銀成学園高等学校・寄宿舎。
三学期が始まって最初の日曜日。
今日も今日とて、穏やかで平和な時間が過ぎて
「カズキィィィッッ!!」
おや?あの声は
「どうしたの、斗貴子さん?」
「これは何だッ!!」
その声で部屋に戻ったオレの目の前に、斗貴子さんが突き出したのは一本の黒くて長い
「髪の毛?」
「…どこで見つけたと思う?」
「?」
「キミのベッドの上だ!
どういうことだ、これは?!この長さは明らかにキミのでも私のでもないぞ!!
なんでこんな物がここにあるんだ?!」
「ホントだ。誰のだろ?この部屋に入ってきたことのある髪の長い人…
まひろ…は色が違うし、岡倉のはもっと油でテカテカしてるし…う〜ん?」
他に知り合いで長い髪の人といえば…蝶野はこんなに長くないし。
戦部さんや大戦士長、そしてヴィクターとヴィクトリアは来たこと自体ないし。後は…
それにしても斗貴子さん、怒ってるみたいだけど?部屋の掃除をちゃんとしろってこと?
「……じゃないのか?」
「えっ?」
「桜花の髪の毛じゃないのか?!」
ああ、そういえば桜花先輩も長い黒髪だっけ。うっかりしてた、さすが斗貴子さんだ。
でも
「何で?だって桜花先輩、この部屋には来たことないよ?もちろん寄宿舎には何度も
来てるけどさ」
去年の期末考査の追試の勉強中に、お昼ご飯を差し入れに来てくれた。
クリスマスのときは秋水先輩も一緒になって、いつものメンバーでパーティを。
ちょっと羽目を外し過ぎたけど、楽しかったなぁ〜
いやあ、秋水先輩にあんな一面が
「それじゃ寄宿生の誰かだ!一年から三年まで、髪の長い子は沢山いるぞ!
一体、キミのベッドの上で何をしていたんだッ?!」
何って……えっ?そういう意味?
驚いて斗貴子さんの顔を見つめると…その瞳に涙をいっぱい貯めていて。
そして、こぼれたから
「…ごめん」
「それじゃ…」
「違うよ、そうじゃなくて。
オレ、この部屋だろうと、どこだろうと斗貴子さん以外と、その…したことないです。
したいとも思わないし。
ただ斗貴子さんが不安になるようなことを…そんな顔をさせてしまうようなことを
オレがしていたのかと思うと…ごめん」
沈黙。そして
「すまない…キミを疑うなんて。どうかしている…」
そんな表情を。
だから
思わず斗貴子さんを抱き寄せた。
「ごめん」
「キミの所為じゃ――」
「違うんだ、斗貴子さんの泣き顔、可愛いくてキレイだと思って…こんなときなのに」
「…キミに出会ってから、私は弱くなってしまった。それまでは泣いたことなど…」
「いいよ、弱くて。いつでも、いつまでもオレが支えるから。
大丈夫。斗貴子さん、軽いから」
「…バカ」
視線を絡ませて、口唇を重ね
「ちょっと待て。それじゃこれは何だ?」
そんなの後でも、とも思ったけど。
「どれどれ」
斗貴子さんの持っている問題の物をじっくりと観察、ふむ?
「随分、細くて痩せてるね。
桜花先輩の髪はもっと艶々し…って、痛い痛い、耳、千切れるから!」
「いつ、そんな詳細に観察したんだ、キミは?!」
「いやまあ、それは…でもなんか不健康な感じがするなぁ…幽霊のだったりして」
別に誤魔化そうとかじゃなくて、ふっと浮かんだ言葉だったのに。
斗貴子さんの表情は全部知っているつもりだったけど、間違いだった。
今まで見たことの無い表情。
「どうしたの、斗貴子さん?」
「い、い、今、なんて言った?」
「?不健康な感じ」
「その後だ!」
「えっと…幽霊の…」
「きゃあっ!」
可愛い悲鳴を上げると、手にした物を放り投げ、オレにしがみついてきた。
やだな昼間からなんて。
でも斗貴子さんが望むならオレ、何時でもOKだよ!って
…えっ?
「ひょっとして斗貴子さん、幽霊とかお化けとか、苦手?」
震えながら無言で何度も頷くのみ。
…
……
嘘ォォッ〜?!
「だって斗貴子さん、ホムンクルスとか平気で、というより嬉々としてブチ撒けるのに…」
「ホ、ホムンクルスと違って、ゆ、ゆ、ゆ、幽霊は、じ、じ、じ、実体が無いから、
ブ、ブ、ブ、ブチ撒けられないじゃないか〜!」
そりゃま、確かに。って感心してる場合じゃないな。
「大丈夫。オレがいるから」
斗貴子さんの震えを止められるんじゃないかと思って、強く抱き締めた。
「怖かったら、この部屋に来ないようにすればいいだけだから。
オレが斗貴子さんの部屋に行くから、大丈夫。
でも幽霊かあ…何か未練があるんだろうなあ。オレに出来ることなら――」
「駄目だ、そんなこと!!危険だ!キミに何かあったら、どうするんだ?!」
顔を上げたその瞳からは、また涙がこぼれていて。
オレのことを心配してくれている、泣くほど怖い筈なのに。こんなに震えているのに。
こんなことを思っちゃいけないんだろうけど、オレは幸せだ。
だから涙をキスで拭ってから。
そのまま斗貴子さんの口唇に
「痴話ゲンカからストロベリーへのコンボは止せとか、そもそも昼間からするなとか、
せめて扉は閉めろとか、その他にも言いたいことは満開の桜並木のその花びらの数ほど
あるが、とりあえず俺と話を出来る状況にしてくれるかな?」
六舛が声を掛けてくれたので、ベッドへ押し倒しのコンボを追加しないで済んだ。
ちょっと残念だったけど。
戸口に立つ六舛に向かって、オレと斗貴子さんは並んで床に正座する形になった。
…なんだか情けない。
「俺の部屋まで響くような大声で。幸い、殆どの生徒は外出しているから良かったが。
四月になれば新一年生も入ってくるんだ。色々と程々にな」
「「面目次第も…」」
……待てよ?
そうだ!六舛なら何か対策を知っているかもしれない。
さっき斗貴子さんが放り出した問題の物を拾い上げて、オレは状況を説明した。
もちろん嬉々としてブチ撒ける部分と、斗貴子さんが可愛い部分は秘密だ。なぜな(ry
「という訳なんだけど、どう思う?」
「そうだな…」
じっくりと観察しながら、六舛は何か考え込んでいるようだった。やがて
「よし、二人とも俺について来てくれ」
そう言ってオレの手から問題の物を受け取ると、廊下に出た。
たどり着いたのは管理人室。つまりキャプテンブラボーの部屋。
13のブラボー技に除霊とかあるんだろうか?
そんな疑問を口にする前に、六舛は扉を開けた。
…案の定、火渡もいた。やっぱり友達なんだな、この二人。
でも日曜とはいえ、昼間から酒盛りって?
だがそんなことに構わず、六舛は火渡に話しかけた。
「火渡先生、ライターを貸していただけませんか」
「あ〜?何に使う気だ?!未成年の喫煙は禁止だぞ、ゴルァ!!」
お前に言われたくないけどな。
「実はカクカクシカジカという状況で」
「ゆ、ゆ、ゆ、ゆ、幽霊〜?!な、な、何を馬鹿なことを!な、なあ防人」
箪笥の上から声がした。…火渡も苦手なんだ。
とても毒島さんには見せられない姿だ。
幸い今日は剛太やまひろ達と駅前まで買い物で不在。良かった、良かった。
「そ、そ、そ、そうだぞ、六舛。め、め、滅多なことを言うもんじゃない。
じょ、女子の寄宿生だっているんだ。お、お、怯えたらどうする」
こっちは、ちゃぶ台の陰から。…ブラボーも?
まさか錬金戦団は全員、こんな調子?
「では拝借」
六舛はそんな様子に構わず、畳の上に転がっていたライターを手に取った。
火渡のことだから百円ライターだと思ってたけど、オイルライターだった。まだ新品みたい。
六舛はそのライターに点火すると、例の物を近づけて――燃やした。
「いいか、二人とも…それにそちらの御二方も。
髪の毛は燃やすと独特の嫌な臭いがするのはご存知の通り。
でもカズキの部屋にあったコイツからは、この通り、そんな臭いはしない。
つまりコレは髪の毛じゃなくて、唯の繊維、つまり糸クズに過ぎない。材質は不明だけど。
次にコレの出処について。
長さから考えて、クリーニング店から返却された服に被せてあるようなビニール製の袋に
付着していたと考えるのが妥当かと。
今の時期、静電気による付着は多いからな」
おお、それなら思い当たることがある。
去年、月から戻ってまもなく、戦団から『補償として』学生服を数着、貰った。
ただそれだけの数の学生服が全部新品だと、他人の注意を引く可能性があり、拙いとかで。
そこでビニール袋を被せ、クリーニング店から戻って来たように見せ掛けることになった。
新学期、その内の一着を着ていったから、それから落ちた糸クズだろう。
うん、これで一件落着!
「ブラボーな考察だ、六舛!さすがだな」
「ふん、クールでキレる奴だな。その頭脳、ちと妬けるぜ」
ブラボーも火渡も、さっきまでの姿はどこへやら、何故かポーズを決めている。
久し振りにあの合言葉を思い出した。
――背中に人生を。
管理人室を後に、部屋へ戻る途中。
「ありがとう、六舛。お陰で助かったよ」
「本当にありがとう。私も…これで安心だ」
「なに、割と良く聞く怪談さ…カズキだけなら放っておいても良かったんだが、斗貴子氏が
随分、怯えていたようだったからな」
途中からはオレだけに聞こえる声で。
だからオレも斗貴子さんに聞こえないように訊いた。
「でも、もし臭いがしてたら?」
「髪の毛だってビニールのカバーに付くことはある。それだけのこと。
要は納得出来る、と思える答えがあれば良いんだ」
「う〜ん」
「まだ納得出来ないか?それなら――あの部屋に何らかの因縁があったとして。
今まで二年近くの間、何事も無かったのに、なんで今更ということになる。
次に最近の出来事が原因で起きたとしても、だ。
長い髪を置いていくやり方からして、相手は女性。
けど、お前が女性の恨みを買うようなことをする筈がない。
まぁ、気が付かないでスルーはあったかもしれないが。でもその程度で怪奇現象のレベル
まで恨まれるとは考えにくい。だからこの可能性も無しだ。
従って呪われる原因は存在しないことになる。
となれば、だ。あれが糸クズであれ、毛髪であれ、単なるゴミだ。気にするな」
うん、これで安心。
ところで、気が付かないでスルーって?
六舛と別れ、オレの部屋に戻った。
いつものミネラルウォーターを冷蔵庫から取り出して渡す。
「折角の日曜日だというのに、彼にはすっかり迷惑をかけてしまったな」
「うん、そのうち昼飯でもご馳走しておくよ」
「なら私も」
「いいって。元はといえばオレの部屋に落ちてたんだから。
でも怖がってる斗貴子さん、可愛い!」
「言うな!誰にだって苦手なものはある…しかしキミは全然恐れていないようだな?
そういうものを信じてない、という訳でもなさそうなのに」
「ん〜、怖くない訳じゃないけど。
この世に未練があって、あの世にいけないのは可哀想だなって。
だからさっきも言ったけど、オレに出来ることで未練が無くなるなら手伝ってあげたい。
そう思ってるだけだよ」
ベッドに腰掛けた斗貴子さんは呆れたような顔をした。これは見慣れた表情。
「全く、キミってコは…いや、キミはいつもそうだったな。
だから私はキミと今、こうしていられるんだ」
「あっ、でも一緒に死んでくれ、は御免だよ。――斗貴子さん以外はね」
「…バカ」
オレが二番目に好きな表情になってくれた。
一番好きなのは、もちろん笑顔。
オレも青汁のパックを持って、隣に座った。
「でもブラボー達、髪の毛と糸クズの区別がつかなかったなんて。
錬金の戦士、それも戦士長が二人揃って、そんな事でいいのかな?」
「まあ、そう言うな。私が毛髪と判断を誤ったから、それに引き摺られたのだろう」
手にしたミネラルウォーターのペットボトルから一口飲むと言った。
「そして私の場合は、その、なんだ…心が乱れて冷静さを欠いた為だ」
「えっ?それって、つまり…ヤキモチ?」
「悪いか?!…いや悪いな。キミを信じているのに…すまない。
でも私だって女だ、嫉妬くらいする…駄目、かな?」
「ううん。なんかうれしい!って言うか、斗貴子さん、可愛い!!」
「こ、こら!可愛いとか――」
全部は喋らせない。抱きついて、さっきの続き。――扉はOK!ちゃんと閉めてある。
『ゴメンね。フフフ…』
「?なにか言った?」
「ンっ…キミの口唇で塞がれていたのに喋れる訳、無いだろう。どうした?」
「気のせいかな…うん、なんでもないよ」
だからもう一度、塞いだ。
夕方、まひろ達と剛太が戻って来た。
「お帰り〜!荷物持ち、ご苦労様!!」
「よっ、まひろちゃん達はもう部屋に戻っちゃったぞ。
それにしても、荷物の量自体は大したこと無かったけど。
女の子は買い物に時間掛けるんだなぁ。ほとんどベンチで荷物番だ」
「え〜、一緒に見て回れば良かったのに」
「…そりゃ先輩とだったらな」
「なんか言ったか?」
「いや、なんでもない、なんでもないっと…
まぁ、今日は特に用事も無かったし、街の雰囲気も知ることが出来た。
それに若宮さんが話し相手になってくれたから退屈はしなかったし。
でも彼女、買い物したのかな?ずっと俺と話をしていたような…」
ふと、剛太と毒島さんが転入してきた日のちーちんの様子を思い出した。
あ〜まひろ達、わざとだな…
でも剛太、お前
「…鈍すぎだろ、それ」
「なんか言ったか?」
「いや、なんでもない。そうそう、実は今日な、カクカクシカジカで」
「!"#$%&'(><)!!」
「お〜い、最後まで話を聞けよ〜」
どうやら錬金戦団はブチ撒けられないものが苦手のようです。
―おしまい―