斗貴子は、一人自室にてラジカセの電源を入れた。  
音楽を聴く為ではない。  
斗貴子は何も録音されていない真新しいカセットを入れ、録音のボタンを押した。  
「あ、あぁー…本当に録音されてるのか?…まぁいい。  
 とりあえずは、言いたい事を言ってしまえればそれでいいんだからな」  
そう言うと、脇に置いてあるペットボトルの栓を開けた。しかし、開けただけである。  
ただ手慰みにしているだけらしい。  
「さて、何から話したものか………矢張り一番吐き出したいのはカズキの事、だな。  
 あのコは何であんなに気ままなんだ?急に飛びついてくるし、好きだなんて平気で言うし!  
 そういえば、この間一緒に買い物に行った時だってそうだ。  
 『斗貴子さんってやっぱりオシャレだよね』だなんて……回りを見て言え!  
 やっぱりカズキには自由すぎる嫌いがある!…もうちょっと何とかならないものか。  
 いや、自由というのとは少し違うな。天然……か。迷惑なものだ」  
ここまでほぼ一息に喋って、やっとボトルに口をつけた。中身はミネラルウォーターだ。  
「…ぷは……それに、あのコは私に対して甘すぎる!  
 どうして、いつでもどこでも私が望むだけでキスも抱っこもしてくれるんだ!  
 キミを困らせようと思って言ってるのに、まるで意味が無いじゃないかっ!」  
斗貴子は苛立ちにまかせて、ベッドの枕を膝の上まで引き寄せばふばふと叩いた。  
小さな埃が部屋中を舞う。  
「ふぅ、ふぅ…その癖、私から直接キスすると真っ赤になるなんて………  
 ウブなのか熟れてるのかハッキリしろ!  
 『と、斗貴子さんからこういう事してくれるって珍しいね』だと?  
 わ、私がやられっぱなしだとでも思っているのか!その後も『何か感激…』なんて言うし!  
 私に仕掛けられたのがそんなに嬉しいなら、これからはそうして欲しいと言えばいいんだ!  
 …カズキの為なら、私だって………」  
さっきまで殴り続けていた枕を、今度は強く抱き締める。  
「……そうだ。カズキといえば、夜の事もあるな。  
 まぁ……あのコが毎日の様に求めてくる事自体は別に構わないんだ。  
 ちゃんとピルも飲んでる上に、元戦士の私はあれぐらいで疲れたりしないからな。  
 …それに、何だか目一杯愛されてる様な気分に……なる………事も…………。  
 そ、それにしたってカズキの私に対する態度は常軌を逸している!!  
 普通ああいう時は、自分の快楽を優先させるものじゃないのか?  
 他の男と関係を持った事が無いから分からんが…まぁあのコなりの思いやりなのかもな。  
 …でもなんであんなに私を気持ちよくさせようと躍起なんだろうか?  
 彼の所為で今まで一体何回……そ、その、イッて……いるのかさえもう分からん!」  
誰が見ている訳でも無いのに、斗貴子は枕で自分の表情を隠した。  
 
「全く…」  
枕の御蔭で声がくぐもってしまっている事も気にせず、斗貴子は続ける。  
「……極稀に私が主導権を握ったりした時でも…カズキはちゃんと楽しめてるみたいだし、  
 毎回毎回あんなに張り切らなくてもいいと思うんだがなぁ」  
ふと天井を見上げるが、疑問の答えはどこにも無い。  
「私の腰使いが巧みだという様な事も言っていたのに…」  
すべてを言ってしまった後にその意味を理解して、斗貴子は耳まで真っ赤になった。  
「べ、別に私がカズキの為にそういった練習をしたとかいうのでは無いんだがな!  
 ただ単に、戦士だった頃の訓練とか…そっそうだ私の武装は腰の動きも必要だったから、  
 そういう関係もあるんだろう!それだけの話だ!うん!」  
本当にそういった『練習』などしていないのだが、何故か疾しい気分になった斗貴子は、  
よく分からない言い訳をして早々に話題を変える事にした。  
「えぇ〜っと…か、カズキは、感じてる時の私がかわいいなんて言ってたな……確か。  
 ………でも、それってどうなんだろう。  
 『一心同体だから斗貴子さんが気持ちいい時は俺も』とも言ってたなぁ。  
 もしかしたら、遠回しに私がエロスな女だと言ってたのか?  
 いやまさか。カズキがそんな回りくどい事する筈が無い…と言うか…出来ない!  
 あのコは直球、それも疑いなき剛速球しか投げないからな。…という事は……本心か」  
ホントに困ったコだ、と斗貴子は呟いた。  
何に困ったのか、と問われれば答えに窮するであろう事は目に見えているが、  
ともかく斗貴子はそう言い、又本心からそう思っていた。  
彼女はホントに困ったともう一度言ってから、鼻から大きく息を吐いてベッドに倒れ込んだ。  
「………………会いたいな」  
斗貴子の口からそんな言葉が漏れた。  
最初から最後まで話題の中心だった最愛の人は、今何をしているのだろうか。  
そんな疑問が、頭の中をループし始めている。  
斗貴子の体の芯はすっかり火照っていたのだ。とはいえ、別に彼と性行為がしたい訳では無い。  
いつもの様に抱き締められれば、それだけで斗貴子は満足するだろう。  
頭を撫でてもらったり、他愛ない会話の一つも交わせたなら、きっと眠るまで笑っていられる。  
斗貴子はそんな気持ちになっていた。  
何だかんだと言ってはいるが、結局彼の事が好きなのである。  
枕を投げ捨てて斗貴子は言った。  
「…まだ四時半。カズキは自分の部屋にいるだろうか?」  
矢も楯もたまらなくなった斗貴子は、とうとう自分の部屋を飛び出してしまった。  
そして、この時。立ち上がった同時にラジカセの停止ボタンは押したのだが――  
テープを取り外さなかった事は大いなる失敗であったと、斗貴子はまだ知らない。  
 
「斗貴子さん、居る?」  
斗貴子が自室を出て一分後、カズキがその部屋を訪ねてきた。丁度入れ違いの形である。  
「…あれ、いない……?」  
扉を開けたカズキの目に飛び込んできたのは、誰も居ない殺風景な部屋だった。  
しかし、そこには一つだけいつもと違う、異質な存在もあった。  
「…あ、斗貴子さんラジカセなんか買ってたんだ!」  
扉を閉めて、カズキはラジカセに歩み寄った。見るとカセットが入っている。  
電源を入れるて調べてみると、それ以外は何も入ってはいない様だった。  
「へぇ〜、斗貴子さんも音楽聴いたりするんだぁ」  
ちょっと意外、とカズキは言った。そして、恋人の趣味がどんなものか気になった。  
「ちょっと聴いてみようっと」  
とりあえずテープを巻き戻し、再生する。  
ジィーーーー…というカセット独特の機械音が響きだす。  
その後、スピーカーから人の声が流れてきた。  
 
 
 
バタンと大きな音を立てて、カズキの部屋の扉が開いた。  
「斗貴子さん!」  
「カズキ!?」  
斗貴子は、カズキの部屋で彼の帰りを待っていた。  
しかし、カズキは彼女が待ち惚けている事など知らない筈である。  
「ど、どうして私がここに居ると――?」  
「うん、テープ聴いた!」  
斗貴子が彼の言を理解するために、ゆうに三十秒はかかっただろう。  
「テープ…って……まさか私の部屋に行ってたのかぁ!?」  
「うん、そうだよ。それと、テープの最後の方で時刻とか言ってたでしょ?  
 それで、あれ録音したの今日なんじゃないかなーと思って。  
 ラジカセも今まで見たこと無かったし」  
そう言いながらカズキは、半ば絶望している斗貴子を抱き締めた。  
「もう、ああいう愚痴なら俺に直接言ってくれればいいのに。いつでも聴くよ?」  
「で、でも……」  
斗貴子はその性格上、他人に愚痴を零す事を嫌っている。  
男女の機微が分からない故に剛太らに相談する事はあっても、その手の話は一切しない。  
彼女は面倒見がいいので聴かされる事は多々あるのだが、彼女自身が聴かせた事は無いのだ。  
とはいえ、吐き出したい感情は流石の斗貴子でも蓄積していく。  
だが、斗貴子は他人相手に愚痴を話したくは無かった。  
そこで――思いの丈を録音する事にしたのだ。  
こうすれば、誰に聴かせる事無く好きなだけ愚痴を垂れられる。  
加えて、暇な時にでも再生すればある程度客観的な『反省』も可能だろう。  
これを思いついた時、悪くないアイディアだと斗貴子は思った。  
だが、まさか初めて録音した愚痴を他人、それも選りに選って  
カズキその人に聴かれるとは思ってもいなかっただろう。  
 
「…い、嫌な気分にならなかったのか!?私、キミの悪口みたいな事をいっぱい――」  
斗貴子の言葉はカズキの言葉に遮られた。  
「別に気にならなかったけど?寧ろ、斗貴子さんの本音っぽいのが聴けて嬉しかったかな」  
「な……」  
斗貴子は呆気に取られてしまった。  
「何を言ってるんだキミは!?」  
「だ、だって、斗貴子さんって痛いのとか辛いのすぐ我慢するじゃない。  
 いつも心配なんだよ、また黙って苦しんでないかって」  
だからさ、とカズキは続ける。  
「いつでも喋って欲しいんだよそういうの。どんな些細な事でもいいから」  
「ほ……本当に?本当に嫌じゃないのか?」  
「全然!」  
斗貴子は気が気では無かったのだが、快活に笑うカズキを見てやっと安心出来た。  
「そうか………なら…聴いて、くれるか?」  
「勿論だよ!」  
カズキの腕の中で、斗貴子は俯きながら話し出した。  
「…テープを聴いたなら分かると思うが、好きとか言う前にもう少し回りの目を気にしなさい」  
「して無い事は無いんだけどさぁ。つい、うっかり」  
「うっかりが多すぎる!気を付けてくれ」  
「ん、分かった」  
「後……私の言う事を素直に聞きすぎだ」  
「って言うか、聞きたいんだよ斗貴子さんの言う事なら」  
「それでもだ!キミは私に対する奉仕の精神が強すぎる!……夜もそうだぞ」  
「ああ、そんな事も言ってたね。折角なんだから斗貴子さんも気持ちよくって思って」  
「その言い分は分かるし、確かに……何と言うか……気持ちいいんだがな…」  
「気持ちいいならいいんじゃないの?」  
「私は良くてもキミが――」  
「ホラ、俺達一心同体だし!!斗貴子さんが気持ちいい時は――」  
「恥ずかしいから止めろ!前にも聞いたし!」  
「うん、分かってて言った」  
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」  
「あ、痛い痛い斗貴子さん!両腕に力込めないで!!ち、千切れる!胴体が千切れるぅ!!」  
「わ、私を楽しませるだけで無く、キミも楽しんだらどうだと言ってるんだが?」  
「はぁ、ふぅ…お…俺は、俺なりに楽しんでるよ?さっき言った事もあながち嘘じゃないし」  
「はぁ?」  
「…斗貴子さんがヨロコんでる時の顔見てるとさ、有り得ないぐらいドキドキするんだよね。  
 それに、斗貴子さんキレイとか、好きとか、離れたくないとか、色々思うんだ。  
 だから余計斗貴子さんをヨロコばせたいのかな」  
「…そういう事を軽々しく言うなとさっき言っただろう?」  
「『回りの目を気にしろ』でしょ?この部屋には……俺達しかいないけど」  
カズキは満面に笑みを浮かべた。斗貴子は、あえて視線を逸らしていた。  
 
 
その後、斗貴子がラジカセを使う事は無くなった。  
週に一回程度は、カズキが斗貴子の愚痴を聴くという習慣も生まれた。  
又愚痴を聴く日は、いつまで経っても恋人の愚痴しか言わない斗貴子に可愛さ余ったカズキが、  
いつにも増して彼女をよろしくしてしまう日である事は想像に難くない。  
 
 
 
 
 
 
 
「言って良かった……のか?」―――了  
 

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