夕食。
俺と姉さんだけの、早坂家二人だけの食卓。
とはいえ、それもあとわずかだ。
三月の卒業式が済み次第、姉さん独りを残して、俺は剣術修行に出る。
でも心配は無い。この街には友達がいる。姉さんも寂しくはないだろう。
「…でね、津村さんが…」
今日あった出来事を話す。――以前はこんなことは無かった。
会話の無い二人だけの食事。二人だけの世界で殊更、話をすることなど無かった。
「…そしたらカズキ君が…」
全ては武藤カズキ、彼のお陰だ。俺と姉さんは彼に生命、いや魂を救われた。
だから俺達姉弟は彼の為なら、なんでも――
「…秋水クン、聞いているかしら?」
「あ、ご免、姉さん。ちょっと考え事をしていて…」
と、姉さんの表情が微妙に変わった。俺だけに判る変化…何か企んでいる表情だ。
「アラアラアラ、もう修行のことで頭が一杯?それとも…」
「別に姉さんを独りにするのが心配、という訳じゃないさ。
それに俺が姉さんと別れ別れになることを寂しがっている訳でも無い」
そう言って味噌汁の椀に手を伸ばす。こういうときは先手を取るに限る。
だが流石は姉さん。一枚、上手だった。
「違いますよ。気になる女の子がいたら、この街を離れるのは心配ですよね?」
あやうく味噌汁を吹くところだった。
「ね、姉さん?何を急に?そんな娘、いないことは姉さんが一番――」
「どうかしら?部活でもギャラリーの女の子は相変わらずの人数。いいえ、前より多いくらい」
「あれは武藤目当てだ」
俺の相手になるのが武藤だけということもあり、無理を言って今でも週に何日か練習に
付き合って貰っている。
元々クラスの人気者であった所為か、女子生徒の受けも良かったそうだ。
だからもっと早い時期に彼女が出来なかったのが傍目には不思議なくらいだったと、
これは部の後輩の話。
思うに、武藤自身はその辺の感覚が鈍かったか、あるいは友人達と遊ぶほうが楽しくて
気付かなかったのだろう。
どちらであったにせよ、既に津村がいる以上、もはや彼女達がどれだけ頑張ろうと無意味
なのだが。
しかし姉さんのことだ。これでこの話が終わるとは到底、思えない。
けれど俺は、この手の話がどうも苦手だ。幸い、茶碗の飯も残り少ない。
ならば、とっとと食事を終了させて席を立つに限る!
そこで手近の漬物を箸で掴むと、一気に茶碗を掻っ込み――
「あら、まひろちゃんは?……って秋水クン?!お茶、お茶!いえ水、水!!」
そこはお花畑だった。一面に色とりどりの花が咲いている。
そして目の前には
「母さん?!」
「秋クン。大きくなったわね、うれしいわ。――でもね。
ここにはまだ来ちゃダメよ!」
そう言って蹴り飛ばされた。
見事なキックだ。母さんはサッカー経験者だったのだろうか。
…気がつくと、コップの水を飲み干した俺がいた。
「姉さん!彼女に失礼だろう!!」
ようやく話せるようになって、俺は言った。
「確かにまひろちゃんは性格も素直だし、容姿も素晴らしいと思う。
正直、付き合っている相手がいないのが不思議なくらいだ。
全く、回りの男共は何をやっているんだか。
まあ武藤に似て少し天然気味な気もするが、男からすれば却って魅力のひとつだ」
「それは、まあ…」
「大体、俺と付き合ったところで面白くもなんともないぞ。
流行の話題に疎いから、話も弾まない。
それに彼女が俺の為に服装や化粧に気合を入れてくれても、気が付かないで
がっかりさせることは目に見えている!
誕生日や記念日にだって、気の利いた贈り物なんて選べない。
いやそもそも誕生日さえ、気が付くかどうか」
「秋水クン?」
「それに俺は剣で生きていくことに決めたんだ。
正直、自分一人だってまともに喰っていけるかどうか判らない。
そんな生活を彼女にまで強いることは、とても出来ない!」
「あの…もしもし?」
「そりゃあ彼女なら笑って我慢してくれるかもしれないが、そんなことはさせられない!
あの笑顔を曇らせたり、傷付けたりするような真似は絶対にNOだ!
誰であれ、そんなことは許さん!!
いや、なにより武藤の大事な妹をそんな目に合わせる訳にはいかん!!」
…あれ?何喋ってんだ、俺?
「あらあらあらあら、そこまで期待してなかったんだけど…」
呆気にとられていた姉さんも、やがて微笑みを浮かべて言った。
「でも、お金のことなら心配しなくて良いのよ。
親切な方がいらしてね。
戦団に没収される筈のDr.バタフライの財産の一部を私達名義にして下さったの。
今、住んでいるこのおウチ以外にも、ね。
派手なことをしなければ二人、いえ三人、充分に暮らしていける金額よ。
それに私だって、いずれは…」
「ね、姉さん、それは」
「そうね、親切な方には感謝しないと。
生憎、お名前は判らないから『銀のコートの人』とお呼びしましょうか」
「そうじゃなくて」
「それに秋水クンとまひろちゃんが一緒になれば、私もカズキ君と親戚、いえ義理の妹。
カズキ君から『桜花』って呼び捨てにして貰えるのね、きゃッ!」
「いや、武藤のことだから『桜花先輩』のままだと思う」
「…確かにその可能性は高いわね。
まあ、洩れなくあの人も付いてきますけど、却って好都合。
永い永〜い人生に張り合える相手は欠かせない、でしょ?」
「いや、だから」
「良くってよ。
秋水クンがそこまで思いを募らせているのなら、私も出来る限りの協力をしましょう。
たった一人の可愛い弟の為ですもの。
大丈夫!デートのときの話題だって、プレゼントだって、私がきっちり監修してあげるから
安心なさい」
「ちょっと、姉さん?」
「そうそう、大事なことを忘れるところだったわ。
まひろちゃんって、もうププッピドゥだから!
ほら、秋水クンの部屋に隠してあった『Hでキレイなお姉さん 零式』の人達が貧弱に
見えるくらい」
「いやあれは部活中、後輩がさぼって眺めていたのを取り上げて…って、いつ見たの?!」
「ほら、部活の帰り、皆で銭湯にいったとき。
く・ら・べ・た・の…って、秋水クン?!えっ、鼻血?!ティッシュ、ティッシュ!!」
〜オワリ〜