秋水は自分達の住むマンションのリビングでこたつに入ってゴロゴロしていた。  
すでに卒業試験も終わって学校は週1回程度の登校となっている上、剣道部はすでに2年生に託して3年は引退、  
姉の桜花のように進学もしないので勉強をする必要もないし、春からの武者修行の準備もとっくに整っている。  
剣の稽古をしようにも竹刀は昨日の夜の稽古中に誤って壊してしまい、手元には1本もない。  
新品を買いに行きたいところだが、あいにく今日は行きつけのスポーツ用品店は定休日だ。  
今まで特に趣味と言うものもなく、テレビもお昼過ぎではワイドショーばかりで面白い番組がない。  
しかも姉の桜花は大学入学に備えて勉強をしに図書館に行っていて不在ときて秋水は今日1日暇だった。  
「暇だ・・・。何か趣味でもあればな・・・。盆栽とか面白そうだな。」  
既に時間は15時を回ってしまい、このままではボーっとしたままゴロゴロと1日が終わってしまう。  
暇つぶしに散歩にでも出かけようかと思ったとき玄関の呼び鈴が鳴った。  
秋水はこたつから出て玄関に行き、扉を開けた。  
「こんにちは秋水先輩。桜花先輩いますか?」  
訪問者はまひろで、どうやら桜花にいつものように勉強を教えてもらいに来たようだ。  
「姉さんなら図書館に行っているよ。せっかく来たんだし、よかったら代わりに俺が勉強を見ようか?」  
「え?いいんですか?」  
「ああ、今日は恐ろしいくらい暇をしていたから。」  
「ありがとうございます。それじゃおじゃまします。」  
まひろは秋水に案内されてこたつに入ると教科書と参考書、ノートを広げた。  
教科は数学Tで教科書の四隅にはパラパラ漫画を描いて消した跡と、よだれのついた跡があった。  
この教科書だけ見てもまひろの授業中は大体想像できてしまう。  
恐らく難しくて授業について行けず、落書きをしたり居眠りをしたりしているのだろう。  
実際勉強を始めてみると、これが予想以上に教えるのに苦労する。  
説明した内容をまひろが中々理解してくれず、理解しても応用力がないので少し難度が上がると教えなおしになる。  
それでも1〜2時間もすると、どうにかこうにか1人で問題を解けるようになった。  
「さてと・・・俺はちょっとトイレに行ってくるから、その間1人で問題集の78頁をやってみて。」  
秋水が席を立ってトイレに入ると同時に、まひろは床に転がっていた六角形の金属の塊を見つけた。  
「何これ?そういえば斗貴子さんも同じものを持っていたのを見たことがあるけど・・・」  
それは桜花が隠し持っている核鉄で、普段は武装錬金エンゼル御前として発動している。  
しかしゴゼンは昨日の夜にブラボーが寄宿舎の管理人室に置いているお酒を勝手に飲み、酔って寄宿舎で大暴れ  
したので、桜花によって罰として武装解除されて今日から1週間ほど核鉄状態で謹慎処分となっていた。  
まひろがきょとんとした顔で核鉄を触ったり叩いたりしていると、まひろの前方にカサカサ動く黒い影が見えた。  
「きゃぁあ!!ゴキブリー!!何か殺すものは!?殺虫剤!?新聞紙!?きゃー!!こっちこないで!!」  
その時、まひろのゴキブリに対する闘争本能がMAXに達し、手にしていた核鉄が突撃槍に形を変えた。  
形はカズキの初代サンライトハートを少し小さくして若干デザインを変えたような形で、飾り布は付いていない。  
ゴキブリの出現に完全に動転しているまひろは、思わずその突撃槍をゴキブリめがけて一気に突き刺す。  
しかしゴキブリはすばやくこれを回避して、羽根を広げてまひろに向かってすばやく飛んでくる。  
「いやー!!気持ち悪い!!飛ばないで!!嫌!!いやぁあああ!!」  
パニックに陥ったまひろはガムシャラに突撃槍をぶんぶんと振り回す。  
まひろが振り回した突撃槍はゴキブリを力強く弾き落した。  
そこをすかさず突撃槍で叩き潰し、追い討ちをかけるように武装錬金の特製を発動。  
まひろの武装錬金の特製は突撃槍の刃の部分に数百度の高熱を宿すことらしい。  
ゴキブリの死骸はジューっという音とともに無残に焼けていった。  
まひろは‘強敵’を倒し終えると、武装錬金で力を使い果たしてそのまま気を失ってしまった。  
 
トイレから出た秋水は唖然とした。  
まひろの悲鳴と大きな音がしたのでゴキブリでも出て騒いでいるのだと思っていたのに、部屋はすさまじい惨状だ。  
部屋の壁や天井、床には無数の傷が走り、こたつは真っ二つ、蛍光灯は粉々になっていた。  
さらには床には焼け焦げた大穴がいくつか開いており、そのすぐ横でまひろが気絶していた。  
その手にはサンライトハートに良く似た突撃槍の武装錬金が握られている。  
銀成学園高校でトップクラスの頭脳を誇る秋水だが、さすがにこの状況には頭も対応しきれない。  
その時、まひろの握っていた武装錬金が解除され、70番の核鉄に戻った。  
「そうか・・・。姉さんの核鉄を見つけていじくっていたら、何かの拍子に錬金発動してしまったということか・・・。」  
とりあえず一応の結論を頭の中に弾き出すと、とりあえず気絶しているまひろを抱えあげて桜花の寝室に運んだ。  
桜花のベッドにまひろを寝かせると、秋水は静かに部屋を出て行った。  
 
まひろが目を覚ましたのは5時間ほど経過して既に日も沈みきった20時30分過ぎだった。  
「う〜ん・・・。あれ?私なんで桜花先輩のベッドに?あれ?」  
まひろはカズキと斗貴子が出会った巳田の事件の時同様に、気を失って記憶が曖昧になっているようだ。  
その時桜花の部屋の扉が開いて秋水が入ってきた。  
手にはお盆を持っており、お盆の上には美味しそうな匂いを漂わせている鍋があった。  
秋水はまひろのいるベッドの横に座ると、まひろの額に手を置いた。  
「よかった。気がついたようだね。うん。熱はないようだし少し休めば大丈夫かな。」  
突然秋水に額を触られたまひろは顔が少し赤くなった。  
「まだ体が少し弱っているようだからお粥を作ってみたんだけど食べるかい?」  
秋水が鍋の蓋を開けると中には美味しそうなお粥が入っていた。  
「うわ〜美味しそう!!でも秋水先輩?なんだか普通のお粥と違うような・・・。」  
「これはカーシャって言うソバの実を使ったロシアのお粥なんだ。」  
「へ〜。ご飯の代わりにソバの実を使ったお粥なんて変わってますね。」  
「子供の頃にムーンフェ・・・もとい、近所に住んでいたロシア人のニコラエフさんに教えてもらったんだ。」  
まひろはスプーンでカーシャをゆっくりと口元に運んで、少しフーフーして口に入れた。  
「あ!!美味しいです秋水先輩!!お料理上手なんですね。」  
「姉さんと二人暮らしで、調理の当番も交代していたから必然的に料理は上手くなったかな。」  
まひろは家庭科の調理実習で黒焦げの物体と化した自分が焼いた魚を思い出して、秋水の料理に改めて感心した。  
思っていたよりもまひろはずっと元気だったようで、あっという間にカーシャを平らげてしまった。  
「プハー!!ご馳走様でした。」  
「元気そうだけど一応もう少しゆっくり休んだほうがいいかもなぁ。しばらく横になっているといいよ。」  
「ありがとうございます。あの・・・ところで秋水先輩?」  
まひろは顔を赤くしてもじもじしながら秋水に質問した。  
「あの、今好きな人や付き合っている人はいますか?」  
突然の質問に秋水は呆気に取られて目を丸くした。  
そして少し恥ずかしそうに照れ笑いをした。  
「・・・。好きな人は半年前まではいたよ。多分笑われると思うんだけどね。」  
「笑われる?何でですか?」  
「俺が半年ちょっと前まで好きだった人は早坂桜花・・・つまり俺の姉さん。」  
「お・・・桜花先輩ですか!?姉弟なのに・・・」  
武藤兄弟は普通の同世代の兄妹に比べるとかなり仲が良いが、それでもこの答えには驚かされてしまった。  
 
「厳密には好きだったのとは少し違うかな。幼い頃の事情が原因で、俺達姉弟は2人だけ閉ざされて生きてきた。  
 この世界の俺達以外などどうでもいい。むしろ2人だけの世界を共に生きて生きたいと願っていた。」  
秋水は昔を思い出しながら語る。  
実は誘拐犯だった母と呼んでいた女性のこと、自分達を拒絶した本当の両親のこと、あの月の下でのバタフライと  
ムーンフェイスとの出会い、LEXでの生活、日々脱落して消えていく信奉者仲間、武藤カズキとの出会い。  
「でも、半年とちょっと前って言うと、もう私たちと知り合った後ですよね?」  
「そう。だって俺達姉弟を2人ぼっちの孤独な世界から解き放ってくれたのは君のお兄さんだからね。」  
「お兄ちゃんが!?」  
「ああ、君のお兄さんには本当に感謝しているよ。」  
まひろは秋水と桜花に出合った頃を思い出していた。  
そういわれてみるとあの頃の2人は時々凍りついたように、ものすごく冷たい目をすることが度々あった。  
しかし2人が交通事故にあって入院した後に再会すると、そんな目をすることは全くなくなっていた。  
きっとそのころ、銀成学園集団昏倒事件の前後に兄が2人を孤独な世界から救い出したのだろうと思った。  
「話を戻そうか。今は好きな人はいないよ。」  
「そうですか。じゃあ安心して言うことができます。」  
「安心して?いったい何の話?」  
最近まで2人だけの世界を生きてきた秋水には、顔を赤くしながらこんな質問をするまひろの意図が読めなかった。  
普通はカズキクラスの鈍い男でもこのくらいは気が付きそうなところだが・・・。  
「あの・・・実は私・・・秋水先輩のことが好きなんです。」  
「え?え?え!?君が?俺に!?」  
今度は秋水のほうが顔を赤くして少しパニックに陥る。  
斗貴子とまひろが初めて出会った日の「お兄ちゃんにカノジョー!」の時のカズキの反応に似ている。  
しかしまさか秋水がこんなに動揺するとは思わなかったのでまひろも少し驚いてしまう。  
秋水は以前カズキと闘う少し前に他の女の子に混じってまひろもキャーキャー言っていたのを思い出した。  
「初めて会った日に、あの面を外した時の爽やかな顔が格好良いなって・・・。」  
まひろが言うには度々桜花に勉強を教えてもらいに来ていたのは秋水に会いたかったからと言うのが本音らしい。  
たしかに勉強なら20分も歩いてここに来るくらいなら、寄宿舎で斗貴子に習ったほうが効率がいい。  
度々まひろがここまで訪れていたのには少し不思議に思っていたが、やっと疑問が解けた気がした。  
ついでに先ほどの勉強中の異常なほどのまひろのもの覚えの悪さにも合点が行った。  
自分と2人きりで勉強と言うシュチュエーションに照れてしまい、勉強が手につかなかったのだろう。  
「えーっと・・・・」  
秋水はどう答えていいのか言葉に詰まる。  
「ごめんなさい。急にこんなこと言われて迷惑ですよね?」  
言葉に詰まる秋水を見てまひろは思わず謝ってしまう。  
秋水はしばらく黙り込んで考えているようだったが、しばらくして口を開いた。  
「正直俺は今まで君に対して恋愛感情を抱いたことはない。」  
「はい・・・・」  
まひろはシュンとしてうつむいてしまう。  
「今君と付き合っても俺は君を傷つけてしまうかもしれない。だからしばらく考えさせて欲しい。」  
すでに失恋モードに入っていたまひろは、思いも寄らない方向へ進んだ話に驚いて顔を上げる。  
「20日後、卒業式の日までには結論を出すよ。」  
「は・・・はい!!」  
 
すでに夜22時過ぎ、秋水とまひろは銀成市内を寄宿舎に向けて歩いていた。  
夜道を女の子1人で歩かせるのは物騒なので寄宿舎までまひろを送ってあげている最中だ。  
「見て見て秋水先輩!ほら、満月ですよ!」  
「満月か・・・・。」  
満月の夜は秋水にとって特別だった。  
満月の下、バタフライとムーンフェイスとの出会いでLXEの信奉者になった。  
満月の下、カズキによって姉弟二人の孤独な呪縛から解き放たれた。  
今まで人生を2度も大きく変えた満月、もしかしたら今夜の満月も自分の人生を変えるのかもしれない。  
満月の下、自分を好きだと言ってくれた女性と2人きりの散歩・・・・。  
歩くこと20分、2人は寄宿舎に到着した。  
「まひろー!!遅かったから心配したんだぞ!!どこ行ってたんだ!?」  
まひろを心配して寄宿舎の玄関から駆け寄ってきたのは兄のカズキだった。  
後から斗貴子と千里、沙織が付いてくる。  
「まひろちゃん、カズキは心配して街中探し回ってたんだぞ。」  
「まひろ、遅くなるなら連絡を・・・って秋水先輩?」  
「まっぴーと秋水先輩が2人きりで遅くまで・・・・てことは!?キャー!!2人は熱々ストロベリー!?」  
何だか色々な意味で大騒ぎになって困惑する秋水とまひろ。  
「武藤先輩と津村先輩、ちーちんと剛太先輩に続いて3組目ストロベリー誕生!!」  
「うぉおおお!!秋水先輩!!妹をよろしくお願いします!!」  
沙織とカズキは勝手にヒートアップして暴走し始めた。  
「いや〜。今日のところは2人でベッドお話した程度なんだけどね。」  
「え〜ベッド?ってことはまっぴーも大人の階段登っちゃったの!?お子様は私だけ!?」  
「思い出すなぁ。俺と斗貴子さんの初めての夜・・・。そうか・・・まひろも・・・。」  
まひろは今はまだそういう関係じゃないと言うつもりだったのだが、全くの誤解を招いた。  
「初めて会ったころはシスコン男だと思ってけど、桜花の呪縛を離れて大人の男に成長したようだな。」  
斗貴子すら誤解して秋水の肩をポンと叩きながらこんなことを言い出す始末だ。  
「いや、俺達はそういうわけでは・・・」  
「照れることないんですよ。私と剛太先輩や武藤先輩と津村先輩のように男性と女性の愛は自然の摂理です。」  
「何はともあれまっぴーおめでとう!!」  
「よし!!ブラボーや岡倉達も呼んで今日はお祝いのパーティーだ!!妹のお祝いだから俺のおごりだ!!」  
「あの・・・そうじゃなくて・・・。俺と彼女はたしかにベッドで話はしたけど・・・。」  
「まあまあ秋水先輩、まひろとの話は中でゆっくりと聞かせて。」  
誤解も解けぬまま、秋水はカズキに腕をつかまれて半ば無理やり寄宿舎の中に吸い込まれていった。  
 
翌朝午前7時に秋水はやっと開放されてマンションに戻ってきた。  
「ただいま。」  
「あらあら秋水君?このお部屋の惨状はどういうことかしら?」  
「派手にやらかしたな秋水。どうやったらこんなに部屋をグチャグチャにできるんだ?」  
武装錬金エンゼル御前を発動してリビングに仁王立ちした桜花。  
その額には青筋を浮かべて、どす黒い怒りのオーラを放出している。  
桜花の後には昨日まひろによって破壊された大惨事の部屋が広がっていた。  
「姉さん・・・いや、これはその・・・。」  
「何をしたのか知らないけど、怒られると思って逃げ出して朝帰りって所かしら?」  
「ごめんなさい・・・でもこれは・・・・。」  
「問答無用!!お仕置きよ!!ゴゼン様射って!!」  
「オウ承知!!悪りぃな秋水!!」  
「ご・・・ゴゼン・・・ちょ・・・やめ・・・ぎゃぁああああ!!」  
早坂家のマンションからは、これから半日ほど秋水の悲痛な悲鳴が響き続けたという。  
 

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