬金の戦士だろう。相手なら後でする。今はやめてくれ。急いでいるのだ」
「お前の都合は僕には関係ないね。ホムンクルスは全て殺す!人々のために!!」
人々のために、か。そのためには小さな女の子を化物にすることも厭いません?
密かに自嘲する僕に、奴は意外なことを言い出した。
「ならば尚更、私の邪魔をするな。これはその人々のためだ」
奴は話を続けた。
子供を誘拐し、人身売買やその他、口にするのもおぞましい行為の対象としている連中
がこの世の中には腐る程、存在する。
自分が向かっているのはそんな連中のアジトのひとつだ。
これからそこを襲い、子供達を解放、そして連中を皆殺しにする。
「そして今夜中に助けないと『迎え』が来て子供達が別の場所へ連れていかれてしまう」
なるほど。だが。
「そんな話を信じろと?警察に電話一本で済む事じゃないか」
「連中は警察やマスコミに協力なコネを持っているらしい。おそらく『顧客』のコネだろう。
余程の証拠がない限り、握り潰されて終わりだ」
「ふ〜ん、良く出来た話だ。……信じると思うか?それにもし事実だとしても子供は
お前達ホムンクルスの大好物だろう。どこに『開放』する気だ!」
突然、奴は変形を始めた。人型ホムンクルスではなかったのは意外だった。
だがそれでこそ化物だ。本性をあらわしたな。キラーレイビーズに攻撃の態勢を取らせる。
しかし奴は変形を終えると再び話し掛けてきた。
「この姿、なんに見えるね?」
「狼?……いや犬だな」
元になった動物を戯画化したような姿は大型犬―猟犬か闘犬―の特徴を残していた。
とはいえ、その大きさはキラーレイビーズの数倍はある。
アラスカにいるグリズリー、すなわち灰色熊は500kg近くになる個体もあるというが、
その位だろうか。
奴は話を続ける。
かつて自分は猟犬だったこと。だが歳を取り、山に捨てられた。
やがて野犬として人間に狩られ、全てが信じられなくなったとき、『御主人様』に出会った。
収容施設でただ死を待っていたとき、御主人様―幼い少女―とその家族が自分を
引き取ってくれた。他にも犬がいる中で彼女は年老いた自分を選んでくれた。
穏やかで平和な日々。
だがそれは奴ら―これから襲撃する連中と同じような奴ら―により破壊される。
御主人様の心と身体は汚され、命を奪われた。
その後、始末された自分がどういう経緯で今の姿になったのかは判らない。
『創造主』は確かにいた。力と機会を与えてくれたことに感謝はするが、そいつに従う
つもりは無かった。
「我が主は御主人様ただ一人だ」
動物型ホムンクルスで、と僕は思い出す。
人間の一番身近な生き物でありながら、犬型と猫型のホムンクルスは殆どいない。
それは、犬は元の主人又は群れのリーダーへの帰属意識が創造主への刷り込みより
強いこと、逆に猫は主を持たない性質から創造主を支配者として認めないことが原因
だと、戦士見習い時の座学で学んだ。
例外的に創造主が元の犬や猫の飼い主だった場合、ホムンクルスは創造主に従う。
だがその場合、目的は犬や猫の代償的延命であり、結果は悲劇でしかない。
そう語った教官も犬か猫が好きで、そして失ったことがあるのだろう。
「私は自分の真実を全て話した。信じるかどうかは君次第だ。信じてくれるなら今晩だけ
は邪魔しないで欲しい。時間が無いのだ」
「…判った。ただし僕も同行する。お前の話が嘘なら即座に攻撃する。それと全て本当
であっても僕は手を貸さない」
考えた結果、奴についていくことにした。
奴の言ったことを全面的に信じた訳じゃない。ただそういう手合いのことを聞いたことは
あったし、そんな連中への嫌悪感があったのも事実だ。
それに子供達―いればだけど―も守らなくちゃいけない。
まあ僕が犬好きで、ホムンクルスとはいえ犬型の奴の言うことを信じたかったのもあるが、
なにより武藤ならそうしただろう、ということもあった。認めたくはないけれど。
僕はキラーレイビーズを武装解除した。
人間体に戻った奴の案内で歩き出す。
「邪魔をしないのならば好きにしろ。ただし言っておくが、奴らは武装しているぞ」
「どうせ鉄パイプか、良くて拳銃、トカレフだろう?」
「同業者がいくつも正体不明の相手に消滅させられている。対物ライフルやRPG――
ロケットランチャー位は持っていると考えておくべきだ。奴らの資金は潤沢だ」
やれやれ。
「……今まで何人……片付けた?」
振り向いた奴は僅かに笑ったようだった。
「私の復活の犠牲になってしまった男の記憶にあるセリフを応用させてもらえば、
『何匹というべきだ、人間以外のものは』だ」
やがて舗装された道を外れ、中の見えない塀に囲われた門が望める所に出た。
聞いたこともない建設会社の看板を掲げている。単なる資材置き場です、という訳か。
お決まりの『私有地につき立入禁止』の札と、あれで隠したつもりなのか監視カメラも
しっかりとある。
持っていたバンダナを三角に折り、顔の下半分を隠す。昔の西部劇の銀行強盗か
列車強盗といったところだ。
監視システムの隙をついて迂回し、塀を乗り越え、速やかに侵入する。
あらかじめ構造・配置等は調べてあったようだ。
調査方法については聞くまい。
『迎え』が到着したのを確認し、建物内部に突入。
幾つもある部屋をひとつずつ、だが速やかに制圧していく。
そうしてある部屋の中で見たものについては――断じて話したくない。
けれど二つだけ言っておこう。
ひとつは残念ながら子供達の全員は助けられなかったこと。
もうひとつは死ぬまで見続けるであろう悪夢が更に一個増えたこと。
その後のことはあまり覚えていない。気がつくとキラーレイビーズは発動していて、後は
奴らが転がっていた。
残った子供達は全員無事。『出荷』に備えてか全員眠らされていて、この惨劇を
見ないで済んだようだ。この様子なら朝まで眠っているだろう。
外国人らしき子供も多い。不法滞在者・入国者なら警察に届けにくいと踏んだか。
それと奴、いや彼の予想は正しかった。
対物ライフル―体重500kgの灰色熊でもイチコロだろう―があった。
射撃前にキラーレイビーズに始末されたが。
装備品を見る限り、なるほど資金は潤沢なようだ。
キラーレイビーズが相手をした連中は戦う意思と力を失い、出血も多いものの、意思の
疎通は出来る程度に『処理』されていた。
戦士としての理性がそうさせたのか、あるいは武藤――アイツがやりそうだからか。
それとも奴らに、この後に続く恐怖を噛み締めさせたい僕の残酷さか。
奴らの首脳部は奥の一室に固まっていたところをキラーレイビーズが処理した。
どの顔にも驚愕が貼り付いている。彼が入ってきたことでそれが恐怖に変わったようだ。
「我が御主人様の尊厳と鎮魂のために!!」
彼が牙を剥く。
錬金の戦士としては阻止すべきだろう。こんな奴らでも人間であり、人間を守るのが
錬金の戦士だ。
だが
子供を無理矢理ホムンクルスにして、その父親を討たせようとし、更にその事実を隠蔽、
そのためなら、組織を守るためなら新たな犠牲者を出すことも辞さない組織の、
正 義 の 戦 士
正義?
それが正義なら――そんな正義ならいらない。
僕は悪で良い。
悪ならこの連中を助ける必要は無い。何もせず見ているだけで、彼が始末をつける。
悪で悪を滅する。不条理。――火渡戦士長。
「あのクソガキならどうする?」
武藤――お前ならどうする?
報告書で読んだよ。
自分を殺そうとした敵でも自らを盾にして守り、助けられなかった敵のために涙を流す。
『偽善者』と罵られ傷つきながら、心も身体も傷だらけになりながら、それでも人々を守る
ために戦い続けようとするのか。戦う力を持っているからという理由だけで。
武藤、僕はお前がキライだ。どう足掻いても僕はお前にかなわない。追いつけない。
僕はお前のようにはなれない。
だから
「待てよ」
「……邪魔をするのか」
「もっと良い方法がある」
机上の有線電話の受話器を取る。やった、壊れていない。こんな山奥では携帯電話は
繋がらない。
最悪、携帯の繋がるところまで行くことも考えていたが、この連中に時間を与えてしまう
ことを考えるとあまり良くない。
「これから警察とマスコミに電話を入れる。捜査の手が入れば芋蔓式に、この連中の
顧客や同業者が摘発されるだろう。これだけ証拠があれば隠蔽も無理だ。そして」
突然の事態の変化に眼を白黒させている奴らの顔を見回し、キラーレイビーズを
示しながら続ける。できるだけ薄情に冷酷に聞こえる声で。
「この事件と派生して起きるであろう事態をもみ消そうとかしないことだ。
この犬達はお前達全員の臭いを覚えた。どこへ逃げようと何年かかろうと、例え地球
の裏だろうと追いかける。そしてその時がお前達の最後になる。
こいつらの牙や爪は戦車の装甲だって切り裂く。どんな防御も無意味だし、攻撃が
もっと無意味なのは実感した筈だ。」
この部屋のスチール製の扉を容易に引き裂いているので説得力はあるだろう。
さすがに主力戦車の装甲を切り裂くのは無理だが、真実を告げる必要はない。
「だからそんなことは考えないことだ。お前達の顧客や同業者が同じ事をしても、お前達
がやったと見なす。だからそうならないように…頑張ることだ」
そして彼にだけ聞こえるような声で言った。
「お前だって復讐だけでやっている訳じゃないだろう。他の子供がお前の『御主人様』と
同じ目にあわない様にするなら、このほうが良い。それでもどうしてもと言うなら」
キラーレイビーズを構えさせる。
「……判った」
武藤、これが僕のやり方だ。
まずデスクトップPCの電源ケーブルを全て外し、キラーレイビーズに噛み砕かせた。
ノートPCはまとめて無人の部屋に入れ、鍵をかけておいた。
これでデータを削除するのは不可能だろう。
あれだけ脅しておいたし、動ける状態ではないので大丈夫だと思ったが用心に越した
ことはない。
次に警察とマスコミに電話をしてから電話機を破壊、立ち去り際に電話線も切断した。
自称社会の木鐸からイエローペーパーまで数社、その辺にあった新聞・雑誌社に電話
した。奴らも自分達の愛読紙に取材されるなら本望だろう。
念のため、携帯電話はキラーレイビーズに探させて全部破壊しておいた。これで奴らは
独自に助けを呼べない訳だ。
そうしてからやっとその建物を後にした。あと数時間で日付が変わる。
近くの木々に隠れ警察が来るのを待ちながら、今になって気がついたことを彼に訊いた。
「何故、襲撃前に電話を使えない様にしておかなかった?」
外部との連絡を取れない様にするのは、襲撃の際の基本だ。
人間体に戻っていた彼は少し笑うような感じで言った。
「奴らが警察を呼ぶとは考えらない。仲間に連絡した所でまず救援は間に合わない。
奴らの仲間は電話越しに地獄を聴くことになる。…もし間に合ったら始末するだけだ。」
やはりホムンクルスだな、そう思っていると警察が到着した。思ったより早かった。
臨場感溢れる演技が功を奏したようだ。
彼の声のトーンが変わった。
「さてどうする、約束通り今から君の相手をしようか」
「警察が来てるんだぜ。ここで戦う訳にもいくまい。戦いはいずれ日を改めて」
「判った。……終バスはもう出てしまったぞ。街まで背中に乗っていくかね?」
「これでも錬金の戦士だ。街まで歩く」
「そうか。では…ひとまず、さらばだ」
そういって更に奥の木々の中に飛び込む。そして姿が見えなくなる寸前、振り向いて
何か言いたそうだったが、結局無言で立ち去った。
彼の姿が消えてから僕は言った。
「いつか、また」
そして月を見上げる。もうすぐ満月だ。
街に出たのは日付がとっくに変わってからだ。
背負ったザックの中の服に着替えると、遊び過ぎて終電を逃した間抜けを装い、
タクシーを拾った。待機所に戻った頃にはもう太陽は昇っていた。
ロビーに火渡戦士長がいた。
「この負け犬!!携帯の電源切ったまま、どこほっつき歩いてやがった?!」
忘れてた。据付の灰皿は吸殻でいっぱいだ。――待っていたのか?
とりあえず謝っておこう。灰皿が床に固定されていることに感謝しつつ。
「すいませんでした。……それから昨日のことも、すいませんでした」
「…ケッ、間抜けが!照星サンがイギリスから戻ってきて、全戦士に招集をかけた。
もうすぐ迎えがくるからサッサと用意しろ」
いつもの調子で言い捨てて出て行こうとする火渡戦士長を引き止めて、言った。
「それと昨日の質問の答えですが」
「アン?」
「武藤カズキならそれでも戦います。……それと僕は負け犬じゃない」
「……ああ、そうだな。……犬飼、遅れんなよ!」
そう言い残して火渡戦士長は今度こそ出ていった。
頭を切り替えて部屋に戻り準備を済ませる。大戦士長が全戦士の招集――なにやら
大事のようだ。
後で判ったことは『その時点で確認し得るホムンクルスの完全制圧』と更に『錬金戦団
の段階的活動凍結』だった。
それとそれに伴う結果については別の機会に譲るとして、でも二つだけ言っておこう。
ひとつは制圧されたホムンクルスの中に彼はいなかったこと。
もうひとつは、悪夢のうちのひとつは見なくて済む様になったこと。
―終わり―