「それじゃ火渡先生。私は帰りますので、後はよろしくお願いしますよ」
「うぁ〜い」
答案用紙に眼を向けたまま、左手を挙げて挨拶。
ここは銀成学園高等学校の職員室。この部屋に残っているのは、もう俺一人だ。
まったく何だって戦士長・火渡赤馬ともあろう者が、高校の英語教師なんぞをやる羽目に
なったんだか。
しかも核鉄抜きで。
その原因を思い出すと腹が立って、銜えた禁煙パ○ポを噛み潰しそうになる。
別に教師になったのを切っ掛けに禁煙を始めた訳じゃねェ。
校内全面禁煙ときちゃあ、代わりに銜えるものも無ェんで、仕方なくだ。
前任者が春先に『失踪』してから他教科の教師が臨時に教えていた所為か、どうにも
全体的に成績がヤバい。
特に受験まで残り一年を切った現二年生は問題だろう。そう思って小テストを繰り返し、
各生徒の弱点を見つけようとしている所為で、帰宅は毎日最後になっちまってる。
個人情報の保護だとかで、家に答案用紙だのを持って帰っちゃマズいとかでな。
我ながら真面目で生徒想いの良い先公だぜ。
その所為かガキ共も妙に懐いて、鬱陶しいやら――照れくさいやら。
で、こんな採点だの問題作成だのやっている所為で、どうも最近、肩が凝っていけねェ。
照星サンに頼んで、肩凝りの治癒用に核鉄を借り出すか。
…無理だな。
仕方ねェ。筋肉の凝りをほぐそうと、両手を上に伸ばした。
と、窓から見える校庭を歩いていたのは。
武藤カズキ…あのクソガキと元・錬金の戦士、津村斗貴子だ。
何がおもしれえんだか、お互いの顔を見つめた状態で歩いてやがる。その上、手まで繋いで。
前を見ねえと蹴躓いて、二人揃ってスッコロぶぞ、アホが。
まったくガキだな。
そう、ガキだ。
ガキだから、テメェがやりたい事と、テメェが出来る事の区別がつかねえ。
何でも出来ると思っている。
世界を自分一人の力で変えられると思っていやがる。
嘗て俺も自分の才能と武装錬金なら世界を救えると思っていた。
だが結果は、惨めなモンだった。小さな島ひとつ救えやしない。
失敗。絶望。そして俺は不条理という殻に閉じ篭っちまってたのかもしれない。
だがアイツは。
自分の想いを貫き通し、錬金術百年の、いやそれ以前からの積もり積もった幾重もの闇、
更にそれに関わる人々の闇まで、あの突撃槍ひとつで突き破っちまいやがった。
…ああ、判ってンだよ。
だが俺は頭を下げる気はねェし、あのクソガキも絶対に俺を許さないだろう。
別に構わねェさ。仲良しゴッコに加わる気は無ェ。
ただ――認めてやるよ。だがな
「あの、火渡様?」
「のわっ?!…なんでェ、毒島か。
先生と呼べといったろうが!何遍言やぁ判るんだ、テメ、じゃねェ、お前は?!」
「す、す、す、すいません…」
「で、何の用だ?」
「いえ…まだお帰りにならないのかと…」
「まだ仕事があんだよ!それよりお前、仲間ァはどうした?」
武藤の妹達が、この引っ込み思案な毒島の友達になった。それもあっちから積極的に声を
掛けてきたというのだから、こればっかりは感謝しなきゃならねェ。
今じゃ四人娘とか呼ばれているそうだ。
未成年の者は就学必須という戦団の新方針を聞いたときにゃあ、コイツはどうなるんだと
正直、心配したモンだが。…まっ、これでも一応、元・上司だからな。
「皆さん、あちらに」
と毒島が答えるのとほぼ同時に
「「火渡せんせ〜、一緒に帰りましょ〜!!」」
職員室の入口から三人、身を乗り出していた。
時々、若宮が欠けることもあるが、こいつらは大抵、一緒にいるようだ。
「何やってんだ、お前ら!もう下校時間だぞ。毒島連れて、とっとと帰れ。
それに今帰ると、おもしれえモンが見られるぞ」
そう言って校庭を指差す。だが。
「お兄ちゃん達のことなら、もう見飽きました〜」
「朝から晩まで、のべつ幕無しだもんね〜」
「ちょっと、二人共!武藤先輩達に悪いわよ」
…やれやれだぜ。
だが、しかし!
「そんなら新しい刺激を加えて、新しい反応を引き出すのが、醍醐味つーモンだろうが」
「火渡さ…先生〜!そんなことを――」
「まかせて!何を隠そう、私はラブコメの達人よ!!」
「ついでにエロスも追加だぁ!」
「ちょ、ちょっと、まひろ?それに沙織も!華花も止めてよ、この二人」
なんだその達人てなぁと考えている間に、連中と、それに引き摺られるように毒島は
飛び出していった。
ちょっとマズかったかなとも思ったが、まあ良かろう。波風の無い人生なんて、つまらねえ。
やっと静かになった職員室で俺は採点に戻った。
だがな、武藤カズキ。
これだけは認める訳にはいかねェ。
このテストのデキは…
補習程度じゃ追い付かねェぞ、これは。
どうしたモンか。
――はぁ、不条理だな。
銜えた禁煙パ○ポがポキリと折れた。
―終わり―