カズキが風邪をひいた。  
現在、カズキは自分の部屋に引き篭もっている。あまりご飯も食べていない。  
そんなままではカズキも辛いだろうから、私はお粥を作ってみた。喜んでくれるといいが……  
カズキの部屋の扉を開けると、ベッドに横たわったままカズキが首を曲げてこちらを見てきた。  
「斗貴子さん……おかえり。何してたの…?」  
カズキが『おかえり』と言ったのは、さっきまで私もずっとこの部屋に居たからだ。  
「お粥を作ってきたんだ。…あんまり、食べたくないか?」  
「うぅん、もらうよ……斗貴子さんが作ってくれたんだもん、食べたい……」  
カズキは微笑んで見せてくれたが、その笑顔もどこか痛々しい。  
カズキはベッドから身を起そうとした為、私は慌ててそれを止めさせた。  
「あ、コラ!ちゃんと横になってなさい!」  
「でも、このままじゃ食べられないよ?」  
「心配しなくても、私が食べさせてやるから」  
「え…?あ、それは……」  
何故か、カズキは躊躇うような声を出した。  
「……?嫌か?」  
「嫌な訳ない、って言うか寧ろ嬉しいけど…」  
「そうか。なら、ホラ。熱いから気をつけてな……」  
私があーんと言いながらレンゲをカズキの口元に持っていき、カズキもあーんと口を開ける。  
そして、一口にそれを咥え込んだ。  
私がレンゲを引き抜くと、途端に彼は笑い声を漏らした。  
「えへへ、おいしーい」  
「まだちゃんと味わってないだろう?」  
「イヤ、斗貴子さんが『あーん』ってしてくれた時点で嬉しくて…」  
「……そんなにヨロコぶ様な事か?」  
私の疑問に対しカズキは、そうだよ、と弱弱しい声で力強く答えた。  
「何か、恋人同士っぽいって言うか」  
「ッ!!!」  
このコが何を言わんとしていたのか、私はやっと理解出来た。  
と言うか、単刀直入に言われただけなのだが……。  
私の顔が火照っていくのが分かる。  
「…私は真面目にやってるんだぞっ!?」  
「分かってるよ。ありがとう」  
……何だかカズキの答えはズレてる様な気がするが、未だ絶えぬ笑みに免じて許してやろう。  
「……バカな事言ってないで、早く食べなさい。冷めるとおいしくないぞ」  
「ウン、分かった。じゃあ斗貴子さん、お願い」  
カズキが期待の瞳でこちらを見詰めてくる。  
…さっきあんな事を言われたので少しやり難いが、これもカズキの為だ。  
「あ、あ、あー……ん」  
「あーん」  
枕に頭を預けたまま、カズキは嬉しそうにお粥を噛み締める。  
「うん、やっぱりおいしい……」  
「味覚は残ってるのか?」  
「みたいだね。頭はボーッとしてるけど、味は多少分かるよ」  
「いい事だ。食べ物がおいしくないというのは、ある意味一番の苦痛だからな」  
「なら俺は一番仕合せだね……斗貴子のさんの手料理ならいつでもおいしいって言えるもん」  
「……………ホンットにキミは………」  
 
 
 
お粥の入っていた土鍋を綺麗に空けたカズキは、幼い子供の様に眠ってしまった。  
ちょっと食べすぎなんじゃないかとも思うが、鍋は小さいし、  
このコは食べ盛りだし、こんなものなのかも知れない。  
私は冷水を染み込ませたミニタオルを作ったり、カズキの汗を拭き取ったりして時間を過ごした。  
眠っている間にちょっとずつ顔色が回復している様な気がして、私は少し安心出来た。  
 
 
 
六時四十分頃、もうすぐ夕食かという時にカズキは目を覚ました。  
「………ん…」  
「あ、起きたのか?」  
「…ウン……今、何時?」  
「あと二十分程で七時だな。晩御飯はどうするのか聞こうと思って、  
 私も今起そうとしたところだ。調子は?」  
「んー…熱はちょっと下がったみたいに思うけど……」  
「どれ…」  
私は大体の熱を調べる為、彼の額と私の額をくっ付けてみた。  
「……確かに、さっきよりは下がった様な気も――」  
「…あー………」  
「ん?どうした?」  
私が顔を離した時、何故かカズキの顔は赤くなっていた。  
熱は下がったにも関わらず、だ。  
「イヤぁ急に顔近づけてくるから…その、キスしてくれるのかなぁ…って思ったんだけど」  
……風邪で意識も朦朧としてるというのに何て浮付いた思考をしているんだこのコは!!  
「会話の流れ的におかしいだろそれは!?」  
「そっそうなんだけどさ、丁度位置がそんな感じだったから……」  
「………」  
呆れていた私の表情を怒っていると取ったのか、カズキは慌ててごめん、と謝って来た。  
「謝らなくてもいいから、もうちょっと真面目に休みなさい!」  
「はーい…」  
カズキはションボリしながら軽く瞳を閉じた。まだ眠いのだろう。  
………………………………………………。  
 
「………ちゅっ」  
「!?と、斗貴子さんっ!!?」  
私のくちびるとカズキのくちびるが軽く触れあった瞬間、カズキは飛び起きた。  
「ええい大声を出すなっ!体に響くぞ!」  
「いやいやいや、今の俺にキスなんかしたら風邪が移っちゃうって!」  
「ずっとキミと同じ部屋に居たんだ。今更大して変わらんだろう?」  
「……………あ、ありがとう……柔らかくて、温かくて…気持ち良かったよ」  
思った事を正直に話すカズキの性格は、私にとって好ましくない時も多い。  
「そういう事は心の中で思うだけにしときなさい……」  
「だって、ホントにそう思ったから…」  
カズキはキスの余韻に浸っているのか、まだ赤い顔で笑っていた。  
だが私は早く話題を変えたかったので、夕飯の話題をもう一度振る事にした。  
「それで晩御飯はどうするんだ」  
「あ、そーだなー」  
カズキは真顔に戻って中空を仰いだ。  
「…普通のご飯は……まだちょっと食べ難いかも」  
「よし分かった。じゃあ昼と同じ様に、寮の食事は止めておきなさい。  
 私が何か消化の良いものを作ってこよう。  
 しかしまたお粥というのも何だな……うどんでもしてこようか?」  
「いいの!?ありがとう!!」  
「気にするな。じゃあ私は調理室に行ってくるから――」  
私が部屋を出て行こうとすると、待って、と声を掛けられた。  
「斗貴子さんはいつご飯食べるの?」  
「あぁ……」  
カズキの事で頭が一杯で、私自身の事は何も考えていなかった。  
「…そうだな……食堂で食べるとなるとキミを一人ぼっちにしてしまうからな。  
 食事だけ運んできて、ここで食べようか」  
「…色々気を遣わせちゃって、ゴメンね斗貴子さん」  
「気にするな。私がしたくてやってるんだから」  
申し訳なさそうな表情のカズキにそう言い、私は今度こそ立ち上がり部屋を出ようとした。  
「あ、ねぇ斗貴子さん!!」  
またか。  
「今度はなんだ?」  
「……今度も『あーん』ってしてくれる?」  
私は手近にあったクッションをカズキの顔面に投げつけた。  
「ぶっ!」  
「このバカ!私が帰ってくるまで寝てるんだぞ!」  
カズキが二の句を継げる前に、私は部屋の扉を閉めた。  
何であのコはあんな事ばっかり考えてるんだ。  
……でもまぁ、あの調子なら明日か明後日には治ってるだろう。  
少なくともそれまではあのコの傍を離れないでいよう。あのコの為に出来る事なら何でもしよう。  
――カズキの、あの太陽の様に快活な笑みを取り戻すために。  
 
―その晩、カズキの部屋―  
「斗貴子さんって料理上手なんだね。お粥もうどんもすっごくおいしかったし」  
「キミがそう言ってくれると、私も嬉しい」  
「…斗貴子さん、いいの?もう一時だよ」  
「見回りならもう終わってる」  
「そうじゃなくて。部屋帰らなくてもいいの?」  
「……いつもは平気で『一緒に寝ない?』って誘う癖に、どういう風の吹き回しだ?」  
「そっそれは言わない約束…。でも今日は一緒に寝られないでしょ?風邪移っちゃうよ?」  
「今になって移るなんて言ったって仕様が無いって、言っただろう。  
 まあ病人の寝床を狭くしようなんて思わないから、安心しろ」  
「…床で寝るの?駄目だよそんなの、ちゃんと部屋に帰ってベッドで寝なきゃ」  
「構うな。今はキミの事の方が大切なんだ」  
「……斗貴子さん…」  
「ホラ、下らない事言ってないで早く寝なさい。睡眠は病気を治す第一歩だぞ」  
「ウン、分かった…。斗貴子さん」  
「何だ?」  
「…俺、斗貴子さんの事だいすきだから」  
「なっ、バッ!!きゅ、急に何を言ってるんだ!」  
「何か言いたくなったからさ。でも、嘘じゃないよ」  
「…もう………」  
「…お休み。斗貴子さんも、早く寝た方がいいよ」  
「ああ。……お休み、カズキ」  
「あ、斗貴子さん……お願いがあるんだけど」  
「?」  
「手は……そのまま…握っててくれない?」  
「……フフッ、分かった」  
「ありがと斗貴子さん」  
「お礼を言われる程じゃ無い」  
 
 
 
「私も――キミの事が、だいすきなんだからな」  
 
 
 
 
 
 
 
あなたの為なら―――了  
 

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