眼が覚めてしまった。
窓のカーテンが少し開いている。そこから差し込む月光の所為だ。
閉め忘れた。だが、ここは二階だ。向き合って眠る二人が、外から覗かれる心配は無い。
腕枕をしてくれている彼を起こさぬよう、眼だけを動かして見た枕元の時計は午前四時過ぎ。
腕が痺れるだろうとは思うが、止めたくない。
少しでも多くの時間、彼に触れていたい。
朝起きて、腕の痺れを詫びても彼はただ微笑んで、大丈夫、軽いから、という。
それは私の脳みそが軽いという意味か、と少し拗ねた振りをする。他愛無い、いつもの会話。
そんな会話も、その後の彼の少し困ったような笑顔も、すべて愛しい。
静かな寝息を立てる彼の肩越しに、窓の外の月を見る。
舞い散る桜の花びらをきらめかせる、満月。
月を見るのは…嫌いだ。カズキが行ってしまったときのことを思い出すから。
少しでも運命の歯車が狂えば、この愛しいすべてを永久に失っていた。あの月に奪われて。
そして、その原因は――私だ。
一年前の春の夜、化物に心臓を貫かれた彼の、その心臓の代わりに私が与えてしまった
核鉄。いや、元々そんな事態を招いたのも私。
それが彼を日常―穏やかな日々―から、非日常―戦いの日々―へと引きずり込んだ。
でも彼はそれに立ち向かい、日常に戻ってきた。私を連れて。
月あかりに浮かぶ、彼のまだ幼さの残る寝顔を見ながら、数時間前の熱い抱擁を思い出す。
…また身体の奥が熱くなる。
もう何度、口唇と身体を重ねたろう。でも
「愛してる」
の言葉は、まだ口に出せない。
言わなくてもわかっているだろう、というのもある。でも
…言いたい、でも恥ずかしい。結局は、唯それだけ。
以前の私、修羅の世界に身を置いていた一年前の私が、今の私を見たら何と言うだろう?
暗闇の中で殺戮と破壊に、化物共との戦いに明け暮れていた私。
そこに日常という光を投げかけてくれたのが、彼。
――きっと黙ってソッポを向くだろうな、顔を真っ赤にして。
ふふっ。
洩らした笑い声が彼の眼を覚ましてしまったようだ。
「…ごめん。起こしてしまったようだな」
いつも謝る彼の先手を取って、私が謝る。
「大丈夫。気にしないで」
彼が微笑む。太陽のような、暖かい優しい微笑み。
そう、彼は太陽。すべてに暖かい光を投げかける。そして私は――月。
彼の光で私は闇を抜け出す。一人ぼっちの何も無い闇を。
だから彼の眼をみつめて
「どうしたの、斗貴子さん?」
「カズキ……愛してる」
太陽が輝く。
「オレも。愛してる」
口づけを交わす。
月が見ていた。
―オワリ―