津村家主催の網引きに参加した大人も子供も、日も暮れ月も出てきた夜の海辺で花火をした。
教師役である千歳は、子供たちに花火を配り、自分は線香花火に火をつける。
「先生とボクの、どっちが長くもつか競争〜!」
「よーし、負けないわよ。南野くん!」
防人はそんな千歳の姿をうっとりと見た。彼女の笑顔は夜だというのにまぶしい。
ああ、なんか…いいな。
今まであまり千歳を異性として意識したことはなかった。
いつも火渡や照星さんと一緒で、彼女と二人になることはあまりなかったし。
彼女がいつも自分にノリを合わせてくれるのも、好感はあったが深くは考えたことがなかった。
しかしどうにも…この島に来てから、俺は彼女を女として意識しっぱなしのように思える。
彼女を見ているだけで、胸の奥に甘酸っぱいものがこみ上げてくる…
「ブラ坊!ねずみ花火に火、つけて」
「あ、ああ、うん。斗貴子ちゃん」
防人は斗貴子の声に我に帰った。
「よーし投げるぞ〜!」
きゃーっ!と子供たちの黄色い悲鳴があがる。くすくすと笑う千歳と目があった。
ドキン…
彼女の目がまっすぐ自分を見つめている。はっきりと自分に対して微笑みを向けている。
ふわっとした…甘い菓子や、苺のクリームのような、とろけそうな笑顔。
普通の格好をしていても可愛いのに、浴衣姿の笑顔はもう反則級の威力だ。
ヤバイくらい魅力的だ…悩殺レベル?
子供たちの前だというのに、俺はずいぶんだらしない笑顔を彼女に返していたに違いない。
花火を終え、母屋に帰ろう…と思ったら、北原の姿が見当たらない。
「大変だわ、どこに行ったのかしら!防人君はあちらのほうを探してちょうだい!」
「あ、ああ。わかった」
二人の会話を聞き、G3ズの一人が首をかしげる。
「……はて。だれか先生さんにブラ坊の本名を教えたかいのう?」
あちらこちら探し、花火をしていた浜辺から少々離れた岩場で防人は北原を見つけた。
「こら、みんな心配してるぞ。早く戻りなさい」
「ちぇっ、わかったよ。…ところでブラ坊、あっちで千歳が面白いことしてるぜ」
北原は、岩場の影を指差す。
「…?」
浜辺に戻る北原を見届けると、防人は岩場の影を覗き込んだ。
すると、浴衣をはだけさせた状態の千歳がそこにいた。
「……………………!!!」
目が合い、お互い息を呑む。
「キャ――――――ッ!!!!!」
千歳のつんざくような悲鳴を浴び、バッと防人は体全体で後ろを向き目をそらす。
見てしまった。
透けそうに薄いキャミソールとか。可愛いリボンとレースのついた水色のブラの紐とかパンツとか。
色の白い生脚とか。
いや露出自体は昼間の水着のほうが多かったかもしれないけど。
それはそれこれはこれで男心というものは…
「あ、ああもう…えっち」
千歳は消え入りそうな声でぼやいた。
「ご、ゴメンなさい…」
心臓をバックンバックンさせながら謝る。声が裏返ってしまった。
千歳は浴衣の前を押さえて、小さな声で言う。
「走っていたら浴衣がくずれてしまって…それで」
「ウン、ウン」
なにがそれでなのかもう理解しようとすらしていなかったが、防人は相槌を打った。
「それであの、お願いがあるんだけど…」
「で、できることなら何でもやらせてください…」
「帯を…結ぶのを手伝ってほしいんだけど」
それがまた防人にとっては至難の業であった。着付けというものに無知であるのも原因だったが、
いかんせん帯を結ぶには千歳の体に触れなければならないし手が腰周りに当たる。
興奮して荒くなった息遣いを気づかれないように、帯を結び終えるまで防人はずっと息を吐き出せなかった。
背中で固結びを作って、ようやく防人は大きく息を吐き出した。
「えっと、斗志子さんにもう一度ちゃんと結びなおしてもらえると思うから」
「…ありがとう」
二人で夜の浜辺を歩く。少々サンダルに砂が入るが、風が心地よい。
「今日は星が綺麗ね。」
「…あ、うん」
星明りの下、千歳の浴衣姿は良く生え、美しかった。
防人は思った。今夜の千歳の姿を、自分は決して忘れられないだろう。
たとえ十年経っても、二十年経っても。
…果たしてそのとき、千歳は自分のそばにいるだろうか。
「急ぎましょ。みんな待ってるわ」
千歳が手を差し出す。といっても、浴衣姿の千歳より、自分のほうが速いだろうが。
差し伸べられた手をしっかり掴んだ。
防人は心の中で、星に願う。
叶うことならば。この手をずっと自分だけのものにしたい…
(End)