今日は2月13日、バレンタイン前日だ。  
錬金戦団日本支部にある自分の部屋で千歳は料理の本を読んでいた。  
「んー。こっちとこっちどっちがいいかしら?」  
本の表紙には『バレンタインチョコ大特集!!』と書いてある。  
千歳がどのチョコレートを作るか悩んでいると、玄関の呼び出しブザーが鳴った。  
扉を開けるとそこには大きなリュックを背負った斗貴子が立っていた。  
「あら?あなたなんでここにいるの?」  
「あの・・・相談に乗ってもらいたいことがありまして・・・。」  
斗貴子は深刻そうな顔をしているので、千歳はとりあえず部屋のソファーに案内した。  
「それで?相談に乗ってほしいことってのは?」  
「実はバレンタインのチョコのことなんです。」  
深刻な顔をしているのでホムンクルスがらみか、または武装錬金がらみかと思っていたので千歳は呆気に取られた。  
相談の内容とは要するにバレンタインチョコを作るのを手伝ってもらえないかと言うものだ。  
千歳は戦団内ではお菓子作りの名人として有名なので、彼女に教えを乞うことにしたようだ。  
斗貴子は小学校5年生までの赤銅島の頃は常時和服だったので、自分にチョコレートは似合わないかと思っていた。  
そのために似たような色と言うことで代わりにおはぎを作っていたそうだ。  
錬金戦団に入ってからは戦士になるための特訓に次ぐ特訓、戦士になると戦闘に次ぐ戦闘の日々。  
任務によって潜入する場所も色々と変化するため居場所も必然ところころ変わる。  
そのために恋愛をする機会もなく、誰かにチョコレートを渡したのも去年1回のみなのだそうだ。  
ちなみに去年唯一1回だけチョコを渡した人物は剛太である。  
ニュートンアップル女学院潜入中、バレンタインの時期に任務報告のために一時戦団支部に戻った時に、  
「斗貴子先輩チョコください!!お願いします!!俺にどうか先輩のチョコを是非!!」  
とせがまれ、あまりに鬱陶しいので市販のチョコにあてつけっぽく大きく義理と書いて渡したのだった。  
「津村さん。市販のものじゃダメなの?」  
「いえ、気持ちを込めるならやっぱり手作りじゃないかと思うので・・・。」  
「わかったわ。どうせ私も作るところだし、一緒に作りましょう。」  
千歳は斗貴子を自室のキッチンへと案内した。  
どうやら作るものが決まり次第製作にかかるつもりだったようで材料と道具はバッチリ用意されていた。  
「今年は初めてだし、一番簡単な方法を教えるわ。」  
「千歳さんはどんなチョコを作るんですか?」  
「シンプルイズベストって言うし、私も津村さんと一緒に一番簡単なのにしましょうか。」  
2人ともエプロンを身に着けるとキッチンに立つ。  
斗貴子は持参したリュックから大きな丸い物体を取り出した。  
「とりあえずカカオの実は自分で用意してきました。」  
「・・・・・・。」  
千歳は斗貴子の思いもよらない行動に唖然とさせられた。  
リュックの中にはカカオの実が6個ほど入っていた。  
斗貴子はボケているつもりはなく、あくまで大真面目である。  
「え〜っと・・・。製菓工場じゃないから普通は市販のチョコを溶かして作るからカカオの実はいらないの。」  
「え!?せっかくたくさん仕入れて重いのを我慢して担いできたのに・・・。」  
斗貴子は少しがっくりした様子だ。  
「ま、まあ市販のチョコは仕入れてあるから気を取り直して作りましょう。」  
 
〜手作りチョコの簡単な作り方〜  
1.市販のチョコレートを細かく刻む  
2.ステンレスのボウルに移して60〜70℃の湯せんにかけて溶かす  
3.溶かしたチョコレートを型に流し込む  
4.冷やして固まったら仕上げをして完成  
 
「以上がチョコレート作りの全行程よ。まずはチョコレートを細かく刻みましょう。」  
「わかりました。」  
まずは千歳と斗貴子はまな板の上でチョコレートを細かく包丁で刻み始めた。  
千歳のまな板からはトントントンと調子の良い音が聞こえてくる。  
それに対して斗貴子のまな板からはドガガガガと鈍い音が響いてくる。  
それもそのはずで、チョコレートどころかまな板まで数センチ切れている有様だ。  
「うぉおおおお!!ポリフェノールをぶちまけろ!!」  
「あのね、そこまで気合を入れなくても・・・」  
「あ・・・。すみません。刃物を持つとついつい血が騒いで・・・。」  
ともあれチョコレートを刻み終えると溶かす行程に入る。  
お湯の熱でどんどんチョコレートが溶けてきた。  
千歳はチョコレートの中に粉末状の物体をサラサラと流し込んだ。  
「あの、今の粉は何ですか?」  
「これは男性を虜にする魔法の調味料よ。未成年使用禁止。」  
「何かの薬の類ですか?」  
「さあどうかしら?」  
斗貴子は多分何か怪しい薬だと確信したが、あえてこれ以上何も言わなかった。  
「ところで千歳さんは戦士長にチョコレートを渡すんですか?」  
「そうね。彼は鈍いというか何と言うか、ストレートに行かないと伝わらないみたいだから。」  
千歳は去年のクリスマスイヴを思い出していた。  
都内のレインボーブリッジやお台場が一望できる海際のおしゃれなレストランで食事の約束をし、おしゃれな洋服  
に身を包んで待っていると、何を思ったのかブラボーはカズキ達寄宿舎のメンバーまで連れてきてしまった。  
結果、その日はデートどころか寄宿舎のクリスマス会と化してしまい、2次会に焼鳥屋へと繰り出す始末だ。  
「かなり強引な手だけど、今まで全く気がつかない防人君が悪いのよね。」  
そうこうしているうちにチョコレートが溶けきったので型に移す。  
斗貴子はハート型の型に、千歳は小さな丸い型に数個に分けてチョコを流し込んだ。  
そしてそれをしばらく冷蔵庫に入れて固める。  
固まるまで2人はリビングでくつろぐことにした。  
時間をもてあまして2人は他愛もない会話をする。  
「それにしてもバレンタインのチョコのためにわざわざここまで来るなんてね。武藤君は幸せ者ね。」  
「そ・・・そうですか?でも私は料理があまり得意ではないからカズキが喜ぶかどうか・・・。」  
「バレンタインのチョコで大切なのは相手を思う気持ち、そしてチョコレートに込めた愛よ。」  
「相手を思う気持ちとチョコレートに込めた愛・・・。」  
「津村さんはその2つの要素は十分。きっと武藤君も喜んでくれるわ。」  
「千歳さんの気持ちも戦士長に届くといいですね。」  
「そうね。あ、そろそろチョコが固まるわね。」  
 
「これでチョコレートの原型は完成。あとは文字を書いたり飾り付けをしたりの仕上げよ。」  
「はい。」  
斗貴子は「I love Kazuki.」の文字をホワイトチョコで書いた。  
そしてそれをかわいらしい箱や袋に入れたら完成だ。  
「完成ね。どう?初めての手作りチョコレートの感想は?」  
「今はとにかくカズキの喜ぶ顔が見たいです。」  
「そうね。さて、夜も遅いし電車代も馬鹿にならないからヘルメスドライブで送ってあげるわ。」  
斗貴子は千歳の武装錬金の特性で寄宿舎まで瞬間移動して戻って来ると、その日はそのまま布団に入った。  
翌日のカズキとのやりとりを想像してドキドキと興奮してしまい、眠りについたのは午前4時過ぎだった。  
 
翌朝、バレンタイン当日。  
登校時間前の寄宿舎、カズキの部屋には4バカ+剛太が集まっていた。  
「いいか皆の衆!!これは我々が女子からチョコレートを略奪する作戦だ!!」  
指揮を取るのはチョコレート略奪部隊の隊長、エロス大将軍、岡倉だ。  
「岡倉元帥!!俺は斗貴子さんから貰えるので、アクションを起こさなくてもノープロブレムです。」  
「馬鹿者!!カズキ三等兵!!そんな心構えのものは我が部隊に必要ない!!」  
ストロベリーモードに入っているカズキを岡倉が叱咤する。  
「ぶっちゃけ俺は先輩のチョコさえもらえればそれでいい。」  
剛太は去年のバレンタインを思い出していた。  
自分に斗貴子が渡してくれたチョコレート。  
大きく義理とは書いてあったが気にもならなかった。  
むしろ斗貴子がバルスカの羽を生やした天使に見えた。  
「俺は今一度先輩のチョコが欲しい!!」  
「斗貴子さんのチョコはそのままだったらカズキ君行き確定だからね。」  
「いや、剛太・・・。斗貴子さんのチョコは俺が・・・。」  
「馬鹿者!!斗貴子さんをお前にとられた以上、せめてチョコだけでも欲しいという剛太中将の心中を察しろ!!」  
またもや岡倉はカズキに怒鳴りつける。  
「やれやれ。モテない男は必死だな。モテる者へ対する嫉妬など浅ましいだけだぞ。」  
両手に数個のチョコを抱えた六舛。  
彼の不思議君なところが女の子にはひそかに人気のようだ。  
六舛は手厳しいことを言うが、瞬時に3人は反撃する。  
「六舛軍曹!!チョコレートをもらえないのと奪い取るのとどっちがいい!?」  
「っていうか六舛君なんでそんなにチョコを貰ってるの!?」  
「ふん。お前はせいぜいそのチョコをくれた娘とよろしくしていればいい。先輩のチョコは武藤に渡さん!!」  
六舛はたかがチョコレートでとでも言いたげな顔で3人を見つめる。  
「良いかみんな!!終戦直後の子供たちの米兵への合言葉は『ギブミーチョコレート』だ!!戦後60年たった今、  
 今こそ俺たちが立ち上がって再びこの言葉を叫ぶ時が来たのだ!!今こそ作戦開始の時だ!!覚悟はいいな!!  
 剛太中将、大浜大佐!!寄宿舎中のすべての女子のチョコレートを奪い取るのだ!!さあマスクを被れ!!」  
3人はいっせいに仮面○イダーのシ○ッカーの覆面を被って顔を隠した。  
「臆病者のカズキ三等兵と六舛軍曹にもう用はない!!我々3人で行くぞ!!武運を祈る!!いざ出陣!!」  
岡倉が叫ぶと同時にカズキの部屋の扉が開いて制服姿の斗貴子が入ってきた。  
「何を馬鹿なことをしているんだ君達は・・・。」  
 
斗貴子は手にチョコレートが入った箱を持っている。  
「あ!!斗貴子先輩それはまさかチョコレート!?」  
「そうだが・・・君のじゃないぞ。」  
その言葉を聞いて剛太は獣の目つきに変わった。  
「武藤にはわたさねぇ!!俺によこせェエエエ!!」  
斗貴子のチョコを奪い取ろうと斗貴子に襲い掛かった剛太だったが、逆に返り討ちにあって斗貴子の蹴りを喰らう。  
剛太の体はたまたま開いていた窓を通り抜け、2階のカズキの部屋からから落ちていった。  
「ぐ・・・!!!ち・・ちくしょぉおお!!!」  
剛太の断末魔の叫びが聞こえた次の刹那、寄宿舎の庭にドシャァという何かが激突する鈍い音が響いた。  
「そこの覆面怪人2人!!もし何かしでかしたら剛太と同じ目にあうから覚悟しろ!!」  
斗貴子に睨みつけた岡倉と大浜の2人は怯えてガタガタ震えだした。  
「岡倉元帥・・・。チョコレート略奪作戦失敗ですね・・・。」  
「ああ、そんなことしたら斗貴子しゃんに殺されてしまうぞ・・・・。」  
怯える2人からカズキに目線を移すと同時に殺気を放つ表情は消えた。  
今あるのは修羅の顔ではなく恋する乙女の表情だ。  
「カズキ・・・。その・・・自分で作ってみたんだ・・・。よかったら貰ってくれるか?」  
カズキはゆっくりチョコの入った箱を開ける。  
中には「I love Kazuki.」とホワイトチョコで書かれたハート型のチョコがあった。  
カズキはしばらくチョコを見つめたあとにっこり笑う。  
「ありがとう斗貴子さん。一生大切にするよ。」  
「いや待て!!チョコレートだぞ?」  
「だから一生大切にするって。墓の下までもって行きたいな。」  
「私としては食べてもらいたいのだが・・・。」  
「え〜でもせっかくの斗貴子さん手作りでしょ。何だかもったいないし・・・」  
その瞬間カズキの態度にイライラしてか、斗貴子の表情が再び修羅の顔になった。  
「いいから食べろ!!食べ物を粗末にするつもりか!!」  
「は・・はい!!いただきます!!」  
斗貴子の気迫に気圧されて、カズキはチョコを口の中に入れた。  
「ど・・・どうだカズキ?」  
「とっても美味しいよ斗貴子さん。今まで食べたチョコで一番美味しい。ありがとう。」  
その瞬間斗貴子の顔は赤くなった。  
「ハイハイ。これからここはストロベリーでピンクな空間になるから俺たちは退散するぞ。っていうか学校行くぞ。」  
2人の空気を察した六舛は岡倉と大浜にカズキの部屋から出るように指示した。  
「チックショー!!バレンタインなんか大嫌いだぁああああ!!」  
岡倉は絶叫しながら部屋から出て行った。  
六舛の予想通り、3人が退散するとカズキと斗貴子はピンクでストロベリーな空気になって行った。  
学校に行くのも忘れてキスをした後、斗貴子の服を脱がして、夕方まで愛し合った。  
「しまった!!今日は普通に学校行く日だ!!」  
カズキと斗貴子が気づいた頃には岡倉達も寄宿舎に戻ってきていて後の祭りだ。  
その日夜までに貰ったチョコはカズキ1個、剛太7個、六舛32個、大浜1個、岡倉0個であった。  
カズキは斗貴子とずっとヨロシクやっていたので貰った数は少ない。  
カズキはクラスの人気者なので本当なら10個ほどは貰っていると思われる。  
ちなみに秋水は剣道の試合で他校にもファンがいるらしく239個という大記録を打ち立てていた。  
 
その夜、寄宿舎の管理人室の扉をノックする女性がいた。  
「誰だ?こんな時間に?もう夜の9時だぞ。」  
ブラボーが扉を開けるとそこには千歳が立っていた。  
「防人君。これを。」  
千歳は昨日斗貴子と一緒に作ったチョコを渡した。  
「へぇ。手作りか。相変わらずお菓子作るのは好きなんだな。」  
綺麗にラッピングされた手作りチョコを見ても、まだどういう意味なのか理解していない激鈍のブラボー。  
だがチョコを一口口に含んだ瞬間にブラボーの体に異変が起きた。  
体は火照って顔は赤くなり、同時に下半身のブラ棒が大きくそそり立つ。  
「あら?私のチョコを貰ってここをこんなに大きくさせるなんてどういうことかしら?」  
「いや・・・これはその・・・」  
千歳がチョコを作る時に流し込んだ粉末の正体。  
それは媚薬とバイ○グラだった。  
「フフフ。私が静めてあげるわ。」  
そういうと千歳はブラボーのブラ棒をゆっくりとやさしく撫で始めた。  
「うぉおお戦士千歳!!」  
「こういうときは“戦士”は余計よ。千歳って呼んで。」  
「ち・・・千歳ぇええ!!うっ!!」  
「あら?いい歳してもう出ちゃったの?防人君早漏?」  
千歳の言葉がグサァっと鋭くブラボーの胸に突き刺さる。  
「さあ防人君。お楽しみはこれからよ。」  
千歳はブラボーをベッドに押し倒した。  
 
翌朝  
昨日のチョコがきっかけでいくつかカップルが誕生したようだ。  
「いや〜まさか千里さんにチョコを貰うなんてなぁ〜」  
「剛太先輩チョコ美味しかったですか?」  
「いや、もう最高!!来年も楽しみ!!」  
斗貴子の蹴りで落下した直後に千里にチョコを貰った剛太はもう立ち直っていた。  
 
「ったく毒島の野郎!!何が“親愛なる火渡様へ”だ。チョコみたいな甘ったるいものは酒に合やしねぇ。」  
昨日の放課後に毒島にもらったチョコの包みを職員室でじーっと眺める火渡。  
「ほぉ。生徒にチョコを貰うとは隅に置けませんなぁ火渡先生。」  
「うおぁ!?教頭!?」  
「まあ教師と生徒の禁断の恋ってのもいいんじゃないです?」  
気配を絶って後に立っていた教頭は火渡をからかい始めた。  
「だー!!こいつはそんなんじゃねぇよ!!黙ってねぇと燃やすぞメガネ!!」  
いい歳こいて中学生のような慌てぶりである。  
 
そしてここにも。  
「あー!!ブラボーさんにカノジョー!!」  
寄宿舎の玄関を千歳と寄り添って歩くブラボーはまひろにさっそくからかわれた。  
「ブラボーだ武藤まひろ!!よくぞ見破った!!」  
そんなブラボーと千歳を斗貴子はほほえましく眺めていた。  
「上手くいったようですね千歳さん。」  
「お〜い斗貴子さん!!学校行くよ!!」  
「ん?ああ待ってくれカズキ!!」  
斗貴子はカズキを追って学校へと走っていく。  
バレンタインも終わり、また新しい日常が始まる。  
 

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