汗をたっぷりとかいた。嫌な汗だ。
夢の所為だ。お陰で眼が覚めてしまった。
外はまだ暗い。起きる時間まで、まだ充分ある。だがあの夢を見たときはもう眠れない。
もう随分、見ることは無かったのに。
またあの夢。カズキが月へ行ってしまう、私を置いて。
嫌な夢だ。カズキは今ごろ自分の部屋で高いびきだろう。
朝になれば、いつもどおりの一日が始まる。
でも…予知夢とか虫の知らせとかを信じたことは無いが…
とにかくまず着替えないと、風邪を引く。
着ている物を全部脱いだ。替えの下着に手を伸ばしたところで、ふと自分の胸を見る。
……小さい。
まひろちゃんや腹黒女は例外としても、標準的にはどうなんだろう。
世間一般では大きい方が喜ばれることは判っている。まあ、世間はどうでも良い。問題は…
カズキの持っていた『Hでキレイなお姉さん』シリーズに登場する女性は皆、大きかった。
ああいう本を見る位だから、カズキもやはり大きい方が好きなのだろうか。
…形は良いほうだと思うんだが。
「くしゅんッ!!」
クシャミで我に返った。こんな格好でいたら本当に風邪を引いてしまう。
着替えを済ませ、眠れなくても横になろうとベッドに潜り込んだ。
が、やはり夢が、というより夢を見たことが気になる。
しばらく悶々とした挙句、掛布団を叩き着けるように跳ね除けると、廊下に出た。
カズキの部屋を覗いてこよう。それで安心できる。
誰とも出くわさないように移動するなど元・錬金の戦士なら簡単だ。
舎監のキャプテンブラボーに出くわすと厄介だが、その場合は――正直に話そう。
ブラボーなら判ってくれる。
幸い、誰にも出くわすことなくカズキの部屋の前に着いた。
扉に手を掛け、音を立てないように少し開けた。カズキが夜、鍵をかけないのは知っている。
ベッドには無防備な寝顔を晒したカズキが――いない?!
頭の中が真っ白になる。どうする?ブラボーを起こして相談?いやその前に中を調べて――
「どうしたの?」
その声に飛び上がりつつも、驚きの声を発しなかったのは戦士の訓練の賜物だろう。
「カッ、カズキッ!どっ、何処に行っていた?!」
何とかそれだけの質問をした。
「何処って、トイレ。それより斗貴子さん、なんでこんな時間に?」
…そう。その可能性をすっかり忘れていた。
「いや、その何だ…」
これじゃ逆夜這いだ。まさか夢見が悪かったとはいえない。何と言って誤魔化そうか?
「とにかく、部屋に入ろうよ。まだ夜は寒いから」
そう言って中に招き入れられた。
「灯りは点けないでくれ。他人が通ったら何事かと思われる」
「んー、じゃあカーテンを開けるよ。少しは明るくなるから」
ベッドの上に二人並んで座る。…沈黙が重い。
「どうしたの?」
「実は、な…夢を見たんだ。キミが月へ行ってしまったときの。…ここしばらくはそんな夢を
見なかったので、何か嫌な予感がして。それで…様子を見に来た」
結局、他に理由も思いつかなかったので本当のことを話した。
笑われるだろうな。『怖い夢を見ちゃったの』。まったく、子供じゃあるまいし。
「…ゴメン」
カズキの口から意外な言葉が洩れた。
「?キミが謝ることじゃ…」
「ゴメン。オレが斗貴子さんを傷つけたから、そんな夢を」
「違う!そんなつもりで言ったんじゃない!!あのときは仕方が無かった。…判っている…」
そう。判っている。あの場合、ああするしかなかったことを。
いやキミならそうすることは、私なら判っていた筈。
ただその判断を受け入れたくなかった、それだけ。
もう一度、いや何度でも、あんなことになれば、キミは同じようにするだろう。
私や妹や友達を置いて、たった一人で、すべてを背負い込んで。
それでも私はキミを待っている。何度でも。いつまでも。――信じているから。
だから
「だから…だから謝るな…謝らなくて良い…」
「斗貴子さん…ゴメ」
言葉の残りをキスで塞ぐ。
「謝るな、と言った筈だぞ」
ややあって口唇を離し、言った。
「…うん、斗貴子さん」
そういうと私を抱きしめて……ベッドに押し倒した。
「!カズキ…私は寝汗をかいてて…汗臭いから…」
「大丈夫!斗貴子さん、イイ匂いだから!!」
「バカ……」
もう一度、キス。今度は深く。
やがてカズキが上着のボタンに手を掛けた。ふと思い出す。
「カズキ、キミは…」
「?なあに?」
「…いや、なんでもない」
訊くまでもない。胸の大きさなんて…カズキにとって重要なことではない。
そう、信じてる。
肩越しに見える窓から、月無き夜空に幾多の星が輝いて見える。
窓の外から、ホシアカリ。
照らされて、抱き合う二人。
―オワリ―