武装錬金  

「恐怖のレストラン」 

「斗貴子さんってさぁ」  
カズキが不意に斗貴子さんに尋ねる。  
「普段は料理とかしたりするの?」  
何気ない会話の中の、何気ない質問のひとつでしか無かった。  
「そりゃ、私だって料理くらいはこなせる」  
その答えは、カズキにとって、やや意外なものであった。  
「へぇ、斗貴子さんも料理したりするんだ」  
「何だ?キミは私がカップラーメン・レトルト三昧な生活  
 をしているとでも思ってたのか」  
「お湯をわかすのも苦手なのかと思ってた」  
「キミは本当に失礼だ!!  
 私だって料理のひとつやふたつはこなせる!  
 よし、そこまで侮辱するのなら私にも考えがある。  
 私の料理を食べてみればいい」  
侮辱してるワケじゃ・・・カズキは言いかけて気付いた。  
『斗貴子さんの手料理を食べられるじゃないか!』と。  
こんな幸せなコトがあるだろうか。  
「カズキ、上の空になってないで、人の話を聞け。  
 次の土曜日、夕食をご馳走してやるから、  
 寮の台所を使えるように交渉しておいてくれ。  
 わかったな」  
「ウン。わかった!今から交渉してくる!」  
何気ない一言だったが、まさか斗貴子さんの手料理を  
食べられるとは。早く土曜日が来ないかな。  

 

土曜日、寮の玄関先で斗貴子さんを出迎えたカズキは  
その、物々しい様子に違和感を持った。  
斗貴子さんは、近所のスーパーで既に食材を買い終えたようで、  
両手に買い物袋をブラ下げていた。結構大量に買い込んできたようだ。  
でも、様子が変だ。何だろう。  
「重そうだね。オレが持つよ」  
心からの親切のつもりで言った。  
「余計なコトはしなくてもいい。戸を開けてくれないか」  
「あ・・・うん」  
ギィィと音を鳴らして戸を開ける。なんだか嫌な音だ。  
どんな食材を買ってきたんだろう。  
ふと袋の中を覗き込む。  
「覗くな!」  
何故かえらい剣幕で、斗貴子さんが怒鳴った。  
な・・・なぜ?  
結局袋の中は覗けずじまい。どんな料理が出るのかも教えてくれず、  
斗貴子さんは厨房の方にひっこんでしまった。  
「斗貴子さん、怒ってるのか?」  
今更ながら気付いた。  
もしかして、あの時すっごく怒ってたんじゃないだろうか。  
だとしたら、オレは今日、何を食べさせられるんだ?  
厨房から斗貴子さんがヒョイと顔を出して言った。  
「作っているトコロを覗くのは勘弁してくれ」  
そう言うと、斗貴子さんは厨房の奥に再びそそくさと入っていった。  

 

おかしい。  
今の斗貴子さんの、殺気の篭った視線は何だというのだ。  
まるで『食材を見たら殺す』と言わんばかりではないか。  
カズキの背中を、大量の冷や汗が流れた。  
もしかして自分は、とんでもないコトに巻きこまれたのではないだろうか。  
カズキは今更ながらに後悔していた。  
怒っているならまだいい。食べる前に謝ろう。  
問題は、普通に見返してやるという気持ちで料理してる場合だ。  
なぜあんなに、食材を見られるのを嫌がっているのだ。  
今まで考えたコトも無かったが、もし仮に斗貴子さんが  
『いわゆる一般人とは、味覚の方向性が異なっている場合』  
早く言うと『味オンチ』だった場合には、オレは一体、  
どんな怪異なモノを食べるコトになるのだろうか。  
斗貴子さんは錬金の戦士だ。場合によっては人里離れた山の中で  
幾日にも渡って戦うコトだってあっただろう。その時の食事とは・・・  
一時期カラテにハマリこんだ時に購読していた『月刊ステキなカラテ』  
には、かつて『牛殺し』として恐れられた男の逸話が掲載されていた。  
やはりその男も山に篭って修行していたが、彼は何を食っていたのだったか。  
考えるだに恐ろしい。一体あの厨房の奥で、斗貴子さんは何を作っているのだ。  
時計の音がカチコチと煩い。一体あれから何分たった?  

 

「お兄ちゃん」  
「うおわぁぁぁ!」  
突如後ろから声をかけられて、カズキは驚きのあまり叫んでいた。  
「わ!なに?どうしたの、お兄ちゃん」  
「なんだ、まひろか。ビックリさせるなよ」  
「なんだじゃないよー。こっちがビックリしたよ。  
 お義姉ちゃん、じゃないや。斗貴子さんが料理作ってるんでしょ。  
 わたしも一緒にご馳走になろうかなーって」  
「そ・・・そうか。そうだな。一緒に犠牲になってくれるか」  
「え?犠牲・・・って?もしかして、お料理ヘタだったりするの?」  
「いや、ヘタとか何とか、そういうレベルじゃない気がする・・・  
 どんな食材を使って料理してるのかって、ちょっと待った!逃げるな!」  
「にににに逃げるワケじゃないよ。ちょっと用事がね」  
その時、厨房の奥から声がした。  
「できたぞ。少々重たいから手伝ってくれないか」  
ついに地獄のレストランが開店したのか。カズキは観念した。  

 

「ゴクリ・・・」  
目の前に並んだ料理を見て、兄妹そろってツバを飲みこむ。  
まひろがヒソヒソ声でカズキに尋ねた。  
「ねえ、お兄ちゃん。わたしには普通のカレーにしか見えないんだけど」  
「そ、そうだな」  
ふと斗貴子さんの方を見ると、なんだか気恥ずかしそうにしている。  
「どうしたの?斗貴子さん」  
声をかけると、ビクリと震えて、申し訳なさそうに返事をかえした。  
さきほどの様子とは、ずいぶんと違った雰囲気だ。  
「その、な。あの時は大言壮語したが、  
 私は本当は、あまり料理は上手じゃないんだ。すまない」  
「じゃあ、さっき見られるのを嫌がったのは」  
斗貴子さんは顔を真っ赤にして黙ってうつむいたままだ。  
もしかして、『なんだ。この程度か』ってガッカリされるのを嫌がったから、か?  
怒ってるワケじゃないんだ。  
「でも、なんだかおいしそうだよ。  
 あったかいウチに食べようよ。ね、お兄ちゃん。  
 斗貴子さんも一緒に食べよ」  
同じく事情をさっしたまひろが、食事を促す。  
「そうだな。では私も」  
そして、三人そろってのささやかな会食がはじまった。  
『いっただっきま〜す』  

 

パクリ  
うん。うまい。  
お世辞抜きにしてうまい。  
たぶん、市販のカレールーを使ってない。  
カレー粉と小麦粉で作ったようだ。  
いわゆる、『昔風カレー』ってヤツかな。  
斗貴子さんらしいや。  
きっと『カップラーメン・レトルト三昧』って思われたくなかったんだ。  
斗貴子さん、結構可愛いトコがあるな。  
「うまい!斗貴子さん、これ凄くうまいよ」  
オレは素直に絶賛した。  
「そ、そうか。そう言ってくれると、私も嬉しい」  
やや曇りぎみだった斗貴子さんの表情も和らいだみたいだ。  
やっぱり緊張してたんだろうか。  
ああ、今日はなんて幸せな日なんだ。  

 

お兄ちゃんが脅かすから、ほんとうにビクビクして食べた。  
でも、このカレーは本当においしかった。  
斗貴子さんって、お料理も上手なんだ。  
今度教えてもらおうかな。  
きっと教えてくれるよね。  
なんだか、本当にお姉ちゃんができたみたい。  

グヌ  

グヌ?なに?この食感は。  

グヌグヌグヌ  

いや、わたしはこの味を知っている。これは、  
ちくわだ。これは、ちくわカレーだ。  

モニ  

違う。ちくわだけじゃない。今まさに食べたのは  
・・・コンニャク。  

フニュ  

それどころじゃない。これは何だろう。この歯ごたえの無さ。  
ハンペン?  

あらためてよく見ると、ちくわこんにゃくハンペンタマゴシラタキにんじん・・・etc  
このカレーは。いや、でもこれじゃ、まさか、  

 

「斗貴子さん。これっていったい」  
お兄ちゃんも気付いた。だけど、聞いちゃダメだよお兄ちゃん。  
きっとこの先には、地獄が待っているよ。  

「特製おでんカレー風味だ」  

ああ、やっぱりこの人は、ただ者じゃなかった。  
疑問符がアタマのなかをグルグルと飛びまわる。  
わたしは思わず叫んだ。  

「お義姉ちゃん、おでん間違ってる!」  
「そうか?」  
あらアッサリ。  
「まひろはアタマが固いなぁ。  
 オレ、こんな美味しい料理を食べたのは初めてだ」  
「え゛ーー!?お兄ちゃん、グルメ間違ってる!」  
「そうか?」  
これまたアッサリ。  

ああ神様。何ということでしょう。この二人は、あまりにもお似合いです。  
色々と言いたいこともあるけど、なんだか幸せそうにおでんカレーを  
食べている二人を見ていると、文句を言う気も失せちゃいました。  
それに、味は悪くないかも。おでんカレー。  
は!?わたしもおでん間違ってる!  

終わり。  

 

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