早朝。  
足早にカズキの部屋へ向かう。  
 
登校日にニュートンアップル学院から戻った私達は、  
給水塔でのキスの後、  
寄宿舎で、毎晩、いっしょの夜を過していた。  
昨夜もそのつもりでいたが、『今日は点呼が厳しい』との噂を聞き、  
結局、自室で独り寝の夜を過した。  
しかし、実際は、どうにでも誤魔化せる、いつも通りの、おざなりの点呼。  
残り少ないかもしれない時間を無駄にした気がして、  
ぶつける先がない怒りを感じる。  
明日にでも白核金が完成するかもしれないのだ。  
せめて、今日は、朝からカズキといっしょにいたい。  
そんなことを思いながら、カズキの部屋の前に到着した。  
 
まだ起きていると思えないが、一応、ノック。やはり、返事はない。  
「入るぞ」  
ドアを開けると、目前に信じられない光景があった。  
 
「貴様、誰だ!!」  
一瞬でバルキリースカートを展開し、カズキのベッドと距離を詰める。  
そして、カズキの横で寝息を立てる人物に刃を突きつけ見おろした。  
 
腰まで伸びる長い髪。  
太めの眉に、整った顔つき。  
私と比べるのがバカらしいくらいに大きく盛り上った形の良い乳房。  
それが、呼吸のたびに、小さく揺れる。  
二の腕は子供のようにふっくらしているが、たるみはない。  
腰はバランス良くくびれ、  
安産型に広がる下腹部へなだらかに続く。  
大人びた身体に似あわない薄めの陰毛。  
肉づきはいいが、決っして太くはない太腿。  
長く伸びる張りのある脛。  
締まった足首につやのある足。  
 
それは、布団もかけずに全裸で寝ているまひろちゃんだった。  
 
正体がわかって、心が緩む。  
とりあえず、武装錬金を解除して、核金をしまう。  
しかし、彼女がここにこうしている理由がさっぱりわからない。  
この兄妹に限って、おかしなことはないだろうが、まさか…  
 
わけがわからぬまま、まひろちゃんの顔を見ていると、  
何度かまばたきした後、ぼんやりと私に視線を向けた。  
そして。  
 
「斗貴子さん!?」  
「うわ!!」  
布団の上からカズキに抱きついていたまひろちゃんが、  
今度は私に抱きついてきた。  
柔らかい胸がぎゅっと押しつけられる。  
衝動的にそれに触りたくなったが、なんとか堪えた。  
「…いったい、どうして?」  
「うん、昨日、お兄ちゃんの部屋に来たら、一人で寝てたの。で、つい!」  
「つい…って…」─ツッこむ気にもならない─「…なんで裸なんだ?」  
「夜中に暑くなっちゃって、つい!」  
確かに、昨夜は熱帯夜並に暑い夜だったが─  
 
「あ、斗貴子さん…それに、まひろ」  
やっと、カズキも目を覚ましたようだ。  
「カズキ…キミも何か言ってやってくれ…」  
「え?…あ、まひろ!そんな格好じゃ、カゼひくぞ!」  
「そっちか!?」  
半ば、脱力しながらツッこむ。  
しかし、心底、心配そうなカズキを見て理解した。  
この兄妹にとって、これが普通なのだ。  
まひろちゃんが冬に薄着で外出したら、カズキは同じ表情で同じセリフを言うのだろう。  
 
「うん、そうだね。ありがとう、お兄ちゃん」  
まひろちゃんがそう言って、ベッドから降り、床に脱ぎちらかしていた下着を着始めた。  
私も床からパジャマを拾い、手伝った。  
 
「斗貴子さん、お兄ちゃん、じゃあね」  
私からすると信じ難い長時間を費やしてパジャマを着終えたまひろちゃんが、  
こちらを向いてパタパタと手を振った。  
「後でまた来る」  
私はカズキだけに聞こえる小声でそう言って、  
まひろちゃんといっしょに部屋を出た。  
 
女子の部屋がある区画に向かい、横に並んで廊下を歩く。  
「まひろちゃん…もう、こんなこと、しないでくれるか?」  
「うん、ごめんね、裸はダメだよね」  
「裸じゃなくてもだ!」  
カズキとの残り時間が頭に浮び、ついつい、語気が荒くなる。  
すると、まひろちゃんが足を止め、満面の笑みを浮かべて、まっすぐ私を見つめた。  
「じゃあ、お兄ちゃんと、ずっと、ここに居てくれる?」  
「ん?」─寄宿舎に何年も居られないし…意味がわからない。  
「いつまでも、こっちで暮してくれる?」  
同じようなセリフを繰り返すまひろちゃんを見て、やっと私は理解した  
 
彼女が望んているのは、カズキと私が任務のない日常で過すこと。  
命のやりとりがない、人の死に涙を流す余裕がある日々。  
「…それは…約束できない」  
カズキがどんな選択をするにせよ、白核金が完成すれば、次にあるのは戦いなのだ。  
 
「だが、約束しよう。私は…カズキと私は、必ずこちらに戻ってくると!」  
戦いの後の生還の約束は無意味だ。  
しかし、私にとっても、カズキと過す日常は、掛け替えのないもの。  
だから、カズキと私が帰還のために全力を尽すことは、約束できる。  
『必ず』と『全力を尽す』は違うし、実現の可能性が高いとは言えない。  
しかし、これくらいのウソは許してくれ、まひろちゃん─  
 
「うん、わかった。じゃあ、もう、あんなことしない…それから、ごめんね」  
「何がだ?」  
「ウソの噂」  
…点呼のことか。  
私とカズキの仲が進展したと、なんとなくはわかってるんだろうな。  
だから、カズキから私を遠ざけるために、あんな噂を流したのか。  
そうだな。  
まひろちゃんは、カズキの行方も生死もわからない夏休みを過していたんだ。  
私がカズキを独占してはいけなかったんだ。  
 
しばし無言のまま歩き、まひろちゃんの部屋の前に着いた。  
「お兄ちゃんのとこ、行くの?」  
「あ…あぁ」─カズキをひとり占めしようとしている気がして、曖昧に答える。  
「それ、気しないでいいよ!さっきの約束で、私は充分だから。  
 それから、今日、お祭りがあるの!斗貴子さんも行くよね!?」  
苦笑。  
経験上、まひろちゃんのこういう話は、逆らえない。  
「わかった。用意しておく」  
「うん、じゃあ、後で」  
またパタパタと手を振るまひろちゃんに軽く手を上げ、背を向けた。  
 
そして、今のまひろちゃんとのやりとりを、  
カズキに伝えるべきか悩みながら、元来た廊下を歩いた。  
 
(終り)  
 

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