今年も終わりまで、あと数時間。  
カズキの部屋に、だがその主の姿はなかった。  
直ぐに戻るだろう、そう思って中で待つことにした。  
外出する時刻では無いし、誰かの部屋に行っているだけだろうと踏んだからだ。  
この時期、寄宿舎に残っているのはカズキ、まひろちゃんに剛太、毒島、舎監のキャプテン  
ブラボー、そして私・津村斗貴子だけ。  
私を含めた元&現役の錬金戦団組は帰省する所も無いので居残り。  
カズキ達は御両親が帰国されないので同じく居残り。  
御両親にお会い出来ないのは、残念なのが半分、ホッとするのが半分の複雑な気持ちだ。  
待つ間、暇つぶしに読む雑誌でもないかと室内を見回す。  
ベッドの下は――ほう、感心なことに一冊も無い。以前は特に『Hでキレイなお姉さん』  
シリーズが散乱していたのだが。  
別に読む―いや見る、か?―のは構わないから散らかさず整理するように、と言っていた  
のが功を奏したのだろう。  
流石に私も写真まで見るなと言う程、嫉妬深くない。  
…それに私が参考にさせて貰う記事もあったしな。  
千歳さんが参考に、と貸してくれた女性週刊誌の特集記事は――なんというか、その刺激  
が強すぎて。  
 
部屋の隅に雑誌が積んであるのに気がついた。  
背表紙を眺めると…サッカー、バスケットボールにF−1、ゲーム雑誌…いずれも古い号だ。  
目に留まった一冊を山から抜き出す。  
『Hでキレイなお姉さん GM1パワーブースト』  
…更なる高みを目指すのか?亜酸化窒素は程々に。  
というかマニアック過ぎないか、このタイトル。  
これも古い本だ。奥付からすると、私達が出会う半年くらい前の発売らしい。  
表紙は辛うじてサンタと判る衣装の女性。しかしこの胸、本当に私と同じ生物なんだろうか。  
ふと、開き癖に気付いた。  
雑誌とはいえ、カズキらしくないな。  
だが…開き癖、ということは…つまり、そのなんだ、良く使っているということだろう。  
まあ元気だからな、カズキは。  
ほぼ毎晩、それも最低でも三回なのに。それでも私を気遣って我慢しているのだろうか?  
 
…どんなモデルだろう?――いやこれはカズキのプライバシーだ、見てはいけない。  
例え恋人であっても立ち入ってはいけない領域がある筈だ。  
…いやでもポーズを見るだけでも。どんなポーズが彼の好みなのか。  
そうカズキの嗜好を知ることはパートナーの義務だ!  
うん、これは義務だ。仕方なく、あくまでも仕方なく本を開いた。  
…やっぱり凄い胸。同性でも圧倒される。  
?でもこのモデル…  
 
キャプテンブラボーと剛太に、初詣のお誘いをしてきた。  
あとブラボーには千歳さんと、火渡も誘ってくれるよう頼んでおいた。  
正直、火渡への蟠りが全く無くなった訳じゃないけど、妹の友達が喜ぶだろうことには協力  
したい。  
その毒島さんには、まひろの方から声を掛けることになっているので、残るは斗貴子さんだけ。  
それはもちろん、オレの役目。  
けれど斗貴子さんは部屋にいなかった。  
とするとオレの部屋にいるかなと思い、戻ってみると。  
やっぱり斗貴子さんがいた。が…なんか怒ってる?凄く怒りのオーラが出ているんですけど。  
数秒、固まったが、それでも覚悟を決めて声を掛けた。  
「…あ、斗貴子さん、やっぱり来てたんだ。ちょうど良か…」  
しかし顔を合わせず、無言で脇を通り過ぎると、扉をぴしゃりと閉めて出て行ってしまった。  
その小さな背中は、間違いなく震えていた。  
 
…また、なんかやってしまったのだろうか?  
思い当たる節は…  
昨夜は、悶える表情が可愛くて、胸を責めた。言葉とは逆に、ヨロコんでたと思ってた。  
一昨日、悶える表情が可愛くて、おへそを責めた。言葉とは(ry  
三日前、悶える表情が可愛くて、(ry  
四日前、悶える表情(ry  
五日前、(ry  
………  
……  
…  
('A`)  
七週前まで回想してみたが、山積みだ。  
まるで米俵をいっぱい積んだ七福神の宝船。  
うん、お正月を迎えるに相応しい…って、違う!  
そうか、てっきり可愛い声で喘ぐので、ヨロコんでいるものとばかり思ってたけど…  
ホントは……  
もっと別の場所を責めて欲しかったに違いない!  
きっと○×△や△○□×、それに□○▽とか!  
斗貴子さんは照れ屋だから、はっきりと口に出せなかったんだろう。  
それに気付かないオレのバカ!!  
早く謝りに行かなくちゃ!  
 
怒りにまかせカズキの部屋を飛び出したが、自分の部屋に戻ると、どうやら落ち着いた。  
――また、やってしまった。  
あのページのモデルが桜花に似ていたからといって、別に怒ることではなかった。  
早坂桜花――。  
以前はともかく、今では共に肩を並べて戦った戦友だ。  
それにカズキにちょっかいを出すのは、私をからかうのが目的なことも判っている。  
カズキにしたところで、桜花は良き先輩であり、友人に過ぎない筈だ。  
なにせ私が桜花と初めて出合ったあの雨の放課後でも、彼女の名前すら覚えていなかった  
くらいなのだから。  
そもそも、あのモデルが桜花に似ているという認識すらないだろう。  
偶然だ、偶然。  
あの本が私達が出会う前に入手され、今に至るも保存されていた物であっても。  
そう理解し納得する前にカズキが戻ってきてしまった。  
それだけのことだ。  
 
…謝りに行こう。  
今ごろカズキは身の覚えのない私の怒りに心を痛めていることだろう。  
カズキの部屋へと急ぎ足で向かった。  
ノックしようとして、だが…なんと言えば良い?どんな顔をすれば良い?  
逡巡する私の前で扉が開いた。カズキと向き合う。  
「?斗貴子さん?」  
「カズキ?」  
「あの…ゴメン」「すまない」  
謝罪の言葉が、かち合った。  
「オレ、斗貴子さんの気持ちも考えないで――」  
!あの本を見ていたのを気付かれた?…ベッドの上に放り出してきたのだ、当たり前か。  
なんて嫉妬深い女だと思われているだろう。  
「オレ、てっきり斗貴子さんがヨロコんでると思って、胸やおへそや――」  
「?はあっ?!」  
なにを言い出すのだ、このコは?  
「まさか斗貴子さんが○×△や△○□×、ましてや□○▽なんかを――」  
「!"#$%&'!い、いいから中へ入れッ!!」  
部屋に押し込むと後ろ手で扉を閉めた。ったく、人がいないから良いようなものの…  
だが室内でも収まらない。  
「斗貴子さん、我慢強いから無理して――」  
「人に伝えたいことがあるなら、判るように話せ!」  
…肩で息をしながら、辛うじて言った。  
 
斗貴子さんの小さな肩が上下に激しく揺れていた。  
やはり怒っているのだろう。  
「…ゴメン。ホントに嫌だったとは思わなかった。凄く可愛い声だったから。  
 ほら、『嫌よ嫌よも、好きの内』ってヤツだと思って」  
…もっと怒られた。  
「だから、なんの話だ?!」  
「なにって…夜の生k」  
最近、目潰しにも慣れてきた。  
「そうじゃない!」  
「じゃあ、何に怒っていたの?」  
斗貴子さんが真赤になって言葉に詰まった。――やっぱり可愛い。  
「それはだな…その、あの本の開き癖のついた…」  
目線の先には…ベッドの上の本。  
 
「これ?」  
拾い上げると、黙って頷いた。  
ああ、捨てようと思って纏めておいた雑誌の一冊だ。  
年末の収集日に間に合わなかったので、部屋の隅に片付けておいたんだけど。  
にしても開き癖?…ああ、そうか。  
「そうだよね。捨てる本とはいえ、乱暴に扱ったらいけないよね。それで怒ってたんだ。  
 …実は、まひろが寄宿舎にはじめて来た日の夜、ノック無しで部屋に入ってきて。  
 それで、あわてて布団の中に突っ込んだら、開いた状態になったらしくて。  
 この手の本は、まひろに見つかると大騒ぎになるから、つい」  
この説明で斗貴子さんの怒りは解けたようだった。あきれたような顔をされたけど。  
 
また…また私の一人相撲か?!  
まあいい、カズキが誤解しているようだから、このまま済ませよう。…ゴメン。  
「そうか。それなら良い」  
だが、そう答えたところで困った。  
どうしよう、この雰囲気。  
なにか会話を続けないと。そうだ。  
「しかし、なんだその、皆、胸が凄いな。そういうのを『巨乳専門誌』というのか?」  
特に深い意味の無い言葉の筈だった。  
だがカズキの顔色が変わった。  
 
「どうした?なにか…」  
「…斗貴子さん。オレ、斗貴子さんに嘘をつきたくないから…言うよ」  
私の目を見つめる。  
「何だ?」  
「それ、巨乳専門じゃないんだ…それは姉妹紙で別にあるんだッ!!」  
え〜と。つまり…  
「これが世間的には…普通サイズ、ということか?」  
黙って頷いた。  
…そういえば、まひろちゃんや桜花は別格としても、銀成学園にも胸が豊かな娘が多い。  
もちろん例外は私の他にもいるけれど。  
今までの人生、他人の胸で気にしたのは章印の有無のみだったが…  
私は『大きくない』のではなく、『小さい』だったのか!  
薄々、気付いてはいたけど…  
 
軽い眩暈を感じ、カズキに背を向け、扉の脇の柱に手をついて身体を支えた。  
その私を後ろから抱き締めながらカズキが言った。  
「でも。オレにはこのサイズが、ちょうど良いんだ」  
そういって胸に手を伸ばす。  
「こ、こらエロスは…」  
どこからか鐘の音が響いてくる。  
「ほら除夜の鐘が聞こえるぞ。煩悩を捨て――」  
「オレが斗貴子さんを好きなのは、煩悩?」  
「そ、それは…」  
「ねぇ、斗貴子さん――しよ?」  
「…うん」  
耳元で囁かれるのには弱い。  
抱き上げられてベッドへ。私の上に覆い被さってくる。  
「今からだと足掛け二年できるね」  
「…バカ」  
後は続かなかった。口づけで塞がれたから。  
 
結局、翌日の初詣は睡眠時間ゼロで行く羽目になりました。  
 
―オワリ―  
 
 

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